2019(02)
■扱く殴るのニュアンス
++++
「さ、みんな来てるな」
「遅いよ朝霞サン、もうとーっくの昔にみんな来てるっつーの」
「悪い。それじゃあ早速始めるぞ」
久し振りに足を踏み入れたブースに朝霞先輩がやって来て、いよいよこれからまた部での活動が本格的に始まるんだなという感じがする。丸の池ステージが終わってからはインターフェイスの夏合宿のことを中心にやっていたから、朝霞班の皆さんの顔がとても懐かしい。
ここに呼び出されたのは、今日から3日間の日程で始まるラジオドラマの収録のため。インターフェイスでは作品出展って言って、各大学の活動を音声や映像にまとめた作品を提出して、その感想をもらうっていう活動がある。今月の担当である星ヶ丘からはラジオドラマを出すんだそうだ。
星ヶ丘からの作品出展がステージの映像とかじゃなくてラジオドラマで出すっていうのも変な話だとは思う。だけどいざ朝霞班でステージをやってみて、自分たちのやっている映像を残すことの難しさを実感した。他の班の映像を借りられることもなく、他の班の人が朝霞班の映像を撮ってくれるワケでもなく。
――で、朝霞先輩が書いたラジオドラマの台本に沿ってこれから作品制作が始まるんだ。台本はあらかじめデータでもらってたけど、朝霞先輩から改めて紙で配られる。紙の台本が配られるこの感じ、やってることはラジオドラマでも「部活だな~」って感じがする。
「今日の予定としては、午前は各々準備をしてくれ。山口は台本を読んだり読み合わせをするとか。源、お前はラジドラは初めてだな。ラジドラでのミキサーの仕事に関しては戸田から教わってくれ。そういうことだから戸田、頼む」
「はいはーい。あっ、ってか機材って今から申請しなきゃいけない感じ?」
「いや、それは俺が済ませてある。こんな時期に誰も来ないだろうから3日間フルで使っていいという許可が下りてる。一応研修室Aも押さえてあるから」
「オッケ、了解でーす」
「俺はここにいるから、何かあったら言ってくれ。昼の休憩を挟んで行けそうなら午後イチで収録を始めるつもりだけど、最悪夕方には始められればと思ってる。それじゃあ、解散」
「はーい」
早速俺はつばめ先輩にお願いしますと一礼して、後ろにくっついて行く。機材は狭くて埃っぽい部室にあるけど、残暑が厳しいこの時期に狭くて埃っぽい部屋での収録だなんて地獄でしかないと。だから、朝霞先輩が押さえておいてくれたという研修室に機材を運ぶところから始まるそうだ。
台車に機材を積めるだけ積んで、研修室へと運び出す。ちょっとした段差でも、機材には大きな衝撃になる。そーっと、振動しないように支えながら。研修室という部屋があったことも初めて知ったけど、扉を開くと、音声を収録するには比較的良さそうな環境だなともわかる。
サークル棟の中でも人通りの少ない場所にあるからか、教室の中はシンと静まり返っている。これは単純に余計な音を拾わなさそう。扉を閉めればそれだけで陸の孤島みたいだ。それから、部室と違って埃っぽさがないし何より明るい。暗い中での作業は気が滅入りそうだから良かった。
「ラジドラでのミキサーの仕事は収録の時がメインね。演者のゲインを調整したり、録音のオンオフを切り替えたり、ちゃんと録れてるかチェックしたり。効果音を入れたりディバイドやら何やらっていう編集の作業は収録後のアタシの仕事」
「ミキサーとディレクターでもその辺りは変わって来るんですねー」
「とは言うけど実際ミキだから、Dだからこれしか出来ないとか言ってられる班でもないじゃんね」
「そうですね」
「編集の作業にもちょっと付き合ってもらうからそのつもりでいてね」
「わかりました」
「さ、機材を組み立てますか!」
「はい!」
「それじゃあゲンゴロー、指揮して」
「えっ、俺がつばめ先輩を指揮するんですか!?」
「夏を経てどんだけ出来るようになってるのかの確認を兼ねてね、別に、出来てなくてもその分これから扱き倒すだけだから問題ないよ」
朝霞先輩もそうだけど、つばめ先輩の口から「扱き倒す」とか言われるとちょっとした怖さがある。何だかんだ言ってつばめ先輩はミキサーとかディレクターとしての腕が物凄くある人だ。現場の叩き上げでそうなってるから、俺に物事を教えてくれる時も実際にやらせてみるっていう感じで。
別にそれが嫌なワケじゃない。なんなら全然わかりやすいし。つばめ先輩が優しくて面倒見のいい人だとわかっていても、扱き倒すとか言われるとちょっとした怖さがあるんだよなあ。夏合宿でつばめ先輩の班が大変だったっていう話とかいろいろ聞いてるし。
「ゲンゴロー、それ挿すトコ違う」
「えっ、どれですか?」
