2019(03)
■憎らしいほど救いがない
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昨日のサークルで三井とご飯を食べに行く約束をしたまでは良かった。授業が終わり、三井に指定された通り向島環状鉄道の最寄り駅に向かう。まさか電車に乗っていくのかと思ったけど、徒歩を嫌がったのは他でもない自分。どこまで行くのかと思いつつ、新豊葦駅までの切符を買う。
やってきたのは新豊葦駅から5分ほど歩いたところにある焼肉店だ。よくある食べ放題付きの。うちは1食700円くらいの近場の店を想定していたから、まさか焼き肉かとビックリしている間に店の中に通され、注文する段階にまで来ていた。いや、だって焼き肉とか最低3000円くらいからの世界じゃないか。うちの財力じゃあ、ねえ。
「三井、確認するけど、今日は奢りの体で来てるぞ」
「わかってるよ。今日は俺の奢りなのでどんどん食べて下さい。その代わり話も聞いてもらうからさ」
「だったら遠慮なく行くぞ。でも、焼き肉かあ。想定外だったな」
「いや、なんかさ、大学まで原付で上っていくじゃない」
「坂をな」
「トンボが2匹連なって飛んでてさ」
「ああ、確かにいっぱい飛んでるな。かわいい」
「かわいくないよ。あれってつがいか何かでしょ? 見てて悲しくなっちゃってさ。これは焼き肉食べてパワーを付けないとって」
「お前、まさかトンボを見て惨めになったのか?」
「そうだよ、笑ってくれた方がまだ救われるよ」
「まあ、何か……ドンマイ」
「笑って! バカにしてくれた方がオイシイから!」
バカにしろと三井は言うけど、バカにするどころか哀れになってしまって、笑うに笑えないと言うか。つがいのトンボを見て悲しくなるとか。独り身を拗らせるとこうもなってしまうのかと。これは後日極悪3人衆に報告しよう。彼・彼女たちであればきっと希望通りバカにしてくれるだろうし。
ところで焼き肉のコースだけど、冗談で一番高いコースを指さして「これが美味しそうだなあ」と言ったところ、ヤケになった三井が「じゃあこれにしよう」と即決した上、アルコールの飲み放題もつけなきゃやってらんないよね、と税込みで1人6000円くらいになりそうな感じ。えっ、コイツバカなの? うちは出さないぞ?
タッチパネルで肉をわんさか注文して、最初のドリンクと肉が届く。さっそくそれらを網の上に並べて、食べ放題の90分がスタートする。最初のドリンクはうちがレモンチューハイで三井がソフトドリンクのジンジャーエール。まあお前はそれが妥当だな、酒にクッソ弱いんだから。
「で、筆談の続きな」
「学祭の時に星ヶ丘に行ってきたんだよ」
「ああ、あずさちゃんな。と言うかお前は何をやらかしてくれたんだ。こっちはこっちで大変だったんだぞ」
「何が?」
「お前が星ヶ丘でやらかしてた頃、山口から悲壮感に溢れた電話が掛かってきたんだ。それはもう可哀想で」
「アニには何もしてないよ。大体、アニは女の子が助けを求める声に耳を貸さなかった冷淡な人だよ? そもそも、僕から逃げるとかあり得なくない? 一緒に学祭回ろうって誘ってあげたのにさ」
「そこで上から目線とか引くわ」
三井が9月頃から学祭シーズンにかけて惚れていたのが星ヶ丘大学のあずさちゃんという女の子だ。この子が在籍する映画研究会で短編映画を作っていたそうなんだけど、それにエキストラとして三井が参加していた。そこで運命の出会いを果たしたとまたやかましかったんだ。
