2017(02)

■ダッシュで奪取

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 位置についてよーいドンではないが、限りなくそれに近い戦争が繰り広げられる現場。車の鍵は取ったモン勝ち。勝てば天国負ければ地獄。俺が行くことになれば、ピザが焼ける前に猛ダッシュ。

「車ゲットー、残念だったなぁユーヤ」
「あー! 長谷川てめェ!」

 壁に掛かった車のキーを、俺が手を伸ばした瞬間横から取っていった女男が憎い。長谷川正道とかいう自称バンドマンのフリーターだ。俺が車の鍵を取るとわかっていてわざわざそのタイミングで奪っていく性根の悪さはマジでぶっ飛ばしてえ。
 俺のバイトはピザの宅配だ。注文を受けて店の中で焼くこともあるが、基本的には外を回っている。足は原付か車。意外がられるが、俺は車の免許も持っている。基本原付だけど、冬や悪天候のときはやっぱり車に乗りたい。
 特に、ここ最近のゲリラ豪雨はしんどい。原付の時にそんなモンに遭おうモンなら体は冷えるし服の中も濡れて気持ち悪い。祭事や悪天候の時は稼ぎ時だが、正直今はいつ何時ゲリラに遭うかわかんねえんだから家にある程度の食料は確保しとけと思う。

「まあ何だ、年長者を敬え」
「敬えだ? てめェを敬う理由がどこにある。年が上ってだけならクソ食らえ」
「体格的にも俺が車で行くべきじゃんな。雨風に煽られてもお前ならあの兄ちゃん頑張ってんなーってなるけど、俺は可愛い女の子がずぶ濡れで可哀想な風に見えて店の評判もガタ落ちだ」
「知るか。俺の方が先に行くんだからキー寄越せ」

 長谷川は中性的な顔立ちをして、男としては小柄……と言うか女装をすればそうとしか見えなくなるナリをしている。髪もストレートのセミロングだ。配達に行った先で女に間違われることも多々とか。
 配達する物が焼き上がるまでに何とかしてこの長谷川から車のキーを奪わなくてはならない。力ずくで奪おうとすると、気持ち悪い声色でキャーと悲鳴を上げやがる。つかてめェの言動が店の評判を落とすんだろうがよ。

「キーが欲しければライブのチケットを買え」
「まーた空箱なのか」
「またって言うな! ったくよー、俺の周りのドラム連中はホント人格に何らかの欠陥を抱えた奴しかいねーな!」
「あ!? それを言ったら俺の周りのギターもアホみたいな連中ばっかだっつーの」

 ――と、そこまで言って高木とエージの存在を思い出すが、高木の生活は若干常人離れしているらしいしエージはエージで神経質だからアホみたいな連中に入れてもさほど問題ないだろう。拳悟は実際バカだからいいとして。
 大体、人格に欠陥とかそんなことを言い始めるとそれこそ差別ガーとか多様性ガーなどと言い出す連中もいるし、あまり大っぴらにしたい話でもない。長谷川の周りのドラム連中がどんな奴かは知らないが、俺が巻き込まれるのもゴメンだ。

「いいからさっさとキー貸せ」
「あっユーヤてめー!」
「俺は昨日ゲリラに遭ってんだぞ。今日は何があっても車で行くって決めてんだ」
「このヤロー、お前の使う道全部冠水しろ! マンホールにハマれ!」
「縁起でもないこと言うな、大人げない。つか誰よりも人格に欠陥があるのはてめェじゃねえか」

 そんなことをしている間に、配達する物が揃う。車のキーも奪取に成功したし、奪い返される前に出かけてしまうのだ。俺個人のロッカーの鍵も持った。奴は車のキーを俺に奪われるとロッカーの中に手を出しやがるが、もちろん俺も学習をする。
 盆正月はともかく、悪天候の時はこういう商売の人間も避難をするべきという風潮にそろそろなってくれねえかなと思う。あまり水深のある道は長靴を履いてると逆に危ないって言うし普通の靴で歩くけど、やっぱ気持ち悪い。
 この異常気象は夏の間だけなのか、それともこれからも続くのか。局地的な大雨がいつどこで降るっていう情報がこれ以上ないほど正確に予測できて、それをマップに表示してもらえたらなーという希望が叶うのはさほど遠くもないと思うんだけどな。


end.


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稼ぎ時の高崎の戦争。お盆だろうと正月だろうとお構いなしです。むしろ稼ぎ時でございます。
長谷川さんの周りのドラムは人格に何らかの欠陥を抱えた奴しかいないそうですが、昨日のお話に出てきたドラムさんとも関係があるとかないとか
バイト先での高崎の様子はまた新鮮でもある。ぎゃあぎゃあ喧しく怒鳴り散らしたりすることは立場のあるMBCCじゃやっぱりなかなかなさそうです

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