2019(03)
■Emotional sandwich
++++
世間ではおめでたい日だろうが何だろうが、向島大学は割と通常運転だ。授業こそ祝日ということで休講だけど、大学祭の準備に出てくる奴は出て来ている。かく言う俺もそんな中の一人だ。最近では装飾の神とまで呼ばれる菜月先輩の助手を務めさせていただくことも増え、作業にも積極的に顔を出すようになった。
今は菜月先輩が段ボールにレタリングして下さった文字を、その形通りにカットしていくという作業をしている。これを下地の板に貼り付けると立体的な文字の浮き上がる看板になるのだ。如何せん看板はDJブースと食品ブースの2枚分作らなければならないということで、その作業量は想像に絶する。
「菜月先輩、すべて切り終えました」
「そうか。圭斗が帰ってきたらその文字に色を塗って、乾いたらこっちに貼ろう」
「そうですね」
「こっちもキリ良しだし、ちょっといい時間だから休憩するか」
「もうそんな時間でしたか」
「昼だぞ」
腕時計で時間を確認すれば、確かにもうすぐ正午になろうとしている。作業が実質圭斗先輩待ちみたいになっているので、休憩するにもちょうど良かったのだろう。隅に寄せた机に陣取り、慎ましやかな休憩が始まる。
「ところで、本日は購買や食堂は営業していましたっけ」
「いや、やってなかったと思うぞ」
「ナ、ナンダッテー!?」
「もしや、それを当てにして食べ物を何も持って来てないパターンのヤツだな」
「まさにその通りです…! そうですか、休みでしたか!」
「最悪、下にカップヌードルの自販があるじゃないか」
「そ、そうですね……それに賭けましょう……」
ウチのサークル棟の1階ロビーには、ドリンクの自販の他にカップヌードルの自販が備え付けられている。ちゃんとお湯も出るし、箸もある。もしもの時にとても役に立つ代物で、俺も何度かお世話になっている。今日もお世話になるのかと、自販機価格で少々割高なそれに縋るのだ。
「お帰りノサカ、どうだった?」
「菜月先輩……事件です……」
「まさか売り切れか」
「はい……」
「まあ、この時期はみんなここで作業するからな、仕方ないと言えば仕方ない」
「このままでは飢え死にの未来しか見えません」
「徒歩25分のコンビニまで歩くか、圭斗に買い出しを頼むしかないな」
「菜月先輩はどうされるんですか?」
「うちは作って持って来てる」
菜月先輩が取り出したのは、よく見るサンドイッチだ。菜月先輩は昼放送のオンエアの時に昼食を食堂事務所に持参されることがあるんだけども、ただ食パンにスライスチーズとハムを挟んだだけのサンドイッチが、やたら美味しそうに見えるんだよなあ。そしてこのサンドイッチを見ると、火曜日だなあという感じになる。
「今日のサンドイッチはいつもより厚みがありますね」
「挟む物をハムからサラダチキンにしてみた。大きすぎず小さすぎず、ちょうどいい大きさのがあったんだよ」
「普段の物より腹持ちが良さそうですね」
「2つあるから1つ食べるか?」
「そんな! 菜月先輩のお昼ご飯をいただくわけにはいきません!」
「と言うか、ひもじいだの何だのとウルサいから食べろ」
「申し訳ございません…!」
「圭斗に買い出し頼んどくか。小さめのパンかおにぎりと、プリンでも買ってきてもらおう」
そう言って菜月先輩は圭斗先輩に電話された。するとちょうど大学近くにいらしたようで、下のコンビニで買い物をして来て下さるそうだ。下のコンビニにいらっしゃるということは、圭斗先輩の到着も間近。腹拵えをすれば次の作業に取りかかることが出来る。
俺はと言えば、菜月先輩からいただいたサンドイッチと云う名の幸せを噛みしめていた。ただただ普通のサンドイッチで軽くトーストしたパンにスライスチーズとサラダチキンを挟んだだけなんだけど、何ひとつとして余計な手を加えない、素材そのものの味を生かす調理法だ。直訳すれば、美味い。
「菜月先輩、美味しいです」
「そうか」
「厚みがあるので噛む回数も少し増えますし、いつものハムより腹持ちが良さそうですね」
「このサラダチキンがさ、4個パックで300円くらいだったんだよ。コストパフォーマンスのことも考えたら、ハムよりこっちの方がお得なんじゃないかとも思うんだ。ハムサンドだと2つくらい食べたいけど、これなら1個で何とかなるしな。まあ、お前には足りないだろうけど」
「確かに1食としては足りませんが、おやつとしてはいい感じです」
「そうか、おやつか」
ちょうどサンドイッチを食べ終えた頃、圭斗先輩が帰って来られた。まさに登場のタイミングが神!
