2019(04)
■バチバチクラッシュ(未然)
++++
テストが近付いて利用者が増え始めた情報センターには、スタッフも常時3人以上はいるようになった。今は自習室に林原さんと烏丸さんがいて、受付は俺が担当している。研修生のカナコさんは、パソコンを使わない雑務をしてくれている。春山さんがいないときにパソコンに触らせるなとは林原さんの指示で。
そもそも、センターの研修生制度はカナコさんが自称したものを春山さんが特例的に認めて実現しているもの。林原さんはそれを認めていない。一応カナコさんもA番の仕事をやったりするけど、それも春山さんの責任で監督しているから出来ること。林原さんは研修生を認めてないから、マシンには触らせないって。
「いたっ! あーもー、また静電気ー」
「カナコさん、大変そうですねー。何かすごいバチッてなってません?」
「ドアノブとか、机の金属のところに触るだけでなっちゃうよね。今も引き出しに触ったらこうだもん」
「加湿器はついてるんですけどねー」
センターの事務所には、最近加湿器が導入された。事務所は湿度30%程度しかないこともざらで、インフルエンザも流行っているのにこれではさすがに、と買ってもらったんだ。自習室の方にはプラズマクラスターのヤツが前々からあったけど、事務所はそこまで重要視されてなかったみたい。
静電気が起こるのは乾燥もそれなりの原因になる。だから加湿器がついていればカナコさんの静電気も少しは大丈夫になるかなあと思ったら、そうでもなかったみたい。カナコさんの静電気の方が全然上。カナコさんがバチッとなって悲鳴を上げてるのは1日に何度も見る光景。
「ぃよーう! 芹サンが来たぞー」
「あっ。春山さんおはようございますー」
「おはようございます」
「リンの野郎は?」
「自習室です」
「そうか。呼んでくるわ」
「それなら、俺が代わりに入った方がいいですか?」
「いや、すぐ終わるし大丈夫だろ。そのままでいい」
そう言うと、春山さんは林原さんを呼びに自習室に入っていった……と思ったら、間髪置かずに2人とも事務所に戻ってきた。
「それで、話とは」
「まあ、そろそろ時期だからな。ほらよ」
「……内容の割に厭に軽い扱いですね」
「ま、言わなくてもわかるだろうと思ってよ」
春山さんが林原さんにポンと渡したのは、それまで右腕に通していた青い腕章。情報センターのスタッフは蛍光イエローのスタッフジャンパーを着ているけど、この青い腕章はバイトリーダーの証としてはめる物。春山さんから林原さんにそれが渡されたということは、この瞬間バイトリーダーが変わった、のかな?
でも、本当に内容の割に腕章の扱いが軽いよなあって。春山さんらしいと言えばらしいけど、そんな簡単に引き継ぎされるものなのって思わないこともない。それでも林原さんは本当に聞かなくてもわかってるのか、その青い腕章を自分の腕にはめてるんだから、先輩たちの間ではそういうことになってたのかもしれない。
「――っつーワケで、今からバイトリーダー変わったから」
「はーい」
「つまり、雄介さんの時代になったわけですね!」
「おーい、私もまだ働きには来るからな。私の目が黒いうちは好き勝手にはさせねーぞ。特にブラリとかブラリとかブラリとかな!」
「そのあたりのことも任せてもらっていいんですけどね」
バイトリーダーは変わったけど、春山さんがバイトを引退するのはまだ先だということでもうしばらくは現状通りって感じになるのかな。まあ、この繁忙期に春山さんがいなくなったら地獄でしかないしなあ。どんな荒くれ者も黙らせる春山さんの眼力はとてもじゃないけど真似できないし。
「あれっ。バイトリーダーが林原さんに変わったということは、研修生制度はどうなるんですかー? カナコさんは春山さんの責任で受付の仕事をしてたじゃないですか」
「おい川北、余計なことを突っつくな!」
「もしかして、即日追い出されてしまうんですか…!?」
「まあ、オレはお前がまだ事務所に居座っていることもどうかと思っているがな。ただ、この繁忙期に雑務の出来る人間が1人いるのといないのとではまた違うということも理解している」
「それじゃあ」
「まだセンターに居座ると言うならそれ相応の覚悟で来い。それから、春山さんの責任の下で行っていた受付業務だが、基本春山さんの監督下でなら研修を許可する。オレはお前がまだセンタースタッフに足るとは思っていないし、そのレベルにまで持って行くのはこの制度を認めた春山さんの責任だ。オレは知らん」
一応は事務所にいてもいいという話に、俺もちょっとホッとした。春山さんが今後どれくらいのペースで事務所にいてくれるのかはわからないけど、本当に引退とか卒業とかしちゃう前にカナコさんがスタッフとして物になれば正式に採用っていう道も見えてくるのかなあ。
「それから」
「まーだ何かいちゃもんかよ。あんま偉そうにしてると刺されるぞ」
「うるさい。綾瀬の存在の何が問題かと言えば、ちょっとしたことですぐ静電気を起こすことだ」
「あー、それはまあな」
「そうでしょう。綾瀬、精密機器や記憶デバイスなんかは静電気ひとつで簡単にクラッシュさせられるということを理解しているか」
