2019(04)
■マッチャ・デ・チャチャチャ
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「あっ、福井先輩! こんにちはー! えっと、林原さんに用事ですか?」
少し、リンに用事があって情報センターに顔を出してみる。テスト期間とは言え、さすがに6時を過ぎれば人も日中よりは少なくなるという風には聞いていたから。受付を覗くとそこに座っていたのはUHBCの1年生、ミドリ。サークルの場では1度くらいしか会ったことがないけれど、人懐こい子だとはリンから聞いた。
本来理系の学生は情報センターに学習をしに来ることはほとんどない。理系の学生は学部の建物に自習室があるし、ゼミに所属するようになればそこに引きこもることが多々。私も例外になく。だからこそ、私がここに来るとリンに用事なのだとこの子の方もわかってくれているようだった。話が早くて助かる。
「……リンは?」
「林原さんだったら、ちょっと前に上がっちゃいましたね。ゼミ室にいるから何かあったら呼んでくれとは言ってましたけど」
「……もしかして、入れ違った…?」
「かもしれませんねー」
「わかった……ありがとう……」
「いえいえー」
事務所の奥の方では、髪の長い綺麗なあの子が書類仕事をしているようだった。ショートカットの子はいないようだけれど。受付のすぐ後ろに置かれていた廊下からの視線を遮るパーテーションは取り払われ、元あったように戻っている。件の騒動が落ち着いた証。情報センターが平和になって良かったと思う。
「……ところで、その後は、大丈夫…? 女の子、見えてるけど……」
「あ、えーと、その後って言うと向島の三井さんの件ですかー?」
「そう……」
「その後は特に何もないですねー。大石先輩も心配して聞いてくれたんですけど、何もないですよーって言ったらよかったーって」
「……彼らしい……」
彼の件に関しては、菜月が奔走してくれたりした結果現状のように落ち着いたのだと思う。菜月によれば、結局、情報センターの女の子たちの次は洋食屋のピアニスト(リン)に目を付けたものの、それが男性だとわかって手を引いたらしい。現在は新しい春を探して出歩いているとのこと。
この件では星大だけにとどまらず、菜月やトニーといった向島勢、この前に彼の被害にあったあずさのいる星ヶ丘でも衝撃が走ったそう。世間の狭さを実感すると同時に、彼はどこにでも湧いてくるのだなという感想を全員が抱いたそうだから、逆にもう笑うしかないのかもしれない。
「それでは、私はこれで……」
「あっ、福井先輩ちょっと待ってください」
「……?」
「ゼミ室に戻るんだったら林原さんにこれを持って行ってもらっていいですかー?」
「これは…?」
「センターの所長がみんなに差し入れをくれたんですけど、中身がわらび餅だったんです。如何せん生ものなので。それに、林原さんて抹茶味好きじゃないですか、美味しいうちに食べてもらった方がいいですし」
「わかった……」
「俺が食べたのはほうじ茶味だったんですけど、抹茶味もきっと美味しいと思うんで、林原さんも満足間違いなしです!」
この子はやたらと抹茶味であるということを押してくるなと思った。まるで、この子の中では抹茶と言えばリン、リンと言えば抹茶という式が成立しているかのように。確かに、春頃に徹が持ってくる抹茶ドーナツは好きだったとは思うけど、それでもここまで強く押すほどという印象は特にない。
お茶で言えば、リンはミルクティーをよく飲んでいるから紅茶のイメージがとても強い。私の中ではそう。MIF、ミルクインファーストというこだわりも知っている。ミルクティーに菓子パンのチョコスティックまたはスコーンというのが彼のイメージ。もしかすると、私は固定概念に捕らわれているのかもしれない。
「……もしかして、リンって、抹茶味が好き…?」
「そうですよー。ハーゲンダッツも基本グリーンティーですしー、前に大石先輩が持ってきてくれたクッキーも抹茶味を一番に食べてましたしー、一緒にカフェに行ってもロイヤルミルクティーか抹茶ラテですしー」
「……そう」
「最近だったら、バレンタイン売場で俺が個人的に買ってきたお茶フレーバーのチョコセットっていうのがあるんですけどー」
「うん……」
「俺はほうじ茶チョコだけで良かったんで抹茶味のを林原さんにあげたらすごく喜んでくれてー、もっと食べたいって言ってましたねー」
なるほど。確かにそれだけ揃っていれば、リンは抹茶好きだと確定しても良さそう。普段飲んでいるのはミルクティーだけど、抹茶もそれなりに好きだという新たな発見。あれは何もドーナツだけの話ではなかったらしい。これはとてもいいタイミングでいい情報を得られたと思う。
