2019(04)
■ワガママバイタリティ
++++
「あ、拓馬さんご無沙汰してます」
「ユーヤ、何だってんだ突然呼び出して」
「すみません。厳密に言えば、拓馬さんに用があるのは俺じゃなくてコイツなんすけど」
「あ?」
「自分、The Cloudberry Funclubっていうバンドでギターボーカルやってる長崎壮馬っていいます!」
「The Cloudberry Funclubっつったら、ユーヤが昔やってたっつーバンドだな。自然消滅したって聞いてたが、その割に俺はお前を最近どっかで見た気がする」
「おい壮馬、お前が何者なのかっつー話は小出しにするな。最初に全部言っとけ」
「えー、でも今はTCFの俺としての頼みなんすから、トリメソの件は要らなくないすか?」
「あんまごちゃごちゃ言って話が進まねえならお前らまとめて放り出すぞ」
「あーっ! すんませんっした! 一応今はトリプルメソッドっていうバンドで飯食ってますけど、今はトリプルメソッドじゃなくてTCFの長崎壮馬として来てます!」
まあ、壮馬に言われるがまま拓馬さんと連絡をとって、奴をこうして拓馬さんと会わせてやってるっていうのは俺はどこまでお人好しなんだと思わないでもない。この長崎壮馬とかいう犬は、前述の通り今はバンドで飯を食っていて、元々は俺や拳悟、それから拳悟の兄貴の正悟君と一緒にThe Cloudberry Funclubというバンドをやっていた。
TCFが実質自然消滅してから組んだのがトリプルメソッドというバンドで、そっちは小さなハコくらいならワンマンでいっぱいにしちまうし、最近では星港限定音源というのを一般のCDショップで出すくらいにはまあまあデカくなっている。知ってる奴は知ってるっていうバンドのフロントマンだ。
「――で、そのソーマが俺に何の用だ」
「えっと、去年の年末にあった音楽祭ってのに乱入させてもらったんすけど、あれがめっちゃ楽しくて! 悠哉君もあの音楽祭で久々にドラムやってくれたしTCFで何か新曲をやりたいなーっていうのが沸々と」
「そこでどうして俺が出てくるんだ」
「えっと、TCFってのは元々4人組のバンドなんすけど、ベースの人が今普通に社会人やってて忙しいみたいなんす。この話持ってったんすけど、やっぱ無理って言われて。でもどーしても諦めきれないんで、あの音楽祭で見て一目惚れしたベースの人にサポメンやってもらえないかなーって悠哉君に無理言って今に至ります」
「おいユーヤ、どうして止めなかった」
「いや、俺は一応止めたんすけどこのバカ犬が聞かなかったんで、いっそ拓馬さんにボコボコにやられちまえと思ったんす。拓馬さんも忙しいのは十分承知してんすけど」
わかっちゃいたけど、拓馬さんの表情は厳しい。そりゃそうだろう。拓馬さんだって普通に社会人やってて忙しいんだ。壮馬の道楽には付き合っていられないだろう。この話をするためにアポを取ったものの、仕事が終わってからになるって言われて指定されたのが夜の10時半だ。
夜の10時半に拓馬さんから発せられた第一声が「何とか会社を抜けてきた」だったのだから、現場はより壮絶なのだという想像には難くない。定時は5時半の会社だとは聞いているが、働き方改革が少しずつ進んでいるとは言え微々たる歩み。繁忙期にはテッペン回ることもザラ。
「じゃあ、サポメンやるかどうかっていう話は一旦措いといてもらって、俺がやりたいなーって思ってる音だけでも聞いてもらえません? 聞いたら多分やりたくなると思うんすけど」
「こんな話だけで帰るのも難だからな。聞くだけだぞ」
「あざっす!」
そして壮馬は俺にこの話を持ってきたときのように拓馬さんにイヤホンを渡し、スマホに入れてあるその音源を再生した。2曲あるそれは普段壮馬がトリプルメソッドでやっているギターロックとは異なり、シティポップ調の中にもヒップホップだとか、その他の要素をゴリゴリにミックスした雰囲気になっている。
俺は実際壮馬が持ってきた音を聞いて態度を軟化させたが、春休みの学生と繁忙期の拓馬さんでは事情が違いすぎる。如何せんデモ音源ではベースの音がトリメソより主張していたから、そりゃあ力のあるベーシストにというのはわからないでもない。スラップソウルというバンド名が語る通り、拓馬さんのベースにはそれを看板に出来るだけの魅力がある。
「どっすか!?」
「まあ、面白い音だとは。俺も滅多にやらない感じのテイストだし、尚更何で俺にこの話を持ってきたんだとは思う」
「あの音楽祭にいた人なら何でも出来るって思いました」
「確かに長谷川の野郎から無茶振りされまくったけどな。もしこれで俺がやらねえっつったらこの企画はどうするんだ」
「お蔵入りっすね」
「自分のバンドではやらねえのか」
「やらないっすね。テイストが違いすぎるんで」
