2019(03)

■振り子を揺らす裏事情

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「カン、大変だ」
「んぁ? どーしたスガ」
「ステージの枠が増えた」
「増えた!? こないだ削られたばっかじゃんか! どーなってんだよ」
「増えたって言うか、引き受けたって言うか。とにかく、削られる前の枠より10分増えたってことになるかな。その10分をどうするか考えなきゃいけない」
「おっけ~、編曲させていただきま~す」

 緊急召集されて開催された班長会議の結果、大学祭ステージの枠が20分ほど上乗せされることになった。これには話すとかなり長い事情がある。
 元々菅野班に与えられた枠は1時間枠が2日分の、計2時間だった。だけど、文化会の抜き打ち訪問での対応が不味かったのか、日高が文化会監査の萩さんに目を付けられて個別に呼び出しを食らったらしい。それを無視し続けた結果、放送部全体へのペナルティーとしてステージの枠を削られた、と。そこで各班の持ち時間も削られた。
 俺たちは削られた枠をどう調整するかにしばらく奔走していたわけだけど、ここで部の監査の宇部が、日高班のステージの枠をまるっと剥奪したと班長会議で発表した。剥奪した日高班の枠の分だけ他の班で埋め合わせてくれないかということで、ウチの班は20分を2日分、計40分をもらった。
 他に枠を多く引き受けたのがステージのエリート・宇部班と、化け物集団の朝霞班だ。で、ウチはライブメインだから割とそういう融通は利く方だ。だから宇部からも菅野班で何とか出来ないかと頼まれていたんだ。だけど、鎌ヶ谷班は無理だと返事をしていたし、須賀班と魚里班は班に話を持ち帰ってPと打ち合わせているところだろう。

「カン、話が行ったり来たりして悪いな」
「それはスガの所為じゃねーだろ別に。俺としては1曲でも多くやれるっつーことは、チャンスだからな。何でそんなことになってんだって思わないこともないけど、今は曲を書くのが優先だ」
「本当にありがとう。班長としてお前に甘え過ぎてるな」
「いーや、それだけ俺を信頼してくれてるっつーコトだろ? 見てろよスガ、すっげーの書いてやるぜ!」
「頼りにしてます」

 本当に本当にいつも思うんだけど、菅野班は本当にカンで保っている。作曲家としてもそうだし、タイムキープという意味での編曲能力やステージ上での曲の扱い方もバッチリなんだ。俺がやっているのは班長会議に出るくらいだと言っても過言じゃないかもしれない。

「おざーっす!」
「ああ、ヤス。そうだ、ステージの枠が変わった。減る前の枠より10分増えたから」
「マジすか! あっ、そんでカンさんが今書いてるっつーコトすね」
「そういうこと。急で悪いけど、頼みます」
「あっ泰稚さん、今回のステージって映像撮ります?」
「撮るけどどうした?」
「今回のステージの映像、学祭終わったら野坂君に見せることになってるんすよ! だから俺のカッコいいトコめっちゃ撮って欲しいんすよね! カンさんカンさん、俺とベースがめっちゃカッコよくなる曲にしてくださいね!」
「はー、ガチ恋勢はこれだからめんどくせー。お前あんま騒いだらベースめっちゃ地味にしてやるからな」
「それはご勘弁を~!」

 カンにせよヤスにせよ、嫌な顔ひとつせずに枠の変更を受け入れてくれたのは本当にありがたいし助かる。それどころかそれぞれの理由で前向きだもんな。この調子で他の班員にも丁寧に説明をして理解いただきたいところ。

「まあまあ、動機はどうあれやる気があるのはいいことだろ」
「不純過ぎんだよ」
「特大ブーメランのクセしてよく言う。自分こそ浦和にいいトコ見せたいんじゃないのか」
「はー!? スガー! お前がそれ言うかー!? 星羅にいいトコ見せたいお前が言うなよクソがー!」
「俺は別にそういうんじゃないし」
「カンさん、勝利者の余裕っすよこれが」
「はー、なるほどー、勝利者の余裕かー。捨てられた俺に対する当てつけかー!」

 カンとヤスがやいやいと俺をなじるけど、本当にそういうんじゃない。確かに、星羅から誉められたり「かっこいいんだ!」と言われると嬉しいけど、それはそれ、これはこれとして分別は付けておきたい。両想いなのに浦和からフられたカンには気の毒だとは思うけど。しかも彼女、音楽に対して真面目なカンが好きみたいだし。
 一方ヤスの憧れの件だ。カンは「ガチ恋勢」と言うけれど、実際はどうやら。でも、憧れの人にいいところを見せたいという気持ちはよくわかるから、動機がナントカと責めることも出来ない。今は、増えた枠をどうにかするのが優先で、それをこなしてくれるモチベーションになるのであれば、色恋だろうが何だろうが歓迎だ。

「で、結局カンさんって浦和とヨリ戻すんすか?」
「シラネ。そーゆーお前こそ、ノサカ君に告れよさっさと」
「カンさん、急に男から告られたらどう思います? つかそうとは決まってないっすし! 今はまだ友情を築く段階なんすから邪念を抱かせないでくださいよ」

 そんなことでわあわあと騒げる菅野班は本当に平和だ。この枠の増減劇には日高班が絡んでいる。監査席の戸棚から台本を盗もうとしたディレクターを宇部が捕まえたとか、その他不審な行動が目立つという理由で枠が剥奪されている。日高班への警戒は、夏に出した報告書の影響も大いにある。
 あれから俺は宇部の実質的な右腕として水面下での調査や観察を続けてきた。今回日高班の枠を剥奪したことに関しても、それまでの所行を思えば当然だ。だけど、枠を剥奪されたらされたで次に連中のやることは決まっている。だから俺は朝霞に忠告した。「日高班の枠がなくなったことで、何かあるとすればお前だ」と。
 日高は朝霞に私怨を抱き、異様なほど執着している。朝霞班のステージの妨害に金も、時間も費やしてくる可能性が高い。ステージの妨害だけならまだいい。連中は朝霞の命を奪うことにすら躊躇いがない。俺も密かに見てはいるけど、立場上あまり表だった行動は出来ない。だから自分たちで気をつけてもらう他にないのだ。

「カン、俺とヤス練習行ってくる」
「オッケー、了解」
「ヤス、行くぞ」
「はーい」

 さて、ブースの外の見回りだ。


end.


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やっぱり、箱に3人揃ってからがナノスパの始まりですね。久々の星ヶ丘は菅野班です。つかコイツらうるせえなw
カンDとコバヤスがきゃいきゃいやっている裏で、と言うかずっと水面下で宇部Pの右腕として働いていたスガP、実質的な部のナンバーツーですかね。
朝霞班もこの裏ではガツガツやってますね。朝霞班の動きはこれまでの年度でちょこちょこやってるのでそれを参照。

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