2019(03)
■おまじないの記憶と効力
++++
「向島のみんな、本当にありがとう。今日もこんなことしか出来ないんだけど、せめてものおもてなしをするから食べていってね」
「いえ、むしろ大したことも出来ずに申し訳ありません。俺なんて今日になって久々に来たというのに」
「ホンマに。ノサカ非協力的やわ」
「ヒロさん、その間野坂さんはMMPの準備をしていたそうですよ」
「えっそーなん?」
「喫茶ABCのフルコース、今持って来るから。おまじないの指名も考えといてね」
今日は青女さんの大学祭へとやって来た。先週の土日からお手伝いの予定は入っていたのだけど、昼放送の収録やその他諸々の事情でキャンセルをしていたので俺は当日参加のみになったのだ。そして本来は昨日もやってたんだけど、土曜日なので啓子さんからはさっさと帰れと言われましたよね。
啓子さんから言われてしまえば仕方がないので、俺は青女さんの学祭最終日となる今日になってようやく本格的なお手伝いの仕事をすることになり、それも無事に終えて現在に至る。手伝いの内容としては、ステージの大道具などを運搬したり転換したりっていう作業が主だったように思う。
そしてステージの他にも青女さんが出しているのがメイド&執事喫茶だ。1、3年生がメイドで2年生が執事に扮しておもてなしをするという、学祭模擬店の定番だ。そしてここで出されるお菓子は沙都子手作りのクッキーと、1日の限定数が決まっているというケーキだ。
「と言うか福島先輩がガチなメイド長すぎて」
「福島先輩の立ち振る舞いはきゃぴきゃぴした方じゃなくてシックな、本来あるべきメイドさんの姿ですね」
「おっ、某メイド喫茶ゴールドカードの眼が品評してるぞ」
「ボクKちゃんにもメイドさんの服着て欲しかったわー。何で2年生は執事なんやろ」
「ヒロさん、その理由はひとつしかないじゃないですか」
「そうだぞヒロ、考えなくてもわかることじゃないかいい加減にしろ」
そう、2年生は執事である。それがつまりどういうことであるのかというと、青女のサークル……いや、青葉女学園大学の誇る王子様であるイケメンの直クンが執事に扮しておもてなしをしてくれるというこれ以上ない贅沢!
俺は普段から圭斗先輩が王様で直クンが王子様の国に住みたいと言っているだけあって、この機会を逃すわけにはいかないのだ。執事直クンとかカッコ良すぎて想像するだけでニヤニヤが止まらないぜ…! ふふ、不審者上等だ。
まあ、直クンも青女の学生だから普通に女子なんだけど、女子なんだけど普通にイケメンだから困るんだ。そこらのカボチャたちとはワケが違うぜ! 立ち振る舞いも紳士だしな。そら青女のカボチャたちからモテますわ。
「お待たせ致しました、喫茶ABCのフルコースでございます」
俺たちの前に出されたのは1日限定数が決まっているはずの沙都子のケーキに、直径にして8センチくらいのクッキーが2枚、それからとても濃い紫色をしたブドウジュース。これがフルコースで、値段にして800円になる。ちなみにケーキセットは700円、クッキーセットは500円だそうだ。
そしてここからがミソなんだけど、オプションとして「おまじない」を付けることが出来るのだ。このおまじないというのはクッキーにメイドさんまたは執事さんがアイシングというもので簡単な模様を描いてくれるサービスで、これが300円。ぼったくりにも思えるけど、このおまじないが凄まじい人気とかで。
「おまじないのご指名はいかが致しますか?」
「ボクKちゃんがええです」
「私は福島先輩にお願いしたいです」
「ありがとうございます。野坂クンはどうする?」
「俺は是非とも直クンにお願いしたいです…!」
「少々お待ちください」
正直、そこからは何があったかあまりよく覚えていない。直クンが俺のクッキーに模様を描いてくれたらしいことは、柄の付いたそれを見ればわかるんだけど。多分俺は興奮しすぎて何が何だかわかっていなかったんだろうな。イケメンの記憶はほんのりと残っているけれども。
話によれば、青女の喫茶は直クンのおまじない目当てにヘビーリピーターが続出していたという。その気持ちは激しくわかる。何なら直クンのおまじないが300円は安すぎるし、1000円くらいなら軽く出せる。いや、むしろ出させて欲しい。
「つか沙都子のケーキ美味すぎだろ」
「あれ、野坂さん昨日は食べてませんでしたっけ」
「昨日は食べてない。菜月先輩へのおつかいとして運んではいたけどだな」
