2019(04)
■ベスト・ベター・ソーバッド!
++++
「やあやあ高崎君飯野君、来たね。好きなとこに掛けてよ」
それは、俺と飯野が個人的に安部ちゃんに呼び出されて出て行ったときのことになる。安部ゼミ屈指の問題児として扱われている俺と飯野は、こうして安部ちゃんの研究室に個人的に呼び出されて茶を振る舞われることが日常と化していた。もちろん、ただお茶を飲むだけではなく、窘められているのだが。
俺はレポートはしっかり書くものの出席が足りないタイプの問題児で、飯野はその逆、出席は完璧だけどレポートがゴミクズというタイプの問題児だ。俺ならレポート、飯野なら出席である程度は成績もカバー出来るし去年はそれをしたけれど、あまりにも度が過ぎるから今年はそこまで甘くしないとは年度頭にも聞いていた。
で、秋学期のテストが終わってしばし。年度末の課題レポートの提出期限も過ぎ、一旦研究室に呼び出しを食らった俺たちだ。これからどんな話が始まるのかの予想は経験からある程度ついているけれども、いざ本当に始まるまではどこかそわそわして落ち着かない。すべては安部ちゃんの匙加減ひとつなのだ。
「レポートの提出期限が来て、まず飯野君のレポートを読みました」
「ひー、緊張するぅ~!」
「結論から言えば、本当に飯野君が書いたのかと思うほどに筋道がしっかりしているし、文字数に関しても、飯野君比ではあるけどそれなりに増えてたからね。来年もこの調子で頑張ろうね」
「えっ、それじゃあ演習Ⅱの単位もらえるんすか!」
「B評価だね。出席は文句なし。今回はレポートも頑張ったからね」
「まさかの! よ~っしゃあ! 安部ちゃんあざーす! Bとか貴重!」
――などと飯野は喜んでいるが、誰のおかげでそのレポートが書けたのかは今一度考えてもらわないといけない。飯野が余らせてる出席ボーナス目当てとは言え、夏から冬にかけてこのゴミクズレポートを読めるモンにするために奮闘しまくった俺の功績でもあるのは違いない。
「おい飯野。お前、何か俺に言うことと奢るモンがあるだろ」
「言うことはともかく奢るモンってのが物騒過ぎねーか!?」
「俺のおかげだろどう考えても」
「お前だけじゃねーし。ロイド君にも助けてもらってるし」
「お前、ガチで朝霞も巻き込んだのかよ」
「ロイド君、自分の資料集めもあるからって喜んで付き合ってくれたぞ。何かと人に奢らそうとするお前とは大違いだ!」
「それは朝霞とお前の利害が一致したからで、俺がお前を助けるのは自分の出席ボーナスのためだからな」
「クソっテメこの野郎」
「ちなみに、お前が地元でもレポートの資料集めをするよう朝霞に監視を頼んだのは俺だからな」
「テメー! ロイド君まで利用しやがったか! ちくしょ~…! 懇切丁寧に集めた資料を使ったレポートの書き方とか考え方も教えてくれたんだぞ!」
「結果利害が一致してたんだからいいだろうがよ。つか俺はレポートの書き方指南までは頼んでねえから、それはアイツの善意だろ」
「飯野君、そうやって助けてくれる友達がいっぱいいて良かったねえ」
「ホントに。コイツの人格はクソだけどな!」
もちろん、朝霞に飯野の監視を頼んだのも出席ボーナスのためだ。さすがに山羽への帰省中までは目が届かないし、遊び呆けられても困る。だけど、朝霞はレポートの書き方指南までしてたのか。その辺は、さすが能力が物書きに特化した“鬼のプロデューサー”なのだろう。その異名はダテじゃねえってか。
「それで、高崎君だね」
「クソッ、テメー落とせ」
「ンだとこの野郎」
「結論から言えばB評価。高崎君の成績だとBは見劣りするかもしれないけど、これが精一杯の評価だね。レポートは文句なしで一番。で、出席は先の飯野君のレポートの結果を含めた上でギリギリセーフ。来年はちゃんと来てね」
「はー、あざす」
「一応ゼミの成績の付け方はレポートがベースで、出席で加点なり減点なりするんだよね。飯野君のレポートはCレベルだけど、出席分を加点してB。高崎君のレポートはSレベルだけど、出席分を減点してBってワケ」
「安部ちゃん、最底辺の俺らがBっつーことは、Cの奴なんか当然いないんすか」
「あっ、それだよ。いくら安部ちゃんの中で基準あるっつっても俺らより悪い奴なんかいんの?」
「実はC評価の子もいるよ。誰とは言わないけどね。君たちは高崎君ならレポート、飯野君なら出席がトップだからもう一方が悪くてもそれなりにカバー出来てるんだよ。まあ、倉橋君みたくどっちもちゃんとするのが理想だよ、本来ならね」
