2019(03)
■生きて奏でる音になる
++++
「ぐー……」
「おーい、カン?」
「ずー……」
うつらうつらと舟を漕ぎながら、カンはスプーンを握ったまま崩れ落ちそうになるのを堪えている。いや、もう半分寝てしまっているし、全然堪えきれていないんだけども。この調子だと授業は完全に寝てただろうし、そもそもこのままだとカツカレーに顔面からダイブしてしまうだろう。危ない。
「おい! 起きろ!」
「ふあっ」
「寝るなら寝る、食うなら食う。どっちかにしろ」
「食う。でもめちゃ眠い」
「また曲作ってんのか?」
「今は~、作るっつーか、れんしゅ、ふぁ~わ」
「ああ、音楽祭のな」
今年の年末に、シャッフルバンド音楽祭というイベントがバイト先の先輩である青山さん主催で開催されることになっていて、CONTINUEもそのイベントに招待されている。このイベントは、自分たちのバンドで自分たちの曲をやるのがメインではない。
参加する個人にそれぞれ配布される課題曲を当日までに出来るようになってきて、本番ではその日初めて出会うような人と即興でセッションをして音楽を楽しむという形式のライブイベントだ。参加するバンドはジャンルも何も本当にバラバラ。それこそ普段やらないような曲調もあるから参加者たちは練習に追われている。
「カンの課題曲はどういうのが多いんだ?」
「ブルースプリング。ジャズ系のインスト」
「ああ、青山さんのバンドか。どんな感じ?」
「何つーかさ、やれるっちゃやれるんだけど、フィジカル的な問題で難しさを痛感してる」
「フィジカル?」
「届かねーんだよ、指がよ。クソッ、どーせ俺はチビだよ」
「ああ、そういうことか」
バイトの日に、青山さんからいろいろされていた話がある。今回の音楽祭、純粋なピアノのいるバンドと考えたときに、カンにはぜひブルースプリングの曲をやってもらいたいんだというようなことだ。俺が普段からウチのカンは凄いですよと言っていたからというのもあるだろう。
で、結果としてカンにはブルースプリングの曲が比較的多く割り振られている。余談だけど、カンの作る曲の方も凄いなら、ぜひウチのピアノ君にやってもらいたいなあと言って、ブルースプリングのピアノ君にもCONTINUEの曲が多く割り振られているらしい。その彼もゲーム音楽が好きとかで。
カンの言うフィジカル的な問題というのは、手の大きさのことだ。ピアノだと、指がどこからどこまで届くかによって弾ける曲も変わって来る。カンは男としては背が小さい方だし、手もちょっと小さい方だ。曲を書いているブルースプリングのピアノ君は、多分カンよりも手がかなり大きいのだろう。
だけど、それでやれない、やらないというカンじゃない。どうやって自分の技量でそれを出来るようにするのかを考えて、その実現に向けて練習をするんだ。もしかしたらキーボードの機能をフル活用することでフィジカルの差を埋めようとしているのかもしれない。
「はー……マジで俺動画編集とか担当してなくて良かった。練習でいっぱいいっぱいなのに動画編集までやってたら死んでた、マジで」
「それは確かに。最近動画編集はプロさんがやってくれてるから俺も助かってる」
SDXの活動にもこの音楽祭が少し影響を与えている。収録にかかれる時間が少なくなってたり、本当は大晦日に忘年会と称した生配信をする予定だったのが中止になって、新年会になったりとか。ゲーム実況がここのところご無沙汰に感じる。実況勘が失われなければいいけど。
「って言うかちゃんと寝ろよ、カン。昨日何時に寝たんだ」
「あー、6時過ぎ」
「今朝じゃないか」
「今日2限からだし」
「そういうことじゃない。あっほら、カレーこぼすぞ」
「あっぶね」
カレーをこぼしそうになるわ、顔面ダイブしそうになるわ、全然見てられない。作業に没頭してるとカンはすぐこうなるから、星羅の家のスタジオで練習をして、そのまま星羅の家に作ってもらった俺の部屋にぶち込んだ方が案外強制的に寝かせられるのかもしれない。
「ちゃんと寝ないと練習の効率も下がるだろ」
「あー……まあ、そうなんだけどよ、練習してるときはめっちゃ集中してるから眠気とか感じないって言うかさ。でも作曲の時は寝てないくらいの方がよくわかんないモンが降ってきたりもすんだぜ!」
