2019(03)

■感情ジェットコースター

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「おはよう、こーた」
「菅野先輩、悲壮感に溢れていますがやっちゃんがどうかしましたか?」
「あ、ヤスのことだってわかった?」
「まあ、会う度やっちゃんの話しかしてませんからねえ」

 ここ1週間、ヤスが情緒不安定だった。先週の土曜日、俺はカンと星羅の家に行っていて、スタジオ合わせをしたりきららを含めた4人でゲームをしたりして遊んでたんだ。星羅ときらら姉妹もゲーム好きだから、俺やカンとは話が合うんだ。だけど、そこに急遽ヤスが合流したんだ。
 土曜夜、俺たちに合流したヤスは初っ端から大きな溜め息。それを星羅が「幸せが逃げるんだ」と窘めていたけど、ヤスはしょんぼりとした様子。話を聞けば、翌日曜に憧れの彼と会って学祭の映像を見せる約束をしていたそうだけど、それが彼の風邪で延期になってしまったと。
 日曜の予定が潰れてしまったし、こうなりゃヤケだから夜通し付き合って下さいと、俺たちは傷心のヤスを慰めるようにひたすらゲームをしていた。そこまでは良かった。日曜の昼前、ちょっと外に出ようとヤスが玄関のドアを開くと、向かいのマンションから彼が出てきたそうだ。
 向かいのマンションはピンク色をした建物で、いかにも女子用といった雰囲気がある。ヤスもそれを知っているから、リビングに戻ってくるなり星羅に確認した。あのマンションって女子用っすよね、と。星羅はヤスの事情なんて知らないから「女の子しか住んでないはずなんだ!」と答えたよな。

「ああー……それで、やっちゃんは?」
「彼が女子用マンションから出てきたことにショックを受けたみたくて、自分との約束が延期になったのも風邪じゃなくてそっちの約束を優先したのかな、とかなんとかってずーっとうじうじしてる」
「私はその顛末を当事者たちから聞きましたけど、それで、私はやっちゃんの誤解を解けばいいんですか?」
「それは別にいいけど、顛末は聞きたいな」
「あらやだ、菅野先輩も好きですねえ」
「嫌いじゃないよね」

 先週、こーたのサークルでは風邪が大流行していたらしい。1、2年生が全滅して、元気だったのは3年生だけだったと。風邪をひいていたのは彼も例外ではなかった。だけど、土曜日にある昼放送の収録は予定通り行われ、収録自体は何とかこなすことが出来たそうだ。
 だけど、風邪をこじらせていた彼は番組収録中にもどんどん体調が悪くなり、番組でペアを組んでいる先輩がこの状態で家に帰ることは出来ないと判断。彼を自分の部屋に泊めて看病をしたんだそうだ。食事をして一晩しっかり眠った彼はある程度回復、ヤスが見かけたのは先輩の家から帰るところだったのだろう。

「やっちゃんが思っているようなことは何もありませんよ。単純に野坂さんが自分の体調を把握出来てなかった結果先輩に迷惑をかけたというだけの話ですね。それでなくても野坂さんは電車の中で寝て折り返すなんて茶飯事ですから。夜に加えて体調不良ということで、折り返しでもしたらシャレにならないと先輩は判断したんでしょう」
「何だ。面倒見のいい先輩じゃないか」
「そうですね、面倒見はいい方ですね。私の誕生日の次の日のサークルでもわざわざあんこを炊いて大きなどら焼きを作ってくれましたし。それはそうと、約束が延期になったって、やっちゃんはいつ野坂さんと会うことになったんです?」
「多分、今頃会ってるんじゃないかな」
「今ですか!?」

 こないだのことを引きずってるから、次の日曜に会うんすよって言った時のヤスは嬉しさ半分悲しさ半分みたいな顔をしていた。「野坂君くらいカッコいい人に女の影がない方がおかしいんすけどね!」と強がりこそ言っていたけど、それがまた痛々しくて見ていられなかった。
 俺は今こーたから話を聞いたから大体の事情を知ってるんだけど、事情を知らないヤスは「話を聞きたいけどプライベートなことに踏み込んだら嫌われるかな」と不安がっていた。彼に嫌われたくないという思いがとても強いようだ。自分のカッコいいところを見せたいんだと鼻息を荒くしていたのも遠い昔のことのように思える。

「ヤスから何か連絡来てるかな」
「どうですか?」
「来てないわ」
「一緒にきゃっきゃしてたら連絡どころじゃないでしょう」
「それもそうか」
「結局やっちゃんは野坂さんのファンなんですかね?」
「ファン、なのかなあ…?」

 ――とか何とか言っていたら、俺のスマホに通知が1件。噂をすればヤスだ。文章ではなく、なんか凄くテンション高い感じのスタンプが2つ3つ連続で。いいことがあったのかな、この様子から見るに。

「野坂さんは本当にクズなんですけどねえ……どうしてかそれをみんな信じてくれないんですよねえ」
「クズって、どんな感じのクズなの?」
「とにかく自由なんですよね、そもそもが。私の車の助手席で好き放題しますし、荒らすだけ荒らしたら満足して寝るんですよ」
「ただのヤスじゃん」
「えっ、やっちゃんも人の車で好き放題するんですか?」
「俺の車ではもうヒドい」
「でも、野坂さんなんて尊敬する先輩以外の女性をみんなカボチャ扱いしていますから、成人式実行委員の女子からの誘いをどう断るかという話はそれはもう」
「あ、彼、女の子から誘われることがあるんだ」
「それに行きたくなさすぎて悪態を付きまくりですよ。やっちゃんや先輩との約束はとても大事にしているんですけどね」

 スタンプ連打の後にはきちんと文章で「カッコいいって言ってもらえました!」とあった。それに対して俺は「よかったな」と返信。一応は菅野班のステージを見せた感想ということもあり、俺もちょっとだけほっとした。

「何か、ヤスの問題は解決したのかな。元気になったっぽい」
「元気になったなら良かったですが」
「ホント、最近情緒が不安定すぎるんだよな、ヤス」
「菅野先輩、通知が入りましたよ」
「何だろ。……うわあ……」
「何と」
「「あのマンションに住んでる先輩が野坂君を看病してくれてたみたいっす、さすが、野坂君が尊敬する先輩だけあって出来る人だけど俺がそのポジションにありたかった」だって」
「うわあ……」


end.


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菜月さんの住んでいるマンションは女子用マンションなので、高崎も菜月さんの部屋の前で長時間待つのは少ししんどいらしい。
さて、人の話できゃっきゃしている神崎とスガPである。会う度コバヤスの話しかしてないらしい。まあそうなるわな
コバヤス経由で先輩も一緒にゲームしようぜってなって、スガPもといコンちゃんの前でノサカが何の気なしにSDXの話とかしだしたら楽しいのに

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