2019(04)

■自立支援は甘くない

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「おーい浅浦、餅ー」
「ああ、もうそんな日か」

 伊東がジップロックに入れた餅を持ってきた。これは伊東家で正月に行われる餅つきの産物だ。毎年鏡開きの時期に来るとはわかっていても、いざ来るともうそんな時期だったかと思ってしまう。毎年のことなんだからいい加減慣れればいいのにな。
 話によれば、この餅つき大会は毎年規模が少しずつ大きくなっているそうだ。伊東家だけでは食べきれない餅をそれぞれこうやって配り歩いているんだけども、何でも美弥子がGREENsで捌く量が年々増えていて、それならもうちょっとやろうかと餅の量が増えているそうだ。
 GREENsでの餅消費量が増えているのには、宮林サンの暗躍がある。イベント好きのあの人は、サークルでも名企画者として日々行事の幹事として走り回っている。彼女の中ではこの餅の消費もみんなで楽しくやるもので、体育会系の輪に放り込まれたそれが消えるのもまた早い。
 
「今年はMBCCでもみんなもらってくれるみたくてさ、家に残らなくてよかったぜ」
「MBCCって年明けからはやらないんじゃなかったか」
「そうだけど、興味ありそうな子に俺が個人的に連絡して引き取ってもらってる。なんか大学祭後くらいからMBCC内でごはんブームが起きてて、ほら、餅ってもち米から出来てるだろ。ごはんブームの派生で餅に流れてきたみたいだ」
「若者のコメ離れが言われる時代にごはんブームか」
「完全にお米同好会の影響だよな」
「ああ、なんかそんな団体があるらしいな」

 星の数ほどサークルがある緑ヶ丘大学だからそんな団体があっても驚かないけど、日々美味い米を探求する同好会がMBCCにごはんブームを巻き起こすとは、どういう繋がりからか。で、餅はもち米から出来てるから実質ごはんだというのもどうか。わからないでもないけど、納得はし難い。
 と言うかこんな調子で餅の引き取り先を増やしていたら、来年も凄いことになりそうな気がする。それでなくても来年の今頃にはもうあの人が嫁入りしてるんだ。うちの年越し蕎麦どころじゃないだろ、餅の消費って。伊東家の正月が荒らされなければいいが。

「そうだ浅浦」
「ん?」
「慧梨夏がぜんざい食いたいって言っててさ」
「食べればいいんじゃないか」
「いや、お前も知っての通りアイツは絶望的な料理オンチだろ。でも俺はぜんざい苦手だから、お前の誕生日を口実にここに乗り込もうとしてたとだけは伝えておく」
「情報提供どうも。いや、って言うか誕生日なんか一昨日だぞ」

 自分はぜんざいが食べたいけど、あんことかぜんざいが苦手な伊東に作らせて1人で美味しくいただくのも違うという考えだろうか。だから俺に頼んでみようかと。と言うか、今時は自分で作らなくても市販のあんこだってあったりするけどな。作ってもらえることに喜びを覚えてるんだろうな。

「それでさ、悪いけど面倒見てやってくれないか」
「俺がぜんざいを作れと」
「最近、少しずつアイツを台所に立たせてるんだ。いつまでも壊滅的なままじゃいられないし、人よりちょっと苦手くらいにしておきたいって言うから」
「婚約を機にか」
「ちゃんとは聞いてないけど、それもきっかけのひとつではあったのかもな。で、もしアイツが自分でやってみたいって言い出したらサポートを頼んます」
「了解。で、何か気を付けることは」
「包丁はまだ解禁してないから。そんだけ」

 確かにぜんざいくらいであれば包丁を使う必要性はあまり思い当たらないし、ちょうどいいのかもしれない。餅のカットは多分、このジップロックを見る限り既に一般的な切り餅サイズにしてもらってあるので、その必要もなさそうだ。
 自分の部屋とあの人の部屋の台所を自分の要塞にしていた伊東が、とうとうあの人をそこに立たせたかと。これも花嫁修業の一環か。だけど、就職すれば今までと同じ生活という風にもいかないだろうから、伊東があの人に家事を教えるのはいいことだ。
 俺は伊東が何でもかんでも世話をするからあの人を堕落させ、ダメにしていると思っている。だから、包丁を使わない料理だろうと自分でやらせることに意義があると本気で信じている。自立支援の申し出には、快く応じるさ。

「ただ、俺にサポートさせると俺基準の甘くないぜんざいになるぞ」
「甘さ控えめくらいならアイツは全然平気。紅茶もスティックシュガー半分だしな」
「そうか。それじゃあ好きにさせてもらう。問題は本当に来るかだな」
「来る来る。俺にアイツの予定しつこく確認してきたし」
「いや、俺本人へのアポをだな。……いや、あの人は俺相手だったら突然来るな」
「そういうことだから、よろしく」

 伊東がこうして俺に話してしまったことでサプライズ感は完全に薄れてしまったのだけど、知らなかった振りをした方がいいのだろうか。尤も、俺は普段からそこまでリアクションの大きい方ではないから、誤魔化すには造作もない。

「ところで、伊東家でも餅の消費はするんだろ。あの凶悪なぜんぜいはお目見えしたか」
「あーもう。俺は食えないってわかってるから声がかかるだけで食わなくて良かったけど、慧梨夏があれを好きだから、一応タッパーで持って帰ってきたよ」
「あれを美味しくいただけるってどんな味覚をしてるのやら」
「その発言、京子さんにバレたらシメられるぞ。あんこの美味さは砂糖が作るってすげー言ってるから」
「だからってあの量はなあ。まあ、いい嫁を捕まえたな」
「ホントに」


end.


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誕生日当日に何もなかったので、盆正月の浅浦雅弘の名に恥じぬようここいらでドン
伊東家の鏡開きのお裾分けです。餅つきを大規模にやるのもまあ大変だとは思うけど、じっちゃん家と伊東家の分くらいは大きなお鏡を作ってるんだろうなあ
慧梨夏の料理修行もチラリ。前にそれやったときはどうだったかな、浅浦クン主導で作らせたんだっけか? 年度によって変わるね!

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