2019(02)
■AorB ウケツケorバンド?
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最早日課となった情報センターでのバイト後、春山さんから指定されていた場所に向かう。春山さんから言われていたのは、キーボードを持ってこの場所に来いと。現在は閑散期でセンターの開放時間も平常時よりはやや短い。夕方、送ってこられた地図の場所に向けて歩く。
キーボードを持って来いということは、音楽の話でもするのだろうか。基本的には横暴で無茶苦茶で何とも言えん人間性をしている春山さんだが、音楽と宇宙に関する話題だけは信用出来ると言うか、興味深く聞くことが出来る。しかし、音楽の話をするだけならわざわざ外に出る必要もなければキーボードを持ってくる必要もない。
やや入り組んだ路地の裏を縫うように歩き指定された場所に着くと、そこには音楽スタジオと書かれた看板が掲げられていた。スタジオ練習やレコーディングなどにも使えるようで、古めかしく怪しい外観とは裏腹に、細かいところは意外に小綺麗にしているようだ。
「さて、どうしたものか」
来たものの、どうしろと。とりあえず春山さんに一報を入れる。するとすぐに「Aスタジオに入ってくれ」と返信がある。言われた通りAスタジオに入ると、中にはドラムセットとウッドベース。しかし、物はあるが人がない。スタジオに入れと指示してきた春山さんすらいないのだ。あの人はどこからオレに指示をしてきた。
「あー、こんにちはー。君が芹ちゃんの言ってたピアノの子?」
「春山さんの関係者のようだが、どちらさまですか」
「俺は芹ちゃんと同じ国際教養学部の青山和泉」
「理工の林原雄介だ」
「芹ちゃんとは同じゼミで、音楽を通じて仲良くなったんだ。軽音サークルでバンドもやってて、見ての通りドラマーだよ」
「どう「見ての通り」なのかはわからんが、春山さんはどうしたんですか。オレを呼び出した張本人は」
「えっ、だって芹ちゃんがベースだから、消去法でこのドラムは俺のだってならない? まさか芹ちゃんがベースやるの知らないワケじゃなかったでしょ?」
「楽器の話はいいのだが、オレがここに呼び出された要件をだな」
出てきたのは、背がとても高く(川崎くらいだろうから185前後程か)、笑顔のまま表情筋が固まったかのような黒縁眼鏡の男だ。しかし、あの傍若無人な春山さんを「芹ちゃん」などと珍妙な呼び方をする男だ。音楽関係の友人であるならあの人のコアな語り方を知っているはずだが。一応警戒するか。
「もうちょっとしたら芹ちゃん来ないかな。それまでキーボードでもセットしながら待っててよ」
「だから要件を聞かんことには」
――などと話しているとスタジオのドアが開き、悪趣味な柄シャツがやってきた。おそらくはこの人が今回の話の黒幕であろう。
「ィよーうリン~! 来やがったなあ!」
「呼びつけたのはアンタでしょう。しかし、オレは何故呼ばれた」
「そりゃぁーもーアレよ、バンドをやろうと思ってよ」
「は? バンド?」
「芹ちゃん、言ってなかったの?」
「先に言うと絶対に梃子でも動かねー野郎だからな、リンっつーのは。ま、そーゆーコトだから学祭までやるぞ」
「何故オレがアンタの道楽に付き合わねばならんのだ」
「このバンドをやるに当たって、どーせやるならメンバーと方向性とか価値観が似通ってた方がいーだろーよ。その最低条件が、私の音楽の話を引かずに聞ける奴ってコトだ」
どうやら、春山さんの気紛れで青山さんとバンドを組むという話になっていたようだ。しかし、如何せん2人はベースとドラム。コード進行をする人間がいないとなると、さてどうすると。そこで春山さんが目を付けたのがオレだった。オレであれば春山さんの話にも引かないし、そこそこの腕があるからと。
オレをバンドに加入させるネックとなるのが、春山さんからは捻じ曲がっているとまで言われる性格だ。まあ、春山さんが何か企んでいるというのであれば、そんな危ない場所には近寄らん方がいいと考えるのはごく自然なことだろう。それだけ春山さんには好き勝手に暴れ散らかされているのだ。
「何故オレがそれに付き合わねばならんのだ。2人でやっていればよかろう」
「ほっほーう! ンなコト言うかぁー」
「ええ。お断りです」
「ところでリン、お前よォ」
「何だ」
