2019(03)
■ムギツーシュトレンの会
++++
昨日、バイト先でちょっとした赤ワインを譲ってもらった。自分も知り合いからもらったんだけど飲まないから浅田君よかったら飲んでと。好きでしょと聞かれれば、実際好きだしありがとうございますとそれをありがたく受け取った。で、一夜明けて日課の掃除を終えて現在に至る。
えー、クソ寒い。せっかくだし、昨日もらったこれをさっそくホットワインにして飲んでしまおうかと心が揺らぐ。ホットワイン、ドイツならグリューヴァインと言うそうだけど、それの作り方は何となくムトーさんに聞いたことがあるし、うちにはそれらしいスパイスもある。やってしまえ。
――と台所に立ったものの、待てよと手を止める。ドイツ風ということを考えたときに、思い浮かぶ顔が真下にある。普段は部屋になんか毛頭入れてくれないけど、冬になれば話は別だ。本人が出て来ない代わりに俺が部屋を訪ねるのは全然楽勝になる。せっかくなら材料を持って乗り込んでみようか。
「高崎せんぱーい」
インターホンを鳴らしてしばし。うーん、やっぱり日曜日の昼前だし、まだ寝てるか? いや、俺は普段通り掃除しててそこそこウルサくしてたのに乗り込んで来られなかったのもよくよく考えれば違和感バリバリなんだけど。もう1回鳴らしてダメなら素直に諦めよう。
「高崎せんぱーい」
「何やってんだ?」
「あっ、先輩。出かけてたんすか?」
「ああ、買い物に。つかお前は何しに来たんだ」
「こんなトコで立ち話すんのも寒いんで、入れてもらえません?」
「今うち狭いぞ。それでいいなら入れ」
「お邪魔します」
高崎先輩の部屋と言えば、こだわりにこだわり抜かれたベッドが印象的だけど、冬になるとこたつがドドンと部屋の真ん中に置かれて――……ないし! その代わり、部屋の真ん中に陣取っているのは大層なドラムセット。あ、いや、多分これは電子式で周りに音が出ないタイプのヤツだろうけども。えっ!?
「どーしたんすか高崎先輩! 先輩がこたつを撤去してるだなんて! どーしたんすか!? なんか悪いモンでも食ったンすか!?」
「いや、バイト先のクソ野郎の所為でライブに出ることになっちまってよ。ブランクがデカいしさすがに練習しねえといけねえからドラムパッドを買ったまではいいんだけど、そしたらこたつを置く場所がなくなっちまってよ」
「まあ、所詮6畳っすからね」
「だけども俺は寒いと活動能力が格段に落ちるし練習どころじゃねえから、ヒーターを買ってきたっつーワケだ」
「うわー……これ、普通に2、3万はするヤツじゃないんすか?」
「元値3万8千円を割引と、値切りに値切って3万2千円だな」
「おおー」
高崎先輩は言うなりそのナントカヒーターという高級ヒーターをセットアップして、電源を入れた。よくある遠赤外線でポカポカ、みたいなヤツのさらに上を行くヤツで、普通は赤く光って熱を発してますってアピールするその光すら熱に回して離れたところでも普通にぬくぬくという性能に回している。
「はー、こんなに小さいのにあったかいっすねー。つか、やっぱ普段から散財せずに寝てるだけあっていざというときの財力ありますよね高崎先輩」
「冬の俺は光熱費のためにバイトしてると言っても過言じゃねえ。つか、俺の話はいいんだよ。お前は何しに来たんだ」
「あ、これっす。昨日バイト先でワインもらったんで、せっかくだしホットワインにして先輩と一杯やろうかなーと」
「おっ、いいじゃねえか」
「ドイツ風のグリューヴァインってヤツっすね」
「あっ。それなら俺も出すわ」
「何かあるんすか?」
そう言って高崎先輩は台所へと引っ込んでいった。しばらくごそごそして出てきたのはウインナーと、何かパンみたいなヤツ。さすがにこれの知識はなかったな。
「何すかこれ」
「こないだ安部ちゃんがどっかのクリスマスマーケットっつーヤツに行ってきたっつって、そこで買ってきたんだと。ウインナーとシュトレンとかって。本場ではこれを切り分けて少しずつ食いながらクリスマスを待つらしい。日が経つにつれ熟成されて味に深みが出るんだと」
「へー、美味そうっすね」
「せっかくだし、お前のワインも合わせてなんちゃってドイツ風にキメこもうぜ」
「いいっすね」
「あークソ、でも辞書がねえな」
