2018
■manual about next day
++++
「おはようございますッ! 今日もいい日ですねーッ!」
サークル室に入って来るなり、奈々がきゃっきゃと楽しそうにしている。奈々がきゃっきゃとしているのは割といつものことだけど、今日はいつもよりもさらに何かこう、あーはいはい若いっていいね元気だねという感じ。
「野坂先輩、やっぱ野球っていいっすね!」
「こないだはおもんないとか言ってたくせに」
「やっぱり面白いっすよ!」
「手首が完全にスクリューな件」
奈々は野球を見るタイプの女子であるらしいことがここまでに明らかになっている。現時点で奈々に関して明らかになっているのは、星港ドーム(略称ホシド)でバイトをしていることや、家で文鳥を飼っていることなどだ。
ただ、奈々が贔屓にしているのはここ、向島の球団ではない。それと言うのも奈々は父親が転勤族みたいな感じで高校に入るまでは地方を転々としていたそうだ。何か、こっちの球団はむしろアンチにも近いくらいなのにバイト先が本拠地のドームなのは意味がわからない。
そしてこの野球という話題はMMPというサークルにとって……は、言い過ぎた。一部メンバーにとっては結構な関心事だ。代表されるのがこの奈々に、素直に地元球団を応援する俺と律。それから、菜月先輩だ。
「律、今日学内で菜月先輩を見たか」
「履修カブってる授業で会いやシた」
「じゃあ、そのうち来るってことだな」
「そースね。奈々にトリセツの音声ガイダンスするよーな感じスか?」
「いや、だってマズいだろ。この調子で奈々が菜月先輩の地雷を踏んだら被害を被るのは俺かこーただぜ? 野球の話だったら100%俺だ」
「自分は野坂の脚が吹っ飛ぶくらい別に何てこたナイんすけど」
「いや、サークル全体の空気にも関わる」
「それは否定しヤせんわ」
そして、カレンダー……この場合、スマホに入れてる野球アプリだ。そのカレンダーで奈々が贔屓にしているチームが直近に対戦していたのはどこのチームなのかを調べると……ああ! 何ということだ! 奈々がこんなにウキウキしているということは……取説は早急に開かねばならない!
さて、タイムリミットは近付いているしこれは思った以上にヤバいという認識で俺と律は一致した。まあ、去年よりはいいとは思うんだ。だけど、菜月先輩は野球の記事だけ読みに図書館でスポーツ新聞を手に取る人であって。奈々がウキウキしているということは、菜月先輩は沈んでいるにカルピスを賭けたっていい。
「奈々、ちょっと野球の話一旦ストップ」
「えーッ、せっかく野坂先輩とりっちゃん先輩ならわかってくれると思ってウキウキしてるのにッ!」
「いや、それはまた後で聞いてもいいけど、今はそれより大事な話がある。なあ律」
「そースね」
「えっ、りっちゃん先輩が肯定するってことは本当に大事なんですねッ! ちゃんと聞きます」
「いやそれどういう意味だよ」
「野坂、時間がないスわ。本題に」
「ああ、そうだな」
奈々に説明を入れるのは、菜月先輩の贔屓球団がどこであるのかという話と、そのチームが負けたときの菜月先輩の扱い方だ。ひとつ間違えるとローキックもしくは雨の日なら傘が飛んでくる。物理的に傘は荒れ狂うし武器なのだ。
そして、これは贔屓アンチ関係なく言えること。菜月先輩はただ罵るだけのヤジや罵詈雑言が嫌いだ。菜月先輩は詳しくないなりに野球というスポーツが好きで、贔屓のチームは確かにあるけれど、プレーや選手に対しては基本的にリスペクトを忘れていない。
去年本当にあった怖い話としては、件のチームが10何連敗だかしたときに(菜月先輩曰く「10を超えた頃から数えるのをやめた」とのこと)、三井先輩がまあ好き勝手なことを言ったことがあって。三井先輩は野球経験者だから中途半端にわかってるのがさらに菜月先輩の逆鱗に触れて。
それからしばらく三井先輩は菜月先輩から相手にしてもらえなかったし、菜月先輩の機嫌もそれはもうすこぶる悪く。まあ、菜月先輩の好きな選手がケガから復帰して出場していたことで一件落着したワケだけれども。
「――という悲劇もあったンで、奈々も気を付けるよーに」
「楽しくきゃっきゃと話してるくらいなら大丈夫だけど、暴言はマジでアウトな」
「了解ッす、うっすうっす」
簡単にトリセツのガイダンスを終えた頃、まるでこちらのタイミングを窺ったかのように廊下には硬質な足音がカツンカツンと響く。この足音は間違いなくアレだから、俺と律の間に緊張が走る。
「おはよう」
「菜月先輩おざーす」
「おはようございます」
「あ、奈々、おめでとう」
「あ、ありがとうございます……って菜月先輩~! 元気出してください~! 菜月先輩が元気じゃないとうちは寂しいです~ッ!」
「……野坂、菜月先輩が沈んでンだからカルピス買って来たらドースカ」
「確かに賭けたけどなあ」
end.