如何せんバレンタインはこれから。私は甘いものが食べられないからチョコレートを作るのもな、と思うし、徹のようにチョコレートの善し悪しはあまりよくわからない。だから何か渡すなら市販の物がベターかなとは思っていたから。だけど、好みの問題というのは少なからずある。
「……ちなみに、それは、どこのお店で買える…?」
「えっと、俺が買ったのは、星大近くの雑貨屋さんわかります? bug-eyedっていう」
「ああ、あの……」
「そこのバレンタイン特設売場で見つけてー。お茶チョコのセットがいろいろあって、ほうじ茶食べ比べセットとかグリーンティー食べ比べセットとか、いろいろありましたよー」
「ありがとう……行ってみる……」
「いえいえー、お役に立てたなら何よりですー。あっ、もしかして福井先輩、バレンタインギフトですか?」
「リンと、それから、徹には毎年……」
「あっ、石川先輩ですねー。確か幼馴染みでしたもんねー。あれっ、でも石川先輩てチョコレートに対するこだわりが強いとかチョコレートが好きすぎてUHBCじゃチョコレートお化けって呼ばれてませんでしたっけ」
「……事実だけど、本人に言うと、怒られるから……」
「黙っておきますー」
本人が自分で欲しいチョコレートを買い漁っているチョコレートお化けはともかく、リンのチョコレートの好みがわかったのは大きな収穫。1つついたら3か4くらいは返ってきたように思う。ミドリは、人懐こいのはいいけれど、もう少し用心深くもなった方がいいかと……。リンにも大石君にも、それが可愛いのかもしれないけれど。
「わらび餅が温くなるから、私はこれくらいで……」
「あっはい、お疲れさまですー」
end.
++++
思わぬところで情報ゲットの美奈、良かったね! というワケで2月らしい?お話です。しかしミドリよ。リン様とはお茶友なのかしら。
どうやら一応は繁忙期にも関わらず、リン様が先に上がるということもあるのね。もしかしたら1日缶詰してた結果かもしれないが
あれっ、そういや今年はノサナツ年だけどバレンタインなる行事はどうなるんだ!? タカりんのつもりだったからすっかり忘れてたぜ!
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「あっ、福井先輩! こんにちはー! えっと、林原さんに用事ですか?」
少し、リンに用事があって情報センターに顔を出してみる。テスト期間とは言え、さすがに6時を過ぎれば人も日中よりは少なくなるという風には聞いていたから。受付を覗くとそこに座っていたのはUHBCの1年生、ミドリ。サークルの場では1度くらいしか会ったことがないけれど、人懐こい子だとはリンから聞いた。
本来理系の学生は情報センターに学習をしに来ることはほとんどない。理系の学生は学部の建物に自習室があるし、ゼミに所属するようになればそこに引きこもることが多々。私も例外になく。だからこそ、私がここに来るとリンに用事なのだとこの子の方もわかってくれているようだった。話が早くて助かる。
「……リンは?」
「林原さんだったら、ちょっと前に上がっちゃいましたね。ゼミ室にいるから何かあったら呼んでくれとは言ってましたけど」
「……もしかして、入れ違った…?」
「かもしれませんねー」
「わかった……ありがとう……」
「いえいえー」
事務所の奥の方では、髪の長い綺麗なあの子が書類仕事をしているようだった。ショートカットの子はいないようだけれど。受付のすぐ後ろに置かれていた廊下からの視線を遮るパーテーションは取り払われ、元あったように戻っている。件の騒動が落ち着いた証。情報センターが平和になって良かったと思う。
「……ところで、その後は、大丈夫…? 女の子、見えてるけど……」
「あ、えーと、その後って言うと向島の三井さんの件ですかー?」
「そう……」
「その後は特に何もないですねー。大石先輩も心配して聞いてくれたんですけど、何もないですよーって言ったらよかったーって」
「……彼らしい……」
彼の件に関しては、菜月が奔走してくれたりした結果現状のように落ち着いたのだと思う。菜月によれば、結局、情報センターの女の子たちの次は洋食屋のピアニスト(リン)に目を付けたものの、それが男性だとわかって手を引いたらしい。現在は新しい春を探して出歩いているとのこと。
この件では星大だけにとどまらず、菜月やトニーといった向島勢、この前に彼の被害にあったあずさのいる星ヶ丘でも衝撃が走ったそう。世間の狭さを実感すると同時に、彼はどこにでも湧いてくるのだなという感想を全員が抱いたそうだから、逆にもう笑うしかないのかもしれない。
