2019(02)
■真の満足を生むために
++++
夜7時、ピンポーンとインターホンが鳴る。誰だろうと思えばドンドンドンと激しくドアが叩かれる。……高崎先輩か。早く出ないと後が怖い。
「はい」
「L、飯食うぞ」
「今日は何を食うつもりで? ピザではなさそうっすけど。あと、聞いてないんで餃子も出来ないっすよ」
「いや、今日クソ暑かっただろ。だからビールでも飲みてえなと思ってコンビニに行ったらおでんなんて売ってやがるじゃねえか」
「……クソ暑かったのにおでんすか?」
「夜だからセーフだと思った。失敗したとは思ってる。明らかに選択をしくじったのに、独りで食うのも味気ねえ」
「で、俺を巻き込んだと」
高崎先輩がこうやって食べ物を手にうちにやってくることは珍しくない。むしろよくあることだ。何だかんだ言ってこの人は1人ではなく誰かと飯を食いたい方なんだ。誰かと飯を食いたいという先輩の気紛れに巻き込まれること数知れず。でも、俺は別にそれも嫌じゃない。
今日は確かにクソ暑かった。俺は冷房を効かせた部屋で悠々自適に過ごしてたけど、先輩はピザ屋のバイトで外回りをしてたとか。それは本当に暑かっただろうし、ビールのひとつや2つも飲みたくなるはずだ。でも、目についたおでんをうっかり買ってしまったのだと言う、このクソ暑いのに。
「どうせお前そんなに量食わねえと思って具はあんま考慮してねえけどよ」
「それでいいですよ。実際そんなに食べないですし。大根と卵さえ1つずつあればあとはそこまで」
「何かお椀とか持って来いよ。今入れてやる」
「あざっす」
おでんを分けてもらう用のお椀と、自分で飲む酒を手に取って先輩の前に陣取る。大根と卵を入れてもらって、あとはまあ、気分で分けてもらうことに。俺はそこまで量を食べることを求めないから、コンビニおでんくらいでも全然費用的に痛くないよなあと思う。
「先輩、それだけで足ります? 白飯とか」
「正直足りねえ。もしかしてお前、白飯があるとか」
「よそって来ましょうか」
「頼む」
先輩の分のごはんをよそいながら改めて思う。高崎先輩や、あと身近なところで言えば果林や野坂みたいな量を食べないと満足しないっていうタイプの人は、おでんひとつ食べるにしてもコンビニなんかで買ってたら破産しないかなと。それとも、こんな白飯みたく他のもので誤魔化すのか。
特に高崎先輩の場合、炭水化物オン炭水化物っていうのが基本になっている。うどんに飯とか、粉もんに飯とか。何かしらライスオアパンって感じで付けないと量的な満足感が得られないんだろうなと。MBCCでは小食だと言われ蔑まれる俺にはとても理解出来ない感覚だ。
「はい先輩、飯っす」
「サンキュ」
「先輩、絶対足りてないっすよね」
「まあな。おでんはうめえんだけど、コンビニじゃやっぱり量的に満足出来ねえよな」
「もうちょっと寒くなったらおでん大会すかね、土鍋で」
「それもいいな。でも、自分で作るのも何かな。言ってそこまで料理が得意なワケでもねえし」
「それなんすよねー。でも先輩そこそこ自炊してなかったでしたっけ」
「しないワケじゃねえけど、簡単にしか出来ねえからな。自炊のレベルで伊東みたいなのを期待する方が――」
待てよ、と高崎先輩は何かをひらめいたように一旦箸を止めた。コンビニおでんが費用の関係で量を増やせないなら自分で作ればいい。だけども自分で作るには料理のスキル面で不安が残る。と言うかそもそも面倒だ。そこで出て来たカズ先輩の名前。
「おでん大会か。そうだ、そうしよう。おでん大会を開催すればいい」
「大会すか? もしや、カズ先輩に」
「量を作るならそこそこ人数いた方が1人当たりの負担は少ないし、伊東に声を掛ければ美味いもんが出て来るっつー保証が付く。俺は材料費を出して美味いおでんをたらふく食えるし、誰も損をしないのでは…?」
「まあ、カズ先輩ならまず間違いないっすよね」
「そうとなったら電話しとこう」
「って、えっ、電話するんすか!?」