「もしバンドやらないっつーんならしょうがない、年末までお前のシフトはこうだ」
そう言って春山さんが突きつけて来たその紙は、よく見る情報センターのスタッフシフト表。オレの欄を埋め尽くしていたのは「A」という文字。情報センターで言うAは受付、Bは自習室になる。そしてオレは自他ともに認める「受付適性×」で、適性通り受付は好かん。
「脅す気か」
「まあ、お前は今までB番ばっかやってるし、ここらでバランス取っとくか。なあ。決める権限は私にある」
「畜生が。参考までに聞きますが、仮にここでオレがバンドをやりますと返事をした場合、シフト表はどうなります」
「そしたらこっちだな」
「よく見るB番メインの表ですね。いつも通りという印象で」
「2ヶ月バンドやるか、3ヶ月強A番オンリーのシフトに入るか。どっちを選ぶんだ」
春山さんに振り回されるのもそれなりに苦痛ではあるが、3ヶ月も受付オンリーのシフトにぶち込まれるなど苦痛という域を超えている。嫌がらせにも程があると言うか。少し考えた結果、まだ音楽の話であるバンドの方がマシなのではないかという結論に至った。正直、かなり不本意ではあるのだが。
「A番オンリーのシフトにされるのも嫌ですからね、仕方ありません。2ヶ月だけですよ、付き合ってやりましょう」
「よーし、そうこなくちゃよ」
「やったね芹ちゃん! うんうん、リン君よろしくねー」
「ふーっ……どうしてこんなことになったやら」
「っつーけどよ、お前の誕生日近くに芹サンセレクトの音源詰めてやっただろーがよ」
「それでこんなことになるとは思わん」
「ま、2ヶ月だけだからな!」
「途方もなく長くなるような気しかせんが」
「そーゆーコトだから、2、3曲書いて来いよ」
「ん? オレが曲を書くのか?」
「当たり前だろーがよ」
end.
++++
いよいよブルースプリングが3人揃いました。いつものようにシフト表で脅されるリン様であった
それだけ聞いているとどんだけリン様は受付が嫌なのかという話なのだけど、それで今後自称研修生に物を言うんだからアレですわ
果たしてこの2ヶ月くらいのバンド生活でどうなっていくやら。バタバタするんだろうなあ。
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最早日課となった情報センターでのバイト後、春山さんから指定されていた場所に向かう。春山さんから言われていたのは、キーボードを持ってこの場所に来いと。現在は閑散期でセンターの開放時間も平常時よりはやや短い。夕方、送ってこられた地図の場所に向けて歩く。
キーボードを持って来いということは、音楽の話でもするのだろうか。基本的には横暴で無茶苦茶で何とも言えん人間性をしている春山さんだが、音楽と宇宙に関する話題だけは信用出来ると言うか、興味深く聞くことが出来る。しかし、音楽の話をするだけならわざわざ外に出る必要もなければキーボードを持ってくる必要もない。
やや入り組んだ路地の裏を縫うように歩き指定された場所に着くと、そこには音楽スタジオと書かれた看板が掲げられていた。スタジオ練習やレコーディングなどにも使えるようで、古めかしく怪しい外観とは裏腹に、細かいところは意外に小綺麗にしているようだ。
「さて、どうしたものか」
来たものの、どうしろと。とりあえず春山さんに一報を入れる。するとすぐに「Aスタジオに入ってくれ」と返信がある。言われた通りAスタジオに入ると、中にはドラムセットとウッドベース。しかし、物はあるが人がない。スタジオに入れと指示してきた春山さんすらいないのだ。あの人はどこからオレに指示をしてきた。
「あー、こんにちはー。君が芹ちゃんの言ってたピアノの子?」
「春山さんの関係者のようだが、どちらさまですか」
「俺は芹ちゃんと同じ国際教養学部の青山和泉」
「理工の林原雄介だ」
「芹ちゃんとは同じゼミで、音楽を通じて仲良くなったんだ。軽音サークルでバンドもやってて、見ての通りドラマーだよ」
「どう「見ての通り」なのかはわからんが、春山さんはどうしたんですか。オレを呼び出した張本人は」
「えっ、だって芹ちゃんがベースだから、消去法でこのドラムは俺のだってならない? まさか芹ちゃんがベースやるの知らないワケじゃなかったでしょ?」
「楽器の話はいいのだが、オレがここに呼び出された要件をだな」
