2019(02)
■仕事終わりのご褒美スイーツ
++++
「は、は~っ……疲れたぁ~……」
「だらしないぞ川北。この程度で何を言っている」
インターフェイスの夏合宿が終わって帰省してたんだけど、履修登録の季節ということで向島に戻ってきた。で、戻ってくるなり繁忙期だから、久々にバタバタして疲れちゃったよね。入学してすぐスタッフにはなってたんだけど、ちゃんと繁忙期を捌くのは今回が初めてだし。
俺が帰省している間に、情報センターには新しいスタッフとして烏丸さんという3年生の先輩が加入していた。烏丸さんは今年から星大に編入してきたそうで履修コマは1年の俺とそんなに変わらないらしいけど、センターはいつだって人手不足だから人がいるに越したことはないみたい。
今日は冴さんを含めた5人で回してたんだけど、気付いたら冴さんはいなくなっていた。アイツのことだから飽きて帰ったのだろうとは林原さん談。まさかそんなとは思うけど、冴さんだけにないとも言い切れないのが何とも。どうやら夏の閑散期の間も飽きて帰ることが多々あったって。
「ミドリ、疲れたら甘い物を食べるんでしょ?」
「あっ、そうですね。甘い物が欲しいな~って思いますよー。今も欲しいですもん」
「疲れたからといってむやみやたらと甘い物を食うのは良くないと聞いたことはあるが、一般的には疲れた時には甘い物を欲してしまうな」
「川北、甘い物が欲しいならそこにあるだろ」
俺がいない間にあったセンターの変化としては、春山さんがいろんな荷物を事務所に持ち込んでいたというのがある。俺と入れ替わりで帰省から帰ってきた春山さんが、例によって空港で大量購入してきたお土産たちがまだまだ山のように残っている。林原さんも積極的につまんでいたそうだけど、全然減らないみたい。
それから、見るのも恐ろしい「北辰のじゃがいも」という箱。それが壁のように積まれてるんだ。北辰のじゃがいもの箱の中身はきっと北辰のじゃがいもなんだろうけど、これに触れたらとんでもないことになるような気しかしないから、多分触れない方がいいヤツなんだと経験でわかるようになってきた。
「それじゃあ春山さん、いただきますねー」
「おう、たんと食えよ」
「どれにしようかなー」
お土産の方の箱の中を覗いて、今は何が食べたい気分かなーと探していく。ジャガイモのお菓子は美味しそうだけど、「北辰のじゃがいも」の前で食べると事故る気がするからやめとこう。おかきも美味しそうだけど、おかきの気分じゃないんだよなあ。あと、おかきと言えば林原さんみたいなところがあるし俺が食べていいものか。
「これ、開いてないですけど食べていいですかー?」
「おう、食え食え。つか、さっさと食わないと期限が来る」
「じゃあいただきまーす」
俺が選んだのはバターサンド。包みを開けて、銀色の包装をぴーっと破って一口かじる。食べた瞬間、ふんわりと風味が口いっぱいに広がって鼻の方まで駆け巡っていく。何とも言えないこの感じ。1日バタバタ働いていた疲れが一気に報われたような、そんな気分だ。
「ん~…!」
「おっ、美味いか」
「春山さん、この世にこんなに美味しいお菓子があっていいんですか!?」
「想像以上に気に入ったみたいだな。定番土産だし何ならその辺ででもちょっとした企画展とかで普通に買えるヤツなんだけど」
「ふわ~っとして、きゅーっとして、ほろっとしてー」
「そこまで気に入ってもらえたなら買ってきた甲斐があったってモンよ」
「では、オレは川北の買ってきたアップルパイでも食うことにしよう。えーと、ナイフはどうしたかな」
「あっリンてめー抜け駆けすんな! 私も食うぞ!」
今回の帰省では俺もちょっとしたお土産を買ってきてたんだ。情報センターは人数もそこまで多くないから、サークルじゃ分けられないような物も買って来れてちょっと楽しかったよね。今回俺が選んだメインは、リンゴがまるまる1個入ったアップルパイ。切り分けて食べるのが多分正解。
「烏丸、お前も食うか」
「えっ、なになにー?」
「これはアップルパイという。甘く煮詰めたリンゴを入れて焼いたパイだな」
「へー、あっ、いい匂いだね! ユースケ、これって甘い?」
「まあ、リンゴが甘く煮詰められているから甘いだろうな」
「あっ、もしかして烏丸さん甘いの苦手でしたか?」
「苦手じゃないよ。普段あまり食べないから、急に食べたらビックリしちゃわないかなって」
「大丈夫ですよ、俺も今バターサンドのあまりの美味しさにビックリしたんで」
「それじゃあ俺もビックリしよーっと! ユースケ、俺にも切ってー」
「では4等分にしよう」
「えーと……冴さんはいいんですかねー……」
「何故いない奴のことを考える必要がある」
「川北、リンっつーのはそーゆーヤツだぞ」
「あっ、知ってました」
アップルパイは林原さんによって綺麗に4等分された。リンゴとシナモンの匂いがふわ~っとしてこれもまた美味しそう。何かもう今日はこれが夕飯でもいいようなそんな気分。正直、こういうちょっといいお土産って地元でもあまり食べないから自分が食べたくて買ってきたみたいなところはちょっとありますよね。
「んまっ」
「ほう、なかなか美味いな」
「わー、美味しいですねー」
「ミドリ、俺こんなの初めて食べたよ! 美味しいね!」
「気に入ってもらえたならよかったですー。また買ってきますねー」
「やったー!」
アップルパイはアップルパイでとても美味しいし、先輩たちにも好評でよかったー。でも、アップルパイを食べたことでさっきの幸せが少しかき消されちゃった。アップルパイはアップルパイで美味しいし幸せの味ではあるんだけど、それを越えるヤツがど~……しても今欲しくって!
