2019(02)

■突然変異の前例

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「――というわけなんだけど、イク、どうかな」
「そうねえ、どうするかね」

 いつもの第1学食ぼっち席にイクを呼び出し、水面下で行う参加要請。何に対する参加要請かと言えば、もちろん大学祭のDJブース。俺が責任者だから、枠を決めたりするのは自由にしていいとは高崎から許可が出ている。だから、好きにやらせてもらってる。
 イクはMBCCではミキサーとして活動している。MBCCというサークル自体がどちらかと言えば腕を伸ばすために努力するというタイプの人が多い中で、イクは完全にセンスで音を配ってるタイプのミキサーだ。所謂天才型で、そのセンスは咲良さんも認めている。
 だけど、イクの音の割り振り方には根拠がない。ほとんど感覚だけでやってしまうから、後で同じようにやれと言われても完全再現は不可能とも言われる。そんなイクと反りが合わないのが努力型を地で行くアナウンス部長の高崎だ。
 高崎とイクは1年の頃に昼放送でペアを組んでいたことがある。だけど、あまりに反りが合わなくてペアは喧嘩別れをして、以来サークルの場でも顔を合わせれば喧嘩ばかり。お互いに能力は理解してある程度認めてはいるけど、だからこそ合わないことも理解している。
 そんなワケで、イクは高崎が事実上の代表として束ねる今のサークルにはあまり近寄らなくなってしまった。それを抜きにしても元々自由に旅をしていて出席率はそれほど高い方ではなかったけど、より顕著に近寄らなくなったって感じ。俺やカズとは関係も良好なんだけど。

「さすがに企画番組をやってくれとは言わないよ。俺がイクに頼みたいのはリク番だね」
「リク番か。事実上の即興番組じゃんね」
「イクのセンスが光るところに配置しようっていう俺の配慮だね」
「何が配慮なんだか。ホント、ユノって口が達者」
「俺も一応アナウンサーだからね」
「いつもは口より耳の方が自信あるからとか言っといてこんな時ばっかり」

 咲良さんが言うことによれば、ミキサーとしての腕だけで言えばカズよりもイクの方がいくらか上らしいんだ。ブランクがあるとは言え、基本センスと感覚でやってるイクのそれがそう簡単に鈍るとは思えない。だからこそ最後に見ておきたい。

「心配しなくても、イクは高崎がいない時間帯に置くし」
「アイツがいない時間帯なんかあんの?」
「大祭実行との兼ね合いでステージの手伝いとかしなきゃいけないんだって」
「ふーん。あれだっけ、いいブース場所やるからステージ手伝えみたいなヤツだっけ?」
「そう、それ」

 高崎がMBCCのブースにいられる時間は意外にそこまで長くない。大祭実行さんとの兼ね合いもあるし、秘密裏に報告されていたカズの女装ミスコンの件もある。まあ、だからこそ俺がDJブースの責任者を頼まれたんだろうけど。逆に言えば、その穴を狙ってイクを置くことは簡単なんだ。

「イクって今年の子たちのこと知ってたっけ」
「あんまよく知らないね。ミキサーのメガネ君は1回カズから紹介されたような気がする」
「メガネ君てどっち? 小さい黒い方か、大きい白い方か」
「え、大きい小さいがあるの? 多分黒だと思う。黒いジャケット着てた気がする」
「そう、あの子だよ。タカティっていうんだけど、ミキサーとしてのタイプがイクにちょっと似てるから、1回見て欲しいんだよ」
「MBCCでアタシに似てるって相当よ?」
「でも、実際近いと思うよ。夏合宿の同録聞いたけど、こんなことをやれる子なんだって感心したね。大胆かつ繊細で、思い切りがいい。型にはまらないと言うか」
「え、あの大人しそうな子でしょ?」
「見た目は大人しそうだよね」
「ユノ、その同録ってある?」
「果林に聞けばあるんじゃないかな、一緒の班だったし」

 とりあえず、興味を引くことには成功したのかな。でも実際イクにはタカティがどんなミキシングをするのか見て欲しいし、タカティにもイクのそれを見せたい。多分それは、タカティにとって昼放送攻略の糸口になるかもしれないし。

「って言うかインターフェイスの夏合宿っしょ? そんな型にはまらないことやっていいの?」
「最近は割とフリースタイルの番組も容認されてるみたいだね。今年の合宿は型破りな番組もちょいちょいあったって」
「ふーん、時代だねえ」
「うん、時代だね。型の破り方はフリップを使ったりワイヤレスで中継を出したりっていろいろあったみたいなんだけど、純粋に音だけで破って来たのはタカティだけだったから、あれは本当にイクにも聞いて欲しい」
「へえ、音だけで」
「あわよくば、イクには技術とか感覚の継承をして欲しいなとも」
「言って伝わるモンでもないけどねえ。何せ、アタシ自身がわかってないんだから」
「別に言って教えろとは言わないよ。あの子自身、きちんと教わるよりも勝手に拾って練習して物にしてるタイプだから。見せるだけでいいんだよ」
「しかしまあ、ユノがそこまで下の子を気に掛けるとか。何の気紛れ? それとも何か企んでる?」
「何年に1人出るか出ないかってタイプの子じゃん。イクがいなくなったらそれこそ絶滅危惧種だし。保護しておきたいなと」

 良くも悪くも型にはめてギチギチに練習する方のMBCCでは、感覚やセンスに頼る番組をやる機会はなかなか少ないと思う。ペアを組むアナウンサーが固定概念を持ってないとも限らないから。そういう学校の特色とは少し違うタイプの子の色を潰さずに育てるにはどうしたらいいのか、という話。

「で、リク番ね。てかさ、ペアってどーすんの?」
「とりあえず、俺でいいでしょ?」
「そだね。アタシもユノくらいがちょうどいいわ」
「リク番の自分のペアに関しては完全に職権濫用するからね」
「はー、ユノもどこぞの王様みたいだわ」
「俺はその王様から権限をもらってるの」


end.


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ユノ先輩が育ちゃんに水面下で何やら交渉をしているようです。リク番やろうぜっていうお誘いがあったようですね
育ちゃんが学祭の番組をやるっていう話はちょっとあったんだけど、そういう話をしてる話はなかなかなかったと思うのでつついてみる
で、秋学期のユノ先輩は昼放送の高崎・タカちゃんペアの心配をしているようす。初回放送はこの時間軸なら明日ですね

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