2019(03)

■マリー様と検証実験

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「あれっ、奥村さん。……と、野坂君。どうしたの、猫カフェなんて」
「あっ、石川じゃないか。美奈も」
「石川先輩、福井先輩、ご無沙汰しています」

 美奈に連れられてやってきた猫カフェに、思いもしない顔が。奥村さんと野坂君という、然るべきところに売れそうな組み合わせだ。それはそうと、確か奥村さんは動物がそんなに得意じゃなかったと思うんだけど。またどうして猫カフェに。野坂君を引き連れているのは、手軽に付き合わせられる後輩ポジだからだろうけど。
 俺が美奈と、それからリンと3人で猫カフェに来たのはとある事柄の検証が目的だ。その主役が美奈の携えるケージの中にいる白い悪魔……もとい、お上品な姫君、マリー様だ。マリーは美奈の愛猫のペルシャで、福井家の都合で石川家で預かることも少しあった。だけど、あまり人には懐かないタイプなんだ。

「わあ、福井先輩のお猫ですか? 白くて綺麗ですね」
「……ありがとう……」
「マリー、前よりふかふかになった気がする」
「……前より、少し、大きくなったかも……」
「奥村さんが猫カフェなんて、どうしたの? 確か動物が苦手じゃなかったっけ」
「うわ、余所行きの石川クンが気色悪さしかないぞ」
「うるせえ強欲狐が」
「向島大学の周りって、猫がいっぱい歩いてて。それが最近ちょっと増えたような気がしたんだ。うちは動物が苦手だから戯れるにはハードルが高いし眺めてるだけでもいいかなって思ってたけど、如何せんこんな季節だからずっと外で待ってるのも。それに、待ってるときに限って出てこなかったりして」
「縄張りに異物があると警戒されたのかもしれないね」
「そう。それで、確実に猫を、それも躾られてて安全な猫を眺められる場所という意味で、ここに」
「俺は付き添いです」

 でしょうね。とは呑み込んで。奥村さんも動物嫌いなりに猫と戯れたくなることがあったらしい。とは言え実際に抱いたり世話をしたいわけではなく、眺めたり、ちょっと遊びたいというだけなら確かに猫カフェに来るくらいがちょうどいいだろう。生き物を飼うときはその命に責任を持たなければならないから。
 でも、確かにそう言われれば豊葦一帯に猫が多いのかもしれない。高崎も緑ヶ丘大学にはやたら猫が歩いていると言っていたし、俺も野暮用で緑ヶ丘に行ったときに実際に猫を見た。向島大学周辺でもきっとあんな感じなのだろう。発情期には、猫の唸り声で目が覚めることもあるらしい。

「石川はどうしたんだ? 普通のカフェ感覚で?」
「美奈の愛猫、マリー様は福井家以外の人に懐かないという話は聞いたことある?」
「うん、懐かないらしいな」
「こと俺に対してはそれが特に酷い。コイツは俺の性根がねじ曲がってるから動物にはそれがわかるんだとか何とかと言いやがるから、俺が懐かれないのはマリーだけなのか、それとも他の猫もなのかという検証をしに」
「って言うか、猫カフェにいるようなヤツで検証が出来るのか?」
「まあ、きちんと躾られたような猫が俺にそっぽを向くようであれば、猫に悪い何かがあるんだろうと仮定出来るかな、的な?」
「石川先輩は、猫に懐かれないのですか」
「……猫と言うか、マリーが、酷い……マリーは、徹の顔を見ると……」
「美奈、放すな? 絶対放すなよ」
「……振り?」
「違う」
「振りにしか聞こえんぞ」

 美奈の膝の上でマリーがバタバタと暴れている。普段は機敏さの欠片もないマリー様だけど、俺の顔を見るなり俊敏になり、バリバリに引っかこうとしてくるんだ。実際にそれでケガをしたことは数知れず。絶対放すなというのは振りではなく、ガチなヤツだ。動物の懐き実験の前に血みどろにはなりたくない。

「だけど……福井家以外というのも、最近では、変わり始めている……」
「へえ、そうなんだ」
「家族以外には、徹の妹の沙也ちゃん……それと、そこにいる、リンには懐いている……それから……」

 そう言って美奈はマリーから手を放した。一瞬のことで身が強ばる。どうする、バリバリにされようものなら。そう身構えていると、マリーはのそのそとソファの上を伝い、奥村さんの膝の上に落ち着いた。彼女をバリバリに引っかくという感じではなく、ごろにゃんと落ち着いている。

「菜月にも、懐いている……」
「奥村さん、マリー様にバリバリにされないのか」
「全然」
「美奈、第三者で検証すればよかろう。マリーが初対面の奴に懐かないのか、石川を嫌っているのかがわかるのではないか。ちょうど、向かいにいいサンプルがある」
「……なるほど。マーシー、少し、いい…?」
「えっ、はい」

 奥村さんの膝の上でごろにゃんと落ち着いていたマリーを抱き上げ、それを野坂君の膝の上に下ろしてみる。するとマリーは違う人間の上に下ろされたとわかったのか、一瞬膝の上で落ち着くポジションを探す素振りこそ見せたものの、落ち着かなかったようで奥村さんの膝の上に落ち着いた。

「……マーシーは、少し、違ったみたい……」
「あら。お前は動物好きなのにな」
「うう、少しショックです」
「……ゴメン」
「引っかかれていない時点で、嫌われていないとは解釈出来るがな」
「……確かに」
「野坂君、マリー様に嫌われるとマキロンの消費量が格段に上がるんだよ」
「そこまでバリバリにされるのですか…!?」
「え、本当に? こんなにかわいいのに、信じられないな」
「ほう、では実際に見せてみればいいのでは。オレも話に聞くだけで実際に引っかかれているところは見たことがないからな」
「徹……必要な、犠牲……」
「いや、見せなくていいだろ!? ふざけんなクソ狐が! 美奈、絶対に放すな!?」


end.


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石川兄さんの天敵と言えば美奈の愛猫、マリー様ということで、久々にこういうお話を。ナノスパはご都合主義で出来ています。
リン美奈と菜月さんの組み合わせは昔たまにあったけど、ナツノサと星大組っていうのは新鮮。しかしご都合主義である。
しかし、美奈をけしかけるリン様よ。マリーに行けってやるのがね、絶対面白がってるわ

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