2019(03)
■深淵襲来の防衛線
++++
「せ~り~ちゃんっ。あれー? いないなあ。リン君、芹ちゃんいる?」
「センターの利用でしたら学生証を。そうでなければお帰り下さい」
机の下でバツ印が作られている。それに従い、オレはその人にテンプレートの応対を。受付を屈むように覗き込んでいるこの人は、4年生の青山さんという人だ。春山さんに脅されて加入させられたブルースプリングというバンドのドラムで、春山さんとは同じゼミの友人でもある。悪友とか盟友と言う方が正しいかもしれん。
この機械的な応対には理由がある。オレが受付を好かんということや春山さんが机の下でバツ印を作るのとは別に、オレ自身が青山さんを警戒しているというのが挙げられる。ブルースプリングの合わせなどで顔を合わせるにつれ、青山さんという人の変態的な性癖が明らかになってきたのだ。
「今日は真っ当にセンター利用で来たのになあ」
「それであれば学生証を」
「あっ、その前に施設についての質問って答えてもらえる?」
「その程度であれば、どうぞ」
「自習室のパソコンって、音楽編集用のソフト入ってる?」
「それはないですね。それから、ソフトのインストールも禁止されています」
「そっかー、残念」
そもそも、星大の文系学部に音楽を作る方の授業があるという話は聞かんし、情報センターのマシンで音楽編集をする奴がいることなど想定されていないだろう。と言うか、もしそんなソフトが入っているのであればまずオレがその恩恵を受けようとしているだろう。
「それで、音楽編集など、どうしたんです」
「あのさあ、実は俺、演劇部の12月公演でやるSFミュージカルの劇中音楽を監修してて、その関係でちょこっと作業したいなあと思ってたんだよ」
「普段はどうしてるんです」
「普段は軽音の友達が使ってるタブレットを借りてたんだけど、その子が今ゴリゴリ打ち込んでてなかなか借りれなさそうだったから、もしかしたら情報センターでもしかしないかなあって」
「それは残念でした。諦めて自前で端末を用意したらいいと思います。それか、スマホでもやろうと思えば出来ないことはないでしょう」
「まあね」
春山さんの下着を被るなど見ていて引くような言動が目立つ青山さんだが、音楽に対してだけは信用出来る人物であるということもわかってきた。そもそも、音楽を通じて春山さんと意気投合した人物であるという事実が音楽に対する信用と、それ以外の警戒を生んでいるのだが。
青山さんが監修しているというSFミュージカルの劇中音楽は普通に気になるし、少し聞いてみたいという気持ちはある。オレは同人音楽なども結構好きだ。ネットでよく聞いているし、即売会や通販で実際の円盤やデータを購入するということもある。金はここで座っていれば入るからな。
「それで、今ここに演劇部の看板女優の子と一緒にいるんだけど、その子と一緒に音を確認しながらやりたかったんだよね」
「情報センターでグループ学習は出来ないとはお伝えしておきます。それでなくても、青山さんがやろうとしている作業は学習ですらないワケですから」
「でも一応紹介しとくね。演劇部の綾瀬香菜子ちゃん。可愛い子でしょ。歌と踊りがとっても上手なんだよ」
青山さんの後ろにいたその女が受付を覗き込み、演劇部の綾瀬ですと一礼を入れる。紹介されたからと言ってそれがどうしたという話だが。いや、この感じだともしかしたらブルースプリングの方にも連れて来るつもりだったのだろう。
「芹ちゃーん、スタイル抜群の美人ちゃんだよー。出ておいでー」
机の下では、バツ印を解いて少々うずうずしている様子の春山さんが、何やらスマホで文言を作っている。どうやらそれはオレに対する質問のようで「罠か?」とか「その女は100点満点で何点か」などと書いてある。
おっさんである春山さんの性質を理解したわかりやすい罠ではあるだろうが、点数をつけろと言われても。点数はともかく、演劇部で看板女優を張るだけあって美人の類ではあるだろう。預かった春山さんのスマホには「美人ではあるが造形が整い過ぎていて人であるかが怪しい」と打つ。
「芹ちゃーん、出て来たら香菜子ちゃんがおっぱいとお尻揉ませてくれるってー」
