2019(02)
■価値創造のタイミング
++++
「あー……あ~…!? どーするよー……あ~…!?」
「おい、まだ決まらないのか」
「ちょっと待て浅浦、もうちょっとだけ悩ませてくれ」
伊東に連れられやって来たのは、家電量販店のキッチン用品コーナーだ。アイツは自動調理鍋を前に、うーんうーんと彼是1時間ほど悩んでいる。元々優柔不断な方ではあるけど、まさかここまで悩むかと、暇を拗らせた俺はマッサージチェアのお試しを終えて溜め息を。
コイツがキッチン用品だの台所家電に目をキラキラさせるようになったのは一人暮らしを始めてから。厳密には、宮林サンのお世話が軌道に乗って来て、料理の腕が上がって来てからだ。今では自分の部屋も彼女の部屋も、台所は完全に奴の要塞と化している。
酒豪サークルと名高いMBCCで開かれる飲み会でも、酒の飲めない伊東は飲む代わりに延々と料理を作り続けているという。宅飲みで居酒屋並、もしくはそれ以上のメニューが出て来るとあって満足度はかなり高いらしく、伊東も長く飲み会の空気を楽しめるとかで持ちつ持たれつのようだ。
で、そんな伊東が目を付けたのが自動調理鍋だ。コイツが悩んでいる機種に関して言えば電気圧力鍋とも言えるだろう。それを前に欲しいな、でも本当に要るのかな、などと唸っているのだ。展示品を前に、時折声を掛けに来る店員も引くぐらいの悩み様で。
「なあ浅浦、お前はこれについてどう思う」
「レシピに沿うのが面倒。そんなモン、ガスでガッとやっとけばよくないかと」
「まあお前は機械との相性が悪いもんな」
「お前は機械との相性がいいしレシピも守るんだから、こういうのは合うんじゃないのか。何を悩む必要が」
俺も料理はよくするけど基本的に材料の計測は目分量だし、結構いい加減なところがある。しかし伊東はレシピに忠実だし、材料もしっかり計測する。丁寧な料理をするという印象がある。無線LANにも対応しててレシピを出してくれたり音声案内をしてくれるんだと言うけど、それに従えるなら問題ないだろと。
「これの性能とかレビューとかを調べてたらさ、真空保温調理機っていうのも見つけてさ」
「は?」
「そっちは家電じゃないんだけど、ちょっと加熱した鍋を外側の鍋に入れて放置するっていう。余熱で調理するタイプの鍋なんだよ」
「あー、なるほど。土鍋をタオルで包むとかそういうアレな」
「そーそー。それもめっちゃ気になっててさ~…!」
どうやら、調べものをしている間に別の欲しい物が出来てしまったようだ。どっちがより欲しいのか、買ったところで使いこなせるのか、片方だけを買ったら後悔しないか、どっちも買わずに自分の腕ひとつで頑張るのか、でも買わずに後悔しそうだ……その他諸々悩みは尽きなさそうだ。
「買ったらいいんじゃないのか。丁度今増税前のセールだろ」
「今月ガチで金欠なんだよ。金欠って言うか、出費の予定があるって言うか」
「お前、サッカーと花粉対策以外にそんなまとまった出費をする奴だったか」
「月末が慧梨夏の誕生日だからな。いろいろあんだよ、指輪とプレゼント用意したりとか」
「ああ、それがあったか。デート費用な」
「それを考えたらあんまり多くは使えないんだよな~…!」
ちょうど今の時期は3連休で挟まれているということもあって、3連休と3連休の間でセールが開かれている店も多いようだ。これを機に買い物をしてしまいたいという想いと、彼女の誕生日のために財力は残しておきたいという気持ちがせめぎ合っているようだった。
「でも、考えてみろ」
「何だよ」
「その自動調理鍋だの真空ナントカを使わずに眠らせとくなら損だけど、お前は絶対元を取るくらい使うんだから今月が赤になろうとも問題なくないかと。多少は蓄えもあるんだろ」
「多少はな」
「で、仮にこの鍋を使って調理をするとする。その料理を主に食うのは誰だ?」
「俺と慧梨夏、だな。あとMBCCの無制限飲みでも大活躍すると思う」
「お前の趣味もあるだろうけど、あの人との暮らしへの投資と見れば実際の値段ほど高い買い物じゃないだろ」
「2つ合わせて……ちょっと店員さん捕まえて交渉するか」