「ところで春山さん」
「ん?」
「バターサンドをもう1個もらっていいですか?」
「まさか口直しでもしようってんじゃないだろうなァ?」
「バターサンドは幸せの味なんですぅ……」
「1個でも2個でも、なんなら箱ごとキープしとけばいいんじゃないか? お前ら、そういうことだからこの箱は川北用な」
「えっ、箱ごと…?」
「川北、春山さんのやることの規模はわかってきた頃合いだろう」
「まあ、そうですけどー」
「これからお前もバターサンド天国からジャガイモ地獄に突き落とされることになる。それだけは覚えておけ」
end.
++++
情報センターが繁忙期に入ってきて、ミドリも実家からアップルパイを携え戻ってきました。
そしてこの季節にはミドリとバターサンドの出会いがあるのである。幸せの味なんですって!
お土産大会やってた割に冴さんが帰っちゃってたみたいですけど、センサーが鈍っちゃったのかしら?
.
++++
「は、は~っ……疲れたぁ~……」
「だらしないぞ川北。この程度で何を言っている」
インターフェイスの夏合宿が終わって帰省してたんだけど、履修登録の季節ということで向島に戻ってきた。で、戻ってくるなり繁忙期だから、久々にバタバタして疲れちゃったよね。入学してすぐスタッフにはなってたんだけど、ちゃんと繁忙期を捌くのは今回が初めてだし。
俺が帰省している間に、情報センターには新しいスタッフとして烏丸さんという3年生の先輩が加入していた。烏丸さんは今年から星大に編入してきたそうで履修コマは1年の俺とそんなに変わらないらしいけど、センターはいつだって人手不足だから人がいるに越したことはないみたい。
今日は冴さんを含めた5人で回してたんだけど、気付いたら冴さんはいなくなっていた。アイツのことだから飽きて帰ったのだろうとは林原さん談。まさかそんなとは思うけど、冴さんだけにないとも言い切れないのが何とも。どうやら夏の閑散期の間も飽きて帰ることが多々あったって。
「ミドリ、疲れたら甘い物を食べるんでしょ?」
「あっ、そうですね。甘い物が欲しいな~って思いますよー。今も欲しいですもん」
「疲れたからといってむやみやたらと甘い物を食うのは良くないと聞いたことはあるが、一般的には疲れた時には甘い物を欲してしまうな」
「川北、甘い物が欲しいならそこにあるだろ」
俺がいない間にあったセンターの変化としては、春山さんがいろんな荷物を事務所に持ち込んでいたというのがある。俺と入れ替わりで帰省から帰ってきた春山さんが、例によって空港で大量購入してきたお土産たちがまだまだ山のように残っている。林原さんも積極的につまんでいたそうだけど、全然減らないみたい。
それから、見るのも恐ろしい「北辰のじゃがいも」という箱。それが壁のように積まれてるんだ。北辰のじゃがいもの箱の中身はきっと北辰のじゃがいもなんだろうけど、これに触れたらとんでもないことになるような気しかしないから、多分触れない方がいいヤツなんだと経験でわかるようになってきた。
「それじゃあ春山さん、いただきますねー」
「おう、たんと食えよ」
「どれにしようかなー」
お土産の方の箱の中を覗いて、今は何が食べたい気分かなーと探していく。ジャガイモのお菓子は美味しそうだけど、「北辰のじゃがいも」の前で食べると事故る気がするからやめとこう。おかきも美味しそうだけど、おかきの気分じゃないんだよなあ。あと、おかきと言えば林原さんみたいなところがあるし俺が食べていいものか。
「これ、開いてないですけど食べていいですかー?」
「おう、食え食え。つか、さっさと食わないと期限が来る」
「じゃあいただきまーす」