机の下からは「乳は冴のがあるしケツはリンのがあるからお前は帰れ」と。これを青山さんに伝えろということか。どうやら今日の春山さんは徹底的に青山さんを避けたいようだ。泣く子も黙る畜生の春山さんがここまで避けたがる青山さんという人の恐ろしさだ。果てのない深淵と表現するのがいいだろう。
「春山さーん、ぜひお目にかかりたいですー」
「ほらー、香菜子ちゃんもこう言ってるよー」
――とか何とかやっていると、連中が受付を塞ぐその後ろで自習室から出て来た川北があわあわと困惑している様子が見える。それは何事だと思うだろう。本来受付にいるはずの春山さんがオレになっていて、なおかつ受付に詰め寄る輩がいるのだから。と言うか、そろそろ交代の時間だったか。
「春山さん、そろそろ交代の時間ですから観念して下さい」
「やーだ! かわいこちゃんの乳は揉みたいけど和泉は消し飛べ!」
「あっ芹ちゃんいた」
「――だ、そうですから、青山さんはお帰り下さい。それから、センターの利用がないのに受付を不必要に塞ぐ行為が続くようであれば、施設の運営妨害と見なしセンターの利用制限をかけますので悪しからず」
「いいぞリン、和泉をブラリ登録だ!」
「普段と言っていることがまるで違うではないか」
じゃあ香菜子ちゃんは次のブルースプリングの合わせに連れてくるよーと言い残して青山さんは帰っていった。しかし、ここで追い返されたからと言って諦めるような人でもあるまい。今は演劇部の音楽監修を優先して一時退却したに過ぎん。
「はー……疲れた」
「それはいいですけど、オレはB番に入りますから。アンタはちゃんと受付の仕事を全うして下さい。もしあの人が舞い戻ってきても川北を盾にするなよ」
end.
++++
青山さん襲来により春山さんが机の下でひたすらバツ印を作っているだけのお話。受付代打のリン様です。
ここからブルースプリングの集まりにカナコが来て、そこから情報センターにカナコが入り浸るようになるのだなあ
で、あわあわしてるミドリが多分かわいいヤツ。盾にするなよと言い残すリン様、しっかり先輩をしているようだ
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「せ~り~ちゃんっ。あれー? いないなあ。リン君、芹ちゃんいる?」
「センターの利用でしたら学生証を。そうでなければお帰り下さい」
机の下でバツ印が作られている。それに従い、オレはその人にテンプレートの応対を。受付を屈むように覗き込んでいるこの人は、4年生の青山さんという人だ。春山さんに脅されて加入させられたブルースプリングというバンドのドラムで、春山さんとは同じゼミの友人でもある。悪友とか盟友と言う方が正しいかもしれん。
この機械的な応対には理由がある。オレが受付を好かんということや春山さんが机の下でバツ印を作るのとは別に、オレ自身が青山さんを警戒しているというのが挙げられる。ブルースプリングの合わせなどで顔を合わせるにつれ、青山さんという人の変態的な性癖が明らかになってきたのだ。
「今日は真っ当にセンター利用で来たのになあ」
「それであれば学生証を」
「あっ、その前に施設についての質問って答えてもらえる?」
「その程度であれば、どうぞ」
「自習室のパソコンって、音楽編集用のソフト入ってる?」
「それはないですね。それから、ソフトのインストールも禁止されています」
「そっかー、残念」
そもそも、星大の文系学部に音楽を作る方の授業があるという話は聞かんし、情報センターのマシンで音楽編集をする奴がいることなど想定されていないだろう。と言うか、もしそんなソフトが入っているのであればまずオレがその恩恵を受けようとしているだろう。
「それで、音楽編集など、どうしたんです」
「あのさあ、実は俺、演劇部の12月公演でやるSFミュージカルの劇中音楽を監修してて、その関係でちょこっと作業したいなあと思ってたんだよ」
「普段はどうしてるんです」
「普段は軽音の友達が使ってるタブレットを借りてたんだけど、その子が今ゴリゴリ打ち込んでてなかなか借りれなさそうだったから、もしかしたら情報センターでもしかしないかなあって」
「それは残念でした。諦めて自前で端末を用意したらいいと思います。それか、スマホでもやろうと思えば出来ないことはないでしょう」
