2018
■手ぶらではない僕たちは
++++
ファンフェスが開けて最初の月曜日。突如としてぶち込まれたステージにバタバタしていた星ヶ丘大学の放送部も、日常を取り戻した。そして、俺たち朝霞班にももうすぐ日常が戻ってくるはず。しばらく主の居なかった席にも、ようやくあるべき人が戻って来る。
開け放たれたままのミーティングルームの扉が、かすかに動いた。外から朝霞班のブースを見えなくするためのそれが動くのは、戸締りの時とこのブースに用事のある人が来たときだけ。俺もつばちゃんもブースの中にいる。だとすれば、他に用事があるのは1人。
「……只今戻りました」
「朝霞クン!」
「朝霞サン謹慎解けた!?」
「ああ。今日からまたここで、夏の丸の池に向けてやっていくことになる。そうだ戸田、宇部がそろそろ対策委員の活動報告を入れに来いっつってたぞ」
「はいはい。しょーがねーから行って来てやるか」
つばちゃんが渋々活動報告を入れに行けば、俺と朝霞クンがブースに取り残される。しばしの沈黙が、少し気まずい。朝霞クンは何か言いたげにしている風にも見えなくはなくて、出方がわからないなと思って。
「山口」
「な~に? どうしたの朝霞クン」
「今まで、本当にすまなかった」
「えっ、ちょっと待ってやめてよ朝霞クン、頭上げてよ」
突然、深々と頭を下げた朝霞クンに俺はパニックになって。本当にやめてよとしか言いようがなくて。謝られる覚えは確かにある。だけど、謝って欲しいワケじゃなかった。この話はここで終わって、それじゃあ次へ行くぞって、そうやって引っ張ってくれるものだと思っていたから。
「朝霞クン、全然いいんだよ本当に」
「いや、俺がいない間、班長代理としてお前が山ほど仕事をしてくれていたという話は聞いてて。自分のファンフェスのこともあったのに本当に申し訳ない」
「だからいいんだって、いつもは朝霞クンが山ほど仕事をしてくれてるんだし。ねえ、お願いだからもうやめよう」
「……山口、どうした?」
「それを聞きたいのはこっちだよ。朝霞クン、どうしちゃったの。俺の知ってる朝霞クンは、何においてもステージ最優先で、過ぎたことは必要以上に振り返ってもしょうがないって言って次に向かう人じゃん。それなのに今日は、振り返る時間が長すぎるよ」
朝霞クンてこんな感じだっけ。確かに夏の丸の池の枠も発表されてないし、ステージモードじゃないと言えばモードじゃないから考え方も少し違うかもしれないけど。それでも、俺の思ってる朝霞クン像と今の朝霞クンの間に少しギャップがあって戸惑っている。
よほど困ったような顔をしていたのか、朝霞クンが俺の心配をし始める始末。大丈夫か、疲れてるんじゃないか、なんて。俺は大丈夫だし疲れてもない。ちょっと戸惑っただけ。きっとすぐに俺の知ってる朝霞クンが戻って来るはずだ。
「そう言えば、メグちゃんとは顔を合わせたの?」
「ああ。ファンフェスの報告と復帰の挨拶をしに」
「じゃあ、夏の件は聞いてるかな」
「ああ。夏の枠は班の名前ではなく実力に措いてのみ決められる。班の力の底上げは最低条件。また暴走したらどうなるかわかってるだろうな、的なことは言われてる」
「ならいいんだ。俺とつばちゃんにもその通達はあったからサ」
「実力で枠がもらえるなら都合がいい。やっと真っ向勝負が出来るんだな。これから忙しくなるぞ。班を底上げするためには俺がまず伸びなきゃいけない。本腰入れて台本を書き始めるのはもう少し先だけど、引き出しを増やさないと」
何と言うか、ステージの話を振った瞬間俺の知ってる朝霞クンが戻って来たから余計な心配だったネって。これまではただ単にインターフェイス仕様で人のいい朝霞クンだったんだって。やっぱり朝霞クンはステージのことをやってる姿が一番いい。
そして朝霞クンは3週間空けていた席に座り、机の上でネタ帳を開く。立ち尽くしたままの俺を不敵な目で見上げ、一言。「3週間のインプット期間は大きい」と。無駄に謹慎期間を過ごしたワケじゃない。ファンフェスもあったけど、すべてはステージのために。
「録画したまま溜めてた映画も見たし、読書の時間も取れた。ファンフェスでも水鈴さんや本職の人がやってるステージを見てモチベーションは上がってんだ」
「さすが朝霞クン、抜かりないネ」
「ウチの場合、性質上1年が望んで来るとは考えられないからな。現状ある物でお前たちが最大限やれるように考えるのは、俺の仕事だ。お前たちはステージのことだけ考えられるように、それ以外のことは俺がやる。山口、もう時間はないぞ。いつでも行けるように準備しとけ」
「は~い、でしょでしょ~」
うん、これでこそ朝霞クンだネ。ステージに集中して突き進む姿勢。それでいて、本当に優先しているのは自分よりも俺たち班員や部全体の組織のこと。決して立場は良くないし嫌がらせもされるけど、朝霞班は恥ずべき場所じゃない。気高く生きる班長がいて、俺たちはそれぞれ輝かせてもらえる。
「はー、とだいまー」
「つばちゃんおかえり。どうだった?」
「どーもこーも。これから初心者講習会ですよ」
end.
++++
謹慎が解けて朝霞Pが班に戻ってきました。ファンフェスも終わったしここからはステージだけだ!
ステージのモードに入ってしまえば洋平ちゃんの良く知る朝霞Pになりますが、そうでなければ戸惑ってしまうとはどんだけアレなんやろな朝霞P
そしてつばちゃんはこれから初心者講習会! 戦争に入っていくぞ!
