2019(04)

■洋館は雪に閉ざされて

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 大学からバスで5時間、向島の北東隣・長篠エリアの山奥にある緑ヶ丘大学のセミナーハウスに到着。サービスエリアでの休憩を挟みながら、途中で大型観光バスからマイクロバスに乗り換えたりといろいろあってようやく到着。暖冬と言え長篠の山奥ともなれば雪は普通に積もっているし、路面も凍っている。
 バスから降りてセミナーハウスに向かうまでもまず雪の斜面を登らなければならない。2泊3日分、それなりの荷物を抱えた状態で、大半の人は慣れない雪の路面。きゃーとかわーとか、そんな声がこだまする。俺も普通のスニーカーで来てしまったから、転ばないように注意して。

「あっ、わー!」
「千葉ちゃん大丈夫か」
「いった~…!」
「果林先輩大丈夫ですか」
「スマホとご飯は死守したよね」
「さすが千葉ちゃん」
「さすがです。果林先輩、荷物1つ持ちましょうか」
「そしたらお願いしていい? ありがとねタカちゃん。お礼に後でごはんひとつあげるね」

 さっそく雪の斜面で転んでしまった果林先輩だけど、スマホと非常食の詰まったカバンを優先して守るのはさすがだし安定。怪我もないようで何より。と言うか果林先輩はとにかく非常食で荷物が重く、大きくなっていてバランスも崩しやすいんだと思う。アルファ米を本当にケース買いしてたしなあ……。
 バスの中では簡単なオリエンテーションと言うか、クイズ大会なんかが行われていて、セミナーハウスに着くまでにも合宿はもう始まっていた様子。正直朝が早くて結構しんどかったけど、このクイズ大会などのおかげで練るに寝れなくて今現在とても疲れている。この調子で大丈夫かなあ。

「セミナーハウスの建物はまだ見えないんですかね」
「もうちょっと登れば見えてくるよ」
「この登りがしんどいんやわ」
「あっ、あれあれ」
「あれですか」

 雪の坂を登ってようやく見えてきたのは、まるでどこかの洋館のような建物だ。一応セミナーハウスのパンフレットはゼミでもらっていたし、大学のホームページでも見ていたから予備知識はあったけど、いざ実物を目の当たりにするとその大きさと豪華さに引いてしまう。大学の施設、ですよね?
 セミナーハウスのすぐ横にはスキー場があって、そのスキー場の宿泊施設としても営業されているらしかった。ハウスはスキー場の中腹くらいに位置している。一番下のリフト乗り場とスキー小屋はさっき確認したけど、そこからひたすら足で登ってきた形だ。これは確かにしんどい。

「はー、着いたー!」
「君たち、30分後に全員ミーティングルーム1教室に集合ね。それまでの間に各々部屋に入ったり休憩したりしてね」
「はーい」

 いざその建物に入ると、中はもっと洋館のようだった。赤い絨毯が床一面に敷き詰められていて、天井にはシャンデリア、ホテルのような売店まである。グラスが上から吊り下がり、酒のボトルが並ぶバーカウンターなんかもあるけど合宿ではこの施設は使えないらしい。残念。
 ロビーには百合の花を基調として花瓶が飾られているし(こんな雪山でわざわざ生花を調達しているのだろうか)、グランドピアノや煉瓦作りの暖炉もある。このピアノを早速演奏している人もいるし、ひたすら施設を写真に収めている人もいる。となると、客室なんかもすごいのだろうか。

「鵠さん、俺たちの部屋ってどっち?」
「あー、えーと、ちょっと待ってくれ、今フロアガイド見る」
「ごめん」
「康平、宿泊フロアはあっちやよ。俺も今行くで、ついてきたらええよ」
「あざす」
「ありがとうございます」

 平田先輩が助け船を出してくれたので、俺たちはそのままついて歩く。平田先輩によれば、今までいた場所や食堂はかなり豪華に見えるけど、学生がセミナーで使う教室が連なる講義棟なんかは大学のそれとほとんど変わらないらしい。宿泊室も、ごく普通のホテルのような感じらしい。
 去年は宿泊室がほどよく埋まっていて1、2年の男子はそれぞれ学年ごとに座敷が用意されていたそうだけど、今年はあまり部屋が埋まっていないそうで、学年に関係なく2人から4人までの比較的小さい部屋が割り振られているそうだ。俺は鵠さんと、樽中くんという子と一緒の3人部屋だ。

「ここか、1206号室。平田さんあざっした」
「おー。あとで人生ゲーム誘いに来るでねー、待っとってなー」
「うす。それじゃあ高木、入るか」
「そうだね」

 客室の中は本当によくあるホテルのような感じ。ふかふかのベッドがあって、ベッドとベッドの間には時計や照明のスイッチがあって。室内BGMもセットできる。つまみを3に合わせると、クラシック音楽が流れてきた。湯沸かし器もばっちり。湯飲みとティーバッグもある。

「あっタカちゃん。さっき荷物ありがとね。はい、お礼のごはん」
「ありがとうございます。でも、よく俺がこの部屋だってわかりましたね」
「ひらっちゃんから聞いた」
「なるほど」
「千葉ちゃんどんだけ非常食持ってきてんすか」
「鵠さんちゃんと非常食持ってきてる? 本当に足りなくなるから。フランス料理は本当に食べた気しないよ!」
「実はそんなに持ってきてないんすよね。そんなに足りないっすか」
「足りない」

 ちなみに、最初の夕食はこの後のオリエンテーションの後だそうだ。俺はフランス料理のフルコースが食べられないような物ばっかりだったときに備えて非常食は万全にしてある。それに、今果林先輩から白いご飯をひとつもらったから、それなりにやっていける気はする。

「あー、ここだここだ。あっ、2人ルームメイトだよねー、よろしくー」
「よろしく」

 前に一度実苑くんの繋がりで話すだけ話していた文芸部の樽中くんが興奮した様子で部屋にやってきた。樽中くんは荷物を下ろすやいなや、スマホを見て楽しそうにしている。

「って言うかさこのセミナーハウス、殺人事件の現場としては完璧じゃない?」
「確かに、ここが雪山の洋館って考えるとこの後停電が起きたり電話線が切れたりしそうじゃんな」
「そうそう、それでさ、こんなあからさまな洋館なんかそうそうお目にかかれないから写真撮ってたよね! 創作のネタと言うか資料はいくらあってもありすぎることはないからね。あ~、食堂ってどんな感じなんだろう。お風呂はどうかなあ、足を滑らせやすい大理石かなあ。楽しみだなあ! スキー場なんかも現場としてはいいよねえ!」
「この中に殺人鬼がいるって? 冗談じゃない! こんな連中と一緒にいられるか、俺は部屋に戻る! ……的なヤツ?」
「それそれ~!」
「えっと、集合まであと何分?」
「15分だな」
「じゃあもう少し休めるね。7分前とかに出ればいいか」


end.


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佐藤ゼミの合宿が始まりました。果林が大きな荷物を担いで雪の坂をえんやこらと登ってるとかわいい。転んじゃったけど。
あんまりにもロビーなんかが豪華だから、講義棟に進んでいくと殺風景すぎて現実に引き戻される件もやりたかった。
樽中サッカスも安定の資料集めです。って言うかサッカスが本当に久しぶり。文化部の話もそろそろちょっとずつ入れていきたい。あずみーん!

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