2019(03)

■ミッシング・リンク

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 昨日、菜月から一通のメールが届いた。内容は、彼の春が違うところに移り、星大に通うのはもうやめようかなという旨の発言があったということ。菜月は彼……ミッツの恋愛事情の最新情報を常に握っている。菜月の言うことだから、きっとそれは正しい。ご丁寧に、その情報のソースである筆談の様子が画像データとして添付されていた。
 4限が終わった今現在、リンは情報センターでバイト中。LINEなどでそのことを伝えてもいいんだろうけど、文面だけでは伝わらないニュアンスもあるにはある。出来ればなるべく早く、直接話して伝えたい。業務の邪魔にならない程度でいいけれど……リンがダメでも、あの子に伝えられればいいか。

「あの……こんにちは……」
「あっ、福井先輩こんにちはー。あれっ、でも福井先輩て確か林原さんと一緒の理系ですよねー。今日はどうしたんですかー? あっ、林原さんだったら今自習室にいますけど。呼んできましょうか?」

 リンに用事があると言わずともわかってくれるのがありがたい。業務に支障は出ないのかと聞けば、まだギリギリ大丈夫だと言う。その言葉に甘え、自習室で学習補佐の仕事をするリンを呼んでもらうことに。その間、自習室には別のスタッフが入れ替わりで入ってくれることに。ただ、やはり男子スタッフが外に出る様子。
 菜月からの情報通り、彼がそこの角で身を潜めているという様子は今のところない。リンの中でバイトリーダーさんは女子にカウントしていないらしいけれど、彼に付きまとわれている対象だった子たち……今日は髪の長い子しかいないようだけど、事務所の中で書類仕事をしているようだった。

「どうした、美奈」
「彼のことについて、動きがあった……」
「何、本当か」
「話すと、少し長くなる……」
「それなら、事務所に入ってくれ」
「いいの…?」
「業務上必要な話だ。構わん。それに、今は俺がバイトリーダーの職を代行している。少しくらいの濫用はよかろう」

 ミドリがコーヒーを淹れてくれ、本格的に話に入る。ミドリは受付の仕事をしながら、そして髪の長い綺麗な子はどうやら年賀状の宛名書きをしていたようで、その手を止め、筆を置いて話を聞く体勢に。

「菜月から、メールが届いた……」
「何と」
「端的に言うと、彼の春は違うところに移ったそう……星大に通うのを、やめる宣言もしていたって……」
「そうか、それは良かった」
「本当に、良かったですねー。あっ、そう言えば確かに今日は受付からチラチラする影がなかったですもんね! 良かったですねカナコさん!」
「ホントに!」
「しかし、春山さんが帰って来ん以上、スタッフでもない自称研修生に受付の仕事はさせんからな」
「重々承知しております~……」
「あの……冴さん? と、彼が日曜日に食事に行ったそう……」
「それで土田に嫌気が指したか」
「そうではなく……その洋食屋に、彼の新たな春があった、と……その洋食屋というのが、バレーナ・ビアンカ……」
「ちょっと待て、オレの職場ではないか」
「そう……確認するけど、日曜日のディナータイムに、ピアノを弾いていたのは…?」
「オレだが、いや、まさか」
「おそらく、そのまさかが現実の物に……」

 菜月からのメールによれば、彼は冴さんを伴いバレーナ・ビアンカに行ったときに、ディナータイムのピアノを弾いていた人に運命を感じたんだそうだ。冴さん、そしてその前なら大石君の幼馴染みの子には無かった要素の色気や、ミステリアスさを感じた……という風に、ルーズリーフの写真にはある。
 その話が本当なら、彼はリンに運命を感じ、春を振りまいているということになる。リンの性別が視認できなかった可能性もあるけれど、この嘘みたいな話には私も黙ってはいられず。まさか私と彼が同じ土台にいるとも思えないのだけど、そんなことがあっていいはずはないという気持ちがとても強く。

「まさか今度は林原さんを狙って洋食屋さんに…?」
「いや、奴は豊葦在住だろう。時間も金も、西海に通うとなれば相当かかる。現実味はない」
「……彼は、目的の為なら対象に何万だろうと貢ぐことを厭わない……その性質を利用して、食事代を浮かせてきたのが菜月……」
「いや、アイツもアイツで何をやっている」
「焼き肉のプレミアムコースを奢らせるくらいは、よくある……」
「林原さん、今ここに春山さんと烏丸さんがいなくてよかったですねー」
「ああ、違いない。あの人がいたら掘らせてやれよくらいは間違いなく発している」
「その発言を烏丸さんが見過ごすはずもありませんからねー」

 リンには災難だったけれど、情報センターの危機はひとまず去ったからか、みんなどことなくホッとしているように見える。受付の窓から事務所の奥を見えなくしていたパーテーションは取り払われ、少し閉塞感のあった事務所が開放感を取り戻した。

「一応、こないだ協力してもらいましたし、大石先輩にも報告したらいいんですかねー」
「それは、私からしておく……」
「ありがとうございますー」
「ホンット、あの人の顔を見なくて済むと思ったら清々しますよ!」
「カナコさん、大分怒ってますよね」
「星ヶ丘の映研のエキストラに参加させてもらってた時にあの人がいたんだけど、あの人、自分が目立ちたいがためだけに脚本家さんにこの台本の何がダメだーとかって文句付けて、配役から演出から、文句言うだけ言って騒いでるだけだったんだよね。作り手のことなんか何も考えてないし、大体、作品に参加させてもらってるモブが何を言ってるのって感じ。自主制作すればいいんだよ、目立ちたいだけなら」
「ああー、カナコさんそーゆーのNGなんですねー」
「先輩の姿を見てきてるし、私も一応演者の端くれだからね。結局あの人、脚本家の女の子に付きまとってるだけだったからね。どこに行ってもやってることは一緒!」

 一応、例のピアニストがリンであることを菜月に伝えた方がいいのか考えた結果、伝えておくことに。菜月によれば彼は天性の女好き。例のピアニストが男だとわかれば、もしかしたらそれで手を引いてくれるかもしれない。と言うか、それに期待するしかない。彼は元々敵ではないけれど、油断大敵であるということを学ばされた。そう、いつ、誰が自分と同じ相手を好きになるかはわからない。

「おい、綾瀬。宛名書きは出来たのか」
「途中です~」
「さっさと書かんか」
「すみませーん」


end.


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情報センター戦記は一応これにて無事に閉幕。ちゃんちゃん。……無事?
三井サンの春なんかほっとけばそのうち勝手にどっか行く、というのに間違いはなかった模様。ただ、リン様的にはもうちょっとだけ続く様子。
そしてぷんすこしているカナコである。その三井サンが星ヶ丘の作品出展や学祭でステージをディスってたと知ったら三井サンの命はありませんでしたね

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