2019(03)

■自立したい21歳の籠城

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「高崎ー、あけましておめでとー」
「来るとは聞いてたけど、ガチで来やがったか」
「都合のいい時間も聞いといたじゃない。今年はさすがに元日営業はなし?」
「一応な。明日からはまたバイト三昧だ」

 拳悟が俺の部屋に乗り込んで来た。緑大から徒歩5分のところにあるコムギハイツに住んでいるのは、大体が地方からの下宿生だ。だから、盆になると大体の奴が実家に帰るし、正月にもなるとほとんどが帰省してシンと静まり返る。
 そんな中、俺は星港の実家に帰ることなくここで新年を迎えた。盆正月くらい帰ったらどうだと言われることもあるが、それは俺の勝手だろと言いたい。大体、実家が星港なのに下宿してる時点でいろいろ察せよと思う。俺には俺の事情があって1人暮らしをしてるんだ。
 俺の抱える問題を、時間が解決してくれるのをただ待っている。厳密には、時間が、月日が流れていろいろなことを受け入れられるまでに自分自身が成長すること。それから、その事象を様々な視点から考えられるようになるような経験を詰む時間を必要としている。

「はいこれ。おばさんから預かって来たから」
「サンキュ。何だろ」

 拳悟が預かって来たという白い封筒を開けて見ると、中には目録と書かれていた。正月ということで、親戚なんかが家に来て挨拶をしに来たらしい。大学生という微妙な年代のガキに、ご丁寧にもお年玉なるものを置いて行ったと。これは誰からいくらという目録で、銀行が平常通りの営業を再開したら振り込んでくれるそうだ。
 うちの家族は、俺に用事が出来ると大体拳悟に言付けようとする。コイツが一番確実だからだろう。ついでに、俺の様子を確認したいのかもしれない。拳悟の仕事は、俺が生きているのか死んでいるのか、ちゃんと大学で勉強してるのか、どんな生活をしているのかの偵察だ。

「中身、手紙?」
「いや、お年玉の目録だ」
「現実的だね。それこそメールとかLINEでもよさそうなものだけど」
「実家サイドは、俺の様子をお前に見に行かせてんだ」
「だろうとは思ったけど。でも、お年玉か、いいな~」
「ああ、さすがに社会人にもなるともらえなくなったか」
「うん、もらえなくなった」

 ちなみに、もらったお年玉を合計すると大体5万ちょい。年末年始も例に漏れずバイトを入れているから、生活に困るということは特にない。だからよほどのことが無い限りそれらに手を付けることはないだろう。
 家賃は出してもらっているけど、光熱費と携帯料金は自分で払っている。その他、バイクの維持費なんかがある。俺の愛車はギリギリ車検がない分そこまで高くないが、それでもある程度はかかって来る。税金だとか、保険だったりな。
 バイクに乗ることを決めたのは自分だから、免許を取ったり車体を買ったりというのは自分で金を出した。高校の頃から(校則を掻い潜りながら)バイトをしてコツコツ貯めた金だ。それこそ当時のお年玉はバイク購入資金だった。車の免許は親が金を負担してくれたけど、バイク関係のことは全部自分でやった。

「本当に帰んないの?」
「帰る予定はない。明日から普通にバイトだからな」
「そう」
「俺を連れ戻せとでも言われてんのか」
「ううん、それは特に」
「ならいいじゃねえか」
「ああ、そうだ」
「あ?」
「これ、最新のアクア。マリンと戯れてんの、かわいいっしょ」

 そう言って拳悟は俺にスマホで動画を見せて来た。老いたゴールデンレトリバーのアクアと、最近飼い始めたというミニチュアダックスフントのアクアが戯れている。マリンの方は所狭しと駆け回っているが、アクアはじっと座っている。
 実家に行く理由があるとすれば、アクアへの挨拶くらいだろう。盆の墓参りも別に実家に立ち寄る必要はなく、俺が勝手に参ればいいだけだ。だけど、アクアに挨拶をして一緒に遊ぶには実家に行かなくてはならない。究極の選択だ。

「高崎ってマリンと会ったことあったっけ?」
「それこそ1回か2回じゃねえかと思う」
「あ~、それじゃまだ全然懐かれてないヤツじゃん」
「つか、こないだペダルとかその他諸々を持って来るのに1回帰ってんだから別にいいじゃねえかって感じもするけどな」

 そう、昨日の夜に行われた「シャッフルバンド音楽祭」なる行事に出るのに必要な道具を回収するのに1回密かに帰ってたんだけど、全員に挨拶はしてないから帰ってない認定をされても仕方ないとは思う。アクアに顔は出したけど、あの時はマリンがいなかった気が。

「そしたら俺は今日高崎の部屋でのんびりしようかな」
「いや、それこそお前の家はいいのかよ、正月行事とか」
「ほら、うちはわちゃわちゃし過ぎてて1人いないくらい別に気付かれないって言うか?」
「お前の兄弟って正悟君以外結婚してんだっけか?」
「そうだね、5人中3人。それぞれ子供がいたりしてもうわちゃわちゃ。みんなうちに来るからさ。相手の実家に行かないのって聞いたら盆に行ってるからって」
「それで正月に人数が集中してんのか」
「もうね、すっごいよ。何せ人数が多い分わちゃわちゃ。兄弟の家族だけじゃなくて親の兄弟とかもみんな来るから。昨日のライブくらいワケわかんないよ」
「そりゃ確かに1人いないくらいじゃ気付かれなさそうだな」
「あと、甥っ子とか姪っ子たちにお年玉あげなきゃいけなくなっちゃうし」
「社会人の辛いトコだな」
「あっ、電話だ。はいもしもし~? えっ、高崎ん家。えっと、実家じゃなくて、豊葦の方。えっ? それは俺に聞かれても困るよ。高崎は部屋に人を入れたくない方だって話はしたじゃない。はい、そういうことだから自分で何とかしてください。ふう」
「拳悟、俺がどうしたって?」
「ああ、壮馬から遊びのお誘い」
「来させんなよ、絶対にだ。アイツが来たらうるさくてしょうがねえ」
「俺は助けないって言ったから、高崎もあとは自分で何とかしてね」
「平穏な正月を邪魔されてたまるか」


end.


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あけましておめでとうございます。ナノスパも無事に2020年を迎えました。
ですが、例によって高崎は実家に帰ることなくバイト三昧のようです。ピザデリーはさすがに元日はお休みの様子。
で、社会人になった川崎拳悟に降って湧いた親戚の子供たちへのお年玉問題である。そういうのがあるわよね

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