2014(04)

■松岡圭斗の激走

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「あ、やっべ」

 声と同時だった。圭斗らしからぬ猛ダッシュ。こんなところで1人置いていかれたうちはどうしろと。とりあえず動かない方がいいんだろうなと、お茶の香りが心くすぐる路上で待ちぼうけ。
 うちと圭斗が星港市の繁華街を2人で歩いて何をしているのかと言えば、デート……なはずもなく。卒業される4年生方に対する記念品を選ぼうというれっきとしたサークルの業務だ。
 買う物は買ったしとインターフェイス馴染みのカフェで一息して、さあ次へ行こうと少し歩いた瞬間だった。お茶屋さんの前に差し掛かった瞬間のダッシュ。

 圭斗と言えば、根っからの文化系で走るとか跳ぶとかそういうイメージが全くない。缶蹴りの時には走ってたんだろうけど、如何せん暗くて姿はよく見えないから。
 その圭斗がダッシュをする姿だなんて。3年目の付き合いだけどそうそう見ることのない激レアな光景だったワケで。これを動画に残しておけばノサカからは1000円くらい取れたなと後悔をする。

「お姉さん、これお試しです。良かったらどうぞー」
「ありがとうございます」

 店頭のお姉さんからも同情されたのか、試飲のあったかいほうじ茶なんかをいただいてしまって。ああ、美味しい。沁みるわ~、と言うか圭斗は一体何をしてるんだ。

「ごちそうさまでした」
「はいどうもー」
「あ、このほうじ茶クッキーください、ひとつ」
「250円ですー」

 もうしばし、お茶屋さんの前で石ころごっこを続けた。いろんな人がいるなあとか、ビルばかりで空があんまり見えないなあとか、そんな観察をしながら。
 路上のアンケートを2人ほどガン無視で捌き、コスプレを2人、ゴスロリを4人確認したところで見慣れた影がこちらに近寄ってくる。行きほどではない復路の小走り。

「はあ、はあ……いや、申し訳ない」
「突然何だったんだ圭斗」
「さっき立ち寄ったカフェに、よりによって贈り物を忘れてしまったことに気付いてね」
「えっ、大丈夫だったのか」
「何とかね」

 買った荷物は圭斗に預けていたからうちはそれがないことに全く気付かなかったけど、何かの拍子に圭斗が腕の軽さに気付いてしまったらしい。それであの猛ダッシュだった。

「麻里さんへはお茶を買っただろう? それで、ここを差し掛かった瞬間思い出したんだ」
「なるほど」

 香ばしいお茶の香りに、麻里さんへ買ったフレーバーティーもいい香りだったなあと買い物した瞬間のことがよぎった。だけど手がやたら軽い。ない。どこだ。カフェのイスだ。やっべ。
 香りがそんな風に点を結んだのかもしれない。村井サンだったらまだシャレになるけど麻里さんはシャレにならないからねと笑う様は、もういつもの圭斗だ。

「それであんな激レアなダッシュを」
「ん、これだけ本気で走ったのは前に缶蹴りをやって以来だ」
「圭斗、次に走るときは前もって言ってくれないか」
「そうだね、こんなところで急に置いてけぼりにして申し訳ない」
「そうじゃない。動画を撮る準備があるだろう」
「菜月さん、そんな物を撮ってどうするつもりだい?」

 ノサカ相手の宗教商売は出来なくても、4年生方に対して見せることで圭斗に冷やかしとか辱めを味わわせることが出来るんじゃないかと思ってしまったワケで。日頃の仕返しだ。

「と言うか、圭斗が走ったって事実だけで十分笑えるんだけどな」
「僕を何だと思ってるんだい?」


end.


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手荷物を忘れて走って戻ったのは何を隠そうこの私だ(ノベルティのブランケットを忘れて走りました)
タイトルはNO.616「Run,Nosaka,Run」のオマージュで「Run,Keito,Run」にするつもりが「松岡圭斗の○○」系のタイトルもやってないしなあと思い……あっ、タイトル変えようみたいな経緯。
圭斗さんに置いて行かれた菜月さんですが、圭斗さんで商売もとい小遣い稼ぎをしようという思考は相変わらずらしい。置いてかれてもめげない。お茶がうまー。

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