2019(04)
■企画のキャパシティ
++++
「おい」
これは誰にかかってる声なのかな、もしかして俺かなと思って振り返ると、やっぱり俺にかかっていた声だったらしい。後ろから声を掛けて来ていたのはサトシだ。サトシはGREENsに所属していて、俺よりかは慧梨夏とか姉ちゃんの方が付き合いは深いと思う。
とは言え俺とも同じ経済学部で、何やかんや授業で顔を合わせたりそれこそ慧梨夏の繋がりとかで話したりするうちに、顔を合わせれば少し話したり学食で飯を一緒に食ったりということはする程度の仲にはなっていた。サトシはあまり口数の多い方ではないけど一度話したことは覚えててくれるし、聞いてはくれてるんだなって。
で、今かけられている声だ。サトシは右目が長い前髪で覆われている上に表情が豊かでもないから機嫌を声とかで推測するしかない。だけど、今この場合はあまり上機嫌とは言えないかなって。俺は何を言われるのかと身が強張る。
「付き合え」
「いいけど、どうかした?」
言われるがままにカフェテリアに移動して、俺はミルクコーヒーを、サトシはコーヒーを手に席に着く。そして席に着くなり大きな溜め息を吐くものだから、俺はどうしたものかと。いや、話が切り出されるのを待とう。
「慧梨夏を何とかしろ」
「あー……GREENsで何かあった?」
「何か起こるのはこれからだ」
「で、何が起こるの?」
「来月、GREENsで節分の豆まき大会が行われることになっている」
「ああ、何かそんなこと言ってたね。恵方巻の話とかされたし」
「確かに恵方巻をお前に頼むとは言っていた。間違っても、巨大恵方巻などにはしてくれるなよ」
「あー……うん、普通のにしとくよ。言って俺ものり巻きはまだやったことないし、いきなりネタっぽいものはさすがに」
GREENsでは季節ごとにいろいろなイベントが行われている。バスケもしっかりやるけど、イベントが多いっていう活動的な感じが売りのサークルだ。で、その季節ごとのイベントで幹事として走り回ってるのが慧梨夏だ。
ただ、高校の頃から慧梨夏を知ってる俺からすれば、慧梨夏の回すイベントはことごとく規模がデカくなるという印象がある。規模がデカいと言うか、派手と言うか。しかも、GREENsは体育会系のノリでそれも良しとして乗っちまうんだよな。
豆まきも毎年の行事らしいんだけど、慧梨夏はそれに向けて豆をかき集めている。正月が終わればスーパーでも節分とバレンタインとひな祭りが同時にやって来てるけど、節分コーナーを見つける度に豆をかき集めて来てるんだろう。そんな袋が部屋の隅に置かれているのは見た。
「と言うか、そういうことではないんだけどな」
「何が?」
「その答えだと、のり巻きを作った経験があれば巨大のり巻きを作っていたとも解釈出来てしまう」
「確かにね。GREENsのことは慧梨夏に聞くくらいの情報しかないから、こんなの作ってって言われたら作ってたかも」
「慧梨夏の企画力は目を見張るものがあるのは事実だが、如何せん規模が大きすぎて現場で消化しきれないのが問題でだな」
「なるほどね。イベントのために用意した物とか企画が余る的なこと?」
「詰め込みすぎるんだ、アイツは。豆にしたって、皆で食い切れない量を持って来るに違いないからな。その後の処理をどうするつもりなのかと」
「まあ俺が何か再利用することになるとは思うけどね。何ならちょっと覚悟して節分豆レシピ調べてるし」
「お前は何を目指してるんだ?」
「何をって?」
「将来的に料理研究家になるわけでもないだろう」
「ははっ、料理研究家にはならないね。料理ブログとかしたら伸びそうとは慧梨夏によく言われるけど」
何を目指してるんだとは冗談めいてたまに言われることではある。浅浦とか、高ピーとかが言うかな。家事が上達していく先にある物が何なのかは自分にもわからない。だけど、取れる手段は多い方がいいと言うか、知識はないよりあった方がいいと言うか。より良い生活のためだね。