そう言うや否や、奴はさっきから声を掛けて来ていた店員を捕まえ、これこれこういう……と交渉を始めた。もしかしてどっちも買うつもりか。奴の自由だし好きにすればいいだろうけど、ちょっと煽り過ぎたか。まあいい。荷物運搬役として車を出させられてるのに、運ぶ荷物がないとかお笑いだ。
「はい、それじゃあそれで! ありがとうございまーす」
「コイツマジで値切りやがった…!」
「よっしゃ、言ってみるモンだな浅浦! あ~…! でも真面目にデカイ」
伊東は店員に2つ同時に買うからいくらか安くならないかと値切っていたが、まさか本当に安くなるとは思ってもいなかったらしく交渉成立に喜びを隠さない。付き添いの俺は揚々とレジに向かう奴を後ろからただただ見守る。
「よーし浅浦、さっそく今日はこれを使って何か作るぞ! スーパーに寄ってくれ」
「はいはい。で、結局最終的にいくらになったんだ?」
「2つ合わせて4万ちょいが、これまで溜めてたポイントを使って2万だな」
「と言うか、そんなにポイント持ってたのか」
「デカイ買物するときは結構するから、何気にあったんだよ」
「その浮いた2万ちょいで誕生日のデートを充実させるんだな」
「お気遣いどーも」
今日はビーフシチューで明日は鶏肉と栗の炊き込みご飯にしよう、などと、伊東はウキウキしながら献立を組み立てている。スマホで検索し続けているレシピを片っ端から試す気でいるのだろうか。まあ、コイツなら元は取るだろうからな。俺もいつかはその恩恵にあずかりたいものだけど。
end.
++++
いち氏が去年大活躍した例の鍋を買いに行っていたようです。慧梨夏の誕生日など、何気に考えるポイントはちょいちょいあった模様。
しかし、優柔不断ないち氏が悩んでいる間、マッサージチェアを試してたとか浅浦雅弘はどんだけお疲れやったんや……
そして、テレビやキッチン家電など、何気にデカイ買物をする機会の多いいち氏は家電量販店のポイントがたまりやすかったようです。
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「あー……あ~…!? どーするよー……あ~…!?」
「おい、まだ決まらないのか」
「ちょっと待て浅浦、もうちょっとだけ悩ませてくれ」
伊東に連れられやって来たのは、家電量販店のキッチン用品コーナーだ。アイツは自動調理鍋を前に、うーんうーんと彼是1時間ほど悩んでいる。元々優柔不断な方ではあるけど、まさかここまで悩むかと、暇を拗らせた俺はマッサージチェアのお試しを終えて溜め息を。
コイツがキッチン用品だの台所家電に目をキラキラさせるようになったのは一人暮らしを始めてから。厳密には、宮林サンのお世話が軌道に乗って来て、料理の腕が上がって来てからだ。今では自分の部屋も彼女の部屋も、台所は完全に奴の要塞と化している。
酒豪サークルと名高いMBCCで開かれる飲み会でも、酒の飲めない伊東は飲む代わりに延々と料理を作り続けているという。宅飲みで居酒屋並、もしくはそれ以上のメニューが出て来るとあって満足度はかなり高いらしく、伊東も長く飲み会の空気を楽しめるとかで持ちつ持たれつのようだ。
で、そんな伊東が目を付けたのが自動調理鍋だ。コイツが悩んでいる機種に関して言えば電気圧力鍋とも言えるだろう。それを前に欲しいな、でも本当に要るのかな、などと唸っているのだ。展示品を前に、時折声を掛けに来る店員も引くぐらいの悩み様で。
「なあ浅浦、お前はこれについてどう思う」
「レシピに沿うのが面倒。そんなモン、ガスでガッとやっとけばよくないかと」
「まあお前は機械との相性が悪いもんな」
「お前は機械との相性がいいしレシピも守るんだから、こういうのは合うんじゃないのか。何を悩む必要が」
俺も料理はよくするけど基本的に材料の計測は目分量だし、結構いい加減なところがある。しかし伊東はレシピに忠実だし、材料もしっかり計測する。丁寧な料理をするという印象がある。無線LANにも対応しててレシピを出してくれたり音声案内をしてくれるんだと言うけど、それに従えるなら問題ないだろと。
「これの性能とかレビューとかを調べてたらさ、真空保温調理機っていうのも見つけてさ」