安部ちゃん曰く、俺と飯野はそれぞれ問題児ではあるけど、こうやって安部ちゃん安部ちゃんっつって自分に構ってくれる分それなりに可愛く映っているらしい。それに、何だかんだレポートだの何だのにちゃんと取り組んでいるから面倒の見甲斐があるとかないとか。確かに俺たちも安部ちゃんを教授と言うよりは仲のいいおっさんだと思っている節はある。
現代コミュニケーション論というものを研究している安部ちゃんだからか、こうして実際に自分とコミュニケーションを取ってくれる人間というのが面白いのかもしれない。ネットだのSNSだの、コミュニケーションの手段がいろいろ多様化してきた時代でも、お茶会で近況報告し合える間柄という物が。
「ところで、卒論に向けてはどうするつもり? 飯野君」
「俺は向舞祭に狙いを絞って、ある程度の期間を使ってスタッフさんの一人に密着取材させてもらうことにしてます」
「いいね。飯野君らしいフィールドワークだね。自分も大祭実行の仕事が始まるだろうけど頑張ってね。高崎君は。コミュニティFMラジオがテーマだけど」
「俺はFMにしうみに知り合いがいるんでそのツテで来春から番組をやらせてもらうことになってます。そこでいろいろ実証実験をしてみようかと」
「うんうん、これも高崎君だから出来るやり方だね。だけど、コミュニティFMは僕と言うより」
「佐藤サンの領域だから詰んだらヒゲさんに、っすよね。わかってます」
「うん、ゴメンねたらい回しにするようだけど。一応佐藤先生にももし高崎君が来たらお願いしますって言ってあるから」
「つか高崎って確かヒゲさん嫌いじゃなかったっけ」
「マジでしつこいからなあのおっさん。助けなんか求めようモンなら奴隷にされる運命だ。詰まないようにしねえと」
end.
++++
高崎と飯野が安部ちゃんに呼び出されました。それぞれ成績が心配な季節のようです。まあそうだよなあ。飯野なんか特に卒業が怪しいし。
そう言えば飯野は朝霞Pにも助けてもらってたよなあと思ったし、その朝霞Pが高崎から指令を受けている年度もあったので包囲網は確実に狭まっている
高崎はコミュニティの人脈をと考えたときに美奈のことを思い出したんだろうけど、最初はどういう接触の仕方をしたんだろうか
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「やあやあ高崎君飯野君、来たね。好きなとこに掛けてよ」
それは、俺と飯野が個人的に安部ちゃんに呼び出されて出て行ったときのことになる。安部ゼミ屈指の問題児として扱われている俺と飯野は、こうして安部ちゃんの研究室に個人的に呼び出されて茶を振る舞われることが日常と化していた。もちろん、ただお茶を飲むだけではなく、窘められているのだが。
俺はレポートはしっかり書くものの出席が足りないタイプの問題児で、飯野はその逆、出席は完璧だけどレポートがゴミクズというタイプの問題児だ。俺ならレポート、飯野なら出席である程度は成績もカバー出来るし去年はそれをしたけれど、あまりにも度が過ぎるから今年はそこまで甘くしないとは年度頭にも聞いていた。
で、秋学期のテストが終わってしばし。年度末の課題レポートの提出期限も過ぎ、一旦研究室に呼び出しを食らった俺たちだ。これからどんな話が始まるのかの予想は経験からある程度ついているけれども、いざ本当に始まるまではどこかそわそわして落ち着かない。すべては安部ちゃんの匙加減ひとつなのだ。
「レポートの提出期限が来て、まず飯野君のレポートを読みました」
「ひー、緊張するぅ~!」
「結論から言えば、本当に飯野君が書いたのかと思うほどに筋道がしっかりしているし、文字数に関しても、飯野君比ではあるけどそれなりに増えてたからね。来年もこの調子で頑張ろうね」
「えっ、それじゃあ演習Ⅱの単位もらえるんすか!」
「B評価だね。出席は文句なし。今回はレポートも頑張ったからね」
「まさかの! よ~っしゃあ! 安部ちゃんあざーす! Bとか貴重!」
――などと飯野は喜んでいるが、誰のおかげでそのレポートが書けたのかは今一度考えてもらわないといけない。飯野が余らせてる出席ボーナス目当てとは言え、夏から冬にかけてこのゴミクズレポートを読めるモンにするために奮闘しまくった俺の功績でもあるのは違いない。
「おい飯野。お前、何か俺に言うことと奢るモンがあるだろ」
「言うことはともかく奢るモンってのが物騒過ぎねーか!?」
「俺のおかげだろどう考えても」
「お前だけじゃねーし。ロイド君にも助けてもらってるし」
「お前、ガチで朝霞も巻き込んだのかよ」