だけど、料理研究家っていうのは初めて言われた。料理研究家が具体的に何をしてるのかはよくわからないんだけど、俺はただ料理が好きなだけの一般人だ。料理が好きなだけの一般人なんか俺以外にもゴロゴロいる。浅浦だってそうだ。研究家を名乗るなら、そういう奴らとの差別化やより専門的な知識、探求心が必要だろう。
「サトシは就活のこととか考えてる?」
「どうしてその話になった」
「料理研究家とかの話から」
「発想が飛ぶのは慧梨夏の影響か」
「言うほど飛んでたかなあ」
「何にせよ、慧梨夏に何か頼まれても規模はほどほどで頼む。GREENsの連中はノリが良すぎるから勢いで何でもやりがちだが、自分たちのキャパを理解していなくて困るんだ。最終的に苦しむ光景を俺はよく見ている」
サトシはみんなの輪からは一歩離れて見てる感があるとは慧梨夏もよく言っている。それはこの言葉にも表れているような気がする。そして今年の豆まきはどうなるんだと改めて溜め息を吐く。そう聞くと、俺の知らないところでどれだけ慧梨夏が暴走しているのかと恐ろしくも感じる。高校の時は高ピーっていうストッパーがいたし。
「節分豆はまだ保存が利くからともかく、問題は恵方巻だな。きちんとその日のうちに食い切れる量でなければ食品ロスが発生するだろう」
「そうだね。って言うかGREENsのそういうイベントって予算どこから出てるの? サークル費?」
「サークル費から少しと毎回参加費が少しずつ徴収されている」
「……この調子だとアイツ絶対ちょっと身銭切ってるな」
「わかった。今後イベント運営に関わる領収証やレシートは全部預かることを徹底しよう」
end.
++++
いち氏とサトシのお話はナノスパやってて初めてです。面識があるということはちょこちょこ言われてましたが、実際にやるのはね。
そろそろナノスパでも恒例になっているGREENsの豆まきですが、慧梨夏が走り回る裏ではサトシが溜め息を吐いている様子。
と言うかいち氏、料理研究家と言うよりは洗濯研究家の方が好きそう。花粉や梅雨の時期に特化した部屋干しの技術紹介とかしたらええんちゃうの
.
++++
「おい」
これは誰にかかってる声なのかな、もしかして俺かなと思って振り返ると、やっぱり俺にかかっていた声だったらしい。後ろから声を掛けて来ていたのはサトシだ。サトシはGREENsに所属していて、俺よりかは慧梨夏とか姉ちゃんの方が付き合いは深いと思う。
とは言え俺とも同じ経済学部で、何やかんや授業で顔を合わせたりそれこそ慧梨夏の繋がりとかで話したりするうちに、顔を合わせれば少し話したり学食で飯を一緒に食ったりということはする程度の仲にはなっていた。サトシはあまり口数の多い方ではないけど一度話したことは覚えててくれるし、聞いてはくれてるんだなって。
で、今かけられている声だ。サトシは右目が長い前髪で覆われている上に表情が豊かでもないから機嫌を声とかで推測するしかない。だけど、今この場合はあまり上機嫌とは言えないかなって。俺は何を言われるのかと身が強張る。
「付き合え」
「いいけど、どうかした?」
言われるがままにカフェテリアに移動して、俺はミルクコーヒーを、サトシはコーヒーを手に席に着く。そして席に着くなり大きな溜め息を吐くものだから、俺はどうしたものかと。いや、話が切り出されるのを待とう。
「慧梨夏を何とかしろ」
「あー……GREENsで何かあった?」
「何か起こるのはこれからだ」
「で、何が起こるの?」
「来月、GREENsで節分の豆まき大会が行われることになっている」
「ああ、何かそんなこと言ってたね。恵方巻の話とかされたし」
「確かに恵方巻をお前に頼むとは言っていた。間違っても、巨大恵方巻などにはしてくれるなよ」
「あー……うん、普通のにしとくよ。言って俺ものり巻きはまだやったことないし、いきなりネタっぽいものはさすがに」
GREENsでは季節ごとにいろいろなイベントが行われている。バスケもしっかりやるけど、イベントが多いっていう活動的な感じが売りのサークルだ。で、その季節ごとのイベントで幹事として走り回ってるのが慧梨夏だ。
