2019(04)

■本音はいつもロクでもない

++++

 少し前から、情報センターの事務所は外国語の書かれた箱で埋め尽くされていた。こんなことをするのは春山さん以外におらず、中身は何だと聞いたらプレッツェルだと。ドイツのオーガニックプレッツェルとかなんとか。オーガニックであるか否かはどうでもいいが、これをどうしろと。
 例によって春山さんの関係筋の人間がこれを押し付けて来たそうだが、それをセンターに持って来るなという話だ。これだけ大量に運び込まれた後の展開はただひとつ。芋と全く同じ顛末を辿るようにしか思えん。センターのスタッフに押し付けて逃げるのだろう。
 何にせよ、これをどうにかせんことには邪魔で仕方がない。加湿器をつけているとは言え乾燥した事務所は乾き物の保存には向いているとは思うが、そもそも大学の学習支援教室の事務所に私物を大量に持ち込むなという話だ。いや、これは持ち込むとかいう次元でもないな。
 
「春山さん、いい加減このプレッツェルはどうにかなりませんか」
「どーにもならねーからここに置いてんだろ。私の部屋もプレッツェルに押し潰されてるんだ、察しろ」

 このプレッツェルが持ち込まれた際、例によってじゃがいものように問答無用でオレをはじめとするスタッフにもケース単位で押し付けられた。それでもまだ事務所にはプレッツェルの箱が積み上がっているのだ。テスト前は繁忙期。何もそんなときに持ち込まなくてもいいだろうと。

「今はシフトに入っているスタッフも多いんですから、ただただこのケースが場所を取って邪魔なのだが」
「それはお前、減らす努力をしろ」
「だからアンタがこれを持ち帰れば済むだけの話でしょう」
「まあ、もうしばらくすれば繁忙期も過ぎるだろ。それまでの辛抱だって。な!」
「もうしばらく、か。2月第2週まで待てと言いたいワケだな」
「そーゆーこった」

 事務所にいる時間も長くなっているからオレも合間合間にプレッツェルを摘まんではいるのだが、それでもなかなか減らないのだ。1ケース当たり10袋。一袋当たり40グラムと小さい袋であることがまだ救いではあるが、さすがにそろそろ飽きて来た。
 センター利用者も多いから、あまり目立つ形でプレッツェルを食うのも良くないだろうと受付の後ろに衝立を移動してきた。衝立の裏ではプレッツェルの消費だの、それに使う茶を沸かしたりと忙しい。ここのところ紅茶と牛乳の消費量が増えて敵わん。

「おはようございます」
「よっ。カナコは今日も目の保養だぜ」
「やだもう春山さん、何も出ませんよ」
「おいカナコ、リンの野郎を黙らせてくれよ」
「春山さん、今度は何をしたんですか?」
「何で私が何かした前提なんだよ。コイツがごちゃごちゃごちゃごちゃうるせーんだろーがよ」
「日頃の行いでしかなかろう。プレッツェルを処理しろと言っているだけではないか」
「カナコー、私は何も悪くねーのによー」
「春山さん、プレッツェルはまた2ケースほど持ち帰りますから」
「カナコ~」

 烏丸や綾瀬がこのプレッツェルを主食代わりにいくらか持ち帰っているとは言え、さすがにずっとこれを主食にするには飽きが来るだろう。烏丸は日頃から粗食と言うか、焼きもしない食パンくらいしか食わんし、プレッツェルはその感覚で食えるのだと。綾瀬は節約のために引き取るのだという。
 初回で2人が10ケースずつ引き取ったものの、それ以来新たにケースを引き取る様子がなかったから既に消費ペースが落ちているのかと思われたが、今回綾瀬が新たに2ケースを引き取るという。食って減らしたのか、ただ春山さんを宥めるだけか。どちらでもいいが。
 ジャガイモのときのように、オレは他のスタッフより大量に押し付けられている。押し付けられたものはゼミ室に名前を書かずに置いてある。岡本ゼミ冷蔵庫の掟を利用した形だ。無記名の物は勝手に食っても責任を問わない。だから、食ってほしいものはそのまま置いておくに限る。

「しかし、何故アンタにプレッツェルが送られて来るんです。ここまでの規模だと最早恨まれているとしか考えられないのですが」
「兄貴分の中にこういうモンの買い付けやってるのがいるんだけど、ドジっ子属性なんだよ。ちょっと食べたいから買おうと思ったら仕事感覚で大量発注したとか」
「ちょっと食べたいくらいなら輸入食品店にでも行けば良かったのではないか」
「私に言われても。まあ、何かアレだ、内輪の連中がバカばっかだから消費出来るだろうとか、学生のノリで何かならないかみたいな感じで私に多く送って来たんじゃねーか? 知らないけど」
「まあ、確かに春山さんの筋の人がろくでもない人間ばかりなのはこれまでの経験からわかりますが」
「そーゆーコトだからもっと持って行ってくれてもいいんだぞ」
「断る」
「と言うか、こういう物資が寄付できるところがあればいいんですけどね」
「その発想はなかったな。さすがカナコ。だけどな、私はただただリンの野郎をいたぶりたいだけなんだよ」
「何を言うか」

 そんなことだろうとは思っていた。この人はオレのリアクションを見て楽しみたいだけなのもこれまでの経験で明らかだ。だからと言って特段変わったそれを見せることもないのだが。オレはそう大袈裟なリアクションをとれる方でもないからな。
 しかし、分かり切っていたとはいえようやく白状したかと。頭のおかしな関係筋なのは本当にせよ、常識的に考えればどれだけ多くてもワンルームに収まるだけの量しか送って来んだろう。それもこれも大体はオレに対する嫌がらせのためなのだと。

「ま、芋ン時にも言ってるが、何もお前が1人で食わなきゃいけないっつーコトはねーんだよ。いやー、お前にはどんだけこれを捌けるだけの人脈があるのかね」
「ロクでもない」
「褒め言葉なんだよなあ」

 しかしまあ、これをどうしたものか。


end.


++++

例によってプレッツェルです。ただ、一応ダイチ誕の日を選んでるはずなのにそんな気配が微塵ともないぞ
大量のプレッツェルは例によってTKGが引き取ってくれるんだろうけど、それまでが大変な情報センターです。
今年度っぽい要素としては、衝立を動かして隠すようになったことでしょうか……ロクでもない話ではあるのだが

.
14/85ページ