2019(04)

■ボーダーを飛び越え…?

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「さっ、豆まきお疲れさまでしたー! 皆さまお待ちかね、恵方巻きですよー」
「おお~! 本物の海苔巻き!」
「今年の恵方は西南西~……輝かしい未来はこっちですね! みんなこっち向いてー!」

 GREENsは季節ごとのイベントを欠かさないサークルだとは思っていたけど、節分もしっかり押さえてくる辺りはさすがだと思う。緑ヶ丘大学では秋学期のテストも終わって完全に春休みに入った。長期休暇に入ってもサークルが休止になることはないから、至っていつも通りの光景だ。
 ただ、やっぱり豆まきの規模が俺の知ってる豆まきではなかったじゃんな。豊葦市指定のゴミ袋(小)いっぱいに節分豆が用意されていて、とにかくそれを思いっきり鬼にぶつける、と。豆まきと言うよりはドッヂボールか雪合戦と言う方がしっくり来るかもしれない。

「つかお前らか弱い俺に対して容赦なさ過ぎじゃね!? 知らない奴が見てたら完全に俺の可愛さを妬んでのイジメにしか見えねーぞ!」
「尚ちゃん、まだ足りないみたいだからもう1回戦やろっか」
「俺はもーイヤっすよ。命がいくつあっても足りない」
「三浦はもう1回やってもいいっすよ! 尚ちゃんパイセンもうへばってるなんておっさんっすねー」
「誰がおっさんだ! どっからどー見てもお前よか可愛いだろ!」

 ちなみに、今年の鬼は尚サンと三浦に決まった。クジとかノリとかでいつの間にかだ。鬼に対して容赦なく豆をぶつけるのはGREENsのカラーだから、それを見越した上で慧梨夏サンは鬼専用の防具も用意していたようだ。それが鬼の面なんだけど。それのどこが防具だって思うじゃん? これも豆から顔面を守る立派な装備品だ。
 それこそ節分豆をBB弾のごとく勢いで浴びまくった尚サンは、逃げ回りながらも持ち前のキャラで俺たち一般市民を挑発しまくっていた。如何せんすばしっこいのと、的が小さいのがあって全然当たらない。狙ったトコに豆投げられないとかそれでもバスケやってんのかお前ら、などと言われれば、集中砲火も浴びるじゃんな。

「さっちゃんも鬼デビューだったねえ。どうだった?」
「楽しかったっす!」
「つかお前いた?」
「言ってみんな尚ちゃんパイセンにばっか豆ぶつけてたんで、三浦も途中から尚ちゃんパイセンに豆ぶつけてたっす」
「お前もかよ」

 「輝かしい未来」を向いた俺たちに慧梨夏サンから恵方巻きが配られ、号令と同時に黙々と食べ始める。恵方巻きの文化は俺の出てきた光洋エリアではあまりないけど、願い事をしながら食べるということだからせっかくだし何か願っておこう。サークルのイベントだしバスケのことがいいかな。フリースローの決定率が上がりますように。
 恵方巻き自体は至って普通の海苔巻きだ。慧梨夏サンのことだからとんでもないのが出てくるかと思ったけど、変に構える必要はなかったようだ。至って普通の海苔巻きだから、俺なんかはすぐに食い終わってしまった。もう1本はイケそうじゃん。周りを見ると、サトシさんも食い終わっている。あの人はいつも黙々としてる人だしな。

「あっ、さすが鵠っちは完食も早いねー」
「なんか、思ったより普通の海苔巻きだったんですぐっしたね」
「ちなみに、どんなのを想像してた?」
「そりゃあ、慧梨夏サンのやることっすから、すげー巨大海苔巻きとかが出て来るかなって」
「ほら、言った通りだろう」
「違うよ、それはやって欲しかったってことじゃん! ねえ鵠っち!」
「いや、普通で良かったという安堵だろう、康平」
「想像を飛び越えて作り上げるからこその企画よ?」
「常識と良識の範囲で納めろ」
「えーと?」

 どうやら、この恵方巻きを巡って慧梨夏サンとサトシさんとの間で一悶着あったらしいことだけはわかるけど、これはどういう。

「この海苔巻きはカズが作ってくれたんだけどさあ」
「――っつーと、慧梨夏サンの彼氏サンすね。伊東サンの弟サンの」
「だね。昨日話してたらさ、何かサトシが水面下で工作してたらしくて!」
「何が工作だ。俺は「慧梨夏が無茶なことを言い出す可能性が高いから、恵方巻きを作ることになったらくれぐれも一般的な範疇で頼む」と言っただけだ」
「で、その結果がこれ、と」
「GREENsでやることなのにちょっと普通すぎない?」
「豆の量が既に普通でないのだから問題ない。規模をデカくしすぎて処理が追いつかなくなるのが毎度のパターンだろう」
「足りなくなる方が問題じゃん!」

 どっちの言うこともそれなりに理屈としてはわからないでもないから俺はただこの話を聞くだけに落ち着いていた。イベントをやるからにはとにかく最後まで楽しくしたい立場の慧梨夏サンと、サークルでやることだからこそ無駄が出過ぎないようにしたいサトシさんという構図だ。
 イベントをやるに当たっては、毎回サークル費から予算が出るそうだ。2人の話を聞いていると、予算の範囲内ではなかなか慧梨夏サンの思いつく面白いことをやりきれないからという理由で毎回慧梨夏サンはちょっと身銭を切っているらしかった。それもサトシさん的には見逃せないポイントらしい。

「とにかく。予算と常識の範囲内でなら好きにしても構わないが、今後イベントの企画などで勝手に自腹を切ることはGREENsの代表として見逃さない。わかったな」
「は~い」
「お前なら金を使わない方向性でも十分にやれる力はあるだろう」
「あれあれ~? サトシ~、どーしちゃったんですかね? らしくないコト言っちゃって」
「うるさい」

 そう言ってサトシさんは余っていた恵方巻きにかじり付いた。まだ余ってるみたいだから、俺もそれにかじり付く。つか普通に美味い。慧梨夏サンの彼氏サン、こんなの普通に作るとかヤバいじゃん? そろそろみんな食べ終わって好き勝手に散らばり始めたから輝かしい未来がどの方角だったかはよくわからなくなったけど、この空間がそれということでいいだろう。

「ねーねー慧梨夏サン!」
「どーした、さっちゃん」
「この余った豆はどーなるんですか?」
「それはねえ、カズが節分豆レシピを研究してくれてるから、美味しい料理に化ける予定だよね」
「おお~、さすがかれぴっぴさん!」


end.


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GREENs豆まきは最近は正座してたりと物騒でしたが、今年は尚ちゃんパイセンとさっちゃんがきゃいきゃいと鬼をやっていたようです。慧梨夏って鬼やんないのかな
いち氏作恵方巻きは至って普通の海苔巻きに落ち着いたようですが、それを巡ってやっぱり一悶着。慧梨夏とサトシの戦いはきっと今後も続くでしょう。
だけどサトシがタイプとしてはリン様に近くなってるな。箱としては交わらないけどちょっと差別化を図りたい。

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