2019(02)
■件の本戦が始まる
++++
「ひー、よっこいしょーいちーィ」
「む」
ガラガラと台車を引き摺って、春山さんが事務所に荷物を運んできた。4段、5段ほどある段ボールは、なかなかに重量感がありそうだ。何事だと事務所で待機していた烏丸が目をまんまるくして首を傾げている。
しかし、センターの業務に使う備品であれば、事務所の前まで業者が運搬してくる。スタッフ自身で運んでくるものとなると、余程のことでない限り業務には関係ないはずだ。春山さんが運び込んで来る大荷物というだけで嫌な予感しかしない。
「春山さーん、この箱、何ですか?」
「ダイチ、箱に書いてる文字は読めるか?」
「さすがに読めますよ。「北辰のじゃがいも」って書いてあるんですよね!」
「魔の季節が来たか」
「察しがいいなあリン様よォ。おーい、自習室業務がーとか言って逃げんじゃねーぞ。先のシフトが火を噴くぞ」
「チッ」
夏にもあった例のヤツだ。芋の季節が来ると、ジャガイモ農園をやっているという春山さんの親戚が、これでもかと芋を送って来るそうだ。普通に考えて1人では到底食い切れん量なのだが、その辺りは周りの奴に配ってやれとかそういうことなのだろう。
そして春山さんは大量に送られてきて扱いに困る芋をセンターに運び込んではオレなどのスタッフに無理矢理押し付けるのだ。例年、夏のそれはまだ規模が小さいのだが、秋の本戦は夏の非ではない。よくよく見ると、事務所にはそれまでなかったパーテーションが設置されていた。もしかしなくともその裏にあるのは。
「川北が帰って来てからでも良かったんだけど、それどころじゃねーんだよ。つかマジでありえねー。圧死するっつって毎年言ってんのによ」
「ここまで来ると圧死させたいんでしょう」
「さすがに芋に押し潰されて死ぬのは間抜けすぎるから、今年もやるぞ!」
「はーっ……この季節が来てしまったか」
「ねえユースケ、何が始まるの?」
「春山さんの親族がジャガイモ農園を営んでいてな。その関係で芋の季節になると大量に送られてくる。その処理に困った春山さんがセンタースタッフに芋を押し付ける大会が開かれるのだ」
「ジャガイモかあ。芽は食べられないんだよね」
「ああ。芽や緑色の部分にはソラニンという有毒物質が含まれる」
「じゃあ、齧る時には気を付けなきゃいけないね」
「……ん? 烏丸、お前まさかジャガイモを生で食うのか」
「調理の仕方もわからないし、そのままでも食べれるから」
烏丸がセンタースタッフとなって少し経ったが、その間に烏丸大地という男のことが少しわかってきた。と言うか、聞いてもいない生い立ちを本人がサラリと喋っていたという方が正しいかもしれん。一言で言うと、育ち方がオレのようなごく一般的な学生とは大いに異なるのだ。
中学2、3年の頃までは親から外に出してもらえなかったとか、学校は行っていなかったとか。その親も自分の養育を放棄して、自分は残飯やゴミの中から何とか食べる物を探して食い繋いでいたとか。他にもまだあるようだが、少し聞くだけでも尋常ではないとわかる。生で食ったジャガイモも生ゴミの中から見つけ出した物だそうだ。
しかし、虐待と呼ぶのが一般的な感覚であろうその育ちはともかく、ジャガイモは生で食うより過熱して食った方が美味いとオレは思う。と言うか、生で食うという発想がなかったのだ。蒸かし芋の皮くらいなら剥かずに食えるが、さすがに加熱はしたい。
「春山さん、烏丸に何とか言ってやってください」
「いや、生で食えるには食えるぞ」
「本当か」
「まあ、生で食うのは新じゃがをオススメするけどな。ちなみに私が持って来た芋はガチのマジな新じゃがだから生でも食えるぞ。芽はちゃんと取れな」
「はーい」
「でだ! これから始まるのは誰が何ケース持って行くかっていう分配だな!」
「単位が個ではなくケースというのがまた悪質ですね」
さて、件の「北辰のじゃがいも」のケースにはLサイズ5キロとある。曰く1ケースにつき25個ほどの芋が入っているだろうとのこと。しかし、単位がケースなだけに何ケース押し付けられるのやら。パーテーションの裏にもまだ箱が積まれていると考えると……考えたくもないが。
「ダイチ、ところでお前の部屋には電子レンジはあるのか?」
「ありますよ」