「まあね」
春山さんの下着を被るなど見ていて引くような言動が目立つ青山さんだが、音楽に対してだけは信用出来る人物であるということもわかってきた。そもそも、音楽を通じて春山さんと意気投合した人物であるという事実が音楽に対する信用と、それ以外の警戒を生んでいるのだが。
青山さんが監修しているというSFミュージカルの劇中音楽は普通に気になるし、少し聞いてみたいという気持ちはある。オレは同人音楽なども結構好きだ。ネットでよく聞いているし、即売会や通販で実際の円盤やデータを購入するということもある。金はここで座っていれば入るからな。
「それで、今ここに演劇部の看板女優の子と一緒にいるんだけど、その子と一緒に音を確認しながらやりたかったんだよね」
「情報センターでグループ学習は出来ないとはお伝えしておきます。それでなくても、青山さんがやろうとしている作業は学習ですらないワケですから」
「でも一応紹介しとくね。演劇部の綾瀬香菜子ちゃん。可愛い子でしょ。歌と踊りがとっても上手なんだよ」
青山さんの後ろにいたその女が受付を覗き込み、演劇部の綾瀬ですと一礼を入れる。紹介されたからと言ってそれがどうしたという話だが。いや、この感じだともしかしたらブルースプリングの方にも連れて来るつもりだったのだろう。
「芹ちゃーん、スタイル抜群の美人ちゃんだよー。出ておいでー」
机の下では、バツ印を解いて少々うずうずしている様子の春山さんが、何やらスマホで文言を作っている。どうやらそれはオレに対する質問のようで「罠か?」とか「その女は100点満点で何点か」などと書いてある。
おっさんである春山さんの性質を理解したわかりやすい罠ではあるだろうが、点数をつけろと言われても。点数はともかく、演劇部で看板女優を張るだけあって美人の類ではあるだろう。預かった春山さんのスマホには「美人ではあるが造形が整い過ぎていて人であるかが怪しい」と打つ。
「芹ちゃーん、出て来たら香菜子ちゃんがおっぱいとお尻揉ませてくれるってー」
机の下からは「乳は冴のがあるしケツはリンのがあるからお前は帰れ」と。これを青山さんに伝えろということか。どうやら今日の春山さんは徹底的に青山さんを避けたいようだ。泣く子も黙る畜生の春山さんがここまで避けたがる青山さんという人の恐ろしさだ。果てのない深淵と表現するのがいいだろう。
「春山さーん、ぜひお目にかかりたいですー」
「ほらー、香菜子ちゃんもこう言ってるよー」
――とか何とかやっていると、連中が受付を塞ぐその後ろで自習室から出て来た川北があわあわと困惑している様子が見える。それは何事だと思うだろう。本来受付にいるはずの春山さんがオレになっていて、なおかつ受付に詰め寄る輩がいるのだから。と言うか、そろそろ交代の時間だったか。
「春山さん、そろそろ交代の時間ですから観念して下さい」
「やーだ! かわいこちゃんの乳は揉みたいけど和泉は消し飛べ!」
「あっ芹ちゃんいた」
「――だ、そうですから、青山さんはお帰り下さい。それから、センターの利用がないのに受付を不必要に塞ぐ行為が続くようであれば、施設の運営妨害と見なしセンターの利用制限をかけますので悪しからず」
「いいぞリン、和泉をブラリ登録だ!」
「普段と言っていることがまるで違うではないか」
じゃあ香菜子ちゃんは次のブルースプリングの合わせに連れてくるよーと言い残して青山さんは帰っていった。しかし、ここで追い返されたからと言って諦めるような人でもあるまい。今は演劇部の音楽監修を優先して一時退却したに過ぎん。
「はー……疲れた」
「それはいいですけど、オレはB番に入りますから。アンタはちゃんと受付の仕事を全うして下さい。もしあの人が舞い戻ってきても川北を盾にするなよ」
end.
++++
青山さん襲来により春山さんが机の下でひたすらバツ印を作っているだけのお話。受付代打のリン様です。
ここからブルースプリングの集まりにカナコが来て、そこから情報センターにカナコが入り浸るようになるのだなあ
で、あわあわしてるミドリが多分かわいいヤツ。盾にするなよと言い残すリン様、しっかり先輩をしているようだ
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