2019(03)

■清い水へと汲み替える

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 大学祭が終わり、星ヶ丘放送部は代替わりをした。代替わりをすると3年生は引退をして、部活動自体に参加しなくなる。大学祭のステージは紆余曲折があったけれども何とかそれらしくなったと思う。物事が終われば報告が必要になる。私は監査として、文化会に提出する資料を作成しなければならない。
 結局、私は日高の首を刈ることには失敗した。日高が行っていた数々の悪事の証拠は掴んでいたものの、機を窺っているうちに時間だけが過ぎてしまった。私も大学祭のことばかりをやっているわけではなかったから、どうしても目の行き届かないところがあった。いえ、今更そんなことを言っても言い訳にしかならないわね。

「宇部」
「あら、菅野」
「これ、頼まれてた資料」
「ありがとう」

 菅野には夏の頃から私の仕事を手伝ってもらっていた。菅野は書記という役職だから、資料作りをやってもらうにはちょうど良かった。菅野は菅野で独自にこの部の異常性を調べていた。菅野にとっても様々な情報を持つ私は都合のいい相手。互いに利用出来るところはしていこうということだったのかもしれない。

「大学祭当日に何か変わったことは」
「そうね……日高班が朝霞班のステージを妨害しているのを止めたわ」
「やっぱりか」
「レーザーポインターで朝霞を狙って照射していたわ。没収したそれは海外製の粗悪品で、最悪失明もあったわね」
「俺からも一応朝霞には忠告してたんだ、日高班の枠がなくなったことで何かあるとすればお前だって。夏のこともあったし、死なれても困るだろ」
「間違いないわね」

 私はステージに汚い手を使ってくる者を許すつもりはない。たとえそれが部長だとしても。大学祭ステージに向けた中で、私は戸棚から過去の台本を盗もうとしていた日高班のディレクターを捕まえた。彼から聴取した結果、夏に行われた数々の悪事についても供述した。私はそれを悪質だと判断して、日高班のステージの枠を剥奪した。
 夏に行われたそれに関して言えば文化会に報告してある。そのときも菅野に作ってもらった2種類の資料のうち焦臭い方を文化会に提出し、表面上綺麗にステージを終えましたという資料を部の写しとして残してある。秋のステージの報告書も同様の手法で作成することにしている。

「と言うか、部を引退しても監査には仕事が残ってるんだな」
「部長会への出席は厳密には部長の仕事のはずなのだけどね。資料の作成ならともかく、どうして私が部長会に出続けていたのかは疑問だわ」
「それは部長が使えないからじゃないか」
「ええ、その通りなのだけど、先代もその前も放送部は監査が部長会に代理出席していたそうなの。放送部は部長より監査の方が話が通じるから、と。そんなことが続いたものだから誰もそれを気にしなくなっていたし、他の部からは監査が部長だと思われているというのもザラで」
「まあ、そりゃ部長会に出てる人間が部長だと思うよな、普通は」
「それが原因で起こった事故もあったし、どうしたものかと」
「えっ、そんなことがあったのか」
「知らなかったのね。菅野班は外で練習していることが多いから、その現場を目にしていなかったとしても不思議ではないわね」
「何があったんだ?」

 それは映研さんが部長への資料を放送部に届けに来てくれたときのこと。映研さんは放送部の部長を日頃から部長会に出ている私だと思っていたようで、私を訪ねて来ていた。だけど、部長さんはいますかと聞かれたのが一応は放送部の部長である日高だった。
 “部長”宛の資料ということで日高がそれを受け取ろうとしたのだけど、お使いに来ていた彼女は「部長宛なのでお渡し出来ません」と断った。それに日高が激高、彼女の持っている書類を引ったくろうと暴行を加えた。彼女は通りかかった朝霞に助けを求め事なきを得たのだけど、彼女が朝霞の友人だったことでさらに日高が怒り狂い……という事件ね。

「そんなことがあったのか」
「それが放送部と映研の間で少し問題になって、文化会から当事者たちが呼び出されて事情を聞かれたそうだわ。もちろん、日高から事情を聞くことは出来なかったそうなのだけど。私はその話を萩さんから聞いたわ」
「そうか……その映研さんが日高を部長だと知らなかったのはともかく、朝霞と関わりがあるというだけで日高にとっては攻撃対象になるのかな」
「その可能性は十分にあるわ」

 深刻な顔をして菅野が考えているのは夏の件かもしれない。須賀さんの巾着袋が戻ってきたときのこと。

「あなたには話していいのかもしれないわね」
「何か?」
「私は一応監査として、部の幹部として部長の右腕たれという体で動いてきたわ」
「ああ。それは見ての通り」
「私が幹部を志した理由は、この腐った部をぶち壊すため。そのために鷹羽班から萩班に移籍して、出来ることはすべてやってきたつもりだったわ。魚里さんからすれば、私のしたことはただの裏切りに映っていても仕方ないけれど」
「その真意を知らなければ、鷹羽班から萩班への移籍は、確かにな……」
「そしてこの部には、密かに私と志を共にする人たちがいたの」
「腐った部をぶち壊す仲間か?」
「いえ、誰もが平等にステージをやる機会が与えられるべき、その立場は公平であるべきという私の考えと、どんな環境でも負けずにただ愚直にステージの本質だけを追い求めるという彼らの考え方ね」
「そんな奴がこの部に?」
「いるじゃない、ただ2人」
「まさか……」
「私と同盟を結んでいたのは朝霞と洋平。私は幹部として得た情報を朝霞に流し、部長の意に反し朝霞班にステージの枠を与え続けて来たのよ」

 結局、私はこの腐った部活の体制をぶち壊すことは出来なかったし、日高の首を刈ることも出来なかった。私のしてきたことは一体何だったのか、少しわからなくなってきた頃合いでもある。何を生んだのか、憎しみばかりを煽ってきたのではないか、そんな風に考えたこともある。

「それがお前の正義だったんだな、誰もが平等にステージの出来る部にするというのが」
「でも、それが出来たとは思わないわ」
「お前はきっと描く理想が高すぎたんだ。一度に完遂しなければならないと思い込み過ぎた、完璧であろうとし過ぎたと言うか。この腐った放送部の実状を、これまでの幹部たちは見て見ぬ振りをしてきたんだろ。それを、隠蔽工作をしながらとは言え訴えることをしたんだから、一歩前に進んだ。それで良くないか。今後のことは次の世代に任せれば」

 それまでが腐りきっていたのだから、それを清く戻すには膨大な時間が必要。私は一歩前に進めただけだけど、次の世代に託してもいいのかしら。

「でも、まさか宇部と朝霞班が繋がってたか」
「あら、私は元々幹部だの部長至上主義だのクソ食らえという鷹羽班の出身よ。腐った部の体制をぶち壊すこと自体に違和はないでしょう? 監査は誰の味方でもないけれど、ステージバカには多少肩入れしたくなるのよ」


end.


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宇部Pのあれこれ。部長の首を刈るのに失敗した死神さんです。
今年度は10月のブースとがかからなかったのでこの話をやるには星ヶ丘の話数が圧倒的に足りなかったですね……でもやる
そして実質的宇部Pの右腕だったスガP。最後の最後にも書類を2種類作る仕事をしていたようです。

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