俺が選んだのはバターサンド。包みを開けて、銀色の包装をぴーっと破って一口かじる。食べた瞬間、ふんわりと風味が口いっぱいに広がって鼻の方まで駆け巡っていく。何とも言えないこの感じ。1日バタバタ働いていた疲れが一気に報われたような、そんな気分だ。
「ん~…!」
「おっ、美味いか」
「春山さん、この世にこんなに美味しいお菓子があっていいんですか!?」
「想像以上に気に入ったみたいだな。定番土産だし何ならその辺ででもちょっとした企画展とかで普通に買えるヤツなんだけど」
「ふわ~っとして、きゅーっとして、ほろっとしてー」
「そこまで気に入ってもらえたなら買ってきた甲斐があったってモンよ」
「では、オレは川北の買ってきたアップルパイでも食うことにしよう。えーと、ナイフはどうしたかな」
「あっリンてめー抜け駆けすんな! 私も食うぞ!」
今回の帰省では俺もちょっとしたお土産を買ってきてたんだ。情報センターは人数もそこまで多くないから、サークルじゃ分けられないような物も買って来れてちょっと楽しかったよね。今回俺が選んだメインは、リンゴがまるまる1個入ったアップルパイ。切り分けて食べるのが多分正解。
「烏丸、お前も食うか」
「えっ、なになにー?」
「これはアップルパイという。甘く煮詰めたリンゴを入れて焼いたパイだな」
「へー、あっ、いい匂いだね! ユースケ、これって甘い?」
「まあ、リンゴが甘く煮詰められているから甘いだろうな」
「あっ、もしかして烏丸さん甘いの苦手でしたか?」
「苦手じゃないよ。普段あまり食べないから、急に食べたらビックリしちゃわないかなって」
「大丈夫ですよ、俺も今バターサンドのあまりの美味しさにビックリしたんで」
「それじゃあ俺もビックリしよーっと! ユースケ、俺にも切ってー」
「では4等分にしよう」
「えーと……冴さんはいいんですかねー……」
「何故いない奴のことを考える必要がある」
「川北、リンっつーのはそーゆーヤツだぞ」
「あっ、知ってました」
アップルパイは林原さんによって綺麗に4等分された。リンゴとシナモンの匂いがふわ~っとしてこれもまた美味しそう。何かもう今日はこれが夕飯でもいいようなそんな気分。正直、こういうちょっといいお土産って地元でもあまり食べないから自分が食べたくて買ってきたみたいなところはちょっとありますよね。
「んまっ」
「ほう、なかなか美味いな」
「わー、美味しいですねー」
「ミドリ、俺こんなの初めて食べたよ! 美味しいね!」
「気に入ってもらえたならよかったですー。また買ってきますねー」
「やったー!」
アップルパイはアップルパイでとても美味しいし、先輩たちにも好評でよかったー。でも、アップルパイを食べたことでさっきの幸せが少しかき消されちゃった。アップルパイはアップルパイで美味しいし幸せの味ではあるんだけど、それを越えるヤツがど~……しても今欲しくって!
「ところで春山さん」
「ん?」
「バターサンドをもう1個もらっていいですか?」
「まさか口直しでもしようってんじゃないだろうなァ?」
「バターサンドは幸せの味なんですぅ……」
「1個でも2個でも、なんなら箱ごとキープしとけばいいんじゃないか? お前ら、そういうことだからこの箱は川北用な」
「えっ、箱ごと…?」
「川北、春山さんのやることの規模はわかってきた頃合いだろう」
「まあ、そうですけどー」
「これからお前もバターサンド天国からジャガイモ地獄に突き落とされることになる。それだけは覚えておけ」
end.
++++
情報センターが繁忙期に入ってきて、ミドリも実家からアップルパイを携え戻ってきました。
そしてこの季節にはミドリとバターサンドの出会いがあるのである。幸せの味なんですって!
お土産大会やってた割に冴さんが帰っちゃってたみたいですけど、センサーが鈍っちゃったのかしら?
.