「菜月先輩は食べていらしたんです?」
「例によってうまーだよ」
「ああ、想像は付きますね」
「ボクこのジュースが好きやわ。濃いけどすっきりしとるし。濃いだけのヤツって口の中にねちゃねちゃした感じで残らん?」
「わからないでもない」
「このジュースそれないし。飲みやすいわ。どこで買えるんやろ」
確かにこのジュースも美味しいんだよなあ。俺はカルピスが飲みたかったけど、福島先輩が絶対に損はさせないから飲んでみてくれと言われて頼んでみた結果の美味さだよ。メニュー表を見ればこのジュースは他のドリンクと比較して100円高いんだ。それでも飛ぶように注文が入っているらしい。
「ヒロくん、気に入ってくれた?」
「はい、ホンマおいしーですわ。このジュースどこのです?」
「これはABCの3年生にアヤネちゃんて子がいるんだけど、アヤネちゃんの実家のブドウ園で作ってるジュースなんだよ」
「へー、ブドウ園ですか! じゃあ普通にはなかなか買えやんのですね」
「そうだね。アヤネちゃんも緑風の実家から結構無理言ってたくさん仕入れてくれたから。緑風では普通にスーパーとかでも買えるみたいなんだけどね」
「緑風だって!?」
「うん。アヤネちゃんが言うには緑風の人なら知らない人を探す方が難しいくらい有名なブドウ園らしいから、菜月ちゃんに聞いたらわかるかもよ」
明日でも菜月先輩に聞いてみよーとヒロはちょっとご機嫌だし、こーたはサドニナから絡まれて大変なことになっている。俺はと言えば柄の入ったクッキーを食べるのがもったいないと見つめるだけの簡単な仕事。
「あっ、アタシとヒビキ、来週学祭巡りする予定だから向島さんにも遊びに行くね」
「本当ですか! ぜひいらしてください!」
「でもボクら全然おもてなしも何も」
「ヒロ、事実でもそれは言ったらダメなヤツだ」
end.
++++
おまじないを受けている時はノサカもきゃっきゃしていたと思うのですが、何も覚えてないヤツ。眩しすぎたんだね
というワケで、今年度はノサカが久々に来たという体でお送りしています。実際自分たちの準備もやってたからね
神崎のゴールドカードの件とか、レオンの件とか、○年前の要素もちょこちょこ拾えていますね。良いことだ
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「向島のみんな、本当にありがとう。今日もこんなことしか出来ないんだけど、せめてものおもてなしをするから食べていってね」
「いえ、むしろ大したことも出来ずに申し訳ありません。俺なんて今日になって久々に来たというのに」
「ホンマに。ノサカ非協力的やわ」
「ヒロさん、その間野坂さんはMMPの準備をしていたそうですよ」
「えっそーなん?」
「喫茶ABCのフルコース、今持って来るから。おまじないの指名も考えといてね」
今日は青女さんの大学祭へとやって来た。先週の土日からお手伝いの予定は入っていたのだけど、昼放送の収録やその他諸々の事情でキャンセルをしていたので俺は当日参加のみになったのだ。そして本来は昨日もやってたんだけど、土曜日なので啓子さんからはさっさと帰れと言われましたよね。
啓子さんから言われてしまえば仕方がないので、俺は青女さんの学祭最終日となる今日になってようやく本格的なお手伝いの仕事をすることになり、それも無事に終えて現在に至る。手伝いの内容としては、ステージの大道具などを運搬したり転換したりっていう作業が主だったように思う。
そしてステージの他にも青女さんが出しているのがメイド&執事喫茶だ。1、3年生がメイドで2年生が執事に扮しておもてなしをするという、学祭模擬店の定番だ。そしてここで出されるお菓子は沙都子手作りのクッキーと、1日の限定数が決まっているというケーキだ。
「と言うか福島先輩がガチなメイド長すぎて」
「福島先輩の立ち振る舞いはきゃぴきゃぴした方じゃなくてシックな、本来あるべきメイドさんの姿ですね」
「おっ、某メイド喫茶ゴールドカードの眼が品評してるぞ」
「ボクKちゃんにもメイドさんの服着て欲しかったわー。何で2年生は執事なんやろ」
「ヒロさん、その理由はひとつしかないじゃないですか」
「そうだぞヒロ、考えなくてもわかることじゃないかいい加減にしろ」
そう、2年生は執事である。それがつまりどういうことであるのかというと、青女のサークル……いや、青葉女学園大学の誇る王子様であるイケメンの直クンが執事に扮しておもてなしをしてくれるというこれ以上ない贅沢!