「左から2つ目」
「あ、ホントだ。すみません」
「今日はマイク3本使うからね」
「はい」
「とりあえずこれで完成かな。後はラジドラで気を付けることとかを勉強しつつ、アナウンサー陣を待つって感じ。アタシはいつ飛んでくるかわからない注文に備えながらだけど」
「つばめ先輩ありがとうございます。でも、まさかステージの部活でラジオドラマをやるなんて思ってもなかったんで、ちょっと楽しみです」
「楽しみなの?」
「はい。一応演劇部の出なので、劇めいた作品に関われるとなるとワクワクします」
「そっか、そうだったね」
「朝霞先輩の台本を読ませてもらって、劇作品では高校振りくらいにワクワクしました」
「高校振りって、そんな昔のことでもないじゃん」
「厳密には高1くらいなので、結構前ですよ」
高1の時にブロック大会で見た山羽南高校の舞台から受けた衝撃は、今でも俺の中に強く残っている。台本、演出、演技……その他諸々。ただただその世界観に引き込まれて、終わった後はしばらく放心してた。俺は裏方だけど、あの舞台が憧れであり目標だったんだ。
今回の本はラジオドラマだけど、台本を読みながら映像で想像してた。舞台でやったらどんな感じだろうって。30分の中に凝縮された朝霞先輩の世界観が本当に凄くて、これをラジドラでどう表現出来るのかが本当に楽しみで。
「しかも山口先輩が1人3役とかじゃないですか。えっ、声優かなって思って」
「それを出来ない、やれないって言わせないのが朝霞サンだからね。ま、洋平も出来ないとは言わないけどな」
「ええー……凄い…!」
「朝霞サンと洋平はさ、ちょっと互いに隙を見つけたら「は? お前何でその程度で満足してんだよもっとやれよクソが」っつって殴り合ってるからさ。アタシらはその殴り合いをヤジるくらいでちょーどなのよ」
end.
++++
星ヶ丘のラジドラの季節になりました。ゲンゴロー視点では初めてかもしれない。
つばちゃんが扱き倒すと言うとちょっと雰囲気があるのはきっと本人の性格やら、これまで見て来た物やらの印象なんやろなあ
そういやゲンゴローってカナコともコスプレ関係で繋がりがあるはずなんだけども、知らずに同じ人のことを喋ってるパターンの話の再来はありますね
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「さ、みんな来てるな」
「遅いよ朝霞サン、もうとーっくの昔にみんな来てるっつーの」
「悪い。それじゃあ早速始めるぞ」
久し振りに足を踏み入れたブースに朝霞先輩がやって来て、いよいよこれからまた部での活動が本格的に始まるんだなという感じがする。丸の池ステージが終わってからはインターフェイスの夏合宿のことを中心にやっていたから、朝霞班の皆さんの顔がとても懐かしい。
ここに呼び出されたのは、今日から3日間の日程で始まるラジオドラマの収録のため。インターフェイスでは作品出展って言って、各大学の活動を音声や映像にまとめた作品を提出して、その感想をもらうっていう活動がある。今月の担当である星ヶ丘からはラジオドラマを出すんだそうだ。
星ヶ丘からの作品出展がステージの映像とかじゃなくてラジオドラマで出すっていうのも変な話だとは思う。だけどいざ朝霞班でステージをやってみて、自分たちのやっている映像を残すことの難しさを実感した。他の班の映像を借りられることもなく、他の班の人が朝霞班の映像を撮ってくれるワケでもなく。
――で、朝霞先輩が書いたラジオドラマの台本に沿ってこれから作品制作が始まるんだ。台本はあらかじめデータでもらってたけど、朝霞先輩から改めて紙で配られる。紙の台本が配られるこの感じ、やってることはラジオドラマでも「部活だな~」って感じがする。
「今日の予定としては、午前は各々準備をしてくれ。山口は台本を読んだり読み合わせをするとか。源、お前はラジドラは初めてだな。ラジドラでのミキサーの仕事に関しては戸田から教わってくれ。そういうことだから戸田、頼む」
「はいはーい。あっ、ってか機材って今から申請しなきゃいけない感じ?」
「いや、それは俺が済ませてある。こんな時期に誰も来ないだろうから3日間フルで使っていいという許可が下りてる。一応研修室Aも押さえてあるから」
「オッケ、了解でーす」
「俺はここにいるから、何かあったら言ってくれ。昼の休憩を挟んで行けそうなら午後イチで収録を始めるつもりだけど、最悪夕方には始められればと思ってる。それじゃあ、解散」
「はーい」
早速俺はつばめ先輩にお願いしますと一礼して、後ろにくっついて行く。機材は狭くて埃っぽい部室にあるけど、残暑が厳しいこの時期に狭くて埃っぽい部屋での収録だなんて地獄でしかないと。だから、朝霞先輩が押さえておいてくれたという研修室に機材を運ぶところから始まるそうだ。