――というワケで、さっそく台所を借りて作るものを作ってしまう。ついでにウインナーも頼むと預けられてしまえば、どっちの家なんだかと小さな溜め息を。まあ、元々この人そういうトコあるし、今更気にしてないけど。大体、ムギツーの狭い台所に男が2人立つのは物理的にしんどいものがある。
「出来たっす」
「サンキュ。こっちもシュトレン切ったし、やろうぜ」
「それじゃあ」
「乾杯。ん、香りがすげえ。味もなかなかだ」
「あったまるようなスパイスを入れてるんすよ。では俺はシュトレンを。……あー……これ俺好きっす」
「だろ。お前レーズンとかオレンジピールとか、そういうの好きだもんな」
ただでさえ狭い部屋の大部分をベッドとドラムパッドに占領されてしまっているから、俺たちが囲むのは折りたたみの小さなテーブルだ。だけども、こぢんまりとやるくらいが冬らしくてちょうどいいと思わないこともない。
「高崎先輩、せっかくっすし、ドラムやってるトコ見せてくださいよ」
「あ? 見せ物じゃねえんだぞ」
「えっ、でもライブやるって」
「俺の本意ではねえ。てめェ、これ以上あのクソ野郎の顔思い出させるようなことすんならてめェの部屋の窓から吊すぞ」
「ちょっ、死ぬじゃないすか!」
「心配すんな、吊すのは首じゃねえ。足からにしといてやる」
「そーゆーコトじゃないっす!」
「あのクソ野郎、マジでぶっ殺す。人の顔見る度にやれ元ヤンだのなんだの、ヤンキーだったことなんか一度もねえっつーの」
「先輩の顔とトーンがガチ過ぎてマジでやられかねないっていう恐怖が」
「あ?」
「いやいやいやいや何でもないっす! 何でもするんで許してください!」
「じゃあ今日の夜は鍋な。材料は買って来てるし」
「喜んで支度させていただきます!」
end.
++++
高崎とLがお部屋できゃっきゃしてるだけのお話でした。シュトレン切り分けてて欲しかったんだよ。
だけども高崎の部屋は狭いしどこの長谷川マサちゃんかは知らないけどイベントに巻き込まれるわで大変ね。高級ヒーターポンと買っちゃうし。
で、やっぱり基本ガードの堅い高崎の部屋に上がれるのはLなんだなあっていう。ここの先輩後輩何気にかわいいわ
.
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昨日、バイト先でちょっとした赤ワインを譲ってもらった。自分も知り合いからもらったんだけど飲まないから浅田君よかったら飲んでと。好きでしょと聞かれれば、実際好きだしありがとうございますとそれをありがたく受け取った。で、一夜明けて日課の掃除を終えて現在に至る。
えー、クソ寒い。せっかくだし、昨日もらったこれをさっそくホットワインにして飲んでしまおうかと心が揺らぐ。ホットワイン、ドイツならグリューヴァインと言うそうだけど、それの作り方は何となくムトーさんに聞いたことがあるし、うちにはそれらしいスパイスもある。やってしまえ。
――と台所に立ったものの、待てよと手を止める。ドイツ風ということを考えたときに、思い浮かぶ顔が真下にある。普段は部屋になんか毛頭入れてくれないけど、冬になれば話は別だ。本人が出て来ない代わりに俺が部屋を訪ねるのは全然楽勝になる。せっかくなら材料を持って乗り込んでみようか。
「高崎せんぱーい」
インターホンを鳴らしてしばし。うーん、やっぱり日曜日の昼前だし、まだ寝てるか? いや、俺は普段通り掃除しててそこそこウルサくしてたのに乗り込んで来られなかったのもよくよく考えれば違和感バリバリなんだけど。もう1回鳴らしてダメなら素直に諦めよう。
「高崎せんぱーい」
「何やってんだ?」
「あっ、先輩。出かけてたんすか?」
「ああ、買い物に。つかお前は何しに来たんだ」
「こんなトコで立ち話すんのも寒いんで、入れてもらえません?」
「今うち狭いぞ。それでいいなら入れ」
「お邪魔します」
高崎先輩の部屋と言えば、こだわりにこだわり抜かれたベッドが印象的だけど、冬になるとこたつがドドンと部屋の真ん中に置かれて――……ないし! その代わり、部屋の真ん中に陣取っているのは大層なドラムセット。あ、いや、多分これは電子式で周りに音が出ないタイプのヤツだろうけども。えっ!?
