2019(04)

■信用と友情のハードル

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 山口から誘いがあって、店へとやってきた。明日が宇部の誕生日だということで、テスト前でもあるし(厳密にはもう1週先の話ではあるが)たまにはどう、と。その話には俺も最近西海ばっかりで玄はご無沙汰だったし、断る理由もなかったからわかったと返事をして今日の日を迎えた。
 何と言うか、学生にあるまじき飲み歩きの頻度だとは思うけど、昨日も西海で飲んでて、そこでまた新しい出会いがあったりしてとても楽しかった。だけど、初対面の人に迷惑をかけてしまったのでそれは反省点だと思う。二日酔いがハンパない。だけどそれも今ではそれなりに良くなったので今日の会は万全の体制で迎えられる。

「あら朝霞」
「よう。ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に行くか」
「そうね」

 行き掛けに宇部とばったり会い、どうせ行く場所は同じなのだからと合流という形を取る。宇部とは部活の現役中にも飲みに行くことはあったけど、あの頃は水面下で接触しているということも知られてはいけなかったしどこか緊張感があった。だけど、部を引退した今ではそれもない。
 それこそ越谷さんと萩さんの関係じゃないけど、イメージ的にはまさにあんな感じだろう。部での立場は月とすっぽんほど違うけど、そんなことは関係ないという友情。まあ、部の大多数の人は知らないだろうけど。俺と宇部の関係もあの域にはないにしてもそれに似た感じではあるだろう。

「朝霞あなた、最近浮気をしているそうじゃない」
「浮気?」
「洋平が、あなたが店に来てくれないと」
「あー……その件な。最近ゼミの友達と西海の店に行くことが増えてて。で、金がないからなかなか玄には行けなかった」
「わざわざ西海まで行くの?」
「いい店なんだよ。また違う友達の兄貴がやってるバーなんだけど。いい意味でバーっぽくないと言うか。肩肘張らなくていいと言うか。飯もめちゃ美味い」
「あら、興味深いわね」
「そしたら今度行くか」
「ええ、ぜひ。でも、また洋平が拗ねるかしら」
「何だよ、拗ねるって」

 どうやら宇部は山口から俺に関するいろいろなことを愚痴られているらしい。いや、俺がお前に何をしたっつーんだ。……とは思うけど、この場合はきっと俺がアイツの望む何かをしていないから愚痴られているのだろう。例えば、店に飯を食いに顔を出す、とか。
 だけど、それこそ部を引退してしまえば学部の違う奴らなんかは正直ほとんど会わなくなるんだ。俺が学内で会う部活の奴は精々鳴尾浜くらいで、同じ学部のはずの日高はそもそも授業に出ている様子もない。必修もまだ残ってるって話らしいけど、アイツが卒業出来なくても知ったことではない。

「そのゼミの友人というのはあの人でしょう? 映研の伏見さん」
「何だ、知ってるのか」
「まあ……彼女には大学祭の前に迷惑をかけてしまったし、嫌でも覚えているわ。あのとき私がミーティングルームにいればあんなことにはならなかったと思うと申し訳なくて」
「日高に対してはキレてたけど、お前がどうこうとはひとつも聞いてないしお前が気にすることじゃない。この件に関しては萩さんも文化会役員として尽力してくれたんだ。まあ、事情聴取はめっちゃ緊張したけどな」

 宇部は宇部なりに、放送部に関係する事案についての責任を感じているようだった。特にかの件は実際に伏見が日高から暴行を受けたということで、事件性も大きい。放送部と映研の間でも結構な問題になっていたそうだ。

「向島の三井が伏見さんに付きまとっていたという話もあったそうじゃない」
「それももう過ぎたことだよ」
「本当に、どこにでも湧いてくるわねあの男は」
「その件に関しては、俺と伏見が付き合ってると勘違いして負け惜しみ吐いて勝手に去っていった」
「あら、西海でのバーデートを重ねているみたいだし、本当にならないかしらね」
「やめてくれ。クリエイターはそういう対象にならないって何度言えばわかるんだ」
「私は初めて聞いたわよ。そう、クリエイターは恋愛対象にならないのね」
「尊敬や憧れの念を抱くことはあっても、それを愛だ恋だとはならないだろ」
「高校の時は演劇部のマドンナと付き合っていたって聞いたわよ。クリエイターはそういう対象にならなくても、舞台上で表現する人は対象になり得るのね」

 実家に帰っていたときに聞いた話では、高校の頃に付き合っていたらしい演劇部のマドンナ的な存在の女子の前にも付き合っていた相手がいるそうだし、中学の時に付き合っていたらしい相手の話も聞いたし、山口によれば俺は1年の時にも彼女がいたらしいから最低でも4人彼女がいた計算になる。残念ながら今はどれも記憶にない。

「高校時代のことなんか全然覚えてないし、お前ってそういう話題振ってくる方だったか? どっちかって言えば好きじゃなさそうな印象の方が強いけど」
「場合によるわね。あなたは信用に足る人物だから、冷やかしのハードルも下がるのよ」
「何だそれ。信用に足るって、誉められてるのかよ」
「好きなように受け取って構わないわよ」
「ここまでずかずか踏み込まれて来られたら俺もやり返せればいいんだけど、生憎とネタがないんだよな」
「私のそういう話は、あなたも知っていることばかりだもの。何をどう言われても痛くも痒くもないわ」
「ホントにな。……と言うか、最近またお前にフられたって聞いたぞ。よりを戻さなかったのか」
「ええ」
「アイツはまだちょっと引きずってるみたいだけど、こういうときに強いのはやっぱり女なのかな」
「今の私は、一友人として彼の幸せを願ってるわ」
「そうか」

 放送部は、恋愛も自由に出来ない部だった。山口と付き合うのは自由だけど部での立場は保証しないと言われて別れを選択した宇部は、その後幹部となって今の腐った部をぶち壊そうとした。幹部至上主義だの流刑地だの、そんなもんはクソ食らえ。誰もが平等にステージの出来る場所にするために。
 部を引退してしまえばそんなことは関係なくなるし、俺も山口と宇部はよりを戻すかもしれないと思っていたけど、どうやら宇部はそれを選ばなかったようだ。山口の方はまだちょっと宇部のことを引きずっているようだけど。だけど、一友人としてという言葉は、宇部のことを知っていればそれなりに想われているのだと解釈出来る。

「さ、そろそろ着くな。……でも、アイツお前に俺の何をどこまでくっちゃべってんだ」
「さあ、どこまでかしらね」
「場合によってはぶん殴ることも視野に入れないとな」


end.


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本当はお店の中でわちゃわちゃやってる話にしたかったのに、何がどうしてあさめぐになったんでしょうか(需要かな?)
朝霞Pの先のことに関しては1年先も10年先も本にもなってるのでアレですけど、それを踏まえた上で見るとね。うん。うん。
この頃にはもう少しずつLIBに近付いてるんだと思うとなかなかなものです。あさめぐがこんなに仲いいとか信頼し合ってるとかただただやまよの嫉妬の対象やんけ

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