2019(03)

■遠くの親戚と近くの他人

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 いつからか大晦日の年越し蕎麦は、父さんが手打ちで作るようになった。手打ち蕎麦に凝る男の話はテレビとかでも見たことがあるけど、定年後の趣味とか道楽での店とかそういう話だと思ってたから、一応まだアラフォーの父さんには若干早めなんじゃないかと思っていた。
 蕎麦打ちがそれなりの形になってきてからは自分の家だけにとどまらず、伊東家の面々も招待し始めたのだ。蕎麦は父さんが打ち、それに乗せる天麩羅は母さんが揚げる。家にいても役に立たない俺は伊東と買い出し部隊に任命され、戦場と化したスーパーへと乗り込んだ。
 スーパーでは百戦錬磨の伊東が所狭しと駆け回り、欲しい物を確実に獲得していった。コイツがいてくれて本当に良かったと思う。俺は人でごった返す現場に気圧されていたから、思うように動けなかったり、買い物する物を忘れてしまっていただろう。家でも外でも役に立たないので自室に引きこもって本を読んでいたい。

「はー、食った食った」
「お前、珍しく結構食ってたな」
「いや、ガチで美味しかった。パパさんそば打ち確実に上達してるよな」
「本人に言うと調子に乗るから俺だけにとどめといてくれ」

 買い物から帰ると伊東は台所で母さんの助手を始めた。人数いるし結構材料買ってきたからと下拵えから始めて揚げるところまで。母さんは、本当に普段からやってるのねーと奴の手際にただただ感心していた。俺はと言えば、父さんの助手をやらされていた。とは言え実際に手を出すことは許されず、見守るだけだったけど。

「と言うか、お前どんだけ食った? 天麩羅結構食ってたよな」
「そーね。ほら、薬味系食うと食欲増すだろ」
「言わんとすることはわかるけど」
「つかお前が食わなさすぎるんじゃね? 普通にそばとエビ天と、あと何食った?」
「イカ天。お前は」
「かき揚げだろ、レンコンだろ、かしわ天、玉子天、あとかき揚げ」
「かき揚げ2回言ったぞ」
「2個食ったしな。いや、美味いからうっかり食っちまったよな」

 普段からそこまでガツガツ食うという印象のない伊東だけど、今日は本当によく食べていたと思う。普段のように誰かの世話役でないからか、人を気にすることなく自分が食うことだけに集中しているような感じだった。でもかき揚げを2個食うか。薬味満載のかき揚げとは言え。
 さて、ここで問題となるのがこの会食の間に伊東が言われていたことだ。彼女はどうした。それを特にうちの親からつつかれてたじたじになっていたのだ。伊東家の方は、京子さんはああいう人だしおじさんは寛容な人だから、あの人の年末の忙しさも忙しいうちが華だねと納得しているようだけど。
 伊東はもうあの人にプロポーズを済ませている。来年の今頃にはもう籍も入れている予定だ。そうなると、来年の年越し蕎麦の会には否応なしに参加することになるだろう。11月の入籍予定だし、嫁のお披露目には時期的にもちょうどいい。だけど、あの人は例によって年末は忙しくしていることだろう。

「あの人はどうしてるんだ?」
「あー、慧梨夏な。遠征から帰ってきた頃だと思うけど。多分パソコンの前に張り付いてるか、戦利品の消化か」
「何にせよ忙しくしてるんだな。いいな、思う存分引きこもれて。親戚への挨拶とかそういうのはないのか」
「千春さんがシングルマザーだから親戚自体少ないし、一族自体が挨拶に行ったり来たりするような感じでもないんだと。盆も正月もゆっくりしたいとか何とか。みんな集まるのは葬式の時だけでいいとかそんなノリらしくて」
「なんだそれ」
「だから葬式の時はみんな思いっきり楽しんでるって」
「ええー……まあ、暗く送られるよりはいいのかもしれないけど」
「年賀状とかお中元とか送ってるから挨拶はちゃんとしてるってよ」
「それでいいんだよな、俺も」

 年が明けるとうちにも親戚が集まってきて宴会が行われる。正直この宴会が俺にはとても苦痛で、どうにかして逃げたいと毎年のように思っている。成人して酒を飲んで良くなってからは、親戚の人たちからも酒を勧められるようになり、飲まざるを得ない状況になってしまうと言うか。
 伊東家は宮林家と同じくサバサバしている方の家だから、それこそ正月も近所にあるお祖父さんの家で餅つきをするくらいで後はさっぱりしている。これも本当に羨ましい。餅つきくらいで終わりっていうのが本当に。まあ、その餅つきの規模が年々デカくなってるっていうのが問題なんだけど。

「でも、そういうサバサバしてる方の家で育ってるなら、年末の年越し蕎麦で父さんに付き合わされるのはどうなんだろうな」
「ガチな儀礼とかじゃなくてこれはパパさん主催の軽いイベントみたいな感じだから、好きなタイプの行事だし問題ないと思う」
「それならいいけど」
「それより俺はパパさんが育ててるこの企画をアイツがハチャメチャにしないかの方が心配だよ」
「そんな、企画ってほど大それた物でもないけどな。あの人、天麩羅はどういうのが好みなんだ?」
「アイツはナス以外なら何でも食べるけど、サツマイモとかが特に好きかな」
「ああ、定番だな。でも、うちと伊東家の中じゃ新しい感じだな」
「そば大会ってより天ぷら大会になるよなあ」
「まあ、それはそれでいいんじゃないか?」

 正直、この年越し蕎麦もあの人が引っかき回してくれるくらいでちょうどいいんじゃないかと思う。俺も父さんにいろいろ振り回されなくて済みそうだし(本当は何もしないで引きこもってたいんだけど)。あの人は京子さんが作るあの極悪なぜんざいも美味しくいただけるそうだから、本当に伊東の嫁としては申し分ないな。

「ところで、今年の餅つきの規模は」
「去年と同じくらいになるとは聞いてるけど、どうかな。でも、つきたての餅って美味いんだよな~…! どんどん食っちまう」
「正月太りするんじゃないか?」
「大丈夫大丈夫、少し太る方がいいくらいだから」
「お前は確かにそうか」


end.


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大晦日の年越しそばです。引き籠もりたい系男子浅浦雅弘、正月行事がいろいろとしんどいらしい。
来年の今頃にはいちえりちゃんは結婚しているので、この行事にも慧梨夏インになるはずなんだけど、……スケジュール管理が忙しいぞ
で、つきたての餅ですね。どんどん食べてもとんでもない量になるとかどんだけやってんだろうか。あといち氏は確かにちょっと体大きくしてもいいくらいね

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