2019(02)

■スルスル・スルー

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「あっ、いたいた! おーい石川、それに福井さんも!」
「高井、どうした?」

 筒状に丸めた紙を手に、そいつはやってきた。俺たちを見つけると喜びを表現して目の前に陣取る。高井圭希、岡本ゼミの中でも無駄に熱く鬱陶しい男だ。高井は今年から星大に編入してきた。だからなのか本人の性格なのかはわからないが、見る物すべてに大袈裟な反応を見せる。

「今さ、大学祭のブース説明会に出て来てさ」
「ブース説明会? 授業も始まってない時期にやってるのか」
「何かそうらしい。で、ゼミの3年で出るからその諸々の手続きとかしてたんだけど、そろそろ本腰入れて準備をしなきゃいけないなと」
「……徹、今、彼……何て…?」
「俺も聞こえなかったことにしたい」

 何やら縁起でもない言葉が聞こえたような気がした。ゼミの3年で大学祭のブースを出展する、とかナントカって聞こえた気がした。冗談じゃない。ブースなんか出そうものなら貴重な休日が潰れるし、仮に大学に来ていたとしても自由に出歩くこともままならない。
 そもそも、高井は自身を含め9人いる3年の誰に何を期待したというのだ。ゼミで出るということは、自分1人で企画運営を全て回す気もなさそうだ。高井個人の道楽に俺たちは巻き込まれるのかと、気が気じゃない。せっかくサークルの方を幽霊部員の立場を利用して回避出来ると思ったのに。

「それでさ、出店するって申し込んではあるんだけど、何を出すのかは決めてなくて。大学祭って言ったらやっぱり模擬店だよな! 何か食べ物を出そうと思うんだ」
「まあ、お前が勝手にやる分には好きにしてもらって」
「右に同じ……」
「参加しろよぉおお~っ!」
「俺からすればどうしてお前がそこまで大学祭なんかに熱くなれるのかがわからない」
「俺からすればどうしてお前がそこまで大学祭に冷めていられるのかがわからない。何で? お祭りじゃん、楽しいじゃん」
「別に大学祭が嫌いなわけじゃないけど、自分がやるのは面倒だ。やるならお前が勝手にやっていればいい」
「そこを何とか~!」

 ……などと高井が食い下がる中、ピーッとゼミ室のドアが開錠される音。台車を転がしてやって来たのはリンだ。どうやら今日のバイトが終わって来たのだろう。しかし、台車で運ばなければならないほどの荷物というのは。

「ふう。お前たち、朗報だ」
「何だリン、こっちは今高井がふざけたことを言ってて大変なんだぞ」
「ふざけたことってなんだ!」
「高井がふざけているのは今更だろう。お前たち、ジャガイモを持って行かないか」
「……まーた情報センターか」
「ちなみにセンターにはまだあるぞ。1個2個と言わずケース単位で持って行ってもらって構わんぞ」

 リンが持って来た箱には「北辰のじゃがいも」と書かれている。リンがこうして情報センターから押し付けられてジャガイモのケースを持ってくるのはよくあるイベントだ。リンが苦虫を噛み潰したような顔をして困っているのを見るのが楽しいから、俺はあまり芋を持って行かないんだけど。

「如何せん北辰のジャガイモ、しかも新じゃがだけあって味は保証されていると言っていいだろう。如何せん量がな……ここにも置いておくから好きに食え」
「本当に、いいジャガイモ……」
「美奈、どうだ? いくつか持って帰ってみないか」
「それじゃあ、少し……」

 美奈はリンが持って来たジャガイモを持ち帰るようで、10個ほどをビニールの袋に詰めている。一般家庭で10個もジャガイモがあればしばらくやっていけるだろう。いや、蒸かし芋にして食べるなら1回くらいか。1人2、3個と仮定しても。

「……はっ! リンのこのジャガイモを模擬店に使うっていうのはどうだ石川!」
「だから、お前が勝手にやる分には好きにしろって言ってるだろ」
「元手がタダだから稼ぎ放題じゃね?」
「石川、高井は何を言っているんだ」
「何か、ゼミで学祭のブースを出すとかって言ってるんだ。勝手に申し込んだらしくて」
「はーっ……この猪野郎が」
「ンだと! リン、お前はやるよな!」
「何故オレがそんなことをせねばならん。一応言っておくが、大学祭期間中であろうと情報センターは開放されている。つまり、オレはバイトに入らねばならんからな」
「だあああっ! ウソだろ!? つか大祭期間中に情報センターなんか誰が使うんだよ!?」
「それはスタッフも同じ気持ちだ。しかしオレはセンターに籠っているからな」

 どうにか学祭で出すブースを手伝って欲しいと高井は食い下がる。しかし俺たちには高井を手伝う理由がない。そもそもゼミで出すなら全員を集めて事前にこれこれこういうことをしようと思うんだけど、と通知を入れるべきだったんだ。通知があれば、お前が1人でやっていろと最初から言っていたのに。

「そしたらさ、稼いだ分は参加してくれたメンバーで分配して何か豪勢に打ち上げやんね?」
「だから、そもそも参加するのが面倒だと言っているのに」
「そこを何とか! そしたらさ、せめてこのジャガイモを使って出来るメニューのアイディアを出して!」
「何をしたいかの案もなかったのにどうしてブースを出そうとしたのか」
「……本当に……」
「簡単に出来るジャガイモメニューのアイディアを下さい!」
「石川、コイツの相手は任せた」
「やなこった」
「今日の夜、このジャガイモを使ってカレーでも作る…?」
「お、いいな」
「美味そうだ。しかしそうなると米はどうしたものか」
「米はまだもうちょっと備蓄のヤツがなかったか」
「残りが少ないようなら、買い出しに……」
「なー! 俺を無視すんなってー!」


end.


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圭希クンは誰にも相談せずにやるって決めてたようですが、みんな大学祭が楽しみで楽しみで仕方ないと思っていたんだろうなあ
学祭に対しては基本やる気のない兄さんらですが、巻き込まれて行くんだよなあ……がんばえー
そして件のジャガイモがゼミ室にも運ばれてきました。夕飯で作られたカレーが今後3人の運命を動かしていくのである、的な

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