「別のベーシストに話を付けたりは」
「拓馬さんがいいっす。それは絶対譲る気ないんで。拳悟君がいて、悠哉君がいて……正悟君がいないのは残念っすけど、それでもガキの頃よりグレードアップしたTCFの音楽としてやりたいんす。拓馬さんには、俺のワガママに付き合ってもらいたいんす」
自分のワガママに付き合ってほしい。初対面の奴にそこまで言われたら普通はドン引きするだろう。だけど拓馬さんは例の音源を片耳でモニタリングしながらしばし考え込んだ。
「それで、納期は? いつまでに曲を上げる気だ」
「悠哉君のリミットが年度末なんで、3月末までっす」
「わかった、3月末だな。お前のワガママとやらに付き合ってやる」
「マジすか! ありがとうございます!」
「ただ、俺もこの時期は超がつく繁忙期だとは言っておく。そうそう日は取れねえからな。休みは日曜しかないと思っといてくれ。その日曜も自分の用事を済ませたりすんのにそこそこ時間とられるからな」
「はいっ! わかりましたっす!」
「拓馬さんすみません忙しいのに」
「長谷川だの樹理だの……ワガママに振り回されるのには慣れてんだ。ひとつ増えようがふたつ増えようが今更だ」
だけど10時半になって「会社を抜けれた」というレベルの超繁忙期に壮馬のワガママに付き合ってくれるってマジでどんなバイタリティしてんだこの人。体力の秘訣はやっぱ肉なのか?
「あの、それでですね拓馬さん」
「まだ何かあるのか」
「もし良かったらなんですけど、キーボードが出来る人の当てはないっすか?」
「キーボード?」
「はい。音源聞いてもらったんでわかると思うんすけど、キーボードがあると音に厚みが出るんすよね」
「キーボードか。良かったなソーマ、キーボードなら当てはある」
「マジすか!」
「今連絡だけ入れといてやる」
end.
++++
今年も超ド繁忙期の塩見さんが壮馬の気まぐれのバンド活動に巻き込まれるよ! バイタリティが不思議すぎるね!
ということは必然的にUSDXの方も社畜のソルさんの出演頻度が落ちてきて、ツミツミ動画だけが無言でどんどん上がっていくヤツですね……
そしてその塩見さんが思い出すキーボードの当てである。がんばれ、ここを頑張ればもっと褒められるぞチータ君
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「あ、拓馬さんご無沙汰してます」
「ユーヤ、何だってんだ突然呼び出して」
「すみません。厳密に言えば、拓馬さんに用があるのは俺じゃなくてコイツなんすけど」
「あ?」
「自分、The Cloudberry Funclubっていうバンドでギターボーカルやってる長崎壮馬っていいます!」
「The Cloudberry Funclubっつったら、ユーヤが昔やってたっつーバンドだな。自然消滅したって聞いてたが、その割に俺はお前を最近どっかで見た気がする」
「おい壮馬、お前が何者なのかっつー話は小出しにするな。最初に全部言っとけ」
「えー、でも今はTCFの俺としての頼みなんすから、トリメソの件は要らなくないすか?」
「あんまごちゃごちゃ言って話が進まねえならお前らまとめて放り出すぞ」
「あーっ! すんませんっした! 一応今はトリプルメソッドっていうバンドで飯食ってますけど、今はトリプルメソッドじゃなくてTCFの長崎壮馬として来てます!」
まあ、壮馬に言われるがまま拓馬さんと連絡をとって、奴をこうして拓馬さんと会わせてやってるっていうのは俺はどこまでお人好しなんだと思わないでもない。この長崎壮馬とかいう犬は、前述の通り今はバンドで飯を食っていて、元々は俺や拳悟、それから拳悟の兄貴の正悟君と一緒にThe Cloudberry Funclubというバンドをやっていた。
TCFが実質自然消滅してから組んだのがトリプルメソッドというバンドで、そっちは小さなハコくらいならワンマンでいっぱいにしちまうし、最近では星港限定音源というのを一般のCDショップで出すくらいにはまあまあデカくなっている。知ってる奴は知ってるっていうバンドのフロントマンだ。
「――で、そのソーマが俺に何の用だ」
「えっと、去年の年末にあった音楽祭ってのに乱入させてもらったんすけど、あれがめっちゃ楽しくて! 悠哉君もあの音楽祭で久々にドラムやってくれたしTCFで何か新曲をやりたいなーっていうのが沸々と」
「そこでどうして俺が出てくるんだ」
「えっと、TCFってのは元々4人組のバンドなんすけど、ベースの人が今普通に社会人やってて忙しいみたいなんす。この話持ってったんすけど、やっぱ無理って言われて。でもどーしても諦めきれないんで、あの音楽祭で見て一目惚れしたベースの人にサポメンやってもらえないかなーって悠哉君に無理言って今に至ります」