「は?」
「そっちは家電じゃないんだけど、ちょっと加熱した鍋を外側の鍋に入れて放置するっていう。余熱で調理するタイプの鍋なんだよ」
「あー、なるほど。土鍋をタオルで包むとかそういうアレな」
「そーそー。それもめっちゃ気になっててさ~…!」
どうやら、調べものをしている間に別の欲しい物が出来てしまったようだ。どっちがより欲しいのか、買ったところで使いこなせるのか、片方だけを買ったら後悔しないか、どっちも買わずに自分の腕ひとつで頑張るのか、でも買わずに後悔しそうだ……その他諸々悩みは尽きなさそうだ。
「買ったらいいんじゃないのか。丁度今増税前のセールだろ」
「今月ガチで金欠なんだよ。金欠って言うか、出費の予定があるって言うか」
「お前、サッカーと花粉対策以外にそんなまとまった出費をする奴だったか」
「月末が慧梨夏の誕生日だからな。いろいろあんだよ、指輪とプレゼント用意したりとか」
「ああ、それがあったか。デート費用な」
「それを考えたらあんまり多くは使えないんだよな~…!」
ちょうど今の時期は3連休で挟まれているということもあって、3連休と3連休の間でセールが開かれている店も多いようだ。これを機に買い物をしてしまいたいという想いと、彼女の誕生日のために財力は残しておきたいという気持ちがせめぎ合っているようだった。
「でも、考えてみろ」
「何だよ」
「その自動調理鍋だの真空ナントカを使わずに眠らせとくなら損だけど、お前は絶対元を取るくらい使うんだから今月が赤になろうとも問題なくないかと。多少は蓄えもあるんだろ」
「多少はな」
「で、仮にこの鍋を使って調理をするとする。その料理を主に食うのは誰だ?」
「俺と慧梨夏、だな。あとMBCCの無制限飲みでも大活躍すると思う」
「お前の趣味もあるだろうけど、あの人との暮らしへの投資と見れば実際の値段ほど高い買い物じゃないだろ」
「2つ合わせて……ちょっと店員さん捕まえて交渉するか」
そう言うや否や、奴はさっきから声を掛けて来ていた店員を捕まえ、これこれこういう……と交渉を始めた。もしかしてどっちも買うつもりか。奴の自由だし好きにすればいいだろうけど、ちょっと煽り過ぎたか。まあいい。荷物運搬役として車を出させられてるのに、運ぶ荷物がないとかお笑いだ。
「はい、それじゃあそれで! ありがとうございまーす」
「コイツマジで値切りやがった…!」
「よっしゃ、言ってみるモンだな浅浦! あ~…! でも真面目にデカイ」
伊東は店員に2つ同時に買うからいくらか安くならないかと値切っていたが、まさか本当に安くなるとは思ってもいなかったらしく交渉成立に喜びを隠さない。付き添いの俺は揚々とレジに向かう奴を後ろからただただ見守る。
「よーし浅浦、さっそく今日はこれを使って何か作るぞ! スーパーに寄ってくれ」
「はいはい。で、結局最終的にいくらになったんだ?」
「2つ合わせて4万ちょいが、これまで溜めてたポイントを使って2万だな」
「と言うか、そんなにポイント持ってたのか」
「デカイ買物するときは結構するから、何気にあったんだよ」
「その浮いた2万ちょいで誕生日のデートを充実させるんだな」
「お気遣いどーも」
今日はビーフシチューで明日は鶏肉と栗の炊き込みご飯にしよう、などと、伊東はウキウキしながら献立を組み立てている。スマホで検索し続けているレシピを片っ端から試す気でいるのだろうか。まあ、コイツなら元は取るだろうからな。俺もいつかはその恩恵にあずかりたいものだけど。
end.
++++
いち氏が去年大活躍した例の鍋を買いに行っていたようです。慧梨夏の誕生日など、何気に考えるポイントはちょいちょいあった模様。
しかし、優柔不断ないち氏が悩んでいる間、マッサージチェアを試してたとか浅浦雅弘はどんだけお疲れやったんや……
そして、テレビやキッチン家電など、何気にデカイ買物をする機会の多いいち氏は家電量販店のポイントがたまりやすかったようです。
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