2019(03)

■食べることは生き抜くこと

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 今日はバイト先のすき焼き大会。社員さんとかバイトとか、20代前半で歳の近い何人かが招集されてるような感じ。何か、いつの間にか伊東さんが塩見さんに「すき焼きやりたくないですか?」と提案して本当にすき焼き大会が実現されたみたい。
 会場は塩見さん宅。すき焼きやるからお前も来いよって誘われて、今は台所で塩見さんの助手として働いてる。だけど、台所にはそれらしい食材がお肉しかない。他の材料は高沢さんと伊東さんが買って来てくれるのかなあ。えっ、でも本当にお肉しかないけど?

「あの、塩見さん」
「何だ」
「すき焼きですよね…? お肉しか材料がないみたいですけど、あとの材料って、高沢さんが買って来てくれるような感じですか?」
「いや、ミヤ曰く、今日やりたいのは魯山人風のすき焼きっつーヤツなんだと。それが、肉とネギだけで煮るらしい」
「お肉とネギだけ…!?」

 そう聞いても、なかなかイメージが付かなかった。混乱している俺に、塩見さんはスマホで検索した画像を見せてくれた。ぶつ切りにされたネギが鍋の縁を囲っていて、その中にお肉が敷き詰められている。なんでも、こうやって並べることでお肉のうま味をネギが吸い上げやすくなるんだって。
 ピンポーンとインターホンが鳴って、高沢さん一行が到着。ネギは伊東さんが家のプランターで育てたんだって。誕生日にネギの栽培セットをもらってから家庭菜園が趣味なんだって。野菜を自分で育てるのもいいかもしれないなあ。4年生になったらちょっとやってみようかなあ。
 材料が揃ったので、ネギを切って土鍋に盛り付けていく。今日は4人だと思ってたけど、急遽高沢さんの幼馴染みっていう越野くんも加わって囲む鍋。料理の量は大丈夫かな。まあ、具がお肉とネギだけだから何とも言いようがないんだけど。

「それじゃあ食うか」
「すごーい、さすがオミさん! 美味しそう!」
「いや、実質俺は盛り付けただけだ。まあ、何にせよ、もうひと煮立ちすれば食えるから」

 ここで、ある問題が発生した。自分で言うのも難だけど、俺は結構ご飯を食べる方だ。量の話。こう、ネギとお肉しかない鍋だから、なかなか満足できないと思うんだよね、お腹の容量が。そしたら、お肉ばっかりたくさん食べちゃってみんなに迷惑を掛けちゃうんじゃないかって。
 それに、塩見さんは偏食の気がある。好き嫌いが多いとかじゃなくて、卵ばっかりいっぱい食べるとか、お肉ばっかりいっぱい食べるみたいな、本当に偏った食事の仕方。今日のすき焼きなんかは伊東さん発案だけど塩見さん的な要素もあるにはある。他に食べ物、例えばご飯とかがないと俺はしんどいかなって。

「えっとー……塩見さん、今日食べれるものって本当にこのすき焼きだけですか?」
「千景、安心しろ。お前が食うことを前提に一応飯は用意してある」
「あー……よかったぁー……」

 これでお肉ばっかり食べ尽くしちゃうこともなくなると思うから、ひとまず安心。そうこうしてる間にすき焼きがしっかり煮えて、食べられるようになった。塩見さん流のお鍋は、誰かが取り分けたりしてお世話するんじゃなくて、各々が好きなようにつつく方式。それは焼肉と変わらないみたいだ。
 お肉は本当に柔らかくて美味しいし、その味を吸い込んだネギも中がトロトロで美味しい。何か、意外にネギが結構行けちゃうんだなって。そして俺はそのお肉とネギをおかずにひたすらご飯を食べる。牛丼みたくて美味しいんだよね。

「千景、お前飯ばっかり食ってないで肉も食え」
「えっ、でも皆さんもお肉食べますよね? 見境がないってよく言われるので俺は皆さんがある程度食べたらちゃんと食べようかなって」
「お前がちょっと食ったくらいでなくならねえ程度の量は用意してる」
「えっ、ほんとですか」
「と言うか、それくらい用意しねえと俺が満足しねえからな」
「それじゃあ遠慮なくいただきます」
「飯食うのに遠慮するとか、他の奴は知らねえけど少なくとも俺は見てていい気分はしねえ。食いたいなら食えばいいし、食いっぱぐれたならそれはソイツが隙だらけだっただけのことだ。用意されたモンを均等に分け合う気遣いを否定する気はないが、食いたい奴が食いたいだけ食える方が俺主催の場では尊重される。食わない奴が淘汰されるのは自然界では当然のことだろ」

 もちろん、ビジネスの場ではその限りではないけどなと塩見さんは言う。そういう場ではそういう場に応じたマナーやルールがあるんだろうけど、少なくとも今ここで行われてるすき焼き大会に堅苦しいルールは無用。強いて言えば食べたいものを食べたい人が、食べたい時に、食べたいだけ食べるのがルール。

「自然界!? オミさん、話のスケールがおっきすぎません?」
「いや、そうとも言い切れねえぞ。ミヤ、よく考えてみろ。今は何不自由なく寝食することが出来ててもいつ何時家がなくなるかもわからねえし、食うに困るようになるかもわからねえんだ。食えるときに食っとかねえと、それは生きるか死ぬかを左右する」
「わかんないでもないですけどー」
「あー……それ、物凄くわかります。父さんと母さんが亡くなった後、兄さんが食べることだけは困らないようにってしてくれてました」
「ま、そういうこった。要約すれば、気にしないで食えっつーことだ」

 引き続きご飯も食べたいように食べながら、それまでよりは積極的に肉にも手を伸ばしていく。今回のすき焼きはよくあるすき焼きのそれとは違って具がネギと肉しかない。だから豆腐だとかしらたきだとか、そういうもののことを考えても仕方がない。うーん、これも立派にすき焼きなんだろうけど、やっぱり特殊だよなあ。こんなの知らないもん。

「オミさん、ネギ食べてます?」
「最初に食った」
「それ以来肉しか食べてるの見てないんですけど!?」
「俺が食いたいように食う。それがここでのルールだ」
「えー!?」
「そうは言いますけど伊東さん、伊東さんもお肉よりはネギばっかり食べてません?」
「ちかちゃん、それを言っちゃダメでしょう」


end.


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去年はもうちょっとガッツリやってたと思うすき焼き回ですが、今回はちーちゃん視点で準備段階から軽めに。
と言うか塩見さん流の食卓は食糧戦争が推奨される場だったのね……だけど、食わない奴が淘汰されるという食事観は、経験から導き出されたもの。
塩見さんとちーちゃんがガッツリ食べてもなくならないくらいの量のお肉……キロ単位なんやろなあ

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