ただ、このあずさちゃんの素性がまた複雑で。まず朝霞と同じゼミの友達で、星大の大石とは幼馴染みだとか。あずさちゃんが自分につきまとってくる男のことをこの2人に相談していたらしい。先月行われた大石の誕生会でその男が三井であるとうちは大石に伝えたんだけど、その瞬間のわたわた具合がな。まあ、星大さんはしゃーない。
如何せん三井は惚れっぽい。ちょっと優しくされたとか、ちょっと目が合っただけでその出会いはもう運命になる。勘違いをした結果先走って告白して撃沈すること数知れず。振られたら振られたで負け惜しみを吐きつつさっきまで運命だと言っていた相手のことをディスり始めるんだから救いようがない。
うちはそんな三井の“恋愛相談”を授業中に筆談で聞きながら、その最新情報を極悪3人衆に横流ししている。正直、恋愛経験値の低いうちでは相談をされてもそれらしい返答が出来ないというのもある。ただ、三井の言うことは基本的にどこかおかしいから、一般常識で答えていればそれらしくはなる。
「この肉うっま。えっ、うまー。やーらかっ」
「だってプレミアムコース限定の肉だよ。美味しくなかったら詐欺だよ」
「この肉もう1回頼も。3つくらい頼もう」
「どうぞお好きなように。でも、食べ過ぎたら太らない?」
「ウルサイ。肉だけ食べてる分にはまだ大丈夫だ。ご飯や揚げ物を入れるから太りやすくなるんだろ。うちは肉をたらふく食べる」
スマホで肉の焼ける網をぱちり。ノサカに自慢してやろう。アイツは風邪でくたばってるはずだけど、まあいいか。プレミアムコース+アルコール飲み放題最高、という文面で。完全に嫌がらせですが何か。いや、でもアイツは風邪をひいてようが食欲が衰えることはないだろうな。送信っと。
「でもさ、あずさちゃんはダメだよ。尻軽。ロイがいながら僕を騙して遊んでたんだよ。あれはヤることヤってる距離感だった。あーそう、男持ちだったんだって。まあ、僕も遊んでただけだけどさ。清純ぶってもやっぱどこかでボロが出るんだよああいう子って」
「へえー、あずさちゃんって朝霞とつきあってたのかー」
りっちゃんもビックリの棒読みだな、我ながら。三井から話を引き出すだけ引き出して極悪3人衆と、それから大石にも話を流してやろうか。いや、あずさちゃんを悪く言ってる話はしない方がいいかもしれない。大石には「三井の春はあずさちゃんから別のところに移りました」という報告くらいに留めておこう。
でも、あずさちゃんは実際朝霞のことが好きらしいという話を先の誕生会で大石がポロッと言ってしまったから、朝霞は3人衆に目を付けられている。フラグめいた物が立ったし、学祭も終わったしで尋問をするにはそろそろいいタイミングかもしれない。お麻里様がアップを始める頃合いか。くわばらくわばら。
「菜月、サンチュ頼んでいい?」
「いいけど、サンチュって葉っぱだろ? 葉っぱはお前が全部食べるんだぞ」
「わかってるよ」
「と言うか、食べたい物を頼む分には許可を取り合う必要なんかないだろ」
「まあ、一応ね」
机の上には空になった皿がどんどん積み重なる。絶え間なく肉を焼き、絶え間なく三井からの“相談”をぶった斬る。次の春はどうしたという話も忘れない。
「あ、ノサカだ」
「野坂?」
「焼き肉を自慢したんだ。あ、羨ましいって」
「それじゃあ今度は野坂も連れてこうかー」
「お前の奢りで?」
「それはそのときの財政状況によるよ。コースのグレードは落ちるだろうけど」
「――ってそれを検討するのがまずおかしい」
end.
