2019(04)

■好奇心の卵

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 吊札付けのアルバイトを始めて1週間弱、今では仕事にも慣れ、それなりに量をこなすことができるようになっていた。一緒に働いているなっち、それから高木君との連携もばっちりだ。作業の進行具合によってこの仕事の残り日数が変わるらしいけど、来週いっぱいは確実にあるとのこと。
 今日の仕事が終わったところで、大石の車に乗っけてもらって帰ろうとしていたときのこと。社員の塩見さんから声をかけられ引き止められる。学生チーム3人に対する呼び止めだ。良ければこれから飯でも行かないかと。俺はその話に間髪置かず「行きます」と返事をした。
 飯と言うよりは、塩見さんに対する興味が勝ったと言う方が正しいかもしれない。どこからどう見ても普通の会社員には見えない塩見さんの、謎に包まれた日常の話なんかを聞いてみたいと思った。いや、普通の会社員に見えないのは見た目のイメージからなる偏見かもしれない。それを確かめる機会でもある。

「わー……」
「見ただけでわかるぞ。これは絶対美味い」
「俺の知ってるオムライスじゃないです」
「眺めてないで食え。冷めるぞ」
「それじゃあ、いただきます」

 実は夏に一度卵料理好きで意気投合したことのある学生チーム3人が、とろとろふわふわのオムライスを前にどうこう出来るはずもなかった。食えと言われれば、いただきますと手を合わせ、スプーンを握る。なっちも高木君も、オムライスを食べる機会はあまりないということで目をキラキラさせている。当然、俺もそうなっているだろう。
 これはライドタイプの……所謂タンポポオムライスで、50円で卵の量を増やせるという素晴らしいオプションを付けさせてもらっている。卵農園の運営する店ということで、期待しかない。塩見さんと大石は50円で大盛りのオプションを付けている。ただ、増えている量がどう見ても50円のそれではない。大盛りと言うより特盛りと言う方が正しいかもしれない。

「うまー……」
「美味しいです」
「そうだろ。でも、ここで一番美味いのはゆで卵だな」
「塩見さんの主食がゆで卵だからじゃないですか? お昼に塩見さんがゆで卵以外の物を食べてるの見たことないですもん」
「もしや、あの神懸かり的なゆで卵はここの卵で…!?」
「ああ、そうだ。30個からの定期購入パックがあって、俺は週に60個ずつ届くようにしてる」
「週に60…!?」
「それでも1日7個とかそれくらいの計算だぞ」
「塩見さんて、好き嫌いが多いわけでもないのに偏食ですよね」
「うちや高木とはタイプの違う偏食ですね」

 そして気付く。塩見さんがオムライスを食い進める皿や、カトラリーの扱い方がめちゃくちゃ綺麗なんだ。所作がどことなく上品と言うか、落ち着き払っていると言うか。会社では事故防止の為に外しているというピアスは、今はごちゃごちゃとつけられているんだけども、そういう物が作る荒々しさというイメージとテーブルマナーが対極にある。
 社会に出ているというだけでそういう品のようなものは身につかない。それは俺がこれまでに派遣されてきた仕事の現場で腐るほど見てきている。ホテルの会食の現場にも行った(あの仕事は二度とやりたくないが)。そういう場でも、これは違うだろと学生なりに思うくらい出来ない奴は出来ない。恐らく、塩見さんの育ちの良さか経験の数が生み出す品の良さなのだろう。

「でも、お前らも卵は好きなんだろ」
「そうですね。卵料理全般好きですけど、俺は友達がバイトしてる飲み屋のじゃこたまごかけごはんが凄く好きで。あとプリンと」
「うちは温泉卵が好きです」
「飲むのか?」
「トッピングです。あとプリンが好きです」
「高木は」
「俺も温玉が好きですかね。プリンは普通です。でも、大学の学食でたませんを初めて食べて、あれは美味しいですね」
「お前、どこから出て来てるんだ? たませんを知らねえってことはこの辺の人間じゃねえだろ」
「あ、紅社です」
「遠いトコから出て来てんな」
「えっ、たませんって何?」
「駄菓子のえびせんべいにソースが塗ってあって、そこに目玉焼きを潰したような卵が挟んであるんですよ」
「えー、美味しそう」
「菜月、お前はどこから出て来てんだ」
「緑風です」
「ちなみに朝霞、お前は」
「俺は山羽です」

 たませんなるおやつが緑大の学食に売っているとのことで、その話が異様に盛り上がる。塩見さんによれば星港周辺ではメジャーなおやつで、祭りの屋台なんかでも売られているとかいないとか。高木君は寝坊した日なんかに昼飯代わりに食うこともあるとか。
 大石はたませんが向島ローカルのおやつだと知って驚いている様子だ。それだけ馴染み深いおやつなのだろう。それだけ地域に根差していると、きっと緑大の学食でもそこそこ売れる定番メニューなんじゃないかなと思う。と言うか今すぐにでも食べたい。

「あー、口がソースになってる」
「ソースと言えば、うちにお好み焼きを焼かせるとそれはもうふかふかで美味しくなるぞ。で、鉄板に落とした卵の上に焼けたお好み焼きを落としてだな」
「奥村先輩の言うお好み焼きって」
「あ、そっか。あー、これは戦争か!? 仁義なきナントカか! でも絶対美味しいと思うのでそれはそれとしてうまうましたい」
「実は、うちのマンションのすぐ真ん前にあるんですよね、お好み焼き屋さんが」
「マジで!? 高木君一緒に行こう!」
「えー、いいなー! 朝霞、俺も混ぜてよー」
「えっ、俺と高木君は近所だから全然アレだけど、お前家遠いじゃんか」
「大学からは近いもん」
「ずるっ! 豊葦民に対する嫌がらせか!」
「つーか、普通に仕事終わってから晩飯として4人で食いに行けばいいだけの話じゃねえか。通り道なんだろ」
「確かに」
「千景、美味かったらまた紹介してくれ」
「わかりました」
「くれぐれも「美味しいです」だけの食レポはやめてくれよ」
「もー、いいじゃないですかそれはもう~!」

 気付けば塩見さんが学生4人にバランスよく話を振ってくれていて、俺たちがきゃいきゃいと喋っているだけになっていた。それを聞きながら、塩見さんがまた話を広げてくれてるんだ。確かに見た目は厳ついけど怖さはすっかりなくなっていた。
 特に、高木君とは音楽や楽器の話で盛り上がっていて、高木君て確か人見知りじゃなかったっけと俺となっちは目を見合わせていた。車の中で、塩見さんはベーシストだという風には聞いていたから。バンドマンと言われると派手な見た目もなるほどなって感じがするんだけど。

「菜月、どうした?」
「あ、いや、プリンがですね? 美味しそうだなーと思ってですね…?」
「……で、プリン食いたい奴は何人いるんだ」
「はい!」
「全員か」


end.


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去年だったかは、確か塩見さんの車の中で終わった食事編ですが、今年はオムライスを食べています。
朝霞Pは人に対する興味が強いというようなことをこないだリン様からもツッコまれてましたが、塩見さんに対しても例外でなく。
ナノスパのフィクション要素がエリア制度ですね。架空の都道府県的なアレを話の内容からお察し願います的なサムシング

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