2019(04)
■メモリアル・ハーバリウム
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リンから誘われ、食事へとやって来た。学生にもそこまでハードルが高くなく、カジュアルに利用できる洋風の小料理屋が西海駅近くに出来たそう。実際に入ってみると、なかなかおしゃれな空間で、場所が少し入り組んだところにあるからか混雑し過ぎず客層も落ち着いた感じ。2人掛けの席に通され、水を一口。
「さて、何を食うか」
「いつの間に、こんな店が……全然、知らなかった……」
「本当に最近らしい。オレも知り合いから聞いて少し興味をもってな。無難にパスタかピザでも頼むか」
「季節の野菜グラタンも、美味しそう……」
「では適当に頼むぞ」
パスタのコースと季節の野菜グラタン、それから、牛ほほ肉の赤ワイン煮をとりあえずは注文。そして乾杯用にワインを一杯。こうしてリンと食事をすることは初めてではないけれど、今日は私の誕生日ということで少し気持ちが浮ついていると言うか、期待していると言うか。リンがそういうことを考える人だとはあまり思えないけれど、この偶然にはただただ感謝するしかない。
お通しのピクルスと一杯目のワインが出て来て、グラスを交わす。最近はロイやあずさを含めたグループでの行動が多かったから、顔自体はよく合わせていたのだけど、いざ2人になると何から話していいやら。話自体はしているから、その続きから始めるべき…? 必ずしも何かを話していなければ間が持たないということはないから、空気を楽しむだけでも私は問題ないのだけど。
「ここのところは、あの性悪狸が静かだな」
「……徹は、自分よりも、沙也ちゃんのことに忙しい……」
「自分ばかりでなく、自分と接触する機会の多いオレたちにもアルコール消毒を義務付けるなど、この時勢にどうやって消毒ジェルなどを調達したのかと疑問で仕方ない」
「……それは、こうなる前に、大量購入していたと考えるのが自然……」
ここのところ、徹は沙也ちゃんの感染症予防のためとしてゼミの自分の席にアルコール消毒液のポンプを設置した。私やリンなど、他のゼミ生にもこれを使って適宜消毒するようにと厳しい顔で言っていた。それだけでなく、徹は携帯用の消毒ジェルも常備している。そういった類の物資が街から消える中、そうやって使わせてもらえるのはありがたいけれど、度が過ぎると言うか。
安定のシスコンと言えばそれまでなのだけど。情報系の講義の後、不特定多数が触れたキーボードに触れたからと私たちを並ばせると手の平を出させ、その上に消毒ジェルを出す様はどこの検査員かと。化学系の実験の後は手洗いなどもしっかりするからそういうことはあまりないのだけど、学内を歩くときも徹はマスクを欠かさないし、沙也ちゃんの受験が終わるまではとことんこのスタンスで行くのかと。大学でこうなら家ではもっととんでもないことになっていそう。
「オレが未だインフルエンザをやっていないのも、奴の多少オーバーとも言える検疫の結果なのかもしれん」
「……確かに、今シーズンは、まだ……」
「健康に越したことはないが、奴は過剰に思えてならん」
「自分だけなら、ここまででもないかと……」
「お。パスタとグラタンが来たか。美奈、さっそく食うか」
「うん……」
リンがパスタとグラタンを取り分けてくれることに覚える多少の違和。ゼミ室では基本私がそういうことをしていたから。「そういうことをする方だった?」と素直に聞いてみると、情報センターの方でこういう風にお世話をする機会が増えて無意識に手が出ていたとのこと。私はその厚意をありがたく受けることにして、取り分けてもらったそれを食べ進める。料理はとても美味しい。
「美奈。ところで、これを」
「これは…?」
手渡されたのは小さな紺色の箱。手の平くらいの長さで、厚さは3センチほどか。リンの顔を窺うと、開けて見ろという感じだったので箱を開いてみる。中に入っていたのは、ハーバリウムボールペン。鮮やかなピンクの花を基調としたハーバリウムと、ラメが控えめに輝くピンクの軸がマッチしたとても綺麗な物。トップにはワンポイントで淡い紫色のスワロフスキーがあしらわれている。
「紅茶の礼だ」
紅茶というのは、きっと私がリンの誕生日に渡した物のことを言っているのだと思う。お礼を言われるほどの紅茶というのは、私にもそれくらいしか覚えがない。尤も、あの時贈った紅茶もそれと言って特別高級な物と言うほどでもない、ごく普通の紅茶だったのだけど。
「ありがとう……とても、綺麗……」