++++
噂の焼き肉奢り回です。話を聞く人聞く人がみんな「頭おかしい」と言った件ですね。ホンマ2人とも頭おかしいわ
焼き肉を食べながらもノサカのことを思い出して嫌がらせをする菜月さんである。ここからIF打ち上げが焼き肉に向いていくのねw
そういやちーちゃんの誕生会でこっしーさんと朝霞Pを尋問するってお麻里様が言ってましたね……がんばえー
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昨日のサークルで三井とご飯を食べに行く約束をしたまでは良かった。授業が終わり、三井に指定された通り向島環状鉄道の最寄り駅に向かう。まさか電車に乗っていくのかと思ったけど、徒歩を嫌がったのは他でもない自分。どこまで行くのかと思いつつ、新豊葦駅までの切符を買う。
やってきたのは新豊葦駅から5分ほど歩いたところにある焼肉店だ。よくある食べ放題付きの。うちは1食700円くらいの近場の店を想定していたから、まさか焼き肉かとビックリしている間に店の中に通され、注文する段階にまで来ていた。いや、だって焼き肉とか最低3000円くらいからの世界じゃないか。うちの財力じゃあ、ねえ。
「三井、確認するけど、今日は奢りの体で来てるぞ」
「わかってるよ。今日は俺の奢りなのでどんどん食べて下さい。その代わり話も聞いてもらうからさ」
「だったら遠慮なく行くぞ。でも、焼き肉かあ。想定外だったな」
「いや、なんかさ、大学まで原付で上っていくじゃない」
「坂をな」
「トンボが2匹連なって飛んでてさ」
「ああ、確かにいっぱい飛んでるな。かわいい」
「かわいくないよ。あれってつがいか何かでしょ? 見てて悲しくなっちゃってさ。これは焼き肉食べてパワーを付けないとって」
「お前、まさかトンボを見て惨めになったのか?」
「そうだよ、笑ってくれた方がまだ救われるよ」
「まあ、何か……ドンマイ」
「笑って! バカにしてくれた方がオイシイから!」
バカにしろと三井は言うけど、バカにするどころか哀れになってしまって、笑うに笑えないと言うか。つがいのトンボを見て悲しくなるとか。独り身を拗らせるとこうもなってしまうのかと。これは後日極悪3人衆に報告しよう。彼・彼女たちであればきっと希望通りバカにしてくれるだろうし。
ところで焼き肉のコースだけど、冗談で一番高いコースを指さして「これが美味しそうだなあ」と言ったところ、ヤケになった三井が「じゃあこれにしよう」と即決した上、アルコールの飲み放題もつけなきゃやってらんないよね、と税込みで1人6000円くらいになりそうな感じ。えっ、コイツバカなの? うちは出さないぞ?
タッチパネルで肉をわんさか注文して、最初のドリンクと肉が届く。さっそくそれらを網の上に並べて、食べ放題の90分がスタートする。最初のドリンクはうちがレモンチューハイで三井がソフトドリンクのジンジャーエール。まあお前はそれが妥当だな、酒にクッソ弱いんだから。
「で、筆談の続きな」
「学祭の時に星ヶ丘に行ってきたんだよ」
「ああ、あずさちゃんな。と言うかお前は何をやらかしてくれたんだ。こっちはこっちで大変だったんだぞ」
「何が?」
「お前が星ヶ丘でやらかしてた頃、山口から悲壮感に溢れた電話が掛かってきたんだ。それはもう可哀想で」
「アニには何もしてないよ。大体、アニは女の子が助けを求める声に耳を貸さなかった冷淡な人だよ? そもそも、僕から逃げるとかあり得なくない? 一緒に学祭回ろうって誘ってあげたのにさ」
「そこで上から目線とか引くわ」
三井が9月頃から学祭シーズンにかけて惚れていたのが星ヶ丘大学のあずさちゃんという女の子だ。この子が在籍する映画研究会で短編映画を作っていたそうなんだけど、それにエキストラとして三井が参加していた。そこで運命の出会いを果たしたとまたやかましかったんだ。
