2019(04)

■Amour du chocolat!

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「菜月先輩! お久し振りです。バスでの長旅、お疲れさまでした」
「そんな大層な移動じゃないぞ」

 午後12時半、星港駅前バスロータリーに滑り込んで来た高速バスから、菜月先輩が降りてこられた。テストが終わり、先週の土曜日から菜月先輩は一時的に実家のある緑風エリアへと帰省されていたのだ。そして今日、4年生追いコンが開かれるということでこちらへと戻られたのだ。手には少し大きめのカバンと紙袋。
 今日という日付、そしてこれから行われる行事も含めた上でこの時間から菜月先輩と行動するのが互いにとってWIN-WINだろうという発案が先輩からなされていた。俺が菜月先輩からの誘いを断る理由などこの世にあるはずもないので喜んでお出迎えさせていただいている。

「とりあえず、お腹空いたし行くか」
「先日言っていた店を予約してありますので、このまま行けばスムーズに入れるかと思います」
「おっ、やるな」

 正月が終われば街はバレンタイン一色になる。百貨店ではチョコレートフェスタなるイベントが開催されるし、スーパーでも大学の購買でもチョコレートがこれでもかと売りに出される。俺みたいな人間にはバレンタインなんて業者の陰謀だという言葉がよく似合うのだけど、その恩恵もあるにはある。
 バレンタイン限定スイーツというものがカフェなどで出るんだ。チョコレート絡みの美味いヤツだ。珈琲店の“髭”でもバニラソフトがブランド監修のチョコレートソフトになったりして、俺も非常においしくうまうまさせていただいたワケだ。その相手がこーただというのが寂しいところだけどな!
 ただ、今日これからは幸せの時間だ。菜月先輩とこれから行くカフェにも例によってバレンタイン限定のチョコレートスイーツが出ている。その話を追いコン関係の連絡ついでに話していて、帰ってきたらその足で行こうかということになっていたんだ。これは実質バレンタインも勝利宣言でいいのでは?

「2名で予約していた野坂です」
「いらっしゃいませ、どうぞ」

 通された席に着くと、メニューにはお目当てのダブルリッチチョコレートパンケーキのカードが。そう、俺たちはこのダブルリッチチョコレートパンケーキを目当てに来ている。さっそくそれを注文してしばし待つ。この店のパンケーキは本当にじっくりゆっくり焼くので30分40分は余裕で待つそうだ。

「今が1時前だから、普通に食べ終わりが2時前くらいになりそうだな。夜のことを考えるとそれ以上はつままない方がいいかな」
「そうですね、俺はともかく、菜月先輩はそれ以降は控えた方がよろしいかもしれません」
「パンケーキが来るまで結構あるし、今のうちにやっとくかあ」
「やる? 何をでしょうか」
「はい、これ」

 菜月先輩が提げていた紙袋の中から、また別の小さな紙袋が出てきた。そしてそれを手渡される。紙袋の中にはきれいに包装された小さい箱が。えーと、これは?

「菜月先輩、これは」
「今日の日付から考えろ。ちなみに、来月3倍返しだからな」
「……ありがとうございます!」

 もしかしなくても大勝利なのでは!? だって、今日の日付と3倍返しというワード、この袋の中身はひょっとしなくてもバレンタインギフトというヤツ! 生きててよかったあ……幸せにも程がないか? えっ、夢じゃないよな? 実はドッキリでしたとかやめてくれよマジで。

「ですが菜月先輩、この包装の感じからすると、相当いいものなのでは…? そんなものをいただいてしまい恐縮です」
「悪いものでもないけど1粒1000円とかの凄いものでもないぞ。豊葦と星港のチョコレートフェスタにも参戦したけど、地元でやってたそういうイベントにも当然参戦してたんだ。向こうのイベントではこっちで見なかった有名ショコラティエが出張してきてて、これはと思って」
「お心遣いをいただきありがとうございます。あの、不躾なのを承知でお尋ねするのですが、もしかして今日会うサークルメンバー全員にご用意されていらっしゃるのですか?」
「そんなことをしたら破産する。でも一応バラマキ用のお土産は持ってきてるから、そっちは追いコンの時に。個別に用意してるのはお前だけだからくれぐれも他言無用で頼む」
「もちろんです。本当にありがとうございます…!」

 ナ、ナンダッテー!?
 いや、めちゃくちゃ頑張って平静を装ってるけど正直めっちゃ浮かれてますよね! 個別に用意してるのは俺だけって! ひゃっほう! まあ、それも「※MMPでは」っていう但し書きが入る可能性もあるっちゃあるけど(どうしてもちらつく某先輩の影)、菜月先輩からこうしてチョコをいただいたことが幸せなので大勝利だ。

「せっかく買ったから、悪くしないようにするのが本当に大変だった。家では部屋の外に出しとけばいいんだけど、問題はバスだよ。どうするのが正解なのかわかんなくて、とりあえず窓側にひっかけて外気でせめてもの保冷って言うか」
「ああ、バスの中は蒸しますし熱が籠もりますからね」
「自分の真上にある暖房も止めるし、膝の上なんかには乗せられないからな。そうするしかなかったんだ」
「並々ならぬお手間をかけていただいたんですね。本当にありがとうございます。何より、俺のことを思い出していただけたことが嬉しいです」

 本当に、それに尽きるんだよなあ。思い出していただけたことが。

「それなりに世話になってるしな。日頃のお礼的な? まあ、3月に3倍返ししてもらうけど」
「それくらいはさせていただかなければ俺の気が済みません」
「……お前に3倍返しとか言うと冗談じゃなく3倍で返ってきそうだな。あの、3倍はよくある冗談で、もし返してくれるなら気持ち分だけでいいんだぞ」
「でしたら軽く3倍以上になってしまうのですが俺はどうしたら……」
「じゃあこうするか。予算は2000円まで。こう決まってればやたら大きなn倍にはならないだろ」
「……あの、そう指定されるということはもしやこの中身は2000円ということですか…?」
「あっ。聞かなかったことにしてくれ。厳密には1600円だ」
「わかりました。では気持ち分を乗せて予算2000円で見繕わせていただきます」

 せんろっぴゃくえん…!? ぶっちゃけめちゃくちゃ小さい箱だぞ…!? スーパーの特設売場でブランドとかホテルのチョコのサンプルを見てたけど、このサイズの箱って入ってても精々6個くらいじゃないか。平均4個ってトコのサイズ感ですよ。ダメだダメだ、野暮な計算をするな。大切なのは気持ち!
 菜月先輩は1600円もあれば好きなバンドのミニアルバムが買えるとかってそっちにぶち込んで食費を削るとかも全然ある人だ。それなのに、そのお金を使って俺にこうして贈り物をしてくれたということが金額以上の価値があるしありがたみしかない。俺も溶かさないように持ち歩かないとな。菜月先輩の努力を無にするワケにはいかない。

「パンケーキまだかな。お腹空いた」
「ええと、今が来店から20分くらいですので、まだもう少し先ですね」
「そうだノサカ、悪いけど豊葦に行く前に大石に用事があるんだ」
「大石先輩ですか? わかりました」


end.


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ノサナツ年なのでこれくらいは全然あるよね! 追いコン集合前にバレンタインデートのノサナツです。遅刻の心配がなくてよかったなノサカ!
ノサナツ年なのでナツノサがどちゃくそいちゃいちゃしているし、今年はノサカがライバル視する某先輩の影はぶっちゃけないので安心していいぞ!
で、菜月さんがどうやらちーちゃんに用事があるようだけれども、一体何の用事だろうか。気になるところですね。今後言及があるのか!

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