2019(03)
■研修生制度創設を巡る攻防
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「おはようござ」
います、とセンターの事務所に入ろうとすると、本来ここで顔を合わせるはずのない女がオレの席に座っていた。女はオレの顔を見るなり勢いよく立ち上がり、オレの声を遮るように声を張る。
「おはようございます雄介さん!」
「何故お前がいる、綾瀬」
「はい! 私は情報センタースタッフの研修生としてお世話になることにしました! よろしくお願いします!」
「研修生だと」
オレの席に座っていたのは演劇部の綾瀬香菜子だ。情報センターのスタッフではない。何やらスタッフの研修生なる肩書きを自称しているが、当然そのような肩書きは存在しないし、何をほざいているのかと。しかし、綾瀬一人でそのようなことになるとは思えん。黒幕がいるな。
ちなみに、この綾瀬は青山さんの紹介でブルースプリングのセッションに顔を出すようになっていた。演劇部の演者とか、歌い手、踊り手としては言うだけの技量があると思うのだが、如何せん青山さん関係の人間だけに並大抵の性癖ではなかったのだ。
どうやらこの綾瀬には、露出癖があるようなのだ。セッションで歌い踊る時など、身に纏うのは際どい布面積をしたドレスがデフォルトだ。一応は女である春山さんには下着も見せているようだが、あのおっさんが鼻の下を伸ばして喜んでいたところを見るとそちらも相当際どいのだろう。
そして露出性癖よりも厄介なのが、厳しい言葉を投げかけられると興奮するという性質だった。何でも、高校時代に付き合っていたという男が原因でそういう癖になったそうなのだが、オレは忖度だの接待だのが出来ん。思うことを無遠慮に投げつけていたらいつの間にか懐かれてしまっていたのだ。
「大方春山さんだろうが、誰の許可を得てここにいる。ちなみに、お前が座っているのはオレの席だ。即刻退けろ」
「すみませんっ! ここに座ってていいと言われたんですけど、雄介さんの席だったんですね!」
「クソッ、他人の熱が生温い上に、座り心地が変わって不愉快だ」
「それは私のお尻がよろしくなかったということで…?」
「何を言っている」
「そりゃァーカナコお前、リンのプリケツはそんじゃそこらのケツとはワケが違うからなァー!」
いつしか耳に馴染んでしまった下衆い声のする方を見れば、恐らく今回の件の黒幕であろう人がニヤニヤしてこっちに向かって来るではないか。
「あっ、春山さんおはようございます!」
「いよーうリン、来るなり苦虫噛み潰したよーな顔しやがって、安定だなぁー。ぃよっこらせっくす」
「アンタが原因でしょう。何故綾瀬をここに座らせた挙げ句、スタッフ研修生などとふざけたことを罷り通したんです」
「ん? 何のことだ? 今日はカナコとは初めて会うぞ。スタッフ研修生? そーかそーか、カナコ、情報センターのスタッフになりたいのか!」
「はいっ! ぜひ春山さんと雄介さんに鍛えていただきたく思って!」
「アンタじゃなかったんですか」
「私じゃねーぞ。ま、私でも許可はするから問題ない。カナコ、リンはうるせーから冴の席にでも座っといてくれ」
「はい」
春山さんでなかったとするなら誰だ? 正直、残りのスタッフにそんなことを許可する、または出来るような奴はいなかったと思うのだが。まさか那須田さんでもあるまい。どちらにしても、性癖の他に綾瀬の存在を認めるワケにはいかん理由はセッションの時にひとつわかっているのだ。
綾瀬に自分のスタッフジャンパーを羽織らせ受付席に座らせながら、春山さんは「やっぱ受付はかわいこちゃんじゃねーとなぁー」などとニタニタした笑みを浮かべている。人相が極道レベルで悪い春山さんよりは、演劇部の看板女優の方が見栄えは確かにいいだろうが、それもどうなのか。
「あっ、カナコちゃん」
「烏丸さん、もう自習室はいいんですか?」
「うん。そろそろユースケと交代の時間なんだ」
「ん? 烏丸、お前綾瀬と面識があるのか」
「俺が休憩しようとしたときに事務所に来たんだよ。センターのスタッフになりたいみたいだったし、春山さんとユースケの知り合いだって言うから待っててもらったんだ。スタッフになるのって、春山さんとユースケが決めるんでしょ? だから2人が来てからじゃないとわかんないからって。でも俺は賑やかな方が楽しいし、カナコちゃんがユースケに害を為す存在じゃなきゃスタッフになってもらっていいと思うよ」
「ダイチ、お前だったか」
「すみません勝手に」
「いーや、ナイスだ」
「これが綾瀬でないスタッフ希望者だったら完璧な応対だったのだがな」
どうやら綾瀬が事務所にいたのは烏丸の判断だったらしい。スタッフになりたいと言ってやってきたものの、オレも春山さんもいなかったからどうしていいかわからずとりあえずどっちかが来るまで待っていろと指示をしたそうだ。何度でも言うが、これが綾瀬でなければ完璧な応対だった。