「やあやあ君たち、僕が帰ってきたよ」
「いよっ、ご飯と絵の具が帰って来たぞ!」
「菜月先輩、圭斗先輩までかの財布の人のように呼ぶのはいかがなものかと…!」
「そうだよ。菜月さん、僕をご飯と絵の具呼ばわりするならこのもち麦わかめおにぎりと焼きプリンは要らないということでいいんだね」
「冗談じゃないか圭斗君」
「そして野坂君、お前はガッツリ食うと思って大盛りのカツ丼を買って来てやりました。ちゃんとレンチンもしてもらってあるから心して食べるように」
「ナ、ナンダッテー!? ありがとうございます! さすが圭斗先輩です!」
「圭斗、お前は何を食べるんだ?」
「僕はパスタサラダを買って来たよ」
「さすが圭斗先輩、選ぶ物がいちいちおしゃれでいらっしゃいます…!」
俺はパスタサラダなんて物、まず量が足りないしコンビニでご飯を選ぶときの選択肢にそもそもないんだよなあ。それこそ大盛りの丼くらいじゃないと。
「そして差し入れの甘味がこちら。朝霞君推薦の」
「レッドブルか?」
「ではなく、作業をするときにおすすめのカフェイン入りチョコだね」
「GABAとかじゃなくてか」
「カフェインと糖分を同時にキメるとヤバいみたいな話は聞いたことがあるだろう? レッドブルシュークリームが代表的なそれだけど。あんなようなことだね。これをかじりながら午後からも頑張りましょう。ハリボーもあるよ」
「それはありがたいしかじらせてもらうけど、作業をしないお前がかじる意味はないんじゃないかとは疑問を投げておく」
「ドライバーの大敵は眠気ということでいいかな?」
「俗に言うアッシーかこれが!」
「一昔どころか何昔も前の俗語だね。すでに死に絶えていると思うけれども」
何にせよ、せっかくの丼なので冷めてしまう前にいただきます。先に菜月先輩のサンドイッチをいただいていたので大盛り丼くらいでちょうどいい感じになっている。さ、これを食べて午後も頑張ろう。神の助手として恥じない仕事をしなければ。
end.
++++
昔の話をいくつか足して2で割って今年度要素を少しふりかけたような感じの話。ひもじいノサカです。
菜月さんのお手製サンドイッチの具が少し変わりました。サラダチキン便利ですよね、おいしいし
MMPのメイン3人でわちゃわちゃしてるのいいな、かわいい。もっと増やしたい。
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世間ではおめでたい日だろうが何だろうが、向島大学は割と通常運転だ。授業こそ祝日ということで休講だけど、大学祭の準備に出てくる奴は出て来ている。かく言う俺もそんな中の一人だ。最近では装飾の神とまで呼ばれる菜月先輩の助手を務めさせていただくことも増え、作業にも積極的に顔を出すようになった。
今は菜月先輩が段ボールにレタリングして下さった文字を、その形通りにカットしていくという作業をしている。これを下地の板に貼り付けると立体的な文字の浮き上がる看板になるのだ。如何せん看板はDJブースと食品ブースの2枚分作らなければならないということで、その作業量は想像に絶する。
「菜月先輩、すべて切り終えました」
「そうか。圭斗が帰ってきたらその文字に色を塗って、乾いたらこっちに貼ろう」
「そうですね」
「こっちもキリ良しだし、ちょっといい時間だから休憩するか」
「もうそんな時間でしたか」
「昼だぞ」
腕時計で時間を確認すれば、確かにもうすぐ正午になろうとしている。作業が実質圭斗先輩待ちみたいになっているので、休憩するにもちょうど良かったのだろう。隅に寄せた机に陣取り、慎ましやかな休憩が始まる。
「ところで、本日は購買や食堂は営業していましたっけ」
「いや、やってなかったと思うぞ」
「ナ、ナンダッテー!?」
「もしや、それを当てにして食べ物を何も持って来てないパターンのヤツだな」
「まさにその通りです…! そうですか、休みでしたか!」
「最悪、下にカップヌードルの自販があるじゃないか」
「そ、そうですね……それに賭けましょう……」
ウチのサークル棟の1階ロビーには、ドリンクの自販の他にカップヌードルの自販が備え付けられている。ちゃんとお湯も出るし、箸もある。もしもの時にとても役に立つ代物で、俺も何度かお世話になっている。今日もお世話になるのかと、自販機価格で少々割高なそれに縋るのだ。
「お帰りノサカ、どうだった?」
「菜月先輩……事件です……」
「まさか売り切れか」
「はい……」
「まあ、この時期はみんなここで作業するからな、仕方ないと言えば仕方ない」
「このままでは飢え死にの未来しか見えません」
「徒歩25分のコンビニまで歩くか、圭斗に買い出しを頼むしかないな」