「ロイド君、自分の資料集めもあるからって喜んで付き合ってくれたぞ。何かと人に奢らそうとするお前とは大違いだ!」
「それは朝霞とお前の利害が一致したからで、俺がお前を助けるのは自分の出席ボーナスのためだからな」
「クソっテメこの野郎」
「ちなみに、お前が地元でもレポートの資料集めをするよう朝霞に監視を頼んだのは俺だからな」
「テメー! ロイド君まで利用しやがったか! ちくしょ~…! 懇切丁寧に集めた資料を使ったレポートの書き方とか考え方も教えてくれたんだぞ!」
「結果利害が一致してたんだからいいだろうがよ。つか俺はレポートの書き方指南までは頼んでねえから、それはアイツの善意だろ」
「飯野君、そうやって助けてくれる友達がいっぱいいて良かったねえ」
「ホントに。コイツの人格はクソだけどな!」
もちろん、朝霞に飯野の監視を頼んだのも出席ボーナスのためだ。さすがに山羽への帰省中までは目が届かないし、遊び呆けられても困る。だけど、朝霞はレポートの書き方指南までしてたのか。その辺は、さすが能力が物書きに特化した“鬼のプロデューサー”なのだろう。その異名はダテじゃねえってか。
「それで、高崎君だね」
「クソッ、テメー落とせ」
「ンだとこの野郎」
「結論から言えばB評価。高崎君の成績だとBは見劣りするかもしれないけど、これが精一杯の評価だね。レポートは文句なしで一番。で、出席は先の飯野君のレポートの結果を含めた上でギリギリセーフ。来年はちゃんと来てね」
「はー、あざす」
「一応ゼミの成績の付け方はレポートがベースで、出席で加点なり減点なりするんだよね。飯野君のレポートはCレベルだけど、出席分を加点してB。高崎君のレポートはSレベルだけど、出席分を減点してBってワケ」
「安部ちゃん、最底辺の俺らがBっつーことは、Cの奴なんか当然いないんすか」
「あっ、それだよ。いくら安部ちゃんの中で基準あるっつっても俺らより悪い奴なんかいんの?」
「実はC評価の子もいるよ。誰とは言わないけどね。君たちは高崎君ならレポート、飯野君なら出席がトップだからもう一方が悪くてもそれなりにカバー出来てるんだよ。まあ、倉橋君みたくどっちもちゃんとするのが理想だよ、本来ならね」
安部ちゃん曰く、俺と飯野はそれぞれ問題児ではあるけど、こうやって安部ちゃん安部ちゃんっつって自分に構ってくれる分それなりに可愛く映っているらしい。それに、何だかんだレポートだの何だのにちゃんと取り組んでいるから面倒の見甲斐があるとかないとか。確かに俺たちも安部ちゃんを教授と言うよりは仲のいいおっさんだと思っている節はある。
現代コミュニケーション論というものを研究している安部ちゃんだからか、こうして実際に自分とコミュニケーションを取ってくれる人間というのが面白いのかもしれない。ネットだのSNSだの、コミュニケーションの手段がいろいろ多様化してきた時代でも、お茶会で近況報告し合える間柄という物が。
「ところで、卒論に向けてはどうするつもり? 飯野君」
「俺は向舞祭に狙いを絞って、ある程度の期間を使ってスタッフさんの一人に密着取材させてもらうことにしてます」
「いいね。飯野君らしいフィールドワークだね。自分も大祭実行の仕事が始まるだろうけど頑張ってね。高崎君は。コミュニティFMラジオがテーマだけど」
「俺はFMにしうみに知り合いがいるんでそのツテで来春から番組をやらせてもらうことになってます。そこでいろいろ実証実験をしてみようかと」
「うんうん、これも高崎君だから出来るやり方だね。だけど、コミュニティFMは僕と言うより」
「佐藤サンの領域だから詰んだらヒゲさんに、っすよね。わかってます」
「うん、ゴメンねたらい回しにするようだけど。一応佐藤先生にももし高崎君が来たらお願いしますって言ってあるから」
「つか高崎って確かヒゲさん嫌いじゃなかったっけ」
「マジでしつこいからなあのおっさん。助けなんか求めようモンなら奴隷にされる運命だ。詰まないようにしねえと」
end.
++++
高崎と飯野が安部ちゃんに呼び出されました。それぞれ成績が心配な季節のようです。まあそうだよなあ。飯野なんか特に卒業が怪しいし。
そう言えば飯野は朝霞Pにも助けてもらってたよなあと思ったし、その朝霞Pが高崎から指令を受けている年度もあったので包囲網は確実に狭まっている
高崎はコミュニティの人脈をと考えたときに美奈のことを思い出したんだろうけど、最初はどういう接触の仕方をしたんだろうか
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