「どーしたんすか高崎先輩! 先輩がこたつを撤去してるだなんて! どーしたんすか!? なんか悪いモンでも食ったンすか!?」
「いや、バイト先のクソ野郎の所為でライブに出ることになっちまってよ。ブランクがデカいしさすがに練習しねえといけねえからドラムパッドを買ったまではいいんだけど、そしたらこたつを置く場所がなくなっちまってよ」
「まあ、所詮6畳っすからね」
「だけども俺は寒いと活動能力が格段に落ちるし練習どころじゃねえから、ヒーターを買ってきたっつーワケだ」
「うわー……これ、普通に2、3万はするヤツじゃないんすか?」
「元値3万8千円を割引と、値切りに値切って3万2千円だな」
「おおー」
高崎先輩は言うなりそのナントカヒーターという高級ヒーターをセットアップして、電源を入れた。よくある遠赤外線でポカポカ、みたいなヤツのさらに上を行くヤツで、普通は赤く光って熱を発してますってアピールするその光すら熱に回して離れたところでも普通にぬくぬくという性能に回している。
「はー、こんなに小さいのにあったかいっすねー。つか、やっぱ普段から散財せずに寝てるだけあっていざというときの財力ありますよね高崎先輩」
「冬の俺は光熱費のためにバイトしてると言っても過言じゃねえ。つか、俺の話はいいんだよ。お前は何しに来たんだ」
「あ、これっす。昨日バイト先でワインもらったんで、せっかくだしホットワインにして先輩と一杯やろうかなーと」
「おっ、いいじゃねえか」
「ドイツ風のグリューヴァインってヤツっすね」
「あっ。それなら俺も出すわ」
「何かあるんすか?」
そう言って高崎先輩は台所へと引っ込んでいった。しばらくごそごそして出てきたのはウインナーと、何かパンみたいなヤツ。さすがにこれの知識はなかったな。
「何すかこれ」
「こないだ安部ちゃんがどっかのクリスマスマーケットっつーヤツに行ってきたっつって、そこで買ってきたんだと。ウインナーとシュトレンとかって。本場ではこれを切り分けて少しずつ食いながらクリスマスを待つらしい。日が経つにつれ熟成されて味に深みが出るんだと」
「へー、美味そうっすね」
「せっかくだし、お前のワインも合わせてなんちゃってドイツ風にキメこもうぜ」
「いいっすね」
「あークソ、でも辞書がねえな」
――というワケで、さっそく台所を借りて作るものを作ってしまう。ついでにウインナーも頼むと預けられてしまえば、どっちの家なんだかと小さな溜め息を。まあ、元々この人そういうトコあるし、今更気にしてないけど。大体、ムギツーの狭い台所に男が2人立つのは物理的にしんどいものがある。
「出来たっす」
「サンキュ。こっちもシュトレン切ったし、やろうぜ」
「それじゃあ」
「乾杯。ん、香りがすげえ。味もなかなかだ」
「あったまるようなスパイスを入れてるんすよ。では俺はシュトレンを。……あー……これ俺好きっす」
「だろ。お前レーズンとかオレンジピールとか、そういうの好きだもんな」
ただでさえ狭い部屋の大部分をベッドとドラムパッドに占領されてしまっているから、俺たちが囲むのは折りたたみの小さなテーブルだ。だけども、こぢんまりとやるくらいが冬らしくてちょうどいいと思わないこともない。
「高崎先輩、せっかくっすし、ドラムやってるトコ見せてくださいよ」
「あ? 見せ物じゃねえんだぞ」
「えっ、でもライブやるって」
「俺の本意ではねえ。てめェ、これ以上あのクソ野郎の顔思い出させるようなことすんならてめェの部屋の窓から吊すぞ」
「ちょっ、死ぬじゃないすか!」
「心配すんな、吊すのは首じゃねえ。足からにしといてやる」
「そーゆーコトじゃないっす!」
「あのクソ野郎、マジでぶっ殺す。人の顔見る度にやれ元ヤンだのなんだの、ヤンキーだったことなんか一度もねえっつーの」
「先輩の顔とトーンがガチ過ぎてマジでやられかねないっていう恐怖が」
「あ?」
「いやいやいやいや何でもないっす! 何でもするんで許してください!」
「じゃあ今日の夜は鍋な。材料は買って来てるし」
「喜んで支度させていただきます!」
end.
++++
高崎とLがお部屋できゃっきゃしてるだけのお話でした。シュトレン切り分けてて欲しかったんだよ。
だけども高崎の部屋は狭いしどこの長谷川マサちゃんかは知らないけどイベントに巻き込まれるわで大変ね。高級ヒーターポンと買っちゃうし。
で、やっぱり基本ガードの堅い高崎の部屋に上がれるのはLなんだなあっていう。ここの先輩後輩何気にかわいいわ
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