2019(03)

■見世物は形から

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「リン、お前ちゃんとスーツ持って来ただろうな」
「ええ、どこぞの輩が持って来いと睨みを利かせていましたから、持って来てやりましたよ」

 大学祭の中夜祭に出るために結成されたブルースプリングというバンドは、土曜日のライブに向けた調整を続けていた。中夜祭ではいろいろな出し物が披露される予定だが、ブルースプリングはトリに決まったらしい。ちなみに、トリで30分枠をもらったそうだ。
 この30分で6曲やることに決まり、大トリは春山さんのこだわりでチキンをやることになっている。残り5曲のうち3曲が普段ジャズを聞かない人間でも聞いたことのあるような曲、2曲はオレが作った曲をやることになった。
 練習に練習を重ねた結果、急造の突貫バンドでもそれらしくなってきたように思う。オレと春山さんが2人とも情報センターにいないことも増え、その結果川北が何事もなく日々が過ぎることを祈るようになったとか何とか。

「しかし、何もわざわざ衣装を用意する必要など」
「見た目から入るのが大事なんだよ! ったくオメーはよ、細かいことをぐだぐだと言いやがって」
「どちらかと言えば衣装を用意する方が細かいでしょう。私服でも十分ではないか」
「そうは言っても、芹ちゃんのいかつい私服で本当にライブやるのって最初に言ったのリン君でしょ?」
「まあ、それは確かにそうですけど」
「芹ちゃんに火をつけちゃったんだから、ちゃんと最後まで付き合ってあげてよ」

 ライブでは3人ともがスーツを身に纏うことになっている。春山さんがこだわった結果の衣装設定だ。元々は私服でやるつもりだったのだが、青山さんに突かれた通り、春山さんの私服に疑問符を投げたのはこのオレだ。如何せんあの趣味の悪い柄シャツで本当にやるのかと。
 春山さんが情報センターの受付として柄が悪いと言われているのは、生気のない目に鈍く重く睨みつける眼力、それからその筋の構成員としか思えん柄シャツにある。それから、相手が食って出ようとした瞬間「あァ?」と脅しにかかるのもまさに本職、輩と言われても仕方がない。
 柄シャツに文句を言った手前、ライブ衣裳としてスーツを持って来いと言われたのには渋々従った。スーツは入学式で着た物と、それ以外の物を1着持っている。オレは稀に学会のバイトをする機会がある。それに合わせて買った物があったのだ。入学式の物よりもそれらしいだろう。
 スーツを持って来るだけで終わらせてもらえるはずもなく、着替えてくるよう指示される。さっと着替えて4年生の前に。と言うか自分たちはオレに着せるだけ着せてスーツを着ないのか。でも、4年生は就活などで……っと、春山さんは面倒だからと就活をやめたのだった。

「ほーん、なかなか悪くないじゃねーか」
「うん、いいねえリン君。洋食屋でもこれで弾いてるの?」
「洋食屋ではいつもの服です」
「って言うかリン君、あの服以外見たことない気がする。いつもタートルネックにグレーのチェック柄のパンツじゃない?」
「組み合わせを考えるのが面倒なので同じ物を複数所持しています」
「へー。服も気分で変えたくならない?」
「特になりませんね。ああ、さすがに夏はタートルでは暑いので開襟シャツにしていますが」
「開襟っつってもオメーは襟立ててんだろーがよ。何だ? 前世で首でも掻っ切られたか?」
「前世のことなど現世のオレに聞かれても困りますね」

 思ったより悪くなかったな、と春山さんが納得したように見えたのは一瞬のこと。なーんか違うんだよなとまた何か良からぬことを考え始めた。春山さんがこんな風に思慮を巡らせているとロクなことがあった試しがない。出来ることなら今すぐにでも逃げたいのだが。

「和泉、ワックス持ってるか?」
「髪の?」
「ああ、髪の」
「あるよー。どーするの?」
「なーんかよ、違うんだよ。リン、ちょっとジッとしとけ」
「何をする」

 問答無用で髪をぺたぺたと弄られ、ああでもないこうでもないと春山さんが唸る様をオレはただただジッと堪えながら見ていた。如何せん自分では何をどうされているのかが見えない。嵐が過ぎ去るのを待つかのようでもあった。

「リン、髪の結び目ちょっと高く出来ねーか」
「このくらいですか」
「あー! そーそーその辺! 当日はもうちょっと濡れ感のあるワックスでセットして、この位置で結べリン!」
「どうなっているんです」

 壁一面に張られた鏡を見ると、前髪が限りなくオールバックに近くなっている。一筋だけ前に垂らされているが、他は完全に後ろにやられてしまった。そして髪の結び目の位置が変わったのが少々気持ち悪い。結び目の位置がどうした。

「そんでこうだな。毛先をワックスでちょちょっと整えて、っと」
「あー、いいね芹ちゃん! 雰囲気出たんじゃない!?」
「だろォ? やっぱ見世物であるからには形から入らなきゃな!」
「リン君は細身でスタイルが良いから、髪とかも整えたくなるよね! うんうん、わかるよ」
「腐ってもリンはピアニストだからな、頭のテッペンからつま先までちゃんとしとけっつー話よ。指先と髪もだ。鍵盤弾きの男の手でいくらか女が釣れるんだよ」
「異議なし。でも俺と芹ちゃんはどうするの?」
「お前は別にそのままでもいいけど」
「えっ、それはそれで何かなあ。何かない?」
「ない」
「えー!? じゃあ芹ちゃんは?」
「オールバックにするかなあ、どうすっかなあ。ま、本番までには考えとく」

 見世物だから形から、か。言いたいことはわからんでもないが、オレが着せ替え人形のように遊ばれるとは思わなかった。今後はもうそのような戯言には絶対に付き合わん。しかし、髪を整えられると変な感じがする。

「せっかくだし、俺と芹ちゃんも着替えて当日の衣装で通しリハしてみる?」
「あー、そーだな。せっかくだしやっとくかー」
「それくらいやらねばオレがここまでさせられた意味がないというものでしょう」
「いや、お前は普通に衣装合わせだけでも十分意味があるんだよ」
「しかし、春山さんがスーツなど。柄シャツの方がまだそれらしくなったらどうしましょうね」
「うるせーなクソ野郎」


end.


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ブルースプリングの衣装合わせ、もといリン様が着せ替え人形化した現場です。鍵盤弾きの手で女は釣れるか!
リン様って学会のバイトもしてそうだなと思いました。入学式の以外にもスーツを持ってるといいなとも。
柄シャツをディスった結果のスーツなので、今回はリン様比でなかなか大人しいですね。春山さんの私服はリン様的にどうかと思っているらしい。

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