2019(03)

■自由の女神は戦神と化す

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「おたま様! 玉置アヤ、ただいま馳せ参じました!」
「ありがとアヤちゃん、上がって!」

 12月26日、うちは趣味活動が再開できる喜びに打ち震えていた。それと言うのも、23日夜から25日朝までの間は、クリスマスのデート絡みでカズから同人活動禁止令を出されてたの。まあ、リアルの行事を大事にしようっていうのがうちらのルールなので、それには納得して拇印を押しましたよね。
 リアルな紙での誓約書まで用意して同人活動禁止令を出さなきゃいけないほど12月うちはとにもかくにも忙しく、振ってくるネタの調理に後頭部を殴られた仕返し、年末の大戦争に向けた支度など……やらなきゃいけないことは本当に山積みだった。年賀状のこともあったしね。
 25日の朝を迎えた瞬間うちは件の誓約書を破り捨て、カズからこの部屋の合鍵を没収した。あれから24時間、その破片はそのまま床に散らばっている。少しの食事と仮眠など生理現象による活動以外はパソコンの前に陣取って、ただひたすらにコピー本作りに励んでいる。

「おたま様、やって欲しいことがあったら指示出してくださいね!」
「そしたらゴメンけどアヤちゃん、紅茶淹れてくれる?」
「任せて!」

 今のうちには紅茶を淹れる時間すら惜しい。だけど水分を取らないで冬の隠れ脱水になってもいけないのでアヤちゃんに淹れてもらう。アヤちゃんとは年末のコミフェにも一緒に行くことになっている。うちはスペース参加と一般で、アヤちゃんはコスプレとうちの売り子、そして一般で。

「たまちゃん、お紅茶入ったよ」
「ありがと。ちょっと待機してて、もうすぐ出来るから」
「はーい。てか床のこれ、誓約書? ビリビリだけど」
「25日の朝8時になった瞬間カズの目の前で破り捨てたよね。「自由だー!」って」
「で、壁のこれ? 誓約書」
「カズに書かせたよね、26日からはうちの趣味の活動にどうこう言いませんって」

 壁に貼ってあるのは、破り捨てたそれの代わりにカズに書かせた誓約書。このクソ忙しい時期に約2日間もうちの同人活動を制限したからには、年末までは本当に口を出してくれるなと。食事も何も自分でどうにかしますんで、どうかお構いなくという書面を。2日あれば折り本の1冊や2冊作れるんですよ!

「これ、印のところ何のはんこ? たまちゃんのは拇印みたいだけど」
「ボ印ですね。雄っぱい魚拓取ろうとしたけどさすがにそれは勘弁してって拒否られたんで、妥協して乳首印で」
「どこが妥協なんですかねえ……」
「だって、雄っぱい魚拓取るって言ったらじゃあやり返すって言うんだよ!? 魚拓取るっておかしくない!? あまりに理不尽すぎるからソフト拘束して筆責めしてやったわ! 純粋な乙女に向かってヒドくない!? 時間もないってのに手間取らせて~…!」
「純粋な乙女? えっと、新刊のレーティングをお願いします」
「1冊は一般向けの男女カプですし……」
「もう1冊は?」
「18禁BLです」
「たまちゃん知ってる? 純粋な乙女って18禁の本なんて出さないんだよ」

 ――とか、何でもないことを喋りながらも、手は動かし続けて。お話がいい感じにキリがついたら、今度は推敲。簡単に読み返して不備がなければファイルを変換してそれらしくなるように組み上げていく。試しに1部刷って不備がなければ量産へ。ふふふ、最近プリンターを買い換えたんですよね。

「アヤちゃん、コピ本量産体制に入ったから、それを綴じる作業をお願いしていい? うちもう1コど~うしても書きたいネタがあるからそれ書かなきゃなの!」
「了解です! ちなみに、どんなネタを?」
「2部屋隣に住んでる友達がくれたネタなんだけど、すっごいおいしい男の子2人組と遭遇したんだって! その話を聞いてさ、これは新鮮なうちに書かなきゃって!」

 イベントついでに観光のために遠出してたみなもが遭遇した2人組がとにかくうち好みだったんだって。観光コースがかぶってたのか行く先行く先にいたみたいなんだけど、アウトレットでコーディネートし合ったり、イルミネーションを見ながら最終的には手繋いでたとかさ。
 帰りのバスの中でもたまたま席が彼らの前だったみたいなんだけど、聞こえてくる会話が完全にカップルのそれ。何それ!? ダブルの部屋で、相手の肌の温もりを感じながら寝てたとかそれ…! 会話内容的にどっちも恋愛対象は女の子みたいだけど、完全にすることシてる風にしか聞こえなかった、とはみなも談。
 うちにはみなもが持ち帰ってきてくれたネタを熱いうちに本にするという使命があって、そのために助手のアヤちゃんも緊急召集してるんですよ! アヤちゃんはアヤちゃんで年末は物凄~く忙しいとは聞いてるんだけど! アヤちゃんありがとう、このフォローは今度絶対しますから!

「おたま様、電話です!」
「誰!? こんなクソ忙しい時に!」
「片桐神です!」
「あっ、それは出なきゃ」
「はいどうぞ」
「ありがと。はいもしもし雨宮ですー、いつもどうもー。……はい、はい、あっ、今めっちゃ作業中で。はい。……えー!? ありがとうございます! 飾らせていただきますね!? えーと、今うちどちゃくそ作業中で星港まで出るのが非常に厳しく……えっ、わざわざすみません! あっ、おつかいリスト? 了解です。じゃあまた後で。……ふう」
「おたま様、片桐神は何て?」
「今回、Chocolate Soul Musicの新刊も置くんだよ。その関係で、スペースに飾る用のタペストリーと色紙作ったんで使ってくださいって。で、うちが作業中で星港まで出るのが厳しいって言ったら豊葦まで来てくれるって……ついでにおつかいリスト渡すんでよろしくって」
「たまちゃん、片桐神のおつかい、協力しようか」
「お願いします…!」

 作業が終わらないしバタバタして忙しないけど心は弾むよね。年末の大戦争に向けてとにもかくにもラストスパート。誓約書まで書かせたんだから、精一杯やり切らないと。でも、新刊は余裕で早割に間に合ってるのに、最後の最後まで何か出そうとしすぎるのは悪癖だわ、本当に。


end.


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いちえりちゃんのやってることがアレなのはここのカップルの通常運転ということでご勘弁ください
さて、いろいろなネタの調理に忙しい慧梨夏です。カナコだのみなもちゃんだのがネタを投げつけて来るのが悪い
そして片桐神ことイシカー兄さん、自分はコミフェに行かないのかい? それとも腰痛を拗らせてるのかしら?

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