出てきたのは、背がとても高く(川崎くらいだろうから185前後程か)、笑顔のまま表情筋が固まったかのような黒縁眼鏡の男だ。しかし、あの傍若無人な春山さんを「芹ちゃん」などと珍妙な呼び方をする男だ。音楽関係の友人であるならあの人のコアな語り方を知っているはずだが。一応警戒するか。
「もうちょっとしたら芹ちゃん来ないかな。それまでキーボードでもセットしながら待っててよ」
「だから要件を聞かんことには」
――などと話しているとスタジオのドアが開き、悪趣味な柄シャツがやってきた。おそらくはこの人が今回の話の黒幕であろう。
「ィよーうリン~! 来やがったなあ!」
「呼びつけたのはアンタでしょう。しかし、オレは何故呼ばれた」
「そりゃぁーもーアレよ、バンドをやろうと思ってよ」
「は? バンド?」
「芹ちゃん、言ってなかったの?」
「先に言うと絶対に梃子でも動かねー野郎だからな、リンっつーのは。ま、そーゆーコトだから学祭までやるぞ」
「何故オレがアンタの道楽に付き合わねばならんのだ」
「このバンドをやるに当たって、どーせやるならメンバーと方向性とか価値観が似通ってた方がいーだろーよ。その最低条件が、私の音楽の話を引かずに聞ける奴ってコトだ」
どうやら、春山さんの気紛れで青山さんとバンドを組むという話になっていたようだ。しかし、如何せん2人はベースとドラム。コード進行をする人間がいないとなると、さてどうすると。そこで春山さんが目を付けたのがオレだった。オレであれば春山さんの話にも引かないし、そこそこの腕があるからと。
オレをバンドに加入させるネックとなるのが、春山さんからは捻じ曲がっているとまで言われる性格だ。まあ、春山さんが何か企んでいるというのであれば、そんな危ない場所には近寄らん方がいいと考えるのはごく自然なことだろう。それだけ春山さんには好き勝手に暴れ散らかされているのだ。
「何故オレがそれに付き合わねばならんのだ。2人でやっていればよかろう」
「ほっほーう! ンなコト言うかぁー」
「ええ。お断りです」
「ところでリン、お前よォ」
「何だ」
「もしバンドやらないっつーんならしょうがない、年末までお前のシフトはこうだ」
そう言って春山さんが突きつけて来たその紙は、よく見る情報センターのスタッフシフト表。オレの欄を埋め尽くしていたのは「A」という文字。情報センターで言うAは受付、Bは自習室になる。そしてオレは自他ともに認める「受付適性×」で、適性通り受付は好かん。
「脅す気か」
「まあ、お前は今までB番ばっかやってるし、ここらでバランス取っとくか。なあ。決める権限は私にある」
「畜生が。参考までに聞きますが、仮にここでオレがバンドをやりますと返事をした場合、シフト表はどうなります」
「そしたらこっちだな」
「よく見るB番メインの表ですね。いつも通りという印象で」
「2ヶ月バンドやるか、3ヶ月強A番オンリーのシフトに入るか。どっちを選ぶんだ」
春山さんに振り回されるのもそれなりに苦痛ではあるが、3ヶ月も受付オンリーのシフトにぶち込まれるなど苦痛という域を超えている。嫌がらせにも程があると言うか。少し考えた結果、まだ音楽の話であるバンドの方がマシなのではないかという結論に至った。正直、かなり不本意ではあるのだが。
「A番オンリーのシフトにされるのも嫌ですからね、仕方ありません。2ヶ月だけですよ、付き合ってやりましょう」
「よーし、そうこなくちゃよ」
「やったね芹ちゃん! うんうん、リン君よろしくねー」
「ふーっ……どうしてこんなことになったやら」
「っつーけどよ、お前の誕生日近くに芹サンセレクトの音源詰めてやっただろーがよ」
「それでこんなことになるとは思わん」
「ま、2ヶ月だけだからな!」
「途方もなく長くなるような気しかせんが」
「そーゆーコトだから、2、3曲書いて来いよ」
「ん? オレが曲を書くのか?」
「当たり前だろーがよ」
end.
++++
いよいよブルースプリングが3人揃いました。いつものようにシフト表で脅されるリン様であった
それだけ聞いているとどんだけリン様は受付が嫌なのかという話なのだけど、それで今後自称研修生に物を言うんだからアレですわ
果たしてこの2ヶ月くらいのバンド生活でどうなっていくやら。バタバタするんだろうなあ。
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