「菜月先輩はどうされるんですか?」
「うちは作って持って来てる」
菜月先輩が取り出したのは、よく見るサンドイッチだ。菜月先輩は昼放送のオンエアの時に昼食を食堂事務所に持参されることがあるんだけども、ただ食パンにスライスチーズとハムを挟んだだけのサンドイッチが、やたら美味しそうに見えるんだよなあ。そしてこのサンドイッチを見ると、火曜日だなあという感じになる。
「今日のサンドイッチはいつもより厚みがありますね」
「挟む物をハムからサラダチキンにしてみた。大きすぎず小さすぎず、ちょうどいい大きさのがあったんだよ」
「普段の物より腹持ちが良さそうですね」
「2つあるから1つ食べるか?」
「そんな! 菜月先輩のお昼ご飯をいただくわけにはいきません!」
「と言うか、ひもじいだの何だのとウルサいから食べろ」
「申し訳ございません…!」
「圭斗に買い出し頼んどくか。小さめのパンかおにぎりと、プリンでも買ってきてもらおう」
そう言って菜月先輩は圭斗先輩に電話された。するとちょうど大学近くにいらしたようで、下のコンビニで買い物をして来て下さるそうだ。下のコンビニにいらっしゃるということは、圭斗先輩の到着も間近。腹拵えをすれば次の作業に取りかかることが出来る。
俺はと言えば、菜月先輩からいただいたサンドイッチと云う名の幸せを噛みしめていた。ただただ普通のサンドイッチで軽くトーストしたパンにスライスチーズとサラダチキンを挟んだだけなんだけど、何ひとつとして余計な手を加えない、素材そのものの味を生かす調理法だ。直訳すれば、美味い。
「菜月先輩、美味しいです」
「そうか」
「厚みがあるので噛む回数も少し増えますし、いつものハムより腹持ちが良さそうですね」
「このサラダチキンがさ、4個パックで300円くらいだったんだよ。コストパフォーマンスのことも考えたら、ハムよりこっちの方がお得なんじゃないかとも思うんだ。ハムサンドだと2つくらい食べたいけど、これなら1個で何とかなるしな。まあ、お前には足りないだろうけど」
「確かに1食としては足りませんが、おやつとしてはいい感じです」
「そうか、おやつか」
ちょうどサンドイッチを食べ終えた頃、圭斗先輩が帰って来られた。まさに登場のタイミングが神!
「やあやあ君たち、僕が帰ってきたよ」
「いよっ、ご飯と絵の具が帰って来たぞ!」
「菜月先輩、圭斗先輩までかの財布の人のように呼ぶのはいかがなものかと…!」
「そうだよ。菜月さん、僕をご飯と絵の具呼ばわりするならこのもち麦わかめおにぎりと焼きプリンは要らないということでいいんだね」
「冗談じゃないか圭斗君」
「そして野坂君、お前はガッツリ食うと思って大盛りのカツ丼を買って来てやりました。ちゃんとレンチンもしてもらってあるから心して食べるように」
「ナ、ナンダッテー!? ありがとうございます! さすが圭斗先輩です!」
「圭斗、お前は何を食べるんだ?」
「僕はパスタサラダを買って来たよ」
「さすが圭斗先輩、選ぶ物がいちいちおしゃれでいらっしゃいます…!」
俺はパスタサラダなんて物、まず量が足りないしコンビニでご飯を選ぶときの選択肢にそもそもないんだよなあ。それこそ大盛りの丼くらいじゃないと。
「そして差し入れの甘味がこちら。朝霞君推薦の」
「レッドブルか?」
「ではなく、作業をするときにおすすめのカフェイン入りチョコだね」
「GABAとかじゃなくてか」
「カフェインと糖分を同時にキメるとヤバいみたいな話は聞いたことがあるだろう? レッドブルシュークリームが代表的なそれだけど。あんなようなことだね。これをかじりながら午後からも頑張りましょう。ハリボーもあるよ」
「それはありがたいしかじらせてもらうけど、作業をしないお前がかじる意味はないんじゃないかとは疑問を投げておく」
「ドライバーの大敵は眠気ということでいいかな?」
「俗に言うアッシーかこれが!」
「一昔どころか何昔も前の俗語だね。すでに死に絶えていると思うけれども」
何にせよ、せっかくの丼なので冷めてしまう前にいただきます。先に菜月先輩のサンドイッチをいただいていたので大盛り丼くらいでちょうどいい感じになっている。さ、これを食べて午後も頑張ろう。神の助手として恥じない仕事をしなければ。
end.
++++
昔の話をいくつか足して2で割って今年度要素を少しふりかけたような感じの話。ひもじいノサカです。
菜月さんのお手製サンドイッチの具が少し変わりました。サラダチキン便利ですよね、おいしいし
MMPのメイン3人でわちゃわちゃしてるのいいな、かわいい。もっと増やしたい。
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