++++
野球事情のお話。奈々がきゃっきゃしてるのをノサ律が物理的に封じるお話をやりたかったはずが、取説で終わった件。
菜月さんの扱い方も難しいけど奈々の扱い方の方がいくらか難しそうだよなあ……菜月さんよか荒れやすそうだ
きっと冷えっ冷えだった頃の菜月さん、対策委員の活動とも重なって三井サンをボコボコにするのに躊躇はなかったんだろうなあ
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「おはようございますッ! 今日もいい日ですねーッ!」
サークル室に入って来るなり、奈々がきゃっきゃと楽しそうにしている。奈々がきゃっきゃとしているのは割といつものことだけど、今日はいつもよりもさらに何かこう、あーはいはい若いっていいね元気だねという感じ。
「野坂先輩、やっぱ野球っていいっすね!」
「こないだはおもんないとか言ってたくせに」
「やっぱり面白いっすよ!」
「手首が完全にスクリューな件」
奈々は野球を見るタイプの女子であるらしいことがここまでに明らかになっている。現時点で奈々に関して明らかになっているのは、星港ドーム(略称ホシド)でバイトをしていることや、家で文鳥を飼っていることなどだ。
ただ、奈々が贔屓にしているのはここ、向島の球団ではない。それと言うのも奈々は父親が転勤族みたいな感じで高校に入るまでは地方を転々としていたそうだ。何か、こっちの球団はむしろアンチにも近いくらいなのにバイト先が本拠地のドームなのは意味がわからない。
そしてこの野球という話題はMMPというサークルにとって……は、言い過ぎた。一部メンバーにとっては結構な関心事だ。代表されるのがこの奈々に、素直に地元球団を応援する俺と律。それから、菜月先輩だ。
「律、今日学内で菜月先輩を見たか」
「履修カブってる授業で会いやシた」
「じゃあ、そのうち来るってことだな」
「そースね。奈々にトリセツの音声ガイダンスするよーな感じスか?」
「いや、だってマズいだろ。この調子で奈々が菜月先輩の地雷を踏んだら被害を被るのは俺かこーただぜ? 野球の話だったら100%俺だ」
「自分は野坂の脚が吹っ飛ぶくらい別に何てこたナイんすけど」
「いや、サークル全体の空気にも関わる」
「それは否定しヤせんわ」
そして、カレンダー……この場合、スマホに入れてる野球アプリだ。そのカレンダーで奈々が贔屓にしているチームが直近に対戦していたのはどこのチームなのかを調べると……ああ! 何ということだ! 奈々がこんなにウキウキしているということは……取説は早急に開かねばならない!
さて、タイムリミットは近付いているしこれは思った以上にヤバいという認識で俺と律は一致した。まあ、去年よりはいいとは思うんだ。だけど、菜月先輩は野球の記事だけ読みに図書館でスポーツ新聞を手に取る人であって。奈々がウキウキしているということは、菜月先輩は沈んでいるにカルピスを賭けたっていい。
「奈々、ちょっと野球の話一旦ストップ」
「えーッ、せっかく野坂先輩とりっちゃん先輩ならわかってくれると思ってウキウキしてるのにッ!」
「いや、それはまた後で聞いてもいいけど、今はそれより大事な話がある。なあ律」
「そースね」
「えっ、りっちゃん先輩が肯定するってことは本当に大事なんですねッ! ちゃんと聞きます」
「いやそれどういう意味だよ」
「野坂、時間がないスわ。本題に」
「ああ、そうだな」
奈々に説明を入れるのは、菜月先輩の贔屓球団がどこであるのかという話と、そのチームが負けたときの菜月先輩の扱い方だ。ひとつ間違えるとローキックもしくは雨の日なら傘が飛んでくる。物理的に傘は荒れ狂うし武器なのだ。
そして、これは贔屓アンチ関係なく言えること。菜月先輩はただ罵るだけのヤジや罵詈雑言が嫌いだ。菜月先輩は詳しくないなりに野球というスポーツが好きで、贔屓のチームは確かにあるけれど、プレーや選手に対しては基本的にリスペクトを忘れていない。
去年本当にあった怖い話としては、件のチームが10何連敗だかしたときに(菜月先輩曰く「10を超えた頃から数えるのをやめた」とのこと)、三井先輩がまあ好き勝手なことを言ったことがあって。三井先輩は野球経験者だから中途半端にわかってるのがさらに菜月先輩の逆鱗に触れて。
それからしばらく三井先輩は菜月先輩から相手にしてもらえなかったし、菜月先輩の機嫌もそれはもうすこぶる悪く。まあ、菜月先輩の好きな選手がケガから復帰して出場していたことで一件落着したワケだけれども。
「――という悲劇もあったンで、奈々も気を付けるよーに」
「楽しくきゃっきゃと話してるくらいなら大丈夫だけど、暴言はマジでアウトな」
「了解ッす、うっすうっす」
簡単にトリセツのガイダンスを終えた頃、まるでこちらのタイミングを窺ったかのように廊下には硬質な足音がカツンカツンと響く。この足音は間違いなくアレだから、俺と律の間に緊張が走る。
「おはよう」
「菜月先輩おざーす」
「おはようございます」
「あ、奈々、おめでとう」
「あ、ありがとうございます……って菜月先輩~! 元気出してください~! 菜月先輩が元気じゃないとうちは寂しいです~ッ!」
「……野坂、菜月先輩が沈んでンだからカルピス買って来たらドースカ」
「確かに賭けたけどなあ」
end.
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野球事情のお話。奈々がきゃっきゃしてるのをノサ律が物理的に封じるお話をやりたかったはずが、取説で終わった件。
菜月さんの扱い方も難しいけど奈々の扱い方の方がいくらか難しそうだよなあ……菜月さんよか荒れやすそうだ
きっと冷えっ冷えだった頃の菜月さん、対策委員の活動とも重なって三井サンをボコボコにするのに躊躇はなかったんだろうなあ
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