「これからカナコちゃんは研修生っていう扱いになるんですか?」
「オレは断じて認めんぞ」
「私は認めるぞ」
「そもそも、綾瀬は致命的な機械音痴であるとブルースプリングの合わせで露呈したではありませんか。青山さんのMP3プレイヤーを壊し、各々の楽器を触らせた時も機械は扱えないと言ってオレのキーボードには触りませんでしたよね。そうなると、情報センターのスタッフとしても致命的なはずでは」
「でも、コスプレの関係でカメラとフォトショは使えるじゃねーか」
「このセンターにフォトショップが入ったマシンなどないじゃないですか」
「いや、それはつまり、必要に駆られれば壊さずに触れるっつーことだ。せっかくスタッフになりたいっつってんだ、私が修行させる。それをどうこうすんのがバイトリーダーの責任だ」
「はーっ……オレは知らんぞ」
そんなことでバイトリーダーの責任をそれらしく語ってもらいたくはなかったが、どうやら春山さんの責任の元で綾瀬に研修をする流れになりそうだ。烏丸もよかったねと綾瀬を祝っているし、今日は来ていないが川北も新たなスタッフ希望者の登場には喜ぶだろう。さて、どうしたものか。まさか自習室には入れないだろうな。
「ま、そーゆーコトだからカナコ、お前は今日から研修生っつーコトで。リンはうだうだうるせーと思うけど無視でいい」
「ありがとうございます! つまり、最終的にはラスボスの雄介さんを倒すのが目標ってことですよね!」
「ガチでスタッフになりたいなら、そーゆーコトになるな」
「いつか絶対雄介さんにも認めてもらいますからね!」
「オレは断じて認めんし、いくら春山さんの後ろ盾があるからと言って妙なことをしたら即摘み出す。そのつもりでいろ」
end.
++++
情報センターはカナコが乱入してからが本番みたいなところがありますね。カナコが研修生を名乗り乱入しました。
リン様は相変わらずリン様だけど、他人に自分のイスに座られたくなかった模様。でも不愉快だと言われてカナコ的にはちょっとゾクゾクしたらしい。
リン様に害を為す存在でなければいてもらっていいんじゃないか、というダイチの発言もまあ安定なんだよなあ。今年はまだフルスロットルしてないわね
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「おはようござ」
います、とセンターの事務所に入ろうとすると、本来ここで顔を合わせるはずのない女がオレの席に座っていた。女はオレの顔を見るなり勢いよく立ち上がり、オレの声を遮るように声を張る。
「おはようございます雄介さん!」
「何故お前がいる、綾瀬」
「はい! 私は情報センタースタッフの研修生としてお世話になることにしました! よろしくお願いします!」
「研修生だと」
オレの席に座っていたのは演劇部の綾瀬香菜子だ。情報センターのスタッフではない。何やらスタッフの研修生なる肩書きを自称しているが、当然そのような肩書きは存在しないし、何をほざいているのかと。しかし、綾瀬一人でそのようなことになるとは思えん。黒幕がいるな。
ちなみに、この綾瀬は青山さんの紹介でブルースプリングのセッションに顔を出すようになっていた。演劇部の演者とか、歌い手、踊り手としては言うだけの技量があると思うのだが、如何せん青山さん関係の人間だけに並大抵の性癖ではなかったのだ。
どうやらこの綾瀬には、露出癖があるようなのだ。セッションで歌い踊る時など、身に纏うのは際どい布面積をしたドレスがデフォルトだ。一応は女である春山さんには下着も見せているようだが、あのおっさんが鼻の下を伸ばして喜んでいたところを見るとそちらも相当際どいのだろう。
そして露出性癖よりも厄介なのが、厳しい言葉を投げかけられると興奮するという性質だった。何でも、高校時代に付き合っていたという男が原因でそういう癖になったそうなのだが、オレは忖度だの接待だのが出来ん。思うことを無遠慮に投げつけていたらいつの間にか懐かれてしまっていたのだ。
「大方春山さんだろうが、誰の許可を得てここにいる。ちなみに、お前が座っているのはオレの席だ。即刻退けろ」
「すみませんっ! ここに座ってていいと言われたんですけど、雄介さんの席だったんですね!」
「クソッ、他人の熱が生温い上に、座り心地が変わって不愉快だ」
「それは私のお尻がよろしくなかったということで…?」
「何を言っている」
「そりゃァーカナコお前、リンのプリケツはそんじゃそこらのケツとはワケが違うからなァー!」
いつしか耳に馴染んでしまった下衆い声のする方を見れば、恐らく今回の件の黒幕であろう人がニヤニヤしてこっちに向かって来るではないか。