「えっ、そうなんですか!?」
「静電気でUSBをクラッシュさせてそれまで書いた何万字の卒論がパーになったという話もある。センターに居座るというなら自分でも最低限の静電気対策くらいしているのだろうな」
「加湿器以外にですか?」
「はーっ……その調子だと期待するだけ無駄だったようだな」
「すみません! 出来るものなら今から実践しますから、静電気対策を教えてください!」
「あっ、それは俺も聞きたいですー」
「どいつもこいつも」
呆れた様子で林原さんは静電気対策のために出来ることを教えてくれた。服の組成の組み合わせを変えたり、ハンドクリームを使ってみたり。ミネラルウォーターを飲むのもいいそうだ。他にもいろいろ。そして林原さんは、電話線みたいに巻かれた紺色の輪っかを手首から外し、それをカナコさんに向けてポンと放った。
「いきなり服を着替えたりは出来んだろうから、それでもしておけ」
「えっ、これって」
「静電気を軽減するという装飾品だ。手首などにつけておくだけでいい」
「でも、これをお借りすると雄介さんは」
「オレは髪にもひとつつけている。問題ない」
「雄介さんさすがです!」
「えっ、俺も欲しいです!」
「雑貨屋などに売っているから、買って来い。いいか、グッズも万能ではない。自分でも出来る限りの対策をしろ。以上だ」
「ありがとうございました!」
それだけ言うと、林原さんは自習室へと戻っていった。そして林原さんからもらった輪っかを手首に填めたカナコさんは、これでバリバリ仕事が出来ますと意気揚々。うん、本当に静電気辛そうだもんなあ。もし今日これからカナコさんがバチッとなる頻度が落ちれば俺もこの輪っかを買ってこよう。
「よーしカナコ、受付の仕事やるか」
「えっ、いいんですか!?」
「私が卒業するまでに受付のなんたるかを叩き込んでやる。あのクソリンの鼻をへし折ってやろうぜ」
「春山さんがへし折るって言うと(物理)って感じですよねー……」
「あーん? 何か言ったかー?」
「何でもないです!」
end.
++++
カナコの静電気の件はちょこちょこやってますが、リン様、今年のヘルプはハンドクリームじゃなくてアンチショック系の装飾品ですか
そしてバイトリーダーがしれっと入れ替わったようです。サラリとリン様の時代が到来してしまった!
とは言えカナコの育成は春山さんの責任で行われるようですね。採用するかどうかを決めるのはリン様なので、ガンバレカナコ
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テストが近付いて利用者が増え始めた情報センターには、スタッフも常時3人以上はいるようになった。今は自習室に林原さんと烏丸さんがいて、受付は俺が担当している。研修生のカナコさんは、パソコンを使わない雑務をしてくれている。春山さんがいないときにパソコンに触らせるなとは林原さんの指示で。
そもそも、センターの研修生制度はカナコさんが自称したものを春山さんが特例的に認めて実現しているもの。林原さんはそれを認めていない。一応カナコさんもA番の仕事をやったりするけど、それも春山さんの責任で監督しているから出来ること。林原さんは研修生を認めてないから、マシンには触らせないって。
「いたっ! あーもー、また静電気ー」
「カナコさん、大変そうですねー。何かすごいバチッてなってません?」
「ドアノブとか、机の金属のところに触るだけでなっちゃうよね。今も引き出しに触ったらこうだもん」
「加湿器はついてるんですけどねー」
センターの事務所には、最近加湿器が導入された。事務所は湿度30%程度しかないこともざらで、インフルエンザも流行っているのにこれではさすがに、と買ってもらったんだ。自習室の方にはプラズマクラスターのヤツが前々からあったけど、事務所はそこまで重要視されてなかったみたい。
静電気が起こるのは乾燥もそれなりの原因になる。だから加湿器がついていればカナコさんの静電気も少しは大丈夫になるかなあと思ったら、そうでもなかったみたい。カナコさんの静電気の方が全然上。カナコさんがバチッとなって悲鳴を上げてるのは1日に何度も見る光景。
「ぃよーう! 芹サンが来たぞー」
「あっ。春山さんおはようございますー」
「おはようございます」
「リンの野郎は?」
「自習室です」
「そうか。呼んでくるわ」
「それなら、俺が代わりに入った方がいいですか?」
「いや、すぐ終わるし大丈夫だろ。そのままでいい」
そう言うと、春山さんは林原さんを呼びに自習室に入っていった……と思ったら、間髪置かずに2人とも事務所に戻ってきた。
「それで、話とは」
「まあ、そろそろ時期だからな。ほらよ」
「……内容の割に厭に軽い扱いですね」
「ま、言わなくてもわかるだろうと思ってよ」
春山さんが林原さんにポンと渡したのは、それまで右腕に通していた青い腕章。情報センターのスタッフは蛍光イエローのスタッフジャンパーを着ているけど、この青い腕章はバイトリーダーの証としてはめる物。春山さんから林原さんにそれが渡されたということは、この瞬間バイトリーダーが変わった、のかな?
