2019(02)

■出席ボーナスの使い方

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「あ、さすがに秋学期1回目はちゃんと来たね」
「さすがに来ますよ、1回目は」

 秋学期1回目のゼミが始まった。社会学部3年のゼミは木曜4限に設定されている。安部ちゃんはお茶を淹れながら、やってきた学生に秋学期の初回だからとまんじゅうを配っている。ゼミがお茶会になるのは安部ゼミあるあるだ。
 出席が足りないタイプの問題児である俺は、14時40分から始まる4限にも寝坊で遅刻することが多々ある。安部ゼミのルールでは、45分以上の遅刻は0.5回の欠席にカウントされる。丸1回寝過ごすこともあるし、0.5欠の積み重ねで俺は出席がヤバくなっていた。

「ところで高崎君、君の夏のレポートだけど」
「ああ、どうでした?」
「君自身のレポートは相変わらず良く出来てて、この調子で頑張ってくれたらいいよね」
「そうすか」
「で、肝心の飯野君のレポートだね」
「あっ、大事なのはむしろそれっす。どうでした?」

 どうして俺が飯野のレポートの心配をしているのかと言えば、俺の出席事情にある。飯野はレポートが書けないタイプの問題児だ。文字を書かせることに定評のある安部ゼミにおいては致命傷とも言える欠点だ。
 油断するとお茶会のようになる安部ゼミは、季節のイベントに乗じたパーティーが開催されることがある。七夕や、これからならハロウィンにクリスマス。そのパーティーには安部ちゃんからのプレゼントとして1回分の出席ボーナスがもらえるんだ。
 俺はボーナスを使っても出席が危ういが、飯野は勉強が出来ない代わりにゼミには毎回フルに出席している。大祭実行の仕事で忙しい時ですら。そこで安部ちゃんからは、飯野のレポートを俺が補佐してそれなりのモンを書かせれば、奴が余らせている出席ボーナスを分配してやらないこともない、という条件が出されていた。

「本当に飯野君が書いたのかと思うくらいにはきちんと筋道が立てられていて、文字数も飯野君比でちゃんとしてたよ」
「そうでしょう、資料集めから何から俺が付き合ってやってたっすからね」
「飯野君がこれを継続してくれるかはともかく、この内容だったらいいでしょう。飯野君の出席ボーナスから1回分、高崎君に付けとくから。でも、君もちゃんと来るんだよ」
「あざっす」

 正直、飯野のゴミクソレポートを読めるモンにするのに出席1回っていうのは安すぎるとは思うが、もらえないよりは断然いい。俺も崖っぷちに立たされていることには変わりなく、安部ちゃんの匙加減ひとつで演習Ⅱの4単位がもらえないとかは全然あるんだ。

「飯野君もさすがに今年は忙しいだろうし来れないことも出て来るかなあ」
「どーすかね。飯野のことならどんだけ忙しくてもゼミには来ると思うんすけど」
「確か飯野君って大祭実行委員の偉い人でしょ?」
「ナンバーツーっすね。厳密な役職は漢字だらけで見ながらじゃないと言えないって本人も言ってたっすけど」
「飯野君と倉橋君ね。この2人は秋学期の出席、どうかなぁー」

 元々出席ボーナスという制度は就活や冠婚葬祭なんかの行事でやむを得ずゼミに出られない奴のために作られた制度だったらしい。それがいつしか大祭実行のように特定の時期にバタバタ走り回る奴がその恩恵を受けるようになり、俺のように出席が危うい奴にも有り難い制度として定着している。
 大祭実行ナンバーツーともなれば、さすがの飯野でもゼミに出られないことがあるだろう。それが大方の読みだ。緑大の大祭まではあと1ヶ月と少し。大祭実行の連中はこの時期になるとバイトにも入らず、家にも帰らずサークル棟に泊まり込むことも多々だとか。授業にも出ないことなんかザラだ。

「倉橋君は多少出席がなくてもボーナスで補填出来るしレポートもそこそこだから問題ないにしても、飯野君だよねえ。成績が出席に特化してるからそれが無くなっちゃうとキツそうだよね」
「それ、俺もっすよね」
「そうだね。高崎君の成績はレポート特化型だからね」
「おざーっす!」
「あれっ、飯野君。君、大学祭の仕事はいいの?」
「あーあー、俺くらいになると仕事は人に割り振るのが仕事なんで! つか、ガチで卒業ヤバいのはヤバいっしょ」
「そうだねえ。でも、君が卒業出来ないと1年長くお茶を一緒に飲めるし、僕はそれでもいいけどね」
「俺はちゃんと4年で卒業するんで!」
「ところで、倉橋君はどうしたの?」
「倉橋? 休むとは聞いてないんでそのうち来ないっすかね。まだちょっと仕事積んでるみたいだったけど」

 組織の上の方にもなると仕事は人に割り振るのが仕事というのには納得するが、それを飯野が言うと説得力が無さすぎると言うか何と言うか……。MBCCのように小さな組織の場合は俺と伊東で話を全部進めることもあるが、大祭実行くらいデカい組織だと実際上にいる奴の仕事は仕事の割り振りだ。
 仕事の割り振りが仕事とは言え、ゼミに来てる理由が「卒業がヤバいから」っていうのはな。俺は別に飯野の卒業がどうなろうが知ったこっちゃないんだが、社会学部でどうやったらこの時点で卒業がヤバくなるのかっていうのは純粋に疑問だ。普通にやってりゃこの時点では普通に全休も出来るし。

「つか、普通にやってりゃ3年のこの時期なら全休も出来るし、授業に出ながらバタバタすることもねえんじゃねえのか」
「いいか高崎、大祭実行の仕事は別にこの時期だけやってるワケじゃねーんだよ。なんなら学祭終わって2ヶ月休んだらもう始まりよ」
「ふーん」
「あっテメー興味ねえだろ!」
「さ、秋学期のゼミを始めるよ。みんなお茶取ってー」
「はーい」

 久々に最初からフルで出るゼミだ。今後何回これを続けられるかわからないけど、後々出席が足りなくならないように努力するだけだ。


end.


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さすがの高崎でも秋学期1回目のゼミはきちんと出席しているようです。まあ、さすがに1回目はね。
大学祭実行委員ナンバーツーの飯野です。役職は長いので名刺を見ながらでないと言えない模様。何だっけ、緑ヶ丘大学大学祭実行委員会副実行委員長兼運営局長か
高崎の成績はSクラスのレポートからクソみたいな出席の分が引かれてるっていう感じなのかしらね、レポート特化って

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