「あっ、春山さんおはようございます!」
「いよーうリン、来るなり苦虫噛み潰したよーな顔しやがって、安定だなぁー。ぃよっこらせっくす」
「アンタが原因でしょう。何故綾瀬をここに座らせた挙げ句、スタッフ研修生などとふざけたことを罷り通したんです」
「ん? 何のことだ? 今日はカナコとは初めて会うぞ。スタッフ研修生? そーかそーか、カナコ、情報センターのスタッフになりたいのか!」
「はいっ! ぜひ春山さんと雄介さんに鍛えていただきたく思って!」
「アンタじゃなかったんですか」
「私じゃねーぞ。ま、私でも許可はするから問題ない。カナコ、リンはうるせーから冴の席にでも座っといてくれ」
「はい」
春山さんでなかったとするなら誰だ? 正直、残りのスタッフにそんなことを許可する、または出来るような奴はいなかったと思うのだが。まさか那須田さんでもあるまい。どちらにしても、性癖の他に綾瀬の存在を認めるワケにはいかん理由はセッションの時にひとつわかっているのだ。
綾瀬に自分のスタッフジャンパーを羽織らせ受付席に座らせながら、春山さんは「やっぱ受付はかわいこちゃんじゃねーとなぁー」などとニタニタした笑みを浮かべている。人相が極道レベルで悪い春山さんよりは、演劇部の看板女優の方が見栄えは確かにいいだろうが、それもどうなのか。
「あっ、カナコちゃん」
「烏丸さん、もう自習室はいいんですか?」
「うん。そろそろユースケと交代の時間なんだ」
「ん? 烏丸、お前綾瀬と面識があるのか」
「俺が休憩しようとしたときに事務所に来たんだよ。センターのスタッフになりたいみたいだったし、春山さんとユースケの知り合いだって言うから待っててもらったんだ。スタッフになるのって、春山さんとユースケが決めるんでしょ? だから2人が来てからじゃないとわかんないからって。でも俺は賑やかな方が楽しいし、カナコちゃんがユースケに害を為す存在じゃなきゃスタッフになってもらっていいと思うよ」
「ダイチ、お前だったか」
「すみません勝手に」
「いーや、ナイスだ」
「これが綾瀬でないスタッフ希望者だったら完璧な応対だったのだがな」
どうやら綾瀬が事務所にいたのは烏丸の判断だったらしい。スタッフになりたいと言ってやってきたものの、オレも春山さんもいなかったからどうしていいかわからずとりあえずどっちかが来るまで待っていろと指示をしたそうだ。何度でも言うが、これが綾瀬でなければ完璧な応対だった。
「これからカナコちゃんは研修生っていう扱いになるんですか?」
「オレは断じて認めんぞ」
「私は認めるぞ」
「そもそも、綾瀬は致命的な機械音痴であるとブルースプリングの合わせで露呈したではありませんか。青山さんのMP3プレイヤーを壊し、各々の楽器を触らせた時も機械は扱えないと言ってオレのキーボードには触りませんでしたよね。そうなると、情報センターのスタッフとしても致命的なはずでは」
「でも、コスプレの関係でカメラとフォトショは使えるじゃねーか」
「このセンターにフォトショップが入ったマシンなどないじゃないですか」
「いや、それはつまり、必要に駆られれば壊さずに触れるっつーことだ。せっかくスタッフになりたいっつってんだ、私が修行させる。それをどうこうすんのがバイトリーダーの責任だ」
「はーっ……オレは知らんぞ」
そんなことでバイトリーダーの責任をそれらしく語ってもらいたくはなかったが、どうやら春山さんの責任の元で綾瀬に研修をする流れになりそうだ。烏丸もよかったねと綾瀬を祝っているし、今日は来ていないが川北も新たなスタッフ希望者の登場には喜ぶだろう。さて、どうしたものか。まさか自習室には入れないだろうな。
「ま、そーゆーコトだからカナコ、お前は今日から研修生っつーコトで。リンはうだうだうるせーと思うけど無視でいい」
「ありがとうございます! つまり、最終的にはラスボスの雄介さんを倒すのが目標ってことですよね!」
「ガチでスタッフになりたいなら、そーゆーコトになるな」
「いつか絶対雄介さんにも認めてもらいますからね!」
「オレは断じて認めんし、いくら春山さんの後ろ盾があるからと言って妙なことをしたら即摘み出す。そのつもりでいろ」
end.
++++
情報センターはカナコが乱入してからが本番みたいなところがありますね。カナコが研修生を名乗り乱入しました。
リン様は相変わらずリン様だけど、他人に自分のイスに座られたくなかった模様。でも不愉快だと言われてカナコ的にはちょっとゾクゾクしたらしい。
リン様に害を為す存在でなければいてもらっていいんじゃないか、というダイチの発言もまあ安定なんだよなあ。今年はまだフルスロットルしてないわね
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