でも、本当に内容の割に腕章の扱いが軽いよなあって。春山さんらしいと言えばらしいけど、そんな簡単に引き継ぎされるものなのって思わないこともない。それでも林原さんは本当に聞かなくてもわかってるのか、その青い腕章を自分の腕にはめてるんだから、先輩たちの間ではそういうことになってたのかもしれない。
「――っつーワケで、今からバイトリーダー変わったから」
「はーい」
「つまり、雄介さんの時代になったわけですね!」
「おーい、私もまだ働きには来るからな。私の目が黒いうちは好き勝手にはさせねーぞ。特にブラリとかブラリとかブラリとかな!」
「そのあたりのことも任せてもらっていいんですけどね」
バイトリーダーは変わったけど、春山さんがバイトを引退するのはまだ先だということでもうしばらくは現状通りって感じになるのかな。まあ、この繁忙期に春山さんがいなくなったら地獄でしかないしなあ。どんな荒くれ者も黙らせる春山さんの眼力はとてもじゃないけど真似できないし。
「あれっ。バイトリーダーが林原さんに変わったということは、研修生制度はどうなるんですかー? カナコさんは春山さんの責任で受付の仕事をしてたじゃないですか」
「おい川北、余計なことを突っつくな!」
「もしかして、即日追い出されてしまうんですか…!?」
「まあ、オレはお前がまだ事務所に居座っていることもどうかと思っているがな。ただ、この繁忙期に雑務の出来る人間が1人いるのといないのとではまた違うということも理解している」
「それじゃあ」
「まだセンターに居座ると言うならそれ相応の覚悟で来い。それから、春山さんの責任の下で行っていた受付業務だが、基本春山さんの監督下でなら研修を許可する。オレはお前がまだセンタースタッフに足るとは思っていないし、そのレベルにまで持って行くのはこの制度を認めた春山さんの責任だ。オレは知らん」
一応は事務所にいてもいいという話に、俺もちょっとホッとした。春山さんが今後どれくらいのペースで事務所にいてくれるのかはわからないけど、本当に引退とか卒業とかしちゃう前にカナコさんがスタッフとして物になれば正式に採用っていう道も見えてくるのかなあ。
「それから」
「まーだ何かいちゃもんかよ。あんま偉そうにしてると刺されるぞ」
「うるさい。綾瀬の存在の何が問題かと言えば、ちょっとしたことですぐ静電気を起こすことだ」
「あー、それはまあな」
「そうでしょう。綾瀬、精密機器や記憶デバイスなんかは静電気ひとつで簡単にクラッシュさせられるということを理解しているか」
「えっ、そうなんですか!?」
「静電気でUSBをクラッシュさせてそれまで書いた何万字の卒論がパーになったという話もある。センターに居座るというなら自分でも最低限の静電気対策くらいしているのだろうな」
「加湿器以外にですか?」
「はーっ……その調子だと期待するだけ無駄だったようだな」
「すみません! 出来るものなら今から実践しますから、静電気対策を教えてください!」
「あっ、それは俺も聞きたいですー」
「どいつもこいつも」
呆れた様子で林原さんは静電気対策のために出来ることを教えてくれた。服の組成の組み合わせを変えたり、ハンドクリームを使ってみたり。ミネラルウォーターを飲むのもいいそうだ。他にもいろいろ。そして林原さんは、電話線みたいに巻かれた紺色の輪っかを手首から外し、それをカナコさんに向けてポンと放った。
「いきなり服を着替えたりは出来んだろうから、それでもしておけ」
「えっ、これって」
「静電気を軽減するという装飾品だ。手首などにつけておくだけでいい」
「でも、これをお借りすると雄介さんは」
「オレは髪にもひとつつけている。問題ない」
「雄介さんさすがです!」
「えっ、俺も欲しいです!」
「雑貨屋などに売っているから、買って来い。いいか、グッズも万能ではない。自分でも出来る限りの対策をしろ。以上だ」
「ありがとうございました!」
それだけ言うと、林原さんは自習室へと戻っていった。そして林原さんからもらった輪っかを手首に填めたカナコさんは、これでバリバリ仕事が出来ますと意気揚々。うん、本当に静電気辛そうだもんなあ。もし今日これからカナコさんがバチッとなる頻度が落ちれば俺もこの輪っかを買ってこよう。
「よーしカナコ、受付の仕事やるか」
「えっ、いいんですか!?」
「私が卒業するまでに受付のなんたるかを叩き込んでやる。あのクソリンの鼻をへし折ってやろうぜ」
「春山さんがへし折るって言うと(物理)って感じですよねー……」
「あーん? 何か言ったかー?」
「何でもないです!」
end.
++++
カナコの静電気の件はちょこちょこやってますが、リン様、今年のヘルプはハンドクリームじゃなくてアンチショック系の装飾品ですか
そしてバイトリーダーがしれっと入れ替わったようです。サラリとリン様の時代が到来してしまった!
とは言えカナコの育成は春山さんの責任で行われるようですね。採用するかどうかを決めるのはリン様なので、ガンバレカナコ
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