2019(03)

■Let's buy a heater for XX yen

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「今日のサークルは、ボクが話を進めるよ!」
「どうしたんですヒロさん、突然やる気になって」
「まァ、自分が議事進行をするのもめンどいんで、進めてもらう分には一向に構わないンすけど」
「律! お前は話くらい聞け! ヒロをほっとくとロクでもない事を言って暴走するに決まってるじゃないか!」
「野坂がいるンでダイジョーブしょー。ヒロ、話を進めてもらッて」

 ヒロが妙にやる気だ。それは先日、ヒロと一緒にサークル室で作業をしていたときのこと。如何せんこんな季節だし、山だと名高い向島大学の中でもこのサークル棟はさらに山の中と言うか山の上と言うか。とにかく、星港市街のような街と比較しても冷え込みが厳しくなり始めていた。
 サークル棟の各部屋に備え付けの暖房機器はなく、必要があれば各々が用意するというスタンスだ。MMPのサークル室にもそれはもうオンボロのミニヒーターがある。見た目にまずボロいし、汚い。俺たちが第9代だそうだからそれまでの8年とか、それくらい? その歴史を優に超えてくるボロさだ。
 そんなチャチなヒーターでは部屋全体が暖まるはずもなく、なんなら電源を入れてからの立ち上がりも遅い。なおかつ昔の物ということで放送サークルに付きまとう電力問題もある。今の時代ならこれよりいいヒーターが安く来るんじゃないか、という話だ。本日の議題は暖房機器の買い換え問題。

「――ってワケやから、ボクはストーブを買い換えたいんよね」
「確かにこのヒーターはロートルなんですよね。圭斗先輩、このヒーターはいつから使ってるんですか?」
「僕たちが入学した頃にはすでにこれだったね」
「と言うか何年製なんですかね」
「見てみようか。えーと……18年前!? 俺たちが物心付くか付かないかくらいじゃないか……」
「どう考えても、サークル室にこれを持ち込んだ人がまだ使えるけど微妙に要らない物を持ち込みました、的な感じだね」

 辛うじて先輩ではなかったこのヒーターを前に、みんなでやれどうしたと考える。如何せん設備投資などの問題で力を握るのはサークルの代表と会計だ。機材管理担当は放送機材の管理を担当するというだけなので、その他の買い物に関する力はない。しかし寒い物は寒いので、新しいヒーターを買いましょうという意見ではある。

「まあ、今の時代なら5000円もあればそこそこしっかりしたヒーターが来ると思いますよ」
「今期の対策委員は交通費をサークル費から出してない分それくらい買えそうなモンだけど。どうなんだヒロ」
「ボクはちょっとくらいムリしてもヒーター買いたい」
「そうじゃなくてサークルの財政状況を聞いてるんだ」

 ちなみに、対策委員や定例会などの会議で街に出る際の交通費はサークル費から支出されることになっているそうだ。去年、それで菜月先輩がガンガン領収書をもらってきていたのを覚えている。だけど今年の対策委員は俺とヒロなので、通学用定期の範囲で間に合っているのだ。その分サークル費の支出が緩やかだ、とは圭斗先輩談。

「まあ、ヒーター買えんことはないけど、今おる人らが今月出してくれる分でやりくりするような感じになるんやない? ボクら4人と奈々やろ、あと先輩3人で今月の収入は8000円やね」
「何も8000円もする高級ヒーターじゃなくていいんだぞ」
「と言うか、僕たちは来月で完全に引退するのにヒーターへの投資に含まれてしまうのかい?」
「でも1ヶ月はおるやないですか」
「この中で誰よりも寒がりな奴が何か言ってるぞ、りっちゃん。どうする」
「やァー、これはラブピすわ」
「暖房不要論をうちが言うならともかく、圭斗が言うのはおかしいだろ」
「何も暖房を要らないと言っているワケじゃないんだよ」
「そうだな、今も暖房の真ん前の席で悠々と話を聞いてるだけだもんな」
「それはたまたまじゃないか」

 何を隠そう、このサークル一の寒がりは圭斗先輩なのだ。菜月先輩が指摘されたように、今もロートルヒーターの前でぬくぬくとしていらっしゃるし、赤い立派なダウンジャケットを脱ぐ様子も見られない。3年生の先輩方がこの部屋で活動されるのがあとひと月だったとしても、圭斗先輩は間違いなくその恩恵を受けるだろう。
 そして、元々この暖房買い換えに関する議論を俯瞰して見ていたのが律と菜月先輩だ。この2人は寒さに強い。寒くなってくるとぎゃあぎゃあ騒ぎ出す俺たちを後目に「このくらいの寒さで何を騒いでるんだ」と冷めた目を向けてくるまでがデフォルト。律と菜月先輩には雪が降ったところで何も珍しくはないのだ。

「別に急いで買い換えなくても、このロートルが完全に死ぬまで使い倒せばいーンでねーです?」
「あれっ、そういやうちサークル費追いついてたっけ」
「菜月先輩は次3回分もらわんと追いつきませんね」
「うわっ、3000円は痛い」
「それは自業自得スわ」
「来月の収入は1万円やよ! 高級ヒーター買おう!」
「1万円入りまーす」
「余談だけど、緑ヶ丘は学祭の売り上げで豪勢なコースでの店飲み打ち上げを開いたそうじゃないか」
「いや、2桁万円稼いでるところとウチの道楽を比べたらダメだろ」
「ウチももう少し稼いでおけばよかったかなと思っただけだよ」
「それを今言ってもしょうがないじゃないか。売り切れたらおしまいの方針に誰も異を唱えなかったんだ」

 大学祭で出した食品ブースの売り上げは、本当にささやかな黒字になった程度だったそうだ。どれくらいささやかだったのかと言うと、今いる全員が月に出すサークル費には届かないくらいだ。大学祭のブース運営方針に関しては誰もガッツリ稼ぐ路線じゃなかったし、それは仕方ないと無理矢理納得することに。

「なあ圭斗」
「ん、何だい菜月さん」
「逆にさ、一人暮らしを終わる人から強奪すればいいんじゃないのか? どこのおじちゃんとは言わないけど。2月くらいまではこのロートルで我慢してさ」
「それも一つの手段ではあるけど、りっちゃん、どうかな」
「それも検討しヤしょー」
「えー、ボク新品がええよー」
「どっちにしても、買う前には下調べが必要なんで、ヒロは家電量販店に行くなりチラシを持ってきてどんな機種がいくらくらいで買えるか出してもらっていースか」


end.


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MMPと暖房です。MBCCはMBCCで緑大サークル棟の備え付けの暖房の前で高崎が風を防ぐ問題が発生しているのですが、こちらの問題も深刻です。
しかし最後の菜月さんがまた物騒よ。ナニ村井おじちゃんからヒーター強奪しようとしてんのよ……
学祭の儲けに関してはね。そらMMPは期待できませんわ。そもそも大学の規模的にお金を落としてくれる人の数が違うもの。

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