台車に機材を積めるだけ積んで、研修室へと運び出す。ちょっとした段差でも、機材には大きな衝撃になる。そーっと、振動しないように支えながら。研修室という部屋があったことも初めて知ったけど、扉を開くと、音声を収録するには比較的良さそうな環境だなともわかる。
サークル棟の中でも人通りの少ない場所にあるからか、教室の中はシンと静まり返っている。これは単純に余計な音を拾わなさそう。扉を閉めればそれだけで陸の孤島みたいだ。それから、部室と違って埃っぽさがないし何より明るい。暗い中での作業は気が滅入りそうだから良かった。
「ラジドラでのミキサーの仕事は収録の時がメインね。演者のゲインを調整したり、録音のオンオフを切り替えたり、ちゃんと録れてるかチェックしたり。効果音を入れたりディバイドやら何やらっていう編集の作業は収録後のアタシの仕事」
「ミキサーとディレクターでもその辺りは変わって来るんですねー」
「とは言うけど実際ミキだから、Dだからこれしか出来ないとか言ってられる班でもないじゃんね」
「そうですね」
「編集の作業にもちょっと付き合ってもらうからそのつもりでいてね」
「わかりました」
「さ、機材を組み立てますか!」
「はい!」
「それじゃあゲンゴロー、指揮して」
「えっ、俺がつばめ先輩を指揮するんですか!?」
「夏を経てどんだけ出来るようになってるのかの確認を兼ねてね、別に、出来てなくてもその分これから扱き倒すだけだから問題ないよ」
朝霞先輩もそうだけど、つばめ先輩の口から「扱き倒す」とか言われるとちょっとした怖さがある。何だかんだ言ってつばめ先輩はミキサーとかディレクターとしての腕が物凄くある人だ。現場の叩き上げでそうなってるから、俺に物事を教えてくれる時も実際にやらせてみるっていう感じで。
別にそれが嫌なワケじゃない。なんなら全然わかりやすいし。つばめ先輩が優しくて面倒見のいい人だとわかっていても、扱き倒すとか言われるとちょっとした怖さがあるんだよなあ。夏合宿でつばめ先輩の班が大変だったっていう話とかいろいろ聞いてるし。
「ゲンゴロー、それ挿すトコ違う」
「えっ、どれですか?」
「左から2つ目」
「あ、ホントだ。すみません」
「今日はマイク3本使うからね」
「はい」
「とりあえずこれで完成かな。後はラジドラで気を付けることとかを勉強しつつ、アナウンサー陣を待つって感じ。アタシはいつ飛んでくるかわからない注文に備えながらだけど」
「つばめ先輩ありがとうございます。でも、まさかステージの部活でラジオドラマをやるなんて思ってもなかったんで、ちょっと楽しみです」
「楽しみなの?」
「はい。一応演劇部の出なので、劇めいた作品に関われるとなるとワクワクします」
「そっか、そうだったね」
「朝霞先輩の台本を読ませてもらって、劇作品では高校振りくらいにワクワクしました」
「高校振りって、そんな昔のことでもないじゃん」
「厳密には高1くらいなので、結構前ですよ」
高1の時にブロック大会で見た山羽南高校の舞台から受けた衝撃は、今でも俺の中に強く残っている。台本、演出、演技……その他諸々。ただただその世界観に引き込まれて、終わった後はしばらく放心してた。俺は裏方だけど、あの舞台が憧れであり目標だったんだ。
今回の本はラジオドラマだけど、台本を読みながら映像で想像してた。舞台でやったらどんな感じだろうって。30分の中に凝縮された朝霞先輩の世界観が本当に凄くて、これをラジドラでどう表現出来るのかが本当に楽しみで。
「しかも山口先輩が1人3役とかじゃないですか。えっ、声優かなって思って」
「それを出来ない、やれないって言わせないのが朝霞サンだからね。ま、洋平も出来ないとは言わないけどな」
「ええー……凄い…!」
「朝霞サンと洋平はさ、ちょっと互いに隙を見つけたら「は? お前何でその程度で満足してんだよもっとやれよクソが」っつって殴り合ってるからさ。アタシらはその殴り合いをヤジるくらいでちょーどなのよ」
end.
++++
星ヶ丘のラジドラの季節になりました。ゲンゴロー視点では初めてかもしれない。
つばちゃんが扱き倒すと言うとちょっと雰囲気があるのはきっと本人の性格やら、これまで見て来た物やらの印象なんやろなあ
そういやゲンゴローってカナコともコスプレ関係で繋がりがあるはずなんだけども、知らずに同じ人のことを喋ってるパターンの話の再来はありますね
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