「濡らした芋をラップで包んで、3分チンしたらそれだけでもう食えるぞ。お前は生も好きかもしれないけど、私は熱して食うのがオススメだ。塩とか、好きな調味料を用意してだな」
「へー、案外簡単に出来るんですねー。やってみよう」
ゼミ室で蒸かし芋がどうしたという話になると調理器具が、とか作り方が、という話になっていつも敬遠してしまうのだが、ラップで包んでレンジで加熱するだけでそれらしくなるのであれば、オレもゼミ室での芋消費量が増えるだろう。言うととんでもない量を押し付けられるだろうから言わんが。
「で! 何ケース持って行くんだ?」
「芋って主食になりますよね。1ケースから様子を見て、食べれそうだったらもうちょっと下さい」
「そうかそうか、わかったぞ。ダイチ、調理の仕方がわかんなかったら私が教えるからな。どんどん食ってくれ」
「本当ですか!? 春山さんは料理が上手なんですね!」
「で、アンタに烏丸の口に合いそうな物は作れるんですか」
「口に合うかどうかは知らないけど、ダイチと言えば食パンだろ? マッシュポテトトーストとかならサッと出来そうだけどな。お好みで上にチーズをのせても多分美味いぞ」
「それは普通に美味そうなので今ここで作ってもらえればオレが食うんですがね」
「何でお前のためにわざわざ作ってやらなきゃいけねーんだ。お前は自分でやれよクソが。で、オメーは何ケース持って行くんだ? 3ケースか! 5ケースか!」
「どうして最低単位が3ケースから始まっている」
「何もお前が全部食わなきゃいけないワケじゃねーんだよなー。それとも配り歩く人脈がないのかお前には」
end.
++++
芋の季節がやってきたよ! ミドリはまだ帰って来てないけど、帰ってきたらビックリするんだろうなあ
そしてダイチには優しい春山さんである。調理の仕方がわかんなかったら教えるってな。まあでも春山さんは実際料理上手だからね
リン様に大量の芋が押し付けられたところから始まる話もあるので、今年はその辺の話も久々にやりたい
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「ひー、よっこいしょーいちーィ」
「む」
ガラガラと台車を引き摺って、春山さんが事務所に荷物を運んできた。4段、5段ほどある段ボールは、なかなかに重量感がありそうだ。何事だと事務所で待機していた烏丸が目をまんまるくして首を傾げている。
しかし、センターの業務に使う備品であれば、事務所の前まで業者が運搬してくる。スタッフ自身で運んでくるものとなると、余程のことでない限り業務には関係ないはずだ。春山さんが運び込んで来る大荷物というだけで嫌な予感しかしない。
「春山さーん、この箱、何ですか?」
「ダイチ、箱に書いてる文字は読めるか?」
「さすがに読めますよ。「北辰のじゃがいも」って書いてあるんですよね!」
「魔の季節が来たか」
「察しがいいなあリン様よォ。おーい、自習室業務がーとか言って逃げんじゃねーぞ。先のシフトが火を噴くぞ」
「チッ」
夏にもあった例のヤツだ。芋の季節が来ると、ジャガイモ農園をやっているという春山さんの親戚が、これでもかと芋を送って来るそうだ。普通に考えて1人では到底食い切れん量なのだが、その辺りは周りの奴に配ってやれとかそういうことなのだろう。
そして春山さんは大量に送られてきて扱いに困る芋をセンターに運び込んではオレなどのスタッフに無理矢理押し付けるのだ。例年、夏のそれはまだ規模が小さいのだが、秋の本戦は夏の非ではない。よくよく見ると、事務所にはそれまでなかったパーテーションが設置されていた。もしかしなくともその裏にあるのは。
「川北が帰って来てからでも良かったんだけど、それどころじゃねーんだよ。つかマジでありえねー。圧死するっつって毎年言ってんのによ」
「ここまで来ると圧死させたいんでしょう」
「さすがに芋に押し潰されて死ぬのは間抜けすぎるから、今年もやるぞ!」
「はーっ……この季節が来てしまったか」
「ねえユースケ、何が始まるの?」
「春山さんの親族がジャガイモ農園を営んでいてな。その関係で芋の季節になると大量に送られてくる。その処理に困った春山さんがセンタースタッフに芋を押し付ける大会が開かれるのだ」
「ジャガイモかあ。芽は食べられないんだよね」