「気に入ったのなら良かった。人の誕生日にプレゼントなど、贈ったことはなかったからな」
「……以前、付き合っていたという彼女には…?」
「高校生当時のオレがそんなところに気が回るとでも思うか」
「……回答は、控えさせてもらう……」
「肯定と捉えるぞ」
リンの恋愛観については以前菜月と3人でラーメンを食べたときに少し聞いていたのだけど、その時に以前付き合った彼女についても菜月が少し聞き出していた。それに関しては、とても興味深く聞かせてもらった。
「……それより、私の誕生日を知って…?」
「どこの狸とは言わんが、お前の誕生日が近いからと言って来てな」
「……それは、最早伏せられていない……」
「何にせよ、オレの誕生日にオレの気紛れに付き合わせたからには、お前の誕生日にはそれなりのもてなしをする必要があるとは思っていた。ギブ&テイクではないが、まあ、そのような感じだ。今日のうちであれば多少の要望は聞くぞ」
「……もう、十分すぎるくらいであるとは、伝えておく……ありがとう……」
まさかリンが私の誕生日を知っているとは思っていなかったし、まさかプレゼントをくれるとも思っていなかった。あまりに予想外のことばかりで、嬉しさも大きいけれど驚きの方がいくらか大きい。今日のうちであれば多少の要望は聞くとは言うけれど、本当にもう十分すぎるくらい。強いて要望があるとすれば、今日はこのままもう少し一緒にいたいということ。それを伝える勇気があるかどうかは別にして。
「でも、本当に綺麗なペン……ずっと見ていられる……」
「ハーバリウムは観賞用の植物標本ではあるが、一応筆記具として贈ったとは言っておくぞ」
end.
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わーいリン美奈だよ! 今シーズンは如何せんこんな感じなのでイシカー兄さんなんかは例年よりも過敏になってそうです
その結果かわかりませんが、巻き添えを食らったリン様、現段階でまだインフルをやっていない様子。いつやるのかな! こうなると情報センターが心配だ
その昔、美奈はイシカー兄さんにボールペンを画材として贈りましたが、リン様は美奈に筆記具としてボールペンを贈りました。鑑賞用にもなるけど基本筆記具です。
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リンから誘われ、食事へとやって来た。学生にもそこまでハードルが高くなく、カジュアルに利用できる洋風の小料理屋が西海駅近くに出来たそう。実際に入ってみると、なかなかおしゃれな空間で、場所が少し入り組んだところにあるからか混雑し過ぎず客層も落ち着いた感じ。2人掛けの席に通され、水を一口。
「さて、何を食うか」
「いつの間に、こんな店が……全然、知らなかった……」
「本当に最近らしい。オレも知り合いから聞いて少し興味をもってな。無難にパスタかピザでも頼むか」
「季節の野菜グラタンも、美味しそう……」
「では適当に頼むぞ」
パスタのコースと季節の野菜グラタン、それから、牛ほほ肉の赤ワイン煮をとりあえずは注文。そして乾杯用にワインを一杯。こうしてリンと食事をすることは初めてではないけれど、今日は私の誕生日ということで少し気持ちが浮ついていると言うか、期待していると言うか。リンがそういうことを考える人だとはあまり思えないけれど、この偶然にはただただ感謝するしかない。
お通しのピクルスと一杯目のワインが出て来て、グラスを交わす。最近はロイやあずさを含めたグループでの行動が多かったから、顔自体はよく合わせていたのだけど、いざ2人になると何から話していいやら。話自体はしているから、その続きから始めるべき…? 必ずしも何かを話していなければ間が持たないということはないから、空気を楽しむだけでも私は問題ないのだけど。
「ここのところは、あの性悪狸が静かだな」
「……徹は、自分よりも、沙也ちゃんのことに忙しい……」
「自分ばかりでなく、自分と接触する機会の多いオレたちにもアルコール消毒を義務付けるなど、この時勢にどうやって消毒ジェルなどを調達したのかと疑問で仕方ない」
「……それは、こうなる前に、大量購入していたと考えるのが自然……」
ここのところ、徹は沙也ちゃんの感染症予防のためとしてゼミの自分の席にアルコール消毒液のポンプを設置した。私やリンなど、他のゼミ生にもこれを使って適宜消毒するようにと厳しい顔で言っていた。それだけでなく、徹は携帯用の消毒ジェルも常備している。そういった類の物資が街から消える中、そうやって使わせてもらえるのはありがたいけれど、度が過ぎると言うか。