「それ、ちゃんと記録出来てんのか?」
「即録音するから! で、後で聞いて「俺天才か!?」ってなる。その逆もあるけど」
「まあ、ほどほどにしとけよ。そうやってムチャして亡くなってるクリエイターだって何人もいるんだ。俺は嫌だぞ、お前が死んだって訃報ツイートすんの」
「そこまでお前に迷惑かけねーよ、心配すんな!」
「うとうとしながらカレーに顔面ダイブしそうになってる奴を心配しないワケにはいかねーの。大体、そのニット帽寝癖隠しだろ」
「うるせー! 髪跳ねない奴には寝癖直しの苦悩がわからねーんだ!」
自分の作る音楽に誇りがあって、音楽と向き合う姿勢は尊敬するんだけど、やっぱりそれで心身を削るのは見ていられない。CONTINUEやSDXで使う曲だって絶え間なく書いてるし。元々いつ寝てるんだって感じだったけど、ここまでクマが濃くなってあからさまに眠そうだとさすがに心配だ。
「そのカレー、辛口だろ。眠気は覚めそうか」
「知らね。食堂寒いし、何なら体がぽかぽかしてくる程度だな。ガチで3限サボって寝たい」
「それはお前の自由だけど、俺は知らないぞ。そもそも学科違うし」
「それなんだよな~! ほら、俺もバカじゃねーけど寝てた授業の内容まではさすがに覚えてないじゃんな!」
「と言うか、授業もICレコーダーか何かで録音しておけばいいのでは…?」
「いや、音楽ならともかく授業にそこまではしたくない」
「何だよ」
「つかスガはさ、そんだけ余裕ぶっこいてて大丈夫なのか?」
「別に余裕はぶっこいてないけど、お前ほどカツカツにやってるワケじゃないから。程よくやってるよ」
end.
++++
スガカンを2人揃えるのも久し振りな感じがしますが、既視感があると思ったらただの洋朝的なヤツ。
星羅の家に自分の部屋を持っているスガP……それもどうかと思うけど、誠司さんがちょっと変わった人なんだよきっと
って言うかこれはちゃんと話してみると案外気が合うのかもしれない。朝霞PとカンDね。マリンっていう因縁があるのでなかなかないですが。
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「ぐー……」
「おーい、カン?」
「ずー……」
うつらうつらと舟を漕ぎながら、カンはスプーンを握ったまま崩れ落ちそうになるのを堪えている。いや、もう半分寝てしまっているし、全然堪えきれていないんだけども。この調子だと授業は完全に寝てただろうし、そもそもこのままだとカツカレーに顔面からダイブしてしまうだろう。危ない。
「おい! 起きろ!」
「ふあっ」
「寝るなら寝る、食うなら食う。どっちかにしろ」
「食う。でもめちゃ眠い」
「また曲作ってんのか?」
「今は~、作るっつーか、れんしゅ、ふぁ~わ」
「ああ、音楽祭のな」
今年の年末に、シャッフルバンド音楽祭というイベントがバイト先の先輩である青山さん主催で開催されることになっていて、CONTINUEもそのイベントに招待されている。このイベントは、自分たちのバンドで自分たちの曲をやるのがメインではない。
参加する個人にそれぞれ配布される課題曲を当日までに出来るようになってきて、本番ではその日初めて出会うような人と即興でセッションをして音楽を楽しむという形式のライブイベントだ。参加するバンドはジャンルも何も本当にバラバラ。それこそ普段やらないような曲調もあるから参加者たちは練習に追われている。
「カンの課題曲はどういうのが多いんだ?」
「ブルースプリング。ジャズ系のインスト」
「ああ、青山さんのバンドか。どんな感じ?」
「何つーかさ、やれるっちゃやれるんだけど、フィジカル的な問題で難しさを痛感してる」
「フィジカル?」
「届かねーんだよ、指がよ。クソッ、どーせ俺はチビだよ」
「ああ、そういうことか」
バイトの日に、青山さんからいろいろされていた話がある。今回の音楽祭、純粋なピアノのいるバンドと考えたときに、カンにはぜひブルースプリングの曲をやってもらいたいんだというようなことだ。俺が普段からウチのカンは凄いですよと言っていたからというのもあるだろう。
で、結果としてカンにはブルースプリングの曲が比較的多く割り振られている。余談だけど、カンの作る曲の方も凄いなら、ぜひウチのピアノ君にやってもらいたいなあと言って、ブルースプリングのピアノ君にもCONTINUEの曲が多く割り振られているらしい。その彼もゲーム音楽が好きとかで。