「ああ。芽や緑色の部分にはソラニンという有毒物質が含まれる」
「じゃあ、齧る時には気を付けなきゃいけないね」
「……ん? 烏丸、お前まさかジャガイモを生で食うのか」
「調理の仕方もわからないし、そのままでも食べれるから」
烏丸がセンタースタッフとなって少し経ったが、その間に烏丸大地という男のことが少しわかってきた。と言うか、聞いてもいない生い立ちを本人がサラリと喋っていたという方が正しいかもしれん。一言で言うと、育ち方がオレのようなごく一般的な学生とは大いに異なるのだ。
中学2、3年の頃までは親から外に出してもらえなかったとか、学校は行っていなかったとか。その親も自分の養育を放棄して、自分は残飯やゴミの中から何とか食べる物を探して食い繋いでいたとか。他にもまだあるようだが、少し聞くだけでも尋常ではないとわかる。生で食ったジャガイモも生ゴミの中から見つけ出した物だそうだ。
しかし、虐待と呼ぶのが一般的な感覚であろうその育ちはともかく、ジャガイモは生で食うより過熱して食った方が美味いとオレは思う。と言うか、生で食うという発想がなかったのだ。蒸かし芋の皮くらいなら剥かずに食えるが、さすがに加熱はしたい。
「春山さん、烏丸に何とか言ってやってください」
「いや、生で食えるには食えるぞ」
「本当か」
「まあ、生で食うのは新じゃがをオススメするけどな。ちなみに私が持って来た芋はガチのマジな新じゃがだから生でも食えるぞ。芽はちゃんと取れな」
「はーい」
「でだ! これから始まるのは誰が何ケース持って行くかっていう分配だな!」
「単位が個ではなくケースというのがまた悪質ですね」
さて、件の「北辰のじゃがいも」のケースにはLサイズ5キロとある。曰く1ケースにつき25個ほどの芋が入っているだろうとのこと。しかし、単位がケースなだけに何ケース押し付けられるのやら。パーテーションの裏にもまだ箱が積まれていると考えると……考えたくもないが。
「ダイチ、ところでお前の部屋には電子レンジはあるのか?」
「ありますよ」
「濡らした芋をラップで包んで、3分チンしたらそれだけでもう食えるぞ。お前は生も好きかもしれないけど、私は熱して食うのがオススメだ。塩とか、好きな調味料を用意してだな」
「へー、案外簡単に出来るんですねー。やってみよう」
ゼミ室で蒸かし芋がどうしたという話になると調理器具が、とか作り方が、という話になっていつも敬遠してしまうのだが、ラップで包んでレンジで加熱するだけでそれらしくなるのであれば、オレもゼミ室での芋消費量が増えるだろう。言うととんでもない量を押し付けられるだろうから言わんが。
「で! 何ケース持って行くんだ?」
「芋って主食になりますよね。1ケースから様子を見て、食べれそうだったらもうちょっと下さい」
「そうかそうか、わかったぞ。ダイチ、調理の仕方がわかんなかったら私が教えるからな。どんどん食ってくれ」
「本当ですか!? 春山さんは料理が上手なんですね!」
「で、アンタに烏丸の口に合いそうな物は作れるんですか」
「口に合うかどうかは知らないけど、ダイチと言えば食パンだろ? マッシュポテトトーストとかならサッと出来そうだけどな。お好みで上にチーズをのせても多分美味いぞ」
「それは普通に美味そうなので今ここで作ってもらえればオレが食うんですがね」
「何でお前のためにわざわざ作ってやらなきゃいけねーんだ。お前は自分でやれよクソが。で、オメーは何ケース持って行くんだ? 3ケースか! 5ケースか!」
「どうして最低単位が3ケースから始まっている」
「何もお前が全部食わなきゃいけないワケじゃねーんだよなー。それとも配り歩く人脈がないのかお前には」
end.
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芋の季節がやってきたよ! ミドリはまだ帰って来てないけど、帰ってきたらビックリするんだろうなあ
そしてダイチには優しい春山さんである。調理の仕方がわかんなかったら教えるってな。まあでも春山さんは実際料理上手だからね
リン様に大量の芋が押し付けられたところから始まる話もあるので、今年はその辺の話も久々にやりたい
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