2019(04)

■生きるための熱を入れよう

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 果林から場所を教えてもらったマンションは、見上げなければてっぺんが見えない10階建て。そのエントランスでインターホンを1回。オートロックを解除してもらわなければ建物の中に入ることが出来ないのだ。
 
『はーい』
「高木くーん、朝霞です」
『どうぞ』

 ひとりでに開いたドアを潜り、エレベーターで6階に上がる。つか、ここって俺の住んでるアパートから結構近いはずなんだけど、なんだこの差は。俺のアパートはよくある学生街のアパートで、当然エレベーターなんかないし。ここは本当に立派なマンションだ。さすが星港市内。
 どうして俺が過去にインターフェイスで深く関わったとかでもない他校の後輩の家に遊びに来ているのかと言えば、スーパーでの出会いがある。俺が近所のスーパーでマネキンのバイトをしていたところに高木君たちが買い物に来たんだ。
 高木君と一緒に果林とエージも一緒にいて、3人で飯でも食いながら飲むのかなと思ったよな。俺はベーコンの実演販売をしていて、そこに3人がふらふらと引かれるようにやって来て。だけど、飲むならベーコンはあると嬉しいという2人の意見に、高木君が「お金がなあ」と難色を示したんだ。
 高木君はとにかくお金がないそうだ。バイトをしてないのが最大の理由。本人が言うように生活に慣れたら始めるつもりだったそうだけど、つい先延ばしになっている。……となると、切り詰めるのは食費や光熱費。今はオイルヒーターを入れてもらっているけど、基本暖房は使わないらしい。えっ、マジで?

「あそこまでステレオで仕事しろって責められてる光景もなかなか見ることがないよ」
「一人暮らしに慣れたらバイトを始めるつもりではいたんですけど」
「あー、気持ちはわかるけど、そんな風に言ってる奴がちゃんと働いてんの見たことないよ」
「ほらねタカちゃん」
「朝霞サンもそう言ってるっていう。ちょっと俺ベーコン焼いて来るっす」

 ただ、部活に熱を上げてバイトの頻度を調整していた俺が言えることでもない。ステージの台本を書き始めると少しずつバイトの頻度を下げていき、2週間前とかになるとパタッとやめる。夏はテスト期間と重なる部分があるからまだいいとしても問題は秋だ。学祭の前と、年を越してからの1月下旬から。傾向として、俺の閑散期は秋冬の方が頻発する。
 部活を引退した今となっては好きな時に好きなように働けるようになって、これまでよりも生活に余裕が出るだろう。だけど、その前に金を使いすぎたことが問題なのであって。クリスマスからがガチで痛かった。旅行はまだいいにしても、年始であんなに出歩くとは思ってなかったと言うか。フィールドワークの代償と言っても過言ではない。

「それで、朝霞P先輩のお仕事の条件を改めて」
「ああ、そうだったそうだった」

 俺が3人の宅飲みに合流させてもらっているのは、こないだ大石から紹介してもらった仕事を高木君に改めて紹介するという目的のためだ。大石がバイトしてる会社で製品の吊り札付けの仕事に誘われたんだけど、俺の知り合いで他に仕事が出来そうな人がいたら声を掛けてくれと頼まれてるんだ。
 スーパーでもその話をちょろっとしたんだけど、高木君本人より先に果林とエージが「やらせます!」って返事してたよな。この2人がそれだけ高木君のことを心配してるんだろうけど、それでも本人の意思は聞いておかなくちゃいけない。というワケで、より詳細な話をしに部屋までやって来たんだ。

「やることは製品の吊り札付け。時給1000円、9時から5時半で実働7時間。車通勤可。飲み物の自販はあるけど昼は自分で用意すること」
「吊り札付けの仕事は、手先を動かすタイプの仕事で肉体労働ではないですか?」
「そうだね。倉庫自体は寒いけど、吊り札付けの作業は暖房のある作業小屋でやるって聞いてる。スリッパがあると底冷えしないみたい」
「スリッパですね」
「場所は西海だけど、星大の大石ってわかる?」
「わかるようなわからないようなですね」
「ああそう。とにかく、そいつが俺を拾いにこの辺まで来てくれるから、もし高木君も働くなら俺と一緒に大石の車に乗せてもらえばいいと思うよ。その代わり、その場合は交通費が出ないから注意」
「でも、送迎があるのはありがたいです」
「あれっ、ちーちゃん先輩て確か西海の人ですよね? 西海から星港の端近くまで来て、朝霞P先輩を拾ってまた西海に戻るんですか?」
「みたいだな。そこまでしてでも人が欲しいんだろ」

 とにかく大石と、あの日話した塩見さんの話し方からすれば人材絡みの逼迫した事情があるっぽかった。そんな事情はさておいて、俺はその仕事に入る2、3週間くらいの間、仕事を全うするだけだ。いろいろ行った経験から言うけど、人間関係のいざこざが一番めんどくさい。

「朝霞サンベーコンどーぞっす」
「ありがとう。ってかめっちゃカリカリじゃん。ちょっと焼き過ぎじゃね? 焦げる手前って言うか」
「MBCCではそれっくらいが普通ですよ。高ピー先輩のスタンダードです」
「あー、何かカズが言ってたな。高崎がカリカリのベーコンを崇める宗教を信仰してるって」
「そうですそれそれ。ちょっと焦げてカリカリになったくらいじゃないとダメなんですよ高ピー先輩」
「何か高崎って部屋が要塞みたいになってるそうじゃん」
「絶対入れてくれませんからね。Lによると、冬はさらに凄いみたいです。光熱費のためにバイトしてるそうですからね」
「……うん。高木君、さすがに普段暖房入れないのはしんどいと思うんだよ。寒いよ、風邪ひくよ。普段から暖房付けよう?」
「熱を発するものはやっぱり光熱費が跳ね上がるんじゃないかって気になって」
「だから、バイトしよう」
「そうだよタカちゃん。お金があれば今よりたくさんご飯が食べれるし、そもそもゼミ合宿の費用を稼がなきゃいけないじゃない」
「金がないクセに酒代はケチらないっていうな」

 1人だと不安だけど俺がいるということと、送迎してもらえることなどで少し安心したらしく、高木君は働いてみますと正式に返事をしてくれた。これに本人より先に返事をしていた果林とエージが拍手で激励。これだけ激励するっていうことは、普段の生活がよほど……うん、まあ、初バイト頑張れ!


end.


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ゼミ合宿の説明を受け、バイトの機会が転がり込んで来たTKGとそれを引き込みに来た朝霞Pです。
果林とエイジがスーパーで「やらせます」と本人より先に返事をしていたのはさすがの朝霞Pもちょっと驚いた様子。よっぽどだったんだなあ
そしてカリカリのベーコンを崇める宗教である。高崎の好みがMBCCのスタンダードになってるし、布教には成功しているのか?


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