ただ、このあずさちゃんの素性がまた複雑で。まず朝霞と同じゼミの友達で、星大の大石とは幼馴染みだとか。あずさちゃんが自分につきまとってくる男のことをこの2人に相談していたらしい。先月行われた大石の誕生会でその男が三井であるとうちは大石に伝えたんだけど、その瞬間のわたわた具合がな。まあ、星大さんはしゃーない。
如何せん三井は惚れっぽい。ちょっと優しくされたとか、ちょっと目が合っただけでその出会いはもう運命になる。勘違いをした結果先走って告白して撃沈すること数知れず。振られたら振られたで負け惜しみを吐きつつさっきまで運命だと言っていた相手のことをディスり始めるんだから救いようがない。
うちはそんな三井の“恋愛相談”を授業中に筆談で聞きながら、その最新情報を極悪3人衆に横流ししている。正直、恋愛経験値の低いうちでは相談をされてもそれらしい返答が出来ないというのもある。ただ、三井の言うことは基本的にどこかおかしいから、一般常識で答えていればそれらしくはなる。
「この肉うっま。えっ、うまー。やーらかっ」
「だってプレミアムコース限定の肉だよ。美味しくなかったら詐欺だよ」
「この肉もう1回頼も。3つくらい頼もう」
「どうぞお好きなように。でも、食べ過ぎたら太らない?」
「ウルサイ。肉だけ食べてる分にはまだ大丈夫だ。ご飯や揚げ物を入れるから太りやすくなるんだろ。うちは肉をたらふく食べる」
スマホで肉の焼ける網をぱちり。ノサカに自慢してやろう。アイツは風邪でくたばってるはずだけど、まあいいか。プレミアムコース+アルコール飲み放題最高、という文面で。完全に嫌がらせですが何か。いや、でもアイツは風邪をひいてようが食欲が衰えることはないだろうな。送信っと。
「でもさ、あずさちゃんはダメだよ。尻軽。ロイがいながら僕を騙して遊んでたんだよ。あれはヤることヤってる距離感だった。あーそう、男持ちだったんだって。まあ、僕も遊んでただけだけどさ。清純ぶってもやっぱどこかでボロが出るんだよああいう子って」
「へえー、あずさちゃんって朝霞とつきあってたのかー」
りっちゃんもビックリの棒読みだな、我ながら。三井から話を引き出すだけ引き出して極悪3人衆と、それから大石にも話を流してやろうか。いや、あずさちゃんを悪く言ってる話はしない方がいいかもしれない。大石には「三井の春はあずさちゃんから別のところに移りました」という報告くらいに留めておこう。
でも、あずさちゃんは実際朝霞のことが好きらしいという話を先の誕生会で大石がポロッと言ってしまったから、朝霞は3人衆に目を付けられている。フラグめいた物が立ったし、学祭も終わったしで尋問をするにはそろそろいいタイミングかもしれない。お麻里様がアップを始める頃合いか。くわばらくわばら。
「菜月、サンチュ頼んでいい?」
「いいけど、サンチュって葉っぱだろ? 葉っぱはお前が全部食べるんだぞ」
「わかってるよ」
「と言うか、食べたい物を頼む分には許可を取り合う必要なんかないだろ」
「まあ、一応ね」
机の上には空になった皿がどんどん積み重なる。絶え間なく肉を焼き、絶え間なく三井からの“相談”をぶった斬る。次の春はどうしたという話も忘れない。
「あ、ノサカだ」
「野坂?」
「焼き肉を自慢したんだ。あ、羨ましいって」
「それじゃあ今度は野坂も連れてこうかー」
「お前の奢りで?」
「それはそのときの財政状況によるよ。コースのグレードは落ちるだろうけど」
「――ってそれを検討するのがまずおかしい」
end.
++++
噂の焼き肉奢り回です。話を聞く人聞く人がみんな「頭おかしい」と言った件ですね。ホンマ2人とも頭おかしいわ
焼き肉を食べながらもノサカのことを思い出して嫌がらせをする菜月さんである。ここからIF打ち上げが焼き肉に向いていくのねw
そういやちーちゃんの誕生会でこっしーさんと朝霞Pを尋問するってお麻里様が言ってましたね……がんばえー
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