.
++++
ファンフェスが開けて最初の月曜日。突如としてぶち込まれたステージにバタバタしていた星ヶ丘大学の放送部も、日常を取り戻した。そして、俺たち朝霞班にももうすぐ日常が戻ってくるはず。しばらく主の居なかった席にも、ようやくあるべき人が戻って来る。
開け放たれたままのミーティングルームの扉が、かすかに動いた。外から朝霞班のブースを見えなくするためのそれが動くのは、戸締りの時とこのブースに用事のある人が来たときだけ。俺もつばちゃんもブースの中にいる。だとすれば、他に用事があるのは1人。
「……只今戻りました」
「朝霞クン!」
「朝霞サン謹慎解けた!?」
「ああ。今日からまたここで、夏の丸の池に向けてやっていくことになる。そうだ戸田、宇部がそろそろ対策委員の活動報告を入れに来いっつってたぞ」
「はいはい。しょーがねーから行って来てやるか」
つばちゃんが渋々活動報告を入れに行けば、俺と朝霞クンがブースに取り残される。しばしの沈黙が、少し気まずい。朝霞クンは何か言いたげにしている風にも見えなくはなくて、出方がわからないなと思って。
「山口」
「な~に? どうしたの朝霞クン」
「今まで、本当にすまなかった」
「えっ、ちょっと待ってやめてよ朝霞クン、頭上げてよ」
突然、深々と頭を下げた朝霞クンに俺はパニックになって。本当にやめてよとしか言いようがなくて。謝られる覚えは確かにある。だけど、謝って欲しいワケじゃなかった。この話はここで終わって、それじゃあ次へ行くぞって、そうやって引っ張ってくれるものだと思っていたから。
「朝霞クン、全然いいんだよ本当に」
「いや、俺がいない間、班長代理としてお前が山ほど仕事をしてくれていたという話は聞いてて。自分のファンフェスのこともあったのに本当に申し訳ない」
「だからいいんだって、いつもは朝霞クンが山ほど仕事をしてくれてるんだし。ねえ、お願いだからもうやめよう」
「……山口、どうした?」
「それを聞きたいのはこっちだよ。朝霞クン、どうしちゃったの。俺の知ってる朝霞クンは、何においてもステージ最優先で、過ぎたことは必要以上に振り返ってもしょうがないって言って次に向かう人じゃん。それなのに今日は、振り返る時間が長すぎるよ」
朝霞クンてこんな感じだっけ。確かに夏の丸の池の枠も発表されてないし、ステージモードじゃないと言えばモードじゃないから考え方も少し違うかもしれないけど。それでも、俺の思ってる朝霞クン像と今の朝霞クンの間に少しギャップがあって戸惑っている。
よほど困ったような顔をしていたのか、朝霞クンが俺の心配をし始める始末。大丈夫か、疲れてるんじゃないか、なんて。俺は大丈夫だし疲れてもない。ちょっと戸惑っただけ。きっとすぐに俺の知ってる朝霞クンが戻って来るはずだ。
「そう言えば、メグちゃんとは顔を合わせたの?」
「ああ。ファンフェスの報告と復帰の挨拶をしに」
「じゃあ、夏の件は聞いてるかな」
「ああ。夏の枠は班の名前ではなく実力に措いてのみ決められる。班の力の底上げは最低条件。また暴走したらどうなるかわかってるだろうな、的なことは言われてる」
「ならいいんだ。俺とつばちゃんにもその通達はあったからサ」
「実力で枠がもらえるなら都合がいい。やっと真っ向勝負が出来るんだな。これから忙しくなるぞ。班を底上げするためには俺がまず伸びなきゃいけない。本腰入れて台本を書き始めるのはもう少し先だけど、引き出しを増やさないと」
何と言うか、ステージの話を振った瞬間俺の知ってる朝霞クンが戻って来たから余計な心配だったネって。これまではただ単にインターフェイス仕様で人のいい朝霞クンだったんだって。やっぱり朝霞クンはステージのことをやってる姿が一番いい。
そして朝霞クンは3週間空けていた席に座り、机の上でネタ帳を開く。立ち尽くしたままの俺を不敵な目で見上げ、一言。「3週間のインプット期間は大きい」と。無駄に謹慎期間を過ごしたワケじゃない。ファンフェスもあったけど、すべてはステージのために。
「録画したまま溜めてた映画も見たし、読書の時間も取れた。ファンフェスでも水鈴さんや本職の人がやってるステージを見てモチベーションは上がってんだ」
「さすが朝霞クン、抜かりないネ」
「ウチの場合、性質上1年が望んで来るとは考えられないからな。現状ある物でお前たちが最大限やれるように考えるのは、俺の仕事だ。お前たちはステージのことだけ考えられるように、それ以外のことは俺がやる。山口、もう時間はないぞ。いつでも行けるように準備しとけ」
「は~い、でしょでしょ~」
うん、これでこそ朝霞クンだネ。ステージに集中して突き進む姿勢。それでいて、本当に優先しているのは自分よりも俺たち班員や部全体の組織のこと。決して立場は良くないし嫌がらせもされるけど、朝霞班は恥ずべき場所じゃない。気高く生きる班長がいて、俺たちはそれぞれ輝かせてもらえる。
「はー、とだいまー」
「つばちゃんおかえり。どうだった?」
「どーもこーも。これから初心者講習会ですよ」
end.
++++
謹慎が解けて朝霞Pが班に戻ってきました。ファンフェスも終わったしここからはステージだけだ!
ステージのモードに入ってしまえば洋平ちゃんの良く知る朝霞Pになりますが、そうでなければ戸惑ってしまうとはどんだけアレなんやろな朝霞P
そしてつばちゃんはこれから初心者講習会! 戦争に入っていくぞ!
.