2019(03)

■フラット・グレー

++++

 インターフェイスの飲み会が終わり、俺たちは二次会に一瞬だけ顔を出し、その真っ最中に本隊と別れ漫喫に行くルートを選んだ。IF関係の二次会は大体カラオケだ。カラオケルームの空気や自由に出来るスペースの少なさ、それから石川クンの顔を取り繕わなければならない労力を考えた結果だ。
 さすがに金曜夜の、しかもここは向島のど真ん中、花栄だ。メジャーな漫喫はそこそこ埋まっているようだったが、辛うじて鍵付き個室の2人用フラットシートの部屋が一部屋あった。そこに滑り込み、パック料金とは別に注文したビールを手に羽を伸ばす。
 フラットシートにだらりと寝転んだ高崎は、そのまま腹の上で手を組んでいる。それを後目に俺は煙草に火をつけた。高崎と一緒の時は、喫煙だ禁煙だと考えなくていいのが楽だ。昨今では喫煙室のない店も少なくないが、この店は喫煙室があるようで良心的だと思った。

「石川、今何時だ」
「0時過ぎだ」
「そうか」

 一応ここは漫喫だ。適当な漫画を何冊か手に取り部屋に戻ると、高崎は相変わらずごろりと横たわっていた。ほっといてもコイツはそのうち寝落ちるだろう。ビールのジョッキとソフトクリームの器は空になっていたが、空にするのが早すぎるだろう。

「そうだ、この本で良かったか」
「ああ、これだ。サンキュ」
「お前が漫画を読むイメージもなかったけど、まさかBLを読むとはな」
「たまに悪友からジャンル問わず雑多に本を借りることがあるんだよ。この作家の本は空気感っつーか、話が好きでよく借りてるんだ」
「わからないでもない。ジャンル関係なく好きな作風とか、雰囲気は確かにある」

 高崎が読み始めたこの本は、雨宮さんが好きな作家の本だったなと思い出した。そしてこの作家の作風は雨宮さん本人の作風にも少し通じるところがあるような気がする。パソコンで適当な映画を流しながら、ただただ本を読み耽る。

「はー……」
「一気に読んだな」
「たまに凄く本が読みたくなることがある」
「インプットの周期か」
「今日はもう満足だ。もう動けねえ」

 そう言って奴は煙草を咥える。火をつけないままのそれをただ咥えているだけ。火が点いていなくても咥えることで安心するのだろう。四肢はだらりとシートに投げ出されている。飲んだ酒の量と言うよりは、睡魔との兼ね合いで程よく脱力しているようだ。
 大所帯での二次会を離脱したのは、高崎の扱いが面倒だというのもあった。一度寝るとなかなか起こせないし、3年生という立場もある。この会の主催である対策委員の2年生たちに迷惑を掛けるわけにはいかない。それならば、制限の少ない漫喫に籠ればいいと。

「石川、火くれ」
「あ? ライターくらい持ってるだろ」
「手ぇ動かすのがめんどくせえ」
「そのクセ煙草は吸うのか。手動かすのが面倒って、俺に火をつけろってか。俺はお前のしもべじゃねえんだぞ」
「ここで点けれるだろ」

 ここ。俺が咥えている煙草の先だ。火の点いたそれで点けろと言うのか。
 シガーキスにはそれなりにコツがある。火の当て方だとか、息を吸う力加減やタイミングだとか。相変わらずコイツは起き上がる気がないようだ。傍から見れば本当にキスをするかのように顔を近付け、虚ろな目をした奴に火を分け与える。

「サンキュ」
「ったく。お前、いずれ寝煙草で部屋燃やすぞ」
「部屋では寝煙草はしねえ」
「知ったことじゃねえけどな」
「話変わるけどよ、今のアングルにすげえ既視感ある」
「アングル?」
「火もらったときのアングルだ」
「……さっき読んでた本にあったんじゃないのか」
「ああ、そうか。キスシーンだ」
「今のうちに言っとくが、寝言は寝てから言えよ」
「あ? 寝言だ?」
「お前の腐った貞操観念に巻き込まれでもしたら大変だからな」
「オタクが飛躍させる腐った発想の方が怖えけどな」

 俺の相方ならこの状況で導く妄想は完全なるBLのそれだろうが、生憎これは現実だ。俺もコイツもそんな趣味はない。性自認も男だし、恋愛対象にしたって少なくともコイツは女性だろう。よく考えれば、俺の貞操観念もそこそこ腐っていたように思う。コイツのように経験の数は伴わないが、屑だと言われるには十分だ。

「言って俺は、相手が勝手にヤってちゃんと片付けてくれるんであれば、男女問わずディルドとして利用されることも好きにしてくれて構わねえとは思うが」
「慣れと諦めの結果か」
「まあ、そんなようなモンだ」
「っつって、誰も彼もディルドとして利用するとは限らないぞ。それこそホールの可能性もある」
「……それは勘弁だな。漫画での描写はAVみたいなモンで、現実とは別だしな。絶対しんどいだろ、ケツにあんなモン突っ込まれるとか」
「それが好きで開発したりされたりする奴もいるけど、アブノーマルな性的嗜好には違いないな」
「――って、何喋ってんだろうな」
「眠気で何を喋ってるかもわからなくなってきたか?」
「ちょっと」

 このままでは本当に寝煙草でこの建物を燃やしかねないと、緩く咥えられた煙草を回収する。うつらうつらしたコイツを見ていると、正真正銘の優等生だったアイツにはない人間味を感じる。怒りや妬み、その結果捻くれた性格や歪んだ貞操観念、それらを微塵とも感じさせない寝落ち寸前の顔。
 シチュエーションが然るべきところには売れるなと思いつつも、俺自身はどうしたものか。普段の生活が生活だけに、まだ眠気が降りてこない。幸い、この部屋のパソコンは動画が見放題だからそれで時間を潰せそうではあるのだけど。

「ふぁ……ぁ、くしゅん」
「……柄にもねえくしゃみ」

 仕方ない、毛布でも持ってきてやるか。


end.


++++

唐突に高崎とイシカー兄さんの組み合わせが熱くなった結果こんなことになった。雨宮はよ来い、ネタがあるぞ
IF焼肉の二次会を離脱、というのは終電で帰れる組やこんな風に別の場所に行く人間にはよくあることだと思われます。豊葦の人は残りがち。
石川兄さんは恐らく不完全な物の方に惹かれる性質なんだろうなあ。面白さとか興味を抱くという意味で。優等生はおもんないようです。

.
61/100ページ