「それでは、私はこれで……」
「あっ、福井先輩ちょっと待ってください」
「……?」
「ゼミ室に戻るんだったら林原さんにこれを持って行ってもらっていいですかー?」
「これは…?」
「センターの所長がみんなに差し入れをくれたんですけど、中身がわらび餅だったんです。如何せん生ものなので。それに、林原さんて抹茶味好きじゃないですか、美味しいうちに食べてもらった方がいいですし」
「わかった……」
「俺が食べたのはほうじ茶味だったんですけど、抹茶味もきっと美味しいと思うんで、林原さんも満足間違いなしです!」
この子はやたらと抹茶味であるということを押してくるなと思った。まるで、この子の中では抹茶と言えばリン、リンと言えば抹茶という式が成立しているかのように。確かに、春頃に徹が持ってくる抹茶ドーナツは好きだったとは思うけど、それでもここまで強く押すほどという印象は特にない。
お茶で言えば、リンはミルクティーをよく飲んでいるから紅茶のイメージがとても強い。私の中ではそう。MIF、ミルクインファーストというこだわりも知っている。ミルクティーに菓子パンのチョコスティックまたはスコーンというのが彼のイメージ。もしかすると、私は固定概念に捕らわれているのかもしれない。
「……もしかして、リンって、抹茶味が好き…?」
「そうですよー。ハーゲンダッツも基本グリーンティーですしー、前に大石先輩が持ってきてくれたクッキーも抹茶味を一番に食べてましたしー、一緒にカフェに行ってもロイヤルミルクティーか抹茶ラテですしー」
「……そう」
「最近だったら、バレンタイン売場で俺が個人的に買ってきたお茶フレーバーのチョコセットっていうのがあるんですけどー」
「うん……」
「俺はほうじ茶チョコだけで良かったんで抹茶味のを林原さんにあげたらすごく喜んでくれてー、もっと食べたいって言ってましたねー」
なるほど。確かにそれだけ揃っていれば、リンは抹茶好きだと確定しても良さそう。普段飲んでいるのはミルクティーだけど、抹茶もそれなりに好きだという新たな発見。あれは何もドーナツだけの話ではなかったらしい。これはとてもいいタイミングでいい情報を得られたと思う。
如何せんバレンタインはこれから。私は甘いものが食べられないからチョコレートを作るのもな、と思うし、徹のようにチョコレートの善し悪しはあまりよくわからない。だから何か渡すなら市販の物がベターかなとは思っていたから。だけど、好みの問題というのは少なからずある。
「……ちなみに、それは、どこのお店で買える…?」
「えっと、俺が買ったのは、星大近くの雑貨屋さんわかります? bug-eyedっていう」
「ああ、あの……」
「そこのバレンタイン特設売場で見つけてー。お茶チョコのセットがいろいろあって、ほうじ茶食べ比べセットとかグリーンティー食べ比べセットとか、いろいろありましたよー」
「ありがとう……行ってみる……」
「いえいえー、お役に立てたなら何よりですー。あっ、もしかして福井先輩、バレンタインギフトですか?」
「リンと、それから、徹には毎年……」
「あっ、石川先輩ですねー。確か幼馴染みでしたもんねー。あれっ、でも石川先輩てチョコレートに対するこだわりが強いとかチョコレートが好きすぎてUHBCじゃチョコレートお化けって呼ばれてませんでしたっけ」
「……事実だけど、本人に言うと、怒られるから……」
「黙っておきますー」
本人が自分で欲しいチョコレートを買い漁っているチョコレートお化けはともかく、リンのチョコレートの好みがわかったのは大きな収穫。1つついたら3か4くらいは返ってきたように思う。ミドリは、人懐こいのはいいけれど、もう少し用心深くもなった方がいいかと……。リンにも大石君にも、それが可愛いのかもしれないけれど。
「わらび餅が温くなるから、私はこれくらいで……」
「あっはい、お疲れさまですー」
end.
++++
思わぬところで情報ゲットの美奈、良かったね! というワケで2月らしい?お話です。しかしミドリよ。リン様とはお茶友なのかしら。
どうやら一応は繁忙期にも関わらず、リン様が先に上がるということもあるのね。もしかしたら1日缶詰してた結果かもしれないが
あれっ、そういや今年はノサナツ年だけどバレンタインなる行事はどうなるんだ!? タカりんのつもりだったからすっかり忘れてたぜ!
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