カンの言うフィジカル的な問題というのは、手の大きさのことだ。ピアノだと、指がどこからどこまで届くかによって弾ける曲も変わって来る。カンは男としては背が小さい方だし、手もちょっと小さい方だ。曲を書いているブルースプリングのピアノ君は、多分カンよりも手がかなり大きいのだろう。
だけど、それでやれない、やらないというカンじゃない。どうやって自分の技量でそれを出来るようにするのかを考えて、その実現に向けて練習をするんだ。もしかしたらキーボードの機能をフル活用することでフィジカルの差を埋めようとしているのかもしれない。
「はー……マジで俺動画編集とか担当してなくて良かった。練習でいっぱいいっぱいなのに動画編集までやってたら死んでた、マジで」
「それは確かに。最近動画編集はプロさんがやってくれてるから俺も助かってる」
SDXの活動にもこの音楽祭が少し影響を与えている。収録にかかれる時間が少なくなってたり、本当は大晦日に忘年会と称した生配信をする予定だったのが中止になって、新年会になったりとか。ゲーム実況がここのところご無沙汰に感じる。実況勘が失われなければいいけど。
「って言うかちゃんと寝ろよ、カン。昨日何時に寝たんだ」
「あー、6時過ぎ」
「今朝じゃないか」
「今日2限からだし」
「そういうことじゃない。あっほら、カレーこぼすぞ」
「あっぶね」
カレーをこぼしそうになるわ、顔面ダイブしそうになるわ、全然見てられない。作業に没頭してるとカンはすぐこうなるから、星羅の家のスタジオで練習をして、そのまま星羅の家に作ってもらった俺の部屋にぶち込んだ方が案外強制的に寝かせられるのかもしれない。
「ちゃんと寝ないと練習の効率も下がるだろ」
「あー……まあ、そうなんだけどよ、練習してるときはめっちゃ集中してるから眠気とか感じないって言うかさ。でも作曲の時は寝てないくらいの方がよくわかんないモンが降ってきたりもすんだぜ!」
「それ、ちゃんと記録出来てんのか?」
「即録音するから! で、後で聞いて「俺天才か!?」ってなる。その逆もあるけど」
「まあ、ほどほどにしとけよ。そうやってムチャして亡くなってるクリエイターだって何人もいるんだ。俺は嫌だぞ、お前が死んだって訃報ツイートすんの」
「そこまでお前に迷惑かけねーよ、心配すんな!」
「うとうとしながらカレーに顔面ダイブしそうになってる奴を心配しないワケにはいかねーの。大体、そのニット帽寝癖隠しだろ」
「うるせー! 髪跳ねない奴には寝癖直しの苦悩がわからねーんだ!」
自分の作る音楽に誇りがあって、音楽と向き合う姿勢は尊敬するんだけど、やっぱりそれで心身を削るのは見ていられない。CONTINUEやSDXで使う曲だって絶え間なく書いてるし。元々いつ寝てるんだって感じだったけど、ここまでクマが濃くなってあからさまに眠そうだとさすがに心配だ。
「そのカレー、辛口だろ。眠気は覚めそうか」
「知らね。食堂寒いし、何なら体がぽかぽかしてくる程度だな。ガチで3限サボって寝たい」
「それはお前の自由だけど、俺は知らないぞ。そもそも学科違うし」
「それなんだよな~! ほら、俺もバカじゃねーけど寝てた授業の内容まではさすがに覚えてないじゃんな!」
「と言うか、授業もICレコーダーか何かで録音しておけばいいのでは…?」
「いや、音楽ならともかく授業にそこまではしたくない」
「何だよ」
「つかスガはさ、そんだけ余裕ぶっこいてて大丈夫なのか?」
「別に余裕はぶっこいてないけど、お前ほどカツカツにやってるワケじゃないから。程よくやってるよ」
end.
++++
スガカンを2人揃えるのも久し振りな感じがしますが、既視感があると思ったらただの洋朝的なヤツ。
星羅の家に自分の部屋を持っているスガP……それもどうかと思うけど、誠司さんがちょっと変わった人なんだよきっと
って言うかこれはちゃんと話してみると案外気が合うのかもしれない。朝霞PとカンDね。マリンっていう因縁があるのでなかなかないですが。
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