2019(02)

■set gain, secretly

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 オープンキャンパス当日。MMPは学食の一角をお借りして2時間の公開生放送をやらせてもらっている。怪しい空模様の中、圭斗先輩の車で機材を食堂まで運び、簡易DJブースを設置。事前に決めた番組順の通りにスタンバイしていく。
 圭斗先輩と菜月先輩の独断と偏見で決めたペア順によれば、何とトップバッターが俺とヒロのペアだという。なんてこったい! ちなみに、番組は11時半から1時半までやるんだけど、人が多い時間帯に菜月先輩を持ってくるというのは圭斗先輩のナイス采配だと思います。
 まあ、トップバッターが悪いことばかりでもないんだ。誰もいじってない状態のミキサーで番組を始められるとかいろいろある。エフェクトのつまみや、特にマイクのゲインかな。いや、人が替わる度に調節はし直すんだけど、それでも何かこう、気持ち的に。

「ヒロ、ゲイン合わせるぞ」
「えー、もう声出すん?」
「こっちは他にもいろいろやることがあるんだ。わかってると思うけど、ゲイン調整と本番で声を変えるようなことはするなよ」
「同じ声出すとかそんなんムリやん」
「ムリじゃない」
「普段話すときの声やったらアカンの」
「ダメだ」
「何やのノサカのケチ! いけず!」
「おっ。やれば出るじゃないか。今のトーンで番組も行こうか」
「やからムリやってば!」
「出てる出てる」

 マイクのゲインを上げてやると声を拾いやすくなる代わりに、周りのノイズも拾いやすくなってしまう。雑音を拾ってしまえばそれだけトークが聞きにくくなる。だから出来ればアナウンサーさんに声を張ってもらってゲインを小さくしておきたいんだ。
 それをわかっているのかいないのか、いつだってヒロはやる気がない。声の張りが足りないと言うか。その割に気紛れで番組中に声のトーンが変わりやすくて、その都度ケツを追いかけるようにゲイン調整の繰り返し。ぶっちゃけミキサー泣かせだ。
 ヒロじゃなくて圭斗先輩の話になるけど、夏合宿の番組中にサプライズでバルスを入れて来たんだよなあ。それもかなりのボリュームの。一応相方のアオには話が通してあったらしく事故にはならなかったけど、あれは正直かなり冷や冷やした。それだけゲイン問題は重要なんだ。

「はーっ……こんな調子で大丈夫なのか」
「何かなるやろ。ボクがダメでも最終的にノサカが30分に収めるから」
「お前もやるんだよ」

 学内では体験授業などオープンキャンパスの催しがいろいろ行われているはずなのだけど、昼にはまだまだというこの時間帯にもちょこちょこ高校生と思しき人がいる。そんな人たちが、何が始まるんだとこっちに奇怪な目を向けているのも少し感じる。

「これ、何が始まるんですかー?」
「ラジオやよ。ボクらこーゆーことやるサークルなん。高校生の子?」
「そうです」
「エラいわー、もう進路のこと考えとるん?」
「3年なんで」
「ボクなんか全然考えとらんかったよ! ほどほどに部活やっとったわ」
「ほどほどって。そこは熱中してたとかじゃないんですか」
「ほどほどやね。何事もほどほどが一番やよ」
「高校の頃もラジオとかの部活だったんですか?」
「高校はハンドボール部やね。何でそれがラジオになったんかはボクもよくわからんのやけど」

 余談だけど、ヒロがMMPに来たのは先にMMPに入っていた俺が「大学で何か新しいことをやりたいならラジオをやってみないか」と誘ったからだ。――って、ちょっと待て。何でヒロと行きずりの高校生との雑談が始まってるんだ。時間的余裕はまだあるから別にいいんだけど。
 はっ、もしかしてこれはゲイン調整のチャンスなのでは? 何せ、この雑談ではヒロ比でまあまあ声が出ている。俺に対する「何やの!」ほど張った声はずっと出ないにしても、このレベルならイケるぞ。何なら普段の番組よりもいい。

「ご飯? ゆーてボク食堂のメニューあんまわからんわ。ボクらあっちにある購買でテイクアウトの丼買って、そこのレンジでチンして食べることの方が多いかもしれん」
「ヒロ、一応食堂はMMPのスポンサーみたいなモンだぞ。そこは美味いって言っとけ」
「忖度や!」
「そんな言葉ばっかり覚えやがって。あと3分です」
「もう!? 何でもっと早く言ってくれんのノサカのアホ!」
「アホとは何だ!」

 そんなことをやっている間にさっきの高校生は購買にでも行ったのかブースから離れてしまっていたし、ヒロは相変わらずブツブツと俺に文句を垂れている。ただ、いつもはマイクの前に座るのすら嫌がって鼻水を啜ってばかりなのを考えると今日はいい方だ。ウォーミングアップも出来ているし。あとはこっそり合わせたゲインが変わらないことを祈るだけだ。

「あれっ、ボク何の話するんやったっけ。トークテーマ忘れてんけど」
「ネタ帳を見ろ」
「ああ、バイトの話や。そーやそーや。さっき高校生の子と喋ったら番組で何喋るんか忘れるところやったわ、罠やわー」
「まさかとは思うけど、番組のトークはネタ帳を見ながら起承転結に沿ってやるんだよな…? そのネタ帳は飾りじゃないよな? 思い付きのアドリブトークをしてないよな?」
「あーもーうるさいわ! ちゃんとやっとるよ!」
「あの逆キューの嵐を見てるとちゃんとやってるとは到底思えないから聞いてるんだよなあ……」


end.


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向島大学のオープンキャンパスの話で実際に番組をやろうとしているとかやってる話はそこまでやってなかったりする。
何やかんやノサヒロはボケツッコミと言うか役割がきっちりしているのでやりやすいっちゃやりやすいわね
ヒロはコミュ強かつリアルにお兄ちゃんなので年下の子とは仲良くしやすいのかもしれないね、知らんけど

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