「おいユーヤ、どうして止めなかった」
「いや、俺は一応止めたんすけどこのバカ犬が聞かなかったんで、いっそ拓馬さんにボコボコにやられちまえと思ったんす。拓馬さんも忙しいのは十分承知してんすけど」
わかっちゃいたけど、拓馬さんの表情は厳しい。そりゃそうだろう。拓馬さんだって普通に社会人やってて忙しいんだ。壮馬の道楽には付き合っていられないだろう。この話をするためにアポを取ったものの、仕事が終わってからになるって言われて指定されたのが夜の10時半だ。
夜の10時半に拓馬さんから発せられた第一声が「何とか会社を抜けてきた」だったのだから、現場はより壮絶なのだという想像には難くない。定時は5時半の会社だとは聞いているが、働き方改革が少しずつ進んでいるとは言え微々たる歩み。繁忙期にはテッペン回ることもザラ。
「じゃあ、サポメンやるかどうかっていう話は一旦措いといてもらって、俺がやりたいなーって思ってる音だけでも聞いてもらえません? 聞いたら多分やりたくなると思うんすけど」
「こんな話だけで帰るのも難だからな。聞くだけだぞ」
「あざっす!」
そして壮馬は俺にこの話を持ってきたときのように拓馬さんにイヤホンを渡し、スマホに入れてあるその音源を再生した。2曲あるそれは普段壮馬がトリプルメソッドでやっているギターロックとは異なり、シティポップ調の中にもヒップホップだとか、その他の要素をゴリゴリにミックスした雰囲気になっている。
俺は実際壮馬が持ってきた音を聞いて態度を軟化させたが、春休みの学生と繁忙期の拓馬さんでは事情が違いすぎる。如何せんデモ音源ではベースの音がトリメソより主張していたから、そりゃあ力のあるベーシストにというのはわからないでもない。スラップソウルというバンド名が語る通り、拓馬さんのベースにはそれを看板に出来るだけの魅力がある。
「どっすか!?」
「まあ、面白い音だとは。俺も滅多にやらない感じのテイストだし、尚更何で俺にこの話を持ってきたんだとは思う」
「あの音楽祭にいた人なら何でも出来るって思いました」
「確かに長谷川の野郎から無茶振りされまくったけどな。もしこれで俺がやらねえっつったらこの企画はどうするんだ」
「お蔵入りっすね」
「自分のバンドではやらねえのか」
「やらないっすね。テイストが違いすぎるんで」
「別のベーシストに話を付けたりは」
「拓馬さんがいいっす。それは絶対譲る気ないんで。拳悟君がいて、悠哉君がいて……正悟君がいないのは残念っすけど、それでもガキの頃よりグレードアップしたTCFの音楽としてやりたいんす。拓馬さんには、俺のワガママに付き合ってもらいたいんす」
自分のワガママに付き合ってほしい。初対面の奴にそこまで言われたら普通はドン引きするだろう。だけど拓馬さんは例の音源を片耳でモニタリングしながらしばし考え込んだ。
「それで、納期は? いつまでに曲を上げる気だ」
「悠哉君のリミットが年度末なんで、3月末までっす」
「わかった、3月末だな。お前のワガママとやらに付き合ってやる」
「マジすか! ありがとうございます!」
「ただ、俺もこの時期は超がつく繁忙期だとは言っておく。そうそう日は取れねえからな。休みは日曜しかないと思っといてくれ。その日曜も自分の用事を済ませたりすんのにそこそこ時間とられるからな」
「はいっ! わかりましたっす!」
「拓馬さんすみません忙しいのに」
「長谷川だの樹理だの……ワガママに振り回されるのには慣れてんだ。ひとつ増えようがふたつ増えようが今更だ」
だけど10時半になって「会社を抜けれた」というレベルの超繁忙期に壮馬のワガママに付き合ってくれるってマジでどんなバイタリティしてんだこの人。体力の秘訣はやっぱ肉なのか?
「あの、それでですね拓馬さん」
「まだ何かあるのか」
「もし良かったらなんですけど、キーボードが出来る人の当てはないっすか?」
「キーボード?」
「はい。音源聞いてもらったんでわかると思うんすけど、キーボードがあると音に厚みが出るんすよね」
「キーボードか。良かったなソーマ、キーボードなら当てはある」
「マジすか!」
「今連絡だけ入れといてやる」
end.
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今年も超ド繁忙期の塩見さんが壮馬の気まぐれのバンド活動に巻き込まれるよ! バイタリティが不思議すぎるね!
ということは必然的にUSDXの方も社畜のソルさんの出演頻度が落ちてきて、ツミツミ動画だけが無言でどんどん上がっていくヤツですね……
そしてその塩見さんが思い出すキーボードの当てである。がんばれ、ここを頑張ればもっと褒められるぞチータ君
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