ただ、高校の頃から慧梨夏を知ってる俺からすれば、慧梨夏の回すイベントはことごとく規模がデカくなるという印象がある。規模がデカいと言うか、派手と言うか。しかも、GREENsは体育会系のノリでそれも良しとして乗っちまうんだよな。
豆まきも毎年の行事らしいんだけど、慧梨夏はそれに向けて豆をかき集めている。正月が終わればスーパーでも節分とバレンタインとひな祭りが同時にやって来てるけど、節分コーナーを見つける度に豆をかき集めて来てるんだろう。そんな袋が部屋の隅に置かれているのは見た。
「と言うか、そういうことではないんだけどな」
「何が?」
「その答えだと、のり巻きを作った経験があれば巨大のり巻きを作っていたとも解釈出来てしまう」
「確かにね。GREENsのことは慧梨夏に聞くくらいの情報しかないから、こんなの作ってって言われたら作ってたかも」
「慧梨夏の企画力は目を見張るものがあるのは事実だが、如何せん規模が大きすぎて現場で消化しきれないのが問題でだな」
「なるほどね。イベントのために用意した物とか企画が余る的なこと?」
「詰め込みすぎるんだ、アイツは。豆にしたって、皆で食い切れない量を持って来るに違いないからな。その後の処理をどうするつもりなのかと」
「まあ俺が何か再利用することになるとは思うけどね。何ならちょっと覚悟して節分豆レシピ調べてるし」
「お前は何を目指してるんだ?」
「何をって?」
「将来的に料理研究家になるわけでもないだろう」
「ははっ、料理研究家にはならないね。料理ブログとかしたら伸びそうとは慧梨夏によく言われるけど」
何を目指してるんだとは冗談めいてたまに言われることではある。浅浦とか、高ピーとかが言うかな。家事が上達していく先にある物が何なのかは自分にもわからない。だけど、取れる手段は多い方がいいと言うか、知識はないよりあった方がいいと言うか。より良い生活のためだね。
だけど、料理研究家っていうのは初めて言われた。料理研究家が具体的に何をしてるのかはよくわからないんだけど、俺はただ料理が好きなだけの一般人だ。料理が好きなだけの一般人なんか俺以外にもゴロゴロいる。浅浦だってそうだ。研究家を名乗るなら、そういう奴らとの差別化やより専門的な知識、探求心が必要だろう。
「サトシは就活のこととか考えてる?」
「どうしてその話になった」
「料理研究家とかの話から」
「発想が飛ぶのは慧梨夏の影響か」
「言うほど飛んでたかなあ」
「何にせよ、慧梨夏に何か頼まれても規模はほどほどで頼む。GREENsの連中はノリが良すぎるから勢いで何でもやりがちだが、自分たちのキャパを理解していなくて困るんだ。最終的に苦しむ光景を俺はよく見ている」
サトシはみんなの輪からは一歩離れて見てる感があるとは慧梨夏もよく言っている。それはこの言葉にも表れているような気がする。そして今年の豆まきはどうなるんだと改めて溜め息を吐く。そう聞くと、俺の知らないところでどれだけ慧梨夏が暴走しているのかと恐ろしくも感じる。高校の時は高ピーっていうストッパーがいたし。
「節分豆はまだ保存が利くからともかく、問題は恵方巻だな。きちんとその日のうちに食い切れる量でなければ食品ロスが発生するだろう」
「そうだね。って言うかGREENsのそういうイベントって予算どこから出てるの? サークル費?」
「サークル費から少しと毎回参加費が少しずつ徴収されている」
「……この調子だとアイツ絶対ちょっと身銭切ってるな」
「わかった。今後イベント運営に関わる領収証やレシートは全部預かることを徹底しよう」
end.
++++
いち氏とサトシのお話はナノスパやってて初めてです。面識があるということはちょこちょこ言われてましたが、実際にやるのはね。
そろそろナノスパでも恒例になっているGREENsの豆まきですが、慧梨夏が走り回る裏ではサトシが溜め息を吐いている様子。
と言うかいち氏、料理研究家と言うよりは洗濯研究家の方が好きそう。花粉や梅雨の時期に特化した部屋干しの技術紹介とかしたらええんちゃうの
.