2019(03)

■千葉ちゃんの即興ミキサー講座

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「やっぱり、この前に座ってみるとまたちょっと違うね」
「ホンマやねえ」

 緑ヶ丘大学センタービルの中にある、ガラス張りのラジオブース。佐藤ゼミが構えている体験型学習施設で、お昼休みには毎日ここから30分の番組を放送している。この放送は真ん前のホールのスピーカーだけじゃなくて、外に設置するスピーカーからも流れているから、結構な範囲に届く。MBCC昼放送なんかメじゃないくらいの範囲で。
 このラジオは基本的に佐藤ゼミの3年生が担当するんだけど、今くらいの時期から来年度に向けた引き継ぎの作業に入ることになってるんだって。2年生の中から選ばれた数人がブースに入って、どんな風に番組をやっているかや必要な準備なんかを教えてもらわなきゃいけない。で、それを春になったらみんなに伝えて、と。

「でも果林、アンタもミキサーやるの? サークルでアナウンサーなんでしょ?」
「ミキサーもやるよ。やれないよりはやれた方がいいし、一応今でもある程度は出来るからね。って言うか、ゼミラジオくらいのレベルだったら誰でも出来るしね」
「おお~、さすが千葉ちゃんMBCCやわ」
「アナウンサーなのでヒゲからはこれーっぽっちも期待されてませんけどね!」

 2年生のラジオ先遣隊に選抜されたのは、アタシと桃華、それから小田ちゃんとひらっちゃんの4人。アタシはミキサーじゃないけど一応MBCCだから入れとこうっていう感じ。桃華は学年のリーダーだし、小田ちゃんは多分今の2年生で一番機材関係に強い。ひらっちゃんは、小田ちゃんのバーターみたいな感じで選ばれてた。
 でも、ひらっちゃんは普段喋っててもすごく面白いし、人脈もスゴく広い。スポーツが好きみたくてその知識が豊富だから、火曜日のスポーツ番組なんかやれそうだけどね。店長のスポーツ知識は特に野球と競馬に偏ってたと思うけど、相撲とか陸上とか他のスポーツも好きだって言ってたし、向いてそうだけどな、火曜日。
 ゼミラジオでは曜日ごとに一応テーマが決まってる。月曜日が時事、火曜日がスポーツ、水曜日が文化、木曜日がサブカル、そして金曜日がフリーという具合に。ヒゲの見立てでは、アタシには金曜日のフリー番組でラジオらしいラジオをやってもらいたいみたいなことらしいんだけど、じゃあそれ相応のミキサーくださいよという話で。

「やっぱり、MBCCの番組ってゼミの番組よりやってること難しいの?」
「アナはそうでもないけど、ミキサーはやっぱりいろいろ違うと思うよ」
「そう言えば、来年MBCCのミキサーの子がゼミに入ってくるじゃん」
「うん、タカちゃんね」
「そういう明らかに即戦力な子がいきなりブースに入ってきたりもするかな」
「さすがにそれはないんじゃない?」
「いや~、ヒゲさんのやることやでわからんわ。まずこの子がどんだけ出来るか見てみるわっつって千葉ちゃんの金曜日にバチコーン入れてくるかもしれん」
「あー、ありそう」
「いやいやいや、さすがにいきなりはないでしょう」

 ――とは言うものの、絶対ないとは言い切れない。でも、タカちゃんがカットインとカットアウトしか使わないゼミラジオのミキサーで満足するかっていう問題はある。ううん、絶対つまんないって思うよねあの子なら。好き勝手にやれる環境じゃなきゃタカちゃん本来の力は出ないと思う、これまでの経験から見た感じ。
 そんなことを言いながら、小田ちゃんはさっそく機材の前に座る。ブースの中にだけ音が出るようにして、これをこうしてこうすれば、音が出るよとアタシが教えた通りにフェーダーを上げ下げ。やっぱり、機材関係に強い小田ちゃんはミキサーの飲み込みが早い。アタシはすぐに追い抜かれるかな。

「ねえ千葉さん、普通のラジオ番組であるようなさ、曲をかけながら紹介して、そのままふーっと曲に入ってくのとかあるじゃん。続いての曲は○○です、どうぞってバンッて入るんじゃなくてさ」
「ああうん、イントロ乗せ?」
「それ教えてよ。ゼミのラジオで使うかは別にして、ちょっとやってみたい」
「いいよ。じゃあアタシマイクの前に座るよ。まず、かけたい曲のイントロの秒数を教えてもらって」
「えっと、22秒だね」
「その22秒の本当に一番最初は曲に入りますよって一瞬聞かせて、曲をまたBGMレベルに落とす。その間にアナさんが曲紹介をするでしょ? 終わったら、曲上げてーって逆キュー振るから、それに合わせて曲のレベルを0にする。マイクのフェーダー落としながらね。でもゼミラジオならこっちがカフでやってもいいかな」
「なるほど」
「すげ~、本格的やわ~」
「じゃあ、やってみよっか」

 唐突に始まった小田ちゃんへのイントロ乗せ講座。さすがに1回目2回目はバタついたけど、3回目になれば何となく形になってたからスゴいわ。うーん、この調子だとアタシは小田ちゃんの先生として教えることがなくなりそう。アタシ自身、ミキサーのことも知っとかないとね。今後のMBCCのこともあるし。
 ゼミのラジオブースを秘密基地にする許可は下りている。ネット環境のある防音の密室でやりたい放題ですよ。いっそ、暗躍を始めてもいいかもしれない。とりあえずミキサーの練習はするよね。でも、アタシも誰かにミキサーの基礎を教えてもらっとかなきゃ。いっちー先輩がいいかな、それともゴティかな。

「小田ちゃんうめーわ。すげーわ」
「いやあ、まだまだだよ」
「って言うかアタシ思った。小田ちゃんがこの調子でミキサー上手くなったら、即戦力の2年生要らなくない? 小田ちゃんがアタシの金曜日やればいいんだから」
「いやいやいやいや、俺が千葉さんの相手をやるにはまだ早いよ」
「いや、小田ちゃんしかいない」
「ホンマに。小田ちゃんしかおらんわ。俺は小田ちゃんのバーターやで」
「えっ、アタシひらっちゃんはバーターじゃなくてスポーツ担当だって真面目に思ってるけど」
「やめでぢばぢゃんんんんん」


end.


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公式+1年でない時間軸の佐藤ゼミでは、果林ら現2年生がラジオブースを引き継ぎます。秘密基地の誕生である。
小田ちゃんはミキサーを果林から教わってあとは独学でやったよってタカちゃんに語ってたことがあったので、その触りをちらり。
でも久々に公式+1年でここを拠点に暗躍するタカりんをみたい気持ちもある。来年度やりたいね

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