俺は普段から圭斗先輩が王様で直クンが王子様の国に住みたいと言っているだけあって、この機会を逃すわけにはいかないのだ。執事直クンとかカッコ良すぎて想像するだけでニヤニヤが止まらないぜ…! ふふ、不審者上等だ。
まあ、直クンも青女の学生だから普通に女子なんだけど、女子なんだけど普通にイケメンだから困るんだ。そこらのカボチャたちとはワケが違うぜ! 立ち振る舞いも紳士だしな。そら青女のカボチャたちからモテますわ。
「お待たせ致しました、喫茶ABCのフルコースでございます」
俺たちの前に出されたのは1日限定数が決まっているはずの沙都子のケーキに、直径にして8センチくらいのクッキーが2枚、それからとても濃い紫色をしたブドウジュース。これがフルコースで、値段にして800円になる。ちなみにケーキセットは700円、クッキーセットは500円だそうだ。
そしてここからがミソなんだけど、オプションとして「おまじない」を付けることが出来るのだ。このおまじないというのはクッキーにメイドさんまたは執事さんがアイシングというもので簡単な模様を描いてくれるサービスで、これが300円。ぼったくりにも思えるけど、このおまじないが凄まじい人気とかで。
「おまじないのご指名はいかが致しますか?」
「ボクKちゃんがええです」
「私は福島先輩にお願いしたいです」
「ありがとうございます。野坂クンはどうする?」
「俺は是非とも直クンにお願いしたいです…!」
「少々お待ちください」
正直、そこからは何があったかあまりよく覚えていない。直クンが俺のクッキーに模様を描いてくれたらしいことは、柄の付いたそれを見ればわかるんだけど。多分俺は興奮しすぎて何が何だかわかっていなかったんだろうな。イケメンの記憶はほんのりと残っているけれども。
話によれば、青女の喫茶は直クンのおまじない目当てにヘビーリピーターが続出していたという。その気持ちは激しくわかる。何なら直クンのおまじないが300円は安すぎるし、1000円くらいなら軽く出せる。いや、むしろ出させて欲しい。
「つか沙都子のケーキ美味すぎだろ」
「あれ、野坂さん昨日は食べてませんでしたっけ」
「昨日は食べてない。菜月先輩へのおつかいとして運んではいたけどだな」
「菜月先輩は食べていらしたんです?」
「例によってうまーだよ」
「ああ、想像は付きますね」
「ボクこのジュースが好きやわ。濃いけどすっきりしとるし。濃いだけのヤツって口の中にねちゃねちゃした感じで残らん?」
「わからないでもない」
「このジュースそれないし。飲みやすいわ。どこで買えるんやろ」
確かにこのジュースも美味しいんだよなあ。俺はカルピスが飲みたかったけど、福島先輩が絶対に損はさせないから飲んでみてくれと言われて頼んでみた結果の美味さだよ。メニュー表を見ればこのジュースは他のドリンクと比較して100円高いんだ。それでも飛ぶように注文が入っているらしい。
「ヒロくん、気に入ってくれた?」
「はい、ホンマおいしーですわ。このジュースどこのです?」
「これはABCの3年生にアヤネちゃんて子がいるんだけど、アヤネちゃんの実家のブドウ園で作ってるジュースなんだよ」
「へー、ブドウ園ですか! じゃあ普通にはなかなか買えやんのですね」
「そうだね。アヤネちゃんも緑風の実家から結構無理言ってたくさん仕入れてくれたから。緑風では普通にスーパーとかでも買えるみたいなんだけどね」
「緑風だって!?」
「うん。アヤネちゃんが言うには緑風の人なら知らない人を探す方が難しいくらい有名なブドウ園らしいから、菜月ちゃんに聞いたらわかるかもよ」
明日でも菜月先輩に聞いてみよーとヒロはちょっとご機嫌だし、こーたはサドニナから絡まれて大変なことになっている。俺はと言えば柄の入ったクッキーを食べるのがもったいないと見つめるだけの簡単な仕事。
「あっ、アタシとヒビキ、来週学祭巡りする予定だから向島さんにも遊びに行くね」
「本当ですか! ぜひいらしてください!」
「でもボクら全然おもてなしも何も」
「ヒロ、事実でもそれは言ったらダメなヤツだ」
end.
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おまじないを受けている時はノサカもきゃっきゃしていたと思うのですが、何も覚えてないヤツ。眩しすぎたんだね
というワケで、今年度はノサカが久々に来たという体でお送りしています。実際自分たちの準備もやってたからね
神崎のゴールドカードの件とか、レオンの件とか、○年前の要素もちょこちょこ拾えていますね。良いことだ
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