まさかそこまでするか。しかもまだ日にちも何も決まっていない、高崎先輩の思い付きの段階……だよな…? だけど先輩は本当に電話をしているし、何か会話の様子を見てるとカズ先輩の様子もまんざらでもなさそうに聞こえるのがまあ何ともなあ。カズ先輩の声は聞こえてないけどさ。
もう少し涼しくなったらっていう話ではあるみたいだけど、MBCCでおでん大会が開催されることにはなったらしい。ただ2、3人でおでんを摘まむのではなくサークルの規模にまでなるとどんだけバカでかい鍋を用意しなきゃいけなくなるんだよっていう恐怖も少々。土鍋ひとつで足りるはずがなかった。
「よしL、今度おでん大会な」
「今度っていつすか……」
「10月にもなればそこそこ涼しいだろ。伊東もそれまでに練習しとくっつってたぞ」
「カズ先輩ってそーゆー人っしたよね……」
「ただ、10月に入ると学祭の準備も増えて来るからそうそう余裕をぶっこいてもいられねえ」
「ああ、そうっすよね。学祭か」
「それに、サークルが再開すると昼放送も始まる。曜日ごとの担当を決めるのは今からだけど、夏合宿での番組を聞いてある程度考えはある。お前も精々覚悟しとくんだな」
番組云々の話になるとガチトーン過ぎて怖いっていうな。淡々と語りながらおでんを食ってるけど、高崎先輩の中ではある程度秋からの昼放送をやれる人の振り分けは済んでるんだろうなあと。秋からの昼放送は3学年入り乱れ。2年生でも絶対に枠がもらえるとは限らない。
「土鍋の他にも補充用の鍋とかが必要になってくんのか?」
「――って急におでんに戻ったっすね!? まあ、人増やすならそれなりのモンが要ると思いますよ」
「だよな。ちょっと学祭の準備ついでに業務用品店見て来るか」
end.
++++
コンビニでおでんを見るようになりましたね。多分高崎が酒と一緒に食べてるんだろうなと想像しました。
で、例によって巻き込まれるLですが、今回はもう少し巻き込む幅が広がりそうな予感。
去年のいち氏はオクトーバーフェストに向けてすごい鍋の練習をしてたけど、今年のいち氏も凄い鍋を買ってしまうのだろうか
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夜7時、ピンポーンとインターホンが鳴る。誰だろうと思えばドンドンドンと激しくドアが叩かれる。……高崎先輩か。早く出ないと後が怖い。
「はい」
「L、飯食うぞ」
「今日は何を食うつもりで? ピザではなさそうっすけど。あと、聞いてないんで餃子も出来ないっすよ」
「いや、今日クソ暑かっただろ。だからビールでも飲みてえなと思ってコンビニに行ったらおでんなんて売ってやがるじゃねえか」
「……クソ暑かったのにおでんすか?」
「夜だからセーフだと思った。失敗したとは思ってる。明らかに選択をしくじったのに、独りで食うのも味気ねえ」
「で、俺を巻き込んだと」
高崎先輩がこうやって食べ物を手にうちにやってくることは珍しくない。むしろよくあることだ。何だかんだ言ってこの人は1人ではなく誰かと飯を食いたい方なんだ。誰かと飯を食いたいという先輩の気紛れに巻き込まれること数知れず。でも、俺は別にそれも嫌じゃない。
今日は確かにクソ暑かった。俺は冷房を効かせた部屋で悠々自適に過ごしてたけど、先輩はピザ屋のバイトで外回りをしてたとか。それは本当に暑かっただろうし、ビールのひとつや2つも飲みたくなるはずだ。でも、目についたおでんをうっかり買ってしまったのだと言う、このクソ暑いのに。
「どうせお前そんなに量食わねえと思って具はあんま考慮してねえけどよ」
「それでいいですよ。実際そんなに食べないですし。大根と卵さえ1つずつあればあとはそこまで」
「何かお椀とか持って来いよ。今入れてやる」
「あざっす」
おでんを分けてもらう用のお椀と、自分で飲む酒を手に取って先輩の前に陣取る。大根と卵を入れてもらって、あとはまあ、気分で分けてもらうことに。俺はそこまで量を食べることを求めないから、コンビニおでんくらいでも全然費用的に痛くないよなあと思う。
「先輩、それだけで足ります? 白飯とか」
「正直足りねえ。もしかしてお前、白飯があるとか」
「よそって来ましょうか」
「頼む」
