2017(02)

■優しい影と無限の闇

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 出来れば人の少ない場所の方がいい。そう朝霞に呼び出され、始まる話。差し出されたのは、星柄の巾着袋。

「朝、ブースに入ったらこれが」
「これは?」
「俺も詳しくはわからない。でも、山口が言うには須賀がなくしたって言ってる巾着の特徴と一致する。悪いけど、お前から須賀に返しておいてもらえないか」
「ええ、わかったわ。それで?」
「ん?」
「言いたいことはそれだけじゃないんでしょう」

 普通に考えれば、須賀さんが巾着袋を無くしたということを知っていて、その特徴までわかっているのだからこれを見つけた朝霞が直接須賀さんにこれを返せばいい。だけどそれが出来ない、またはしない方がいい理由があるということ。

「俺にはこの巾着がどこから来たものかがわからないし、班員もみんな心当たりはないそうだ」
「須賀さんが朝霞班のブースに立ち入るとも考えられないものね」
「事故の可能性も完全には排除出来ないが、罠である可能性の方が高い。俺たちはそう踏んだ」
「罠、ね」

 朝霞は眉間に皺を寄せて、そんなことに余計な頭を使いたくないんだけどなと溜め息を吐いた。出来ればあまり人を疑いたくはない。けれど、疑わなければ彼らには何が待っているかわからない。
 事故の可能性もあるけれど、もしも誰かが人為的に起こした事案だとすれば。朝霞がこの袋を持っているところに声を上げれば即窃盗犯のレッテルが貼られることでしょう。尤も、その声を上げた者が事情を知っている可能性が高いのだけど。

「ただ、腑に落ちないんだ」
「何がかしら」
「今週は、俺と山口は朝の9時前からブースに来て夜も9時頃まで準備とか練習してるだろ」
「テスト期間の利を生かしてるのよね」
「ああ。練習してる時には無かった物が、急に次の日の朝ポンと現れるかって。ミーティングルームから最後に出るのは俺だってことはお前もよく知ってるだろ」
「そうね。どこかの誰かさんのおかげで戸締まりが遅くなって大変だわ」
「ミーティングルームの合鍵があるとすればどうだ」

 あらゆる可能性を排除出来ない以上、それもひとつの可能性として考えておかなければならない。もしも朝霞の言うようにこれが罠だとすれば、相手は朝霞を陥れるためなら何だってする。部屋の合鍵を作るくらい朝飯前。

「……あまり長話をすると不審がられるな。そういうことだから、須賀には俺のことは伝えないでくれ。俺と関わってアイツに何かあってもいけないし」
「あら、私には何かあってもいいのかしら」
「監査、寝言は寝て言え」

 それだけ言って朝霞は私に背中を向けた。確かに性質の悪い寝言だったとは思うわ。私の立場なら、何かあると言うより何かを起こす側。私ならそんな下らないことに労力は使わないのだけど。
 ミーティングルームに戻って須賀班のブースを覗くと、須賀さんがいつものように大きな目で「宇部P、どうしたんだ」と出迎えてくれる。

「須賀さん、これに心当たりはあるかしら」
「あっ! ボクの袋なんだ! どうしたんだ!?」
「一応中身を確認してもらえるかしら」
「お薬手帳と、診察券と、お薬がひいふうみい……全部あるんだ!」
「中身、薬だったの? 体に支障はなかった?」
「このお薬は頓服だし、お薬は家にもあるから大丈夫なんだ。ありがとうなんだ」

 須賀さんは、今は普通に生活しているそうだけど薬を携帯していなければならない体だということは私も聞いている。あまり大っぴらにはしたくないそうだけど、もし何かあったときは頼むんだ、と。

「どこから出てきたんだ?」
「匿名で、これを見つけたから持ち主を探して欲しいと申し出があったのよ」
「その人にもお礼を伝えて欲しいんだ。名前を言いたくないのは事情があるんだ。でも、きっと優しい人なんだ」
「ええ、必ず伝えるわ」
「宇部P、忙しいのにありがとうなんだ」

 名前を言えない事情。罠どうこうは措いといて、自分と関わって須賀さんに何かあってはいけないという動機であるなら優しい人だと解釈してもいいのかも知れない。
 まだまだ謎は残っているけれど、ひとつ潰せたと思っていいのかしら。どうやら私の知らないところでいろいろなことが動いているようね。誰だろうと、私の目の黒いうちは好き勝手にさせないわよ。


end.


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いつか大鎌を振るう死神の宇部Pをやりたいと思っているのだけど、なかなか機会に恵まれない。
足が生えた?星羅の巾着袋が何故か朝霞班のブースから出てきたようです。巾着の散歩にしてはちょっと物騒な予感。
って言うか洋朝は直前とは言え1日12時間以上もステージに費やしてんのかい こ、こっしーさんの教えが生きてるね()

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