安定のシスコンと言えばそれまでなのだけど。情報系の講義の後、不特定多数が触れたキーボードに触れたからと私たちを並ばせると手の平を出させ、その上に消毒ジェルを出す様はどこの検査員かと。化学系の実験の後は手洗いなどもしっかりするからそういうことはあまりないのだけど、学内を歩くときも徹はマスクを欠かさないし、沙也ちゃんの受験が終わるまではとことんこのスタンスで行くのかと。大学でこうなら家ではもっととんでもないことになっていそう。
「オレが未だインフルエンザをやっていないのも、奴の多少オーバーとも言える検疫の結果なのかもしれん」
「……確かに、今シーズンは、まだ……」
「健康に越したことはないが、奴は過剰に思えてならん」
「自分だけなら、ここまででもないかと……」
「お。パスタとグラタンが来たか。美奈、さっそく食うか」
「うん……」
リンがパスタとグラタンを取り分けてくれることに覚える多少の違和。ゼミ室では基本私がそういうことをしていたから。「そういうことをする方だった?」と素直に聞いてみると、情報センターの方でこういう風にお世話をする機会が増えて無意識に手が出ていたとのこと。私はその厚意をありがたく受けることにして、取り分けてもらったそれを食べ進める。料理はとても美味しい。
「美奈。ところで、これを」
「これは…?」
手渡されたのは小さな紺色の箱。手の平くらいの長さで、厚さは3センチほどか。リンの顔を窺うと、開けて見ろという感じだったので箱を開いてみる。中に入っていたのは、ハーバリウムボールペン。鮮やかなピンクの花を基調としたハーバリウムと、ラメが控えめに輝くピンクの軸がマッチしたとても綺麗な物。トップにはワンポイントで淡い紫色のスワロフスキーがあしらわれている。
「紅茶の礼だ」
紅茶というのは、きっと私がリンの誕生日に渡した物のことを言っているのだと思う。お礼を言われるほどの紅茶というのは、私にもそれくらいしか覚えがない。尤も、あの時贈った紅茶もそれと言って特別高級な物と言うほどでもない、ごく普通の紅茶だったのだけど。
「ありがとう……とても、綺麗……」
「気に入ったのなら良かった。人の誕生日にプレゼントなど、贈ったことはなかったからな」
「……以前、付き合っていたという彼女には…?」
「高校生当時のオレがそんなところに気が回るとでも思うか」
「……回答は、控えさせてもらう……」
「肯定と捉えるぞ」
リンの恋愛観については以前菜月と3人でラーメンを食べたときに少し聞いていたのだけど、その時に以前付き合った彼女についても菜月が少し聞き出していた。それに関しては、とても興味深く聞かせてもらった。
「……それより、私の誕生日を知って…?」
「どこの狸とは言わんが、お前の誕生日が近いからと言って来てな」
「……それは、最早伏せられていない……」
「何にせよ、オレの誕生日にオレの気紛れに付き合わせたからには、お前の誕生日にはそれなりのもてなしをする必要があるとは思っていた。ギブ&テイクではないが、まあ、そのような感じだ。今日のうちであれば多少の要望は聞くぞ」
「……もう、十分すぎるくらいであるとは、伝えておく……ありがとう……」
まさかリンが私の誕生日を知っているとは思っていなかったし、まさかプレゼントをくれるとも思っていなかった。あまりに予想外のことばかりで、嬉しさも大きいけれど驚きの方がいくらか大きい。今日のうちであれば多少の要望は聞くとは言うけれど、本当にもう十分すぎるくらい。強いて要望があるとすれば、今日はこのままもう少し一緒にいたいということ。それを伝える勇気があるかどうかは別にして。
「でも、本当に綺麗なペン……ずっと見ていられる……」
「ハーバリウムは観賞用の植物標本ではあるが、一応筆記具として贈ったとは言っておくぞ」
end.
++++
わーいリン美奈だよ! 今シーズンは如何せんこんな感じなのでイシカー兄さんなんかは例年よりも過敏になってそうです
その結果かわかりませんが、巻き添えを食らったリン様、現段階でまだインフルをやっていない様子。いつやるのかな! こうなると情報センターが心配だ
その昔、美奈はイシカー兄さんにボールペンを画材として贈りましたが、リン様は美奈に筆記具としてボールペンを贈りました。鑑賞用にもなるけど基本筆記具です。
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