2019(03)

■よくいるインドアの子の受難

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「あ、鵠沼くん。ごめん、4限終わるのちょっと押しちゃって。待った?」
「いや、そんなに。それじゃ、行くか」

 8号館の入り口前で待ち合わせていたのは、白いジャージを着た鵠沼くん。体もしっかりしてるしジャージだから見た目は体育学部っぽいんだけど、れっきとした社会学部の学生だ。俺とは同じ授業を取っているというだけの繋がりなんだけど、今日はこれから重要な戦いに出向くことになっていて。
 緑ヶ丘大学の社会学部では。2年生からゼミに所属することになっている。そのゼミの説明会が秋学期が始まった頃から開かれていて、学祭が終わる頃にはどこのゼミに入るかの申し込みをしなければならない。中には全体での説明会の他に個別説明会や面談を設けている先生もいる。俺の希望する佐藤ゼミもそのタイプだ。
 鵠沼くんは現社科の学生だけどゼミはメディ文の佐藤ゼミを希望しているそうだ。なんか、ゼミは学科とかあんまり関係ないみたい。でも現社科だし1人では不安だということで今日これからの個別面談には俺と一緒に行くことになった。正直、俺も1人じゃ怖かったし一緒に行く人がいてちょっとホッとしてる。

「この階段を下っていくんだよな」
「うん、多分そう」

 スタジオに繋がる地下への階段を下りると、第1スタジオという表札と鉄の扉が目の前に飛び込んでくる。ゼミ面談の学生はお入り下さいと書かれているので、扉を開ける。すると眼下には円卓と壁一面の鏡、それからパソコンやカメラなどの機材が並ぶ光景が広がる。そして中にはまた階段があるのでそれを下る。

「あれっ、タカちゃんじゃん。どうしたの?」
「あ、果林先輩お疲れさまです。ゼミの面談に来ました」
「もうそんな時期なんだ。ヒゲだったら奥の防音スタジオにいるから話付けとくよ」

 そう言って果林先輩は防音スタジオに入っていって、一瞬で出て来た。

「入っていいって」
「ありがとうございます。それじゃあ鵠沼くん、行ってみようか」
「そうだな。あ、あざっす」
「頑張ってー」

 失礼しますと防音スタジオの中に入ると、学祭の準備なんかでガヤガヤしていた外の音は全く聞こえない。そして、大きなデジタルミキサー(何チャンネルあるのかとても気になるし触りたい)の向こうにヘッドホンをしているのがこのスタジオのヌシ、佐藤久教授。

「個別面談だって?」
「はい、よろしくお願いします」
「そしたら君たち、これが専用エントリーシートね。希望届提出の時に出してね」
「はい」

 佐藤ゼミには専用のエントリーシートがある。これをゼミ希望届と一緒に提出しなければならないらしい。そしてこの黄色い紙には通し番号が振ってある。俺は6番だし、鵠沼くんは7番と右上の方に書かれている。

「ところで君たち、見た感じ典型的体育会系と典型的文化系って感じで正反対だけど、どういう友達なの」
「同じ授業を取ってるだけの知り合いです」
「何なら知り合ったのはちょっと前っすね」

 その知り合い方というのが、授業中に寝ていた俺をプリントが回って来ないという理由で鵠沼くんが起こしてくれたという、ね。

「ああそう。よく一緒に来たね。白い君、名前と、ガタイいいけど君は何か趣味とかサークルとかやってるの」
「鵠沼康平です。サークルはバスケやってます。趣味は、こっちに来てからはご無沙汰ですけど、地元にいたときはサーフィンやってました」
「おおー、いいじゃない。うんうん、いいねえ。佐藤ゼミにはいなかった感じのスポーツマンで。地元は?」
「光洋の越南です」
「いいじゃない、風情があって。私は好きだよ~あの町。それで、スポーツと言えばさあ、最近はラグビーなんかが……」

 なんか、本人は不安がってたけど鵠沼くんは好印象みたいだ。果林先輩によれば佐藤先生は新しいものとか珍しいものが好きみたいな感じらしいけど、佐藤ゼミにはあまりいない感じの体育会系、スポーツマンなところが受けたのだろうか。いいなあ。

「それで、黒い君は? 趣味とか、サークルとか」
「あ、えっと、高木隆志です。趣味……は、えーと……」
「まさかの無趣味?」

 あ、まずい。先生に興味を持たれないと選考で落ちやすいんだっけ。えーと、えーと、どうしよう。

「あ、えっと、かじってる程度ですけどギターと、パソコンでのゲームを少々」
「ふーん、よくいるインドアな子ね。サブカルの趣味は? アニメマンガ、ドールにコスプレ」
「特にないです」
「じゃあ何しにウチのゼミに来たの」

 実際そうだけど改めて言われるとしんどいなあ。確かによくいるインドアな子だけどさあ。

「で、サークルとかは?」
「サークルは放送サークルのMBCCです」
「MBCC!? パートは? ミキサー? ミキサーだよね君くらい内気で大人しい子だったら」
「あ、はい、ミキサーです」
「はー、やっと来てくれたよ~!」

 なんか、それまでは全然興味ないみたいな感じだったのに、MBCCって言った瞬間の食いつきがスゴい。確かにMBCCのミキサーは選考でもいろいろ免除されるとか特例があるとかっていう風には聞いてたけど、なんか、そこまでの反応なのってちょっとビックリしてる。手のひらの返り方が尋常じゃない。

「ほら、今の2年生はアナウンサーの千葉君しかいないでしょMBCCの子が。その前の代は来なかったし。MBCCに高崎君ているでしょ、FMむかいじまのコンテストで賞もらった」
「そうですね」
「高崎君は男前でいい声だし華も箔もあるでしょ? ウチのラジオブースでもメイン張れるし彼ならアナウンサーでも大歓迎なんだけどね~。かれこれ3年ぶりくらいになるのかな、MBCCのミキサーの子って。で、サブカルの趣味も何もないってことは、君はここにラジオをやりに来たのかな?」
「そうですね。それから、パソコンを使っての音声や映像の編集にも興味があったので」
「ふーん、実技ね。とりあえず君の学業の成績を調べてからにはなるけど、これは来年が楽しみだねえ。どんな機材買おうかな~、夢が広がるね!」

 結局、面談に1時間半。先生の長話から解放された頃には俺も鵠沼くんもすっかり疲れ切っていた。防音スタジオから出ると果林先輩が苦笑い。捕まってたんだろうとは思ったけど、と。

「それでタカちゃん、感触は?」
「悪くはなさそうでしたけど、如何せん成績が」
「あ、あー……ですよねー」


end.


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佐藤ゼミの面談に行った話って多分やってなかった。面談に行くとか行った後の話はあったかもだけど。
鵠さんが好感触だったみたいなことはちょこちょこ言われてたんだけど実際どういう様子だったんだろうとかね。で、よくいるインドアな子ね
そういや高崎ってヒゲさんから異様に気に入られてたんでしたね。ラジオやるやらないでよく誘われてたんだっけ

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