先輩の分のごはんをよそいながら改めて思う。高崎先輩や、あと身近なところで言えば果林や野坂みたいな量を食べないと満足しないっていうタイプの人は、おでんひとつ食べるにしてもコンビニなんかで買ってたら破産しないかなと。それとも、こんな白飯みたく他のもので誤魔化すのか。
特に高崎先輩の場合、炭水化物オン炭水化物っていうのが基本になっている。うどんに飯とか、粉もんに飯とか。何かしらライスオアパンって感じで付けないと量的な満足感が得られないんだろうなと。MBCCでは小食だと言われ蔑まれる俺にはとても理解出来ない感覚だ。
「はい先輩、飯っす」
「サンキュ」
「先輩、絶対足りてないっすよね」
「まあな。おでんはうめえんだけど、コンビニじゃやっぱり量的に満足出来ねえよな」
「もうちょっと寒くなったらおでん大会すかね、土鍋で」
「それもいいな。でも、自分で作るのも何かな。言ってそこまで料理が得意なワケでもねえし」
「それなんすよねー。でも先輩そこそこ自炊してなかったでしたっけ」
「しないワケじゃねえけど、簡単にしか出来ねえからな。自炊のレベルで伊東みたいなのを期待する方が――」
待てよ、と高崎先輩は何かをひらめいたように一旦箸を止めた。コンビニおでんが費用の関係で量を増やせないなら自分で作ればいい。だけども自分で作るには料理のスキル面で不安が残る。と言うかそもそも面倒だ。そこで出て来たカズ先輩の名前。
「おでん大会か。そうだ、そうしよう。おでん大会を開催すればいい」
「大会すか? もしや、カズ先輩に」
「量を作るならそこそこ人数いた方が1人当たりの負担は少ないし、伊東に声を掛ければ美味いもんが出て来るっつー保証が付く。俺は材料費を出して美味いおでんをたらふく食えるし、誰も損をしないのでは…?」
「まあ、カズ先輩ならまず間違いないっすよね」
「そうとなったら電話しとこう」
「って、えっ、電話するんすか!?」
まさかそこまでするか。しかもまだ日にちも何も決まっていない、高崎先輩の思い付きの段階……だよな…? だけど先輩は本当に電話をしているし、何か会話の様子を見てるとカズ先輩の様子もまんざらでもなさそうに聞こえるのがまあ何ともなあ。カズ先輩の声は聞こえてないけどさ。
もう少し涼しくなったらっていう話ではあるみたいだけど、MBCCでおでん大会が開催されることにはなったらしい。ただ2、3人でおでんを摘まむのではなくサークルの規模にまでなるとどんだけバカでかい鍋を用意しなきゃいけなくなるんだよっていう恐怖も少々。土鍋ひとつで足りるはずがなかった。
「よしL、今度おでん大会な」
「今度っていつすか……」
「10月にもなればそこそこ涼しいだろ。伊東もそれまでに練習しとくっつってたぞ」
「カズ先輩ってそーゆー人っしたよね……」
「ただ、10月に入ると学祭の準備も増えて来るからそうそう余裕をぶっこいてもいられねえ」
「ああ、そうっすよね。学祭か」
「それに、サークルが再開すると昼放送も始まる。曜日ごとの担当を決めるのは今からだけど、夏合宿での番組を聞いてある程度考えはある。お前も精々覚悟しとくんだな」
番組云々の話になるとガチトーン過ぎて怖いっていうな。淡々と語りながらおでんを食ってるけど、高崎先輩の中ではある程度秋からの昼放送をやれる人の振り分けは済んでるんだろうなあと。秋からの昼放送は3学年入り乱れ。2年生でも絶対に枠がもらえるとは限らない。
「土鍋の他にも補充用の鍋とかが必要になってくんのか?」
「――って急におでんに戻ったっすね!? まあ、人増やすならそれなりのモンが要ると思いますよ」
「だよな。ちょっと学祭の準備ついでに業務用品店見て来るか」
end.
++++
コンビニでおでんを見るようになりましたね。多分高崎が酒と一緒に食べてるんだろうなと想像しました。
で、例によって巻き込まれるLですが、今回はもう少し巻き込む幅が広がりそうな予感。
去年のいち氏はオクトーバーフェストに向けてすごい鍋の練習をしてたけど、今年のいち